「Colors」1ー2






「うーん、今年はチェスでしょ?」

 備品の棚からチェス盤を取り出し、駒を並べながら園子がうなる。
 盤も目がしっかりしているし、駒も細工が素晴らしい。備品の棚に仕舞われているような代物ではない。が、脈々と受け継がれてきたことを考えると、長く使えるように良いものを選んだのだろう。
「ま、ね。私と園子は向かないから、新一とキッドのどっちかね」
 蘭がつんと白いクイーンの駒をつついて笑った。
「どうする?今から時々チェスでもして勝敗のいい方に決める?」
 別にどっちでもいいけど、と言いながら園子は提案する。彼らのどちらでも勝てる気がする。二人とも学年で一、二を争う以上に全国でも恥ずかしくない頭脳を持っている。チェスも馴染んでいるものだ。囲碁、将棋の方がたぶん不得手なのではないだろうか。なにせ、外国生活が長い。
「あー。キッドでいいだろ?」
 新一は、ちろりとキッドを見上げながら勝手に決めた。
「私ですか?」
「ああ。俺よりいい。それに、江古田の会長はあいつだし」
 相対する江古田の生徒会長が誰であるか、彼らは知っていた。生徒会同士の顔見せはもう少し後だが、会長の名前と顔くらいは知っているものだ。それに会長の名前で、顔見せの日程に関しての連絡がすでに来ている。
 ついでに、言えば諸事情により彼らは面識がありまくりなのだ。
「……そうですね。では、私が」
 キッドは、簡単に承諾した。
「キッドか、絶対にヤツに負けないでね!」
 園子がびしと檄を飛ばした。チェスという競技なら、どう見積もっても会長が出てくるだろうことは想像に難くない。
「チェス盤、おいておくから。時々時間見つけたら練習すればいいよ。練習相手は新一がいるし。私達これに関しては役に立たないから」
 さっくりと蘭も決定に従った。
 所詮、二人の間で決めたことなら自分たちが口を出す必要はないのだ。チェスなど蘭も園子も不得手極まりない。将棋なら蘭も多少は出来るが、5つの中でダーツが一番得意であるのは彼女の運動神経が群を抜いているからだろう。
 
 彼らは互いのことをよく知っていた。
 所詮、昔なじみ、幼なじみなのだ。
 今からさかのぼること十年以上前、園子と蘭は新一とキッドに会った。彼らが出会ったのは四、五歳くらいの頃だった。
 元々、新一とキッドは親同士が親しくて生まれた時からの付き合いなのだ。その上、親の仕事柄、海外を転々とすることもあったと言ってしまえば大変だったのだと人は思うだろうが、実際は結構いい加減だ。
 キッドの父親はマジシャンだ。それも世界でも有名な。活動の場は海外が中心でアメリカ、ヨーロッパ、アジアのその時の仕事で拠点、つまり住まいを変えていた。新一の父親は世界的ミステリ作家であり、仕事はどこでもできた。母親同士も仲が良かったため、キッドの父親トーイチの住まいの近くにいることも多かった。家族同士で旅行に行ったり、一緒に週末を過ごしたり、本当に親族のように深い付き合いをしていた。
 子供である新一とキッドがまるで兄弟のように育つのも当然といえた。
 
 園子と蘭も幼なじみだった。幼稚園が一緒で仲がよく、両親共に忙しい蘭はその時も園子と一緒に海外まで遊びに行くことになった。父親は警察官、母親は成り立て弁護士という両親は多忙すぎて蘭に愛情は注いでも、どこかに遊びに連れていくことは不可能だったのだ。その点、園子は鈴木財閥の次女だ。両親の信頼性は高く、娘さんはちゃんと預かりますよ、という言葉に甘えて海外へも送り出した。家で一人寂しい思いをさせたくなかったのだろう。
 そこで、出会いが待っていた。鈴木家の知人……有名なマジシャンと作家に同じくらいの子供がいるから引き会わせようと思ったのだ。連れて行かれた先、園子と蘭が新一とキッドに出会った時の衝撃は素晴らしかった。今でも脳髄に深く刻まれている。
 その時、二人はこの世のものとも思えない美少女を見たと思ったのだ。その隣には同じくらい可愛い男の子がいた。手を繋いでいるところから、仲が良いのだろうと思った。
 美少女は本当に天使のように可憐で美しく、惚けてしまうくらいの人外魔境の領域の美貌だった。
 そして、数日後再び彼らに会うと。今度は美少女が二人いたのだ。
 何事?と園子と蘭は幼い心の中で絶叫した。顔はでもこの間会った男の子っぽい。似ている。
 男の子っぽい格好をしていただけで、実は女の子だったのか?とぐるぐる悩んだ二人に打ち明けられた事実は、女としてのプライドを木っ端みじんにした。
 天使と見まごう黒髪の人外としか思えない美少女も、隣にいる可憐な少女も、少年だなんて!神様、酷い!仏様、惨い!
 子供心が大きく傷付き、いるかどうかわからない神様を呪った瞬間だった。
 四、五歳という年齢で、心に傷を負った園子と蘭だが復活は早かった。
 美少女に見える少年だが、彼らは母親の趣味でそういった格好をさせられているだけに過ぎなかったのだ。楽しそうに母親達が着せ替えしている姿を目撃して、どうせなら自分たちも参加するべしと思った二人は、後に「毒食らわば皿まで」という言葉を知った。
 
