オリエンテーションから一週間以上過ぎると、1年生への入部の勧誘が加熱してくる。 元々、部の勧誘をするとはいっても無闇に誘うことはあまりない。よほど人数が足らなくて、困っているなら話は別だが……一人でも減ると同好会に格下げになるなど理由は多々ある……中学時代やっていた人間を勧誘することが自然と多くなる。 経験者であれば入ってからも期待ができるし、もし記録保持者であったり強豪校出身だったり、県下、全国で名前をはせている人物だったりしたら、喉から手が出るほど欲しい人材だ。 だから、運動部は特に情報を仕入れることに力を注ぐ。 すでに1年生で入部の意志があるものに、誰か知っているかと探りを入れる。それにもし中学時代全国区であるなら、雑誌に載っている可能性が高く当然高校でも知れ渡っているものだ。ただ、そういった人間は強豪校が推薦で集めるため、弱小の学校へはよほどのことがない限り来ることはない。中には本人の事情や、もっとほかのことがやりたいからと、普通に進学するものも皆無ではないため、希望がなきにしもあらずだ。 運動部は特に、獲得したい1年生が重なることがある。 中学時代部活動としてやっていた。郊外でクラブに入っていた。小学校時代やっていたが中学時代はやらなかった。スポーツとして趣味でやっていた。様々な理由から、一つの種目をずっとやっている人間は実は多くないのかもしれない。その時代に応じて子供は運動をするものだ。学校の授業でやってみて楽しかったからやってみたいと思う。動機はどこにでも転がっている。 当然、いくつかやっていたスポーツが知られて、複数の部から勧誘を受けることとなる。 第一、そういった人間はスポーツ万能だ。運動が得意なのだ。今から新しいものにチャレンジしてもすぐに馴染むだろう。 「また目安箱にいくつか入ってるよ」 記名と共に細々と書き連ねてある白い紙を拾い上げ、蘭が顔を曇らせた。 何かあったら投書する箱のことを通称目安箱という。その箱は何カ所にも設置されている。その中身を四季会で放課後に回収する。 「うーん、岡田規広君。これでいくつ来ていたっけ?」 蘭は内容に目を通し肩をすくめた。 「岡田君?すでにクラスメイトから三通あるよ」 園子がまとめてある投書をひらひら振ってみせる。 「あるな、こっちは正門で見たという第三者だ。正門だと校内ぎりぎりだな」 新一も自分が回収してきたものに目を通している。 目安箱はそれぞれが場所を分担して回収している。目安箱には簡単だが鍵がかかっているため、ほかの人間が手に取れないようになっている。だから記名しても他人漏れないから書いて欲しいと四季会は述べている。 無記名であると情報として認められないため、自分の意見には責任を持って欲しい。そんな気持ちがこもっている。 「休み時間になると勧誘にやってくる。昼食の時間くらいゆっくりさせてあげて欲しい。放課後も押し掛けて来る。クラスでも邪魔だ。クラスメイトからは以上ですね。どうやらバスケット部と野球部が多いみたいです」 キッドがまとめられている投書を読み上げる。 「そうみたい。こっちも、バスケット部。あ、一つだけバレー部があるわ」 蘭が何枚もの投書を読む。 「あー、じゃあ。決まりね?」 「うん。同じく」 「おう」 「私もです」 園子の問いに三人は是と答えた。 「では、放課後、召集します」 決定だ。 昼休み、放送がなされた。 『四季会よりお知らせです。「調停」のため、男子バスケット部、野球部。以上の部長は放課後四時までに四季会室へ来るように。……繰り返します、「調停」のため、男子バスケット部、野球部。以上の部長は放課後四時までに四季会室へ来るべし。来なければ、義務の放棄とみなし第一次処罰とする。以上、四季会よりお知らせでした』 各部やクラブ、同好会は放送部に依頼して試合の応援の要請、募集など様々なことを放送を流してもらうことができる。 が、四季会からのお知らせは最優先されるものだ。緊急を有するものや全校に関わるものが多いせいだ。 今回のものは、重要なお知らせである。 放送部としては慣れたお知らせでもある。毎年の行事のようなものなのだ。調停は一度では済まないものなのだ。どこも勧誘には熱が入ってくると、ついつい常識を逸してしまう傾向がる。それだけせっぱ詰まっているとも言えるのだが、勧誘を受ける側からすれば迷惑以外何ものでもない。 そして、放課後。四時五分前。四季会室に男子バスケット部と野球部の部長がやってきた。