「Colors」1ー6







 いよいよ江古田学院の生徒会と顔見せがやってきた。今後互いの高校でやりとりをするのだが、初回が帝丹学園であるのは、やはり昨年勝利を収めたからである。
 
「失礼します。お連れしました」
 ドアをノックして文化部長である深月絵里子が入ってくる。後ろには他校の制服を着た人間がいる。
「ありがとう。どうぞ」
 蘭が、深月に礼を言って江古田学院の面々に中に入るように促した。深月はドアを内側に開けそこで待つ。

「こんにちは」
 学生服を着た背が高く品のよい生徒がにこやかに微笑んで入ってきた。後ろに学生服やセーラー服を着た生徒が同じように入り、控えるように並ぶ。
「いらっしゃい。江古田学院のみなさん」
 園子が元気に出迎えた。知らない人間が見たら、園子が生徒会長のようだ。帝丹側も江古田に対するように、四人並んでいる。
「江古田学院生徒会長の白馬です。……お久しぶりです、園子さん。蘭さん、新一君、キッド」
 白馬は笑みを浮かべながらそれぞれの名前を呼んだ。そして、新一の前まで進み出てその白い手を取って騎士のようにキスを落とす。
「ご機嫌いかがですか?未来の婚約者殿」
 いきなり、爆弾発言をぶちまけた。
 驚愕の表情でぽかんと見ているのは江古田学院側だけだ。帝丹側はそれが当然であるかのように見ていた。例外は、江古田学院が入室してドアを締め、待機していた深月だけ、さすがに目を見開いていた。
 新一は、キスされた手にちらりと視線をやって、ため息を付いた。
「相変わらずだな、サグル」
「そうですよ?父は昔から女神のように有希子さんを崇拝していますし、母も工藤優作の大大大ファンです。貴方をあきらめるなんてあの二人にある訳ありません」
 新一の母親有希子は世界中を虜にした元美人女優で、今でもファンが絶えないくらい人気がある。特に新一の親世代には熱烈で狂気的なファンが多く彼らは自分たちのことを「ユキシスト」と呼ぶ。
 父親の優作は世界に名だたるミステリ作家でナイトバロンシリーズは世界中で読まれている彼の代表作だ。若くして当時旧姓藤峰有希子と結婚した時は世の男性達から嫉妬の視線を向けられ相当恨まれた。
 両親がそんな二人のファンであるという家庭は少なくない。白馬の家は熱烈にその口だった。
「サグル……十年くらい前と変わってないぞ」
「当たり前ですよ。毎日、毎日僕は言われていますよ?新一君を嫁に迎えるんだって。口説き落としてこいって。……今回は新一君に会うとばれてしまったので、ほら。パーティの招待状まで持たされました」
 白馬は上質な白い封書を手に持っている。
「あんまり、アレなので。少し顔を見せてやってもらえませんか?」
 苦笑を浮かべ白馬は新一を見つめる。
「わかった。行く」
 新一は招待状を受け取った。
「ありがとうございます。それで何人でも入れますので、園子さんも蘭さんも、キッドも一緒にどうぞ」
「もちろん」
「行かせてもらうわ」
「そうね」
 キッド、園子、蘭も同意した。
 
 一連のやり取りに江古田側は、唖然として声も出ない。
「し、知り合いなんか?」
 後ろにいた学生服の生徒が口を開き帝丹の面々、特に新一を指さした。
 彼は、服部平次、江古田学院に通う関西出身の2年生だ。白馬同様背が高い。
「ええ。昔からの知人なんですよ」
 四季会メンバー四人は白馬が小学校に上がったばかりの頃からの顔なじみである。
 たまたまパーティで出会ったのだ。園子が財閥の娘である関係で招かれたパーティだった。その時は新一の両親も出席していて……仲がよい四人が日本で会っている時だったのだ。だから、子供四人とその時都合が付いた両親がそろっていた。
 白馬は父親に新一を紹介された。
 新一は白馬家の両親が崇め奉る工藤夫妻の子供だった。その時、新一は素晴らしく愛らしい美少女にしか見えなかった。ひらひらの白いドレスを身につけて黒髪をリボンで結んでいる姿は天使のようだった。
 おかげで、白馬家の夫婦は自分の息子の伴侶にと夢見た。性別が男だとわかってからも、それが理由で逃すのは惜しいのだと切々と訴えていた。工藤家が縁続きになるという魅力を捨て切れないらしい。新一をとても気に入っているのも理由の一つであるが、とにかく白馬家が嫁にと望む人間なのだ。
 
