「どうぞ」 森村が鍵で金庫を開ける。中には、一通の封書があるだけだ。 「遺言状です。私、弁護士の資格も持っておりますので、旦那様から何かあった場合は公開するように言われております」 封書を皆に見せるようにして掲げる。 「早く言いなさいよ」 「そうだぞ。さっさと読め」 急かせる百恵と八神に、視線で早くしろと言う十蔵。そんな親族の視線など頓着しないで、森村は穏やかな面もちで、同席している目暮、佐藤、高木に微笑む。 「警察の方にも立ち会いになって頂いてよろしいでしょうか?」 「ああ。どうぞ」 目暮が促す。 森村は封を切った。 中から紙を取り出して、広げる。 緊張の面もちで、皆が待つ。 「では、失礼します。まず、従業員は、これまで通りの雇用を望むものは残ってくれて構わない。その分の給料は別に残すことする。残される、甥や姪の学費は一定の金額を援助する。該当者は、佐々木百恵の娘、佐々木育子。八神和一の息子、八神克彦、娘、八神妙子の三名です。宝石、『青い空の瞬き』は江戸川コナン様に贈与する。株や土地などを売却して換金し全ての財産から、以上に必要な金額を残し、それ以外のすべてをユニセフに寄付をする。屋敷の維持にかかる費用や従業員の休養など、変動するものはその都度見直す必要があるため、資金の確保はしておくこと。その役目は、弁護士の私が請け負っております。財産管理は、ほかの専門家の方と話し合いをして進めるようにもいいつかっておおります」 細かい取り決めは、まだありますが、と森村は結ぶ。 「俺達は?」 「私達の名前がないわ」 「どういうことだ?」 財産分与があるはずだと高を括っていた親族三人は、驚きで唖然とした。そして、文句を言い出す。 「あなた方には、財産を残すとは言われておりません」 森村は、それだけを言う。 「そんな、なんで?」 「おまえ、入れ替えているだろ?遺言状を」 「いいえ。これは開封しておりませんでした。それは確かめて下さったはずです。旦那様の筆跡であるとあなた方もわかるはずです」 言いがかりにも森村は平静を保ち、対応する。弁護士であるよりも、執事である方が彼にはあっているようだ。どこまでもぴんと背筋を伸ばしている姿が、凛々しい。 「……。でも、兄はこんな子供にビックジュエルを残したのか?」 十蔵はコナンを見下ろし、眉間にしわを寄せる。 「一体、どういうつもりなの?」 「それは、どこにあるんだ?」 親族は再び騒ぎ出す。財産しか興味がないのだろう。なぜ、神崎がこのような遺言状を作ったのか、思い浮かばない。 「宝石がどこに保管されているかは、私も存じません」 問われた答えを森村も知らなかった。正直に嘘なく答えた森村に、今度こそ親族は黙った。 「……それでは、話が進まないのではないかね?」 目暮も口を挟んだ。 遺言状で贈与すると言っておいて、弁護士もどこにあるのか知らないという。甚だ困った事態である。 「コナン様には別に文書を預かっております。こちらです」 コナンは一つ、大きなため息をつく。皆の視線が一気にコナンに集中する。 は森村から封書を受け取ってコナンは封を切り中の文書を読む。 脇から気になって覗き込みたそうにしている人間にコナンはその紙を渡す。囲むようにして、見ると。 詩が並んでいる。覗き込んだ人間も首をひねる。全くわからない。 まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ふけり なじかは知らねど 心わびて 昔の伝説は そぞろ身にしむ 暮れゆくラインの流 入日に山々 あかく栄ゆる 美し少女の巌頭に立ちて 黄金の櫛とり 髪のみだれを 梳きつつ口吟ぶ 歌の声の 神怪き魔力に 魂もさまよう 時を告げる鐘が鳴る 針が二つ出会って別れる その瞬きの間に 君が会いに来てくれる コナンは、ふむ、細い顎に手を当てて思考する。そして徐に書棚まで歩き、眺める。 コナンの身長よりずっと高く天井まで伸びている書棚。