その面もちは、大人しく交番に出頭した犯罪者の雰囲気が漂っていた。 「さて、調停だ」 ドア側に立っている二人の部長に新一が厳かに宣う。 傾国とうたわれる美しい人間の冷たい眼差しは、緊張を強いられる。二人の肩が強張った。 「今年の一番は野球部と男子バスケット部。去年も野球部はやってなかった?」 園子が昨年の資料を見返して問いただす。 昨年一年になったばかりの頃はまだ調停について詳細には知らなかった。帝丹学園の生活を一年も過ごせばいろいろわかってくることもあるが、やはり歴代の資料を見て知っておかねばならないことは山ほどある。彼ら四人ともにだ。 野球部は昨年も調停を受けている。 甲子園を目指そうというほど強くない弱小と言われる野球部は、熱烈に勧誘しないとやっていけない。有望な人材が欲しい。人数も欲しい。部費も必要だ。という切実な事情がある。 「それは卒業した八神主将です……」 あうと、今期野球部部長長谷川が項垂れる。 「まず、野球部。休み時間の度にクラスまで来て困りますという投書があった。それから、第三者から廊下で囲んで勧誘しているのを見た。食堂で他の人間がいるのに割り込んで来て迷惑だった。鬱陶しかった」 投書の内容を園子は読み上げる。 「以上、反論は?」 「……ありません」 長谷川は素直に認めた。反論などある訳がない。 「次はバスケット部。休み時間の合間に勧誘にやって来る。放課後、勧誘して帰りたいだろう本人に迷惑をかけている。正門で勧誘している姿を目撃した。以上、反論は?」 今度はキッドが投書の内容を読み上げる。 「ありません。すみませんでした」 バスケット部部長渡辺も謝った。 「校則に従って、明日から一週間の勧誘禁止とする」 新一が厳かに告げる。 「はい。わかりました」 「承知しました」 二人の部長は、罪状を読み上げらられて、判決を受ける犯罪者の気分を味わった。そして、深く頭を下げた。 「まったく。罰は堪えるだろうに、なんでやるかなー」 それまでの重い空気を一転させ、園子が軽〜く野球部部長の肩を叩く。 「死活問題なんです!」 長谷川が、悲鳴じみた声で訴えた。 「今何人なの?」 「……3年生が9人、2年生が14人です。これでは、二つに分かれて練習試合もできません!今年なんとしても部員を入れないと!もう一人ピッチャーがいないと!」 蘭の問いに、せっぱ詰まった声で長谷川が現状を述べた。 かなり哀れである。18人と含めピッチャー、キャッチャーが二組いないと紅白試合もできない。多少1年生が増えても、来年は3年生が卒業だ。なるべく増やしておかない、どうなるかわからない。活動が少ないと、部費も望めなくなるだろう。 「宮さま。これを、受け取ってもらえませんか?」 バスケット部部長渡辺が持っているのは招待状だ。水色の封筒に透かし模様が入った結構な力作だ。とてもタイミングがいい。狙っていたのだろう。 「座って練習をみていてもらえるだけでいいのです。是非、おいでください。お待ちしております」 ぺこりと渡辺は頭を下げてお願いする。 「……食えないな。わかった」 新一は恭しく捧げられた招待状を受け取った。 彼は、新一と直に会える絶好の好機を利用したのだ。本人に手渡しで誘うことができる機会は少ない。 「おめー、ずるいだろ?俺も、もってこればよかった!宮さま、野球部にも!」 長谷川も意気込む。 「戦略負けだな。他人にのっかるな。あきらめろ」 新一は、ふんと鼻で笑った。 長谷川は、がっくり力無く項垂れた。 「では、本人に聞きましょう。岡田規広君。どうでしょう?どちらかに入りたいと思っている?それとも他に希望がある?あるなら、そちらを優先する権利がある。彼らが邪魔で希望の部活やクラブに顔を出したり見学したりできなかったことはないですか?」 今まで部屋の角で調停を無言で眺めていた岡田にキッドが視線を向けた。 四季会室に呼ばれてただでさえ緊張していたのに、調停というものを初めてみて、自分のことであるのにぼんやりしてしまったのだ。 「……えっと、どちらもイヤではないので、考える時間を下さい。それで、他の部活も見比べて決めます」 焦って、岡田はそれだけ言った。 「それでいいでしょう。時間はありますから、たっぷり考えてて下さい」 「そうそう。迷えばいいよ」 「若いうちの特権だもの」 「何かあれば、ここに駆け込めばいい。四季会とは生徒のためのものだから」 「はい!」 四人からの暖かいエールに岡田はほっと安堵の笑みを浮かべて頷いた。 |