 そんな出会いをした四人は、結局付き合いが細々と続いた。
 長期の休みに会いに行ったり、日本に帰って来た時遊んだり。
 いつも一緒ではないかったが仲がよかったため、「高校は日本の帝丹に行こうよ」という園子の誘いに乗ったのだ。新一の両親もキッドの両親も喜んで送り出した。帝丹学園は変わった学校らしく、きっと楽しいよと保護者も進めたのだ。
 そんな経緯があって、彼らは帝丹学園に入学して、今があるのだ。
 
 
 
「あ、招待状よ、新一君。茶道部と美術部ね。茶道部からは天水庵からお菓子が届きますって!いいな。で、蘭には料理クラブ。一緒に作って下さいって伝言まで切実だったよ。キッドには奇術師同好会。これ以上の説明いらないね」
 園子が、思い出したように鞄から封書を取り出して、それぞれに渡した。
 封書は白いものが多いが、中には薄いピンクやブルーのもの、和紙っぽい柄で桜を散らしたものまであった。厚みはどれも薄い。
 
「俺も、クイズ部と放送部が園子。蘭が華道部。桜を用意しているから、是非って。キッドがバスケット部。見ていてくれるだけでいいんだと。それから弓道部な」
 新一も鞄から封書を取り出して配る。
「えっと、新一がサッカー。シュートしてくれれば言うことないけど、座っているだけでいい。神様って拝んでた。で、園子が英検とテニス部。たまにはテニス部に出てくださいって。キッドがチェスよ。今年の種目だからちょうどいいよね」
 蘭も続いて封書を渡した。
「新一が、野球。ベンチにいてタオルもっていて欲しいそうです。園子さんが経営。株もやりたいようですよ?蘭さんが美術部。新一と同じでモデルを是非とのことです」
 キッドも伝言を交えて、封書を配った。
 
 四季会のメンバーは基本的にとても忙しい。
 だが、彼らは宣伝にもなるので、是非自分の部やクラブに顔を出してもらって人集めをしたいのが人情だが、考えることはどこも一緒である。来てほしい、と一々いわれても対処できないため、「招待状」をその度に本人宛に出すことに決まっている。その中で行くことができるもののみ、出席を相手の部長に伝える。
 四季会のメンバーなら誰でも宣伝にはなるが、やはり相応しいものがある。
 だから、これぞと思った相手へ招待状を出すのだ。招待状は四季会メンバーかそこに出入りしている人間に頼むことが多い。
 だからこそ、熱意を伝えようと招待状も工夫を凝らす。
 封筒を今の春らしい桜柄にしてみたり、相手の色にあわせた季節の色にしてみたり、気を引くことも盛り込んでいる。
 
「予定組まないとね〜。明日には新入生のオリエンテーションがあるし。仮入部が始まるから」
 体育館で行われるオリエンテーションは、部やクラブ、同好会の紹介がある。熱烈な勧誘の言葉で体育館が埋まるのは毎年のことだ。
 そこで、江古田学院との交流会について四季会から詳細に説明する。説明を聞けば、なぜ皆が熱心に勧誘するのか理解できるだろう。
 部やクラブの見学が始まってからが彼らの出番だ。招待状に応じて顔を出して、入部の手引きをする。別にそこに彼らが所属していなくとも、彼ら見たさに釣られて見学をして少しでも部の良さをわかってもらえたらいい、というのが部としての目的だ。
 