いろいろなタイトルが並んでいる。文学書からミステリ、法学、経済学、心理学など多種に及んでいる。 コナンは、本のタイトルを目で追って、まず一冊抜いた。「若草集」だ。 まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 「島崎藤村の「初恋」です。これが納められている本が、これ「若草集」神崎さんはあれでもロマンチストでしたよ。冒頭部分をそらんじることができるほどで」 コナンは小さく笑いながら、もう一冊、「ローレライ」ハインリッヒ・ハイネの詩集を引き抜く。 美し少女の巌頭に立ちて 黄金の櫛とり 髪のみだれを 梳きつつ口吟ぶ 歌の声の 神怪き魔力に 魂もさまよう 「ね、ロマンチストでしょ?ハイネも大好きなんですよ」 コナンはそう言いながら、室内の端にある大時計の側まで行きガラスを開けて、針をぐるぐると回して十二時にあわせる。 ボーン、ボーンと時を告げる鐘が鳴り始めた。 コナンは自分の行動をTだ眺めるしかできない大人達に説明する。 「針が二つ出会って別れる、とあるので十二時。その鐘が鳴っている音の間に君が会いに来てくれるということなので、この鐘が鳴り終わると何か仕掛けが動くはずです」 やがて。 最後の鐘の音が終わると、書棚が中央から左右にゴゴーと音を立てて二つに分かれた。 中央隙間に隠し金庫が現れた。 だが、そこにはダイヤルがあって、暗証番号が必要だとわかる。 4つのダイヤル。つまり4つの番号だ。 「うーん。何でしょうね」 コナンだって知らされていない。コナンは首を傾げながら適当に番号を入れてみるしかないかと思った。 「神崎さんのの誕生日では、単純ですかね」 コナンは番号をダイヤルする。 開かない。だめである。 「うーん」 腕を組んで悩みつつ、あとある番号をダイヤルする。 実は、母親の誕生日だ。あれでもファンだって言っていたし。それとも父親の方だろうか。 違った。 この際と思って父親の番号も入れてみるが、やはり違う。 カチカチとダイヤルを回しているコナンに皆の視線が注がれる。彼にかかっているのだ。すでに傍観するしかない。 「まさか……」 自分の誕生日を入れてみた。0504。 (ビンゴ!) 開いた。 (神崎さんて……) コナンが神崎にいろいろ言いたい気持ちになりながら厚い扉を開けると、金庫の中にまた箱があった。これも鍵がかかっている。 コナンはその鍵穴を見て、ふうと肩をすくめると、自分の首からネックレスになっている鍵を出して、鍵穴にはめ込んだ。かちりと音がして上部が開き、中からは大きなビロードの箱が鎮座しているのが見えた。 箱のふたを開き、中からはビックジュエルが現れた。 きらきらと青く光る宝石は、子供の手に掴んで余るくらいの大きさがある。 「青空の瞬き」と名付けられたブルートパーズ。 透明感のある深い青が楕円形にカットされていて、光にきらきらと瞬き光る。 コナンの手にあって、ずっしりとした、質感がある。 そういえば、ちいが、いつだったか言っていた。 青は自分にとって特別な色なのだと。引き込まれる色なのだと。決して自分のものにはならない色だから、せめて似たものが欲しくなるのだ、と。 真意は定かではないが、求めた結果が、このビックジュエルなのだ。 どんな思いで見つめていたのだろうと思うが、もう誰にもわからない。他の誰にも見せず、公開もしない。持っていると人に言うこともしない。ただ、自分の側に置いていた青い宝石。 コナンはふっと唇だけで笑った。 「僕が持っている必要ありませんから、放棄しますよ。どこかの美術館にでも寄贈します」 コナンの言葉に、親族三人は叫んだ。 「はあ?なに言っているの?」 「馬鹿な……、ビックジュエルだぞ?」 「それなら、俺に寄こせ」 欲求に忠実な輩である。コナンはそんな戯れ言を無視して森村に視線を合わせた。 「森村さん。手続きお願いできますか?」 「畏まりました」 一礼する、森村にコナンはうんと頷く。 |