「そうなんや……」
 あいにく、服部は新一にあったことがない。
 去年は江古田学院で剣道の試合に出ていた。剣道は自分の学校に振り分けられたため、帝丹に赴かなくてもよかったのだ。ライバルである沖田総司とそこで戦ったが、去年は負けたため今年雪辱を果たそうと思って楽しみにしていたのだ。沖田総司は帝丹が誇る剣豪だ。全国に名を轟かすほどの腕なのだ。細身でありながら、鋭い突きを繰り出す彼の剣は見る者を圧倒する。
 両校の生徒は半分の確率で相手学校へ行くことになる。新一とキッドは去年帝丹にいた。蘭と園子は江古田だった。
「私もしらへんかったわ。こんな美人さん会ったら忘れへんもん。今までもったいないことしたわ〜」
 髪を後ろで結んだ快活な少女、遠山和葉が感心したように吐息を付く。彼女は服部の幼なじみで一緒に江古田にわざわざ関西から入学してきたのだ。
 顔合わせのためにやってきたのに、江古田学院側は、初っぱなから挫けている。
 
「サグル君は、じゃなかった、白馬君。まずは自己紹介しましょうか」
 園子が軌道修正する。
 挨拶は基本である。白馬と四季会メンバーは知人であるがそれ以外は初対面だ。
「失礼しました。江古田学院生徒会長、白馬探です。よろしくお願いします。こちらは、小泉紅子さん。副会長です」
 白馬が小さく笑って紹介を始める。
「はじめまして、小泉紅子です。お噂はかねがねこちらまで届いていましてよ?」
 長い黒髪に反射して朱色に見える瞳をした紅子はくつりと艶っぽく笑った。彼女も相当の美女である。
「こちらが、書記の服部平次君」
「はじめまして。服部平次や。これから、よろしく」
 服部は片手をあげる。
「隣が遠山和葉さん。会計です」
「はじめまして、遠山和葉です。お会いできて嬉しいです。よろしく」
 和葉は少し緊張しながら笑った。
「その隣が、中森青子さん。同じく会計です」
「中森青子です。和葉ちゃんと同じ会計です。これから、よろしくね!」
 持ち前の明るさ満点の笑顔で青子は挨拶した。
「もう一人書記がいるのですが、今日は忌引きでお休みです。新学期早々、大変なんですけど。次回に挨拶はしてもらいます」
 一人、ここにいない理由を説明して、白馬は以上ですと述べた。
 それを見ていた帝丹側は、肩をすくめてから気持ちを切り替えた。
 