「新一君。茶道部は行くんでしょ?用意してくれるお菓子は美味しいし、あそこは結構ちゃんと活動しているから。作法とかできないと困るとこだもん。私も蘭も作法は行けるけど、あれは見栄えが大事よね〜」
 園子の台詞は遠慮がない。
 美しい人が静かで雅な空間で、お茶を飲む姿は大変絵になる。
「ちょくちょく行ってるからな」
 新一は頷く。
 元々茶道部とは縁が深い。時々顔を出している部だ。
「サッカーは?顔くらい出してあげるんでしょ?さすがに見捨てはしないよね?」
 同じく縁が深いサッカー部を蘭があげる。自分が預かってきた招待状であるし、運動部という関連性であるため気になったのだろう。蘭は四季会に入っても空手部の活動を続けていくのだから。都大会優勝、全国大会三位の実力者なのだ。それに空手は蘭になくてはならなものなのだ。
「サッカーは、時間作って見に行くつもりだ。少しなら練習も出来るか?そうなると掛け持ちはできないから、一日サッカー部だけど」
 腕を組んで新一は頭を巡らせる。
 四季会の仕事をしながら部やクラブに顔を出すとなると、それに割ける時間は限られる。
「蘭は空手部の活動しながらだけど、ほかはどうするんだ?」
「うーん、料理と華道は行くつもり。自分が運動部だから反対に文化部は断り難いもの。運動部贔屓していると思われると困るし」
 生徒から見てある程度の公平さは必要なのだ。
「園子は?」
 蘭が隣の園子に視線を向けた。
「私?テニスは顔を出してくるけど他もなるべく短時間でも行って来るつもりだよ。ちょっと状況も見てきたいしね。新入生の噂とか仕入れたいもの」
 ぱちりとウインクして園子が何か企んだ顔で笑う。
「使える人材は早めに確保したいし〜」
「それが本音か」
 園子の言い方に新一は大きなため息を落とした。素直すぎる。
 四季会は四人なので、協力者は多いほどいいのだ。
「ふふ。事実だもの、いいじゃない。で、キッドは?」
「奇術師同好会は当然行きますが、チェスも参加してきます。ついでに対戦してこれば、練習になるでしょ?あとは運動部は時間を作って数を多く回ってきます。弓道、バスケに陸上からも招待状が来ていますし。これから増えるでしょうしね」
 園子に振られて、キッドは答えた。
 他者の分を配った時に渡された招待状以外にも自身宛のものは手元にいくつもある。それに、これから何通もやって来るだろう。帝丹には部、クラブ、同好会がたくさんあるのだから。
 効率よく、かつなるべく平等に回らなければならない。運動部は男女分かれているものが多いから、両方をまんべんなく見て回らなければ不平不満も出る。全部は回りきれないとはわかっていても、少しでも覗いてもらえるか否か気分的に違うものだ。
「よし、じゃあ日程決まったら、ホワイトボードに書いてね」
「はいはい」
「わかりました」
「おう。……明日のオリエンテーションは各部長はわかっていると思うけど、順番は?このままでいいのか?」
 新一が一覧表を眺めながら園子に聞いた。
「臨機応変にするから、いいわよ。問題ないわ」
 大らかに答える園子に新一は、まあいいかと頷いた。
「元々、ばらばらにしたんだもんね。大丈夫でしょ?」
 蘭も手元にある書類から明日の部活動の紹介順番を取り出して見ながら笑った。
 去年は運動部は男子から女子、その後文化部という順番だった。極一般的な順番だ。だが、自分に関係がないと見ていても退屈になるし、運動部を男子、女子と分けるのも一種の区別だ。それなら、すべて入り乱れた方が見ている分興味を引かれるし、紹介する方も工夫を凝らせるだろうという試みで、今回は運動部、文化部、男女めちゃくちゃに並べてみた。その表を作ったのが園子である。仕事に追われていた時、たまたま担当したのだ。
「野球の次が料理、その次が写真、剣道、天文ですからね。見事にばらばらで、よくこれだけ並べられたと感心しますよ、園子さん」
 キッドはしみじみと誉めた。
 ばらばらにするのはただ普通に並べるより難しい。見ている方に驚いてもらわなければならないのが前提だ。
「半分は偶然の産物だけどね。この際と思ってくじを引く要領で部の名前を引いて一覧作ってから、直したのよ。時間なかったからねー」
 その時を思い出して、園子は遠くに意識をやった。
 あれは三月のことだった。卒業間近の前任者からネクタイを受け継ぎ、書類を捌きつつ二月の行事をやって卒業式を行う横で来期、つまり新学期の準備をしていたのだ。入学式が終わってから進めていたら間に合わないため、新しく部長となる人間を早めに決めてもらい、打ち合わせをする。
 第一、自分たちだって最終の期末考査がある三月である。多忙を極めた。
 新学期である四月は言うに及ばず多忙であるのだが、新学期を迎える準備も大変だったのだ。
「確かに」
「ほんとよね」
「……そうですね」
 三人も遠い目をした。思わず、目が回るほどに忙しかった日々が頭の中によみがえる。
 四季会とは生徒会であり、聞こえはよくとも雑用受付係りであるのだ。それがわかっていてもネクタイを拒否することは不可能であったし、彼らはその権力が必要でもあった。前任者もそれをよく知っていた。彼らが一年生の時は当時の四季会に多大なる世話をかけた。世話のほとんどがどこにいても目立つ一名のためだった。おかげで、四季会メンバーと懇意にならざるを得ない状況で、今現在付いているあだ名はその時から呼ばれ始めたものだ。
「明日、がんばりましょうか」
 園子が若干疲れた声音でそうまとめると、蘭も新一もキッドも首を縦に振るしかなかった。
 
 
 



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