「丁寧な自己紹介、ありがとうございます。こちらも、紹介しますが、ちょっとだけ先に説明を。帝丹は四季会と呼ばれるものがあって、それが生徒会の役割をしているんだけど、季節に割り当てた人間が選ばれていて、つまり四人しかいません。そちらのように、人数は決して多くない分、文化部長や運動部長など行事によって人材に協力をしてもらっています。ちなみに、今日正門まであなた達を迎えに行ってくれたのが、文化委員長ね。……それをふまえて、私は鈴木園子。季節は秋です。色は紅色」
 白馬は知っているだろうが、わかっていない人間のために園子は先に述べておく。
「毛利蘭です。季節は春で桜色。これから、よろしく」
 微笑む姿は正しく春のようだった。
「工藤新一だ。季節は夏で、青色。サグルの言動は気にしないで欲しい。あれは、昔からの癖みたいなものだから」
「……癖はひどいですよ。新一君」
「うるさい」
 ぷいと新一はそっぽを向く。それが可愛くて、なんとも言えない空気が漂う。
「キッド・クローバーです。季節は冬で白色です。ま、銀色もありですけれど。私達は四人全員が同じ立場であり、代表はありません。生徒側からは、季節や色などの通称で呼ばれることがあります」
「もう一つ加えるなら、ネクタイの色です。一般の生徒のネクタイとは色が違いますので、わかりやすいですよ」
 園子が自分のネクタイを示した。
 江古田側は彼らのネクタイの色がすべて違うことを確認する。なるほど、大きく納得した。
「自己紹介が終わったところで、座ってください。お茶で飲みながら今後の話をしましょう」
 園子が即して帝丹と江古田が向き合うように椅子に座らせる。
 その間に、蘭と新一がお茶の用意をする。湯だけはすでにたくさん沸かしてあるから、後は紅茶をいれるだけだ。何をいれるかも相談してあるから迷うこともない。人数が多いが、カップもそろえてある。
 今日はダージリン、ファーストフラッシュ。かなりいい茶葉だ。
 カップは、ウェッジウッド。ワイルドストロベリー柄だ。これが十客すでに出してある。ポットも一度に大人数いれられるように二つある。
 園子が、「うちを見くびってもらう訳にはいかないのよ。最初が肝心でしょ?」という女帝発言で、あいなった。
 身内だけや、少人数ならもっと違うものがある。
 そちらの方が高価というのが、なんとも言えないが。
 ウェッジウッドだけでも、ストロベリーブルー、ブループラム、フロレンティンピンク、ユーランダーパウダールビー、インディアが二客ずつある。それ以外でも、ロイヤルコペンハーゲンのプレーンレース、ミントンのハドンホールグリーン、ジノリのローズブルー。
 気分によって変えるのが大好きなのだ、園子は。家からたんまり持ってきて棚まで増やして並べている。今期増えたキッチン周りは間違いなくカップだ。
 園子は中でもフロンティンピンクがお気に入りで、それで飲む紅茶が格別だと悦に入ることがある。
 紅茶をれる腕前は新一と蘭が秀でているため、たいてい二人がお茶をいれる係りだ。園子やキッドもまずくはないが、人間誰しも美味しいものの方がいいのが本音だ。
 新一と蘭は手早く紅茶をいれて、それぞれの前に置いていく。
「ありがとうございます」
 誰もが軽く頭を下げ二人にお礼をいった。
 白馬は新一が運んだ紅茶を受け取り「久しぶりにご馳走になるので、とても楽しみです」と、とろけるような笑顔で言った。
 そして、ひとまずどうそ、という園子の薦めで紅茶を味わうことにした。
「美味しいわ」
「ほんと、うわ……」
「うまいもんやな」
「ほんとやね」
「……美味しいですね」
 江古田側の反応は想像通りだった。美味しさに驚いている面々を見て園子は気分がよくなる。「うちの二人のお茶の腕はすごいのよ、日本一よ」と身贔屓ながら心中で自慢していた。
 白馬だけ、しみじみと味わって、
「今度、茶葉を差し入れますね。いい農園を見つけたんですよ」
 と新一に返していた。昔なじみは、心得ている。
「では、顔合わせが済んだところで話し合いに移りましょうか」
 にこりと女帝の顔で園子が切り出した。肘をテーブルに付いて軽く組み顎を乗せる風情は、まさしく女王様だった。
 これから六月の交流会までに決めることはたくさんある。
 
 今年、試合ができる部活、クラブがいくつあるか確認する。人数がそろわないと廃部になってしまい、試合できないものもあるからだ。片方に部活やクラブがあっても、互いの学校に同じものがそろわないと試合できないのだ。
 そして、どちらで何を行うか決める。
 校庭いっぱいを使う野球やサッカーはたいてい両校に分けるものだ。体育館を使うものも基本的に分ける。男女も偏らないようにしなくてはならない。
 運動神経のいいものが内緒で二種目でないように決まりがある。そのため、名簿を作り、当日試合を始める前は名前を読み上げて確認する。
 競技以外にも、怪我などの対応をする救護の係り。それぞれの学校の校医と補助する生徒の確保。当日は保健室では遠いため、外テントで待機になる。
 それから、応援。部やクラブ活動をしていないものの仕事だ。吹奏楽も演奏して応援する。
 試合の結果報告。本部の運営。審判の配置。当日人手もいる。
 大まかに決まったら、タイムスケジュールを組む。それを多の学校行事をこなしつつ、高校生らしく勉強やテストをクリアしてやりきらねばならない。実際、時間はあまりないのだ。
 決められる事から、さっさと決めていかねば時間が足りなくなる。
 
 そうして、一時間ほど彼らは話し合った。
 






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