「ねえ。一つ、いい?」 コナンは百恵ににこりと笑いながら話しかけた。子供からのお願いに無視することもできなくて百恵はコナンを見る。 「なぜ、ここを、この部屋を探したの?」 「決まっているわ。第一発見者の人間が怪しいと思ったからよ」 百恵は、当たり前じゃないと言う。 だが、それだけでは普通に考えても不可能である。 「よく部屋に入れたね。鍵かかっていなかった?」 「掛かっていなかったわよ。最初から開いていたもの」 開いていた部屋に入った三人。 「それで鍵の掛かっていない人の部屋に入ったの?根拠が?」 「警察から凶器がないって聞いていたからよ。どこかにあると思って」 「あると思って、調べた?」 「そうよ」 コナンは一旦頷く。細い顎に手を当てて思考するような仕草で再び口を開く。 「うん。で、他の人の部屋は調べた?」 「……」 「……」 「調べていないが」 黙る百恵と八神を視線でいなして、不愉快そうに神崎十蔵が答えた。 「なんで?」 「それは……。あいにく、鍵が掛かっていたし」 「この部屋だけが鍵が掛かっていなかった。つまり、そうだよね?」 「ああ」 「そして、他の部屋は鍵が掛かっていた」 「……そうなるな」 十蔵は、段々と尻つぼみになる。声に張りがない。 「ここしか調べていない。それなのに、証拠品を見つけた?随分と運がいいね。それに、さっきも言ったけど、よく素人が探せたね」 屋敷に住み働いている人間は、執事の森村と三上、花崎、料理人の若原である。庭師の雨宮と調理場のバイトである新垣は家から通っている。 部屋を与えられている人間も通常は部屋に鍵を掛けるのが常だ。部屋に帰る時間は昼休みか仕事が済んだ後となるため無人の時間が長くなる。神崎はその辺りしっかりとプライベートの確保をする人間であったから、鍵の設置は当然だ。 だから、もし親族の三人が不法に人の部屋を調べようとしても、まず鍵が掛かっていて無理である。たまたま、三上が掛け忘れたのか開いている部屋を家捜しして、凶器と財布を見つけるなど出来過ぎている。 第一、本当に犯人だったら、絶対に鍵は掛けるだろう。 迂闊に人に見つかるようなことなど絶対にしない。 それに、もし証拠品を隠すならもっとわかり難いところにするだろう。素人がさっさと探し当てる場所になと置くはずがない。ベッドの下など、もってのほかだ。本当に偶然ここを探したとしても、素人が簡単に見つけることは不可能なのだ。 「でも、見たでしょ?この財布」 やり込められている事態に、百恵が声を上げた。そして、目暮が確認したらところ二、三十万の大金が入った財布を指さした。 「お金を盗んだのよ。大金に目がくらんで」 「そうだ」 百恵も十蔵も言い募る。 その台詞に、執事を覗き従業員たちは不思議そうな腑に落ちない顔をした。コナンはそれにも小さな手を挙げて彼らの口を止めた。 そして、にやりと目だけで笑い、コナンは子供の仮面を脱ぎ捨てる。 普段は隠しているが、今回は別だ。自分は依頼を受けているのだから。コナンはまとう雰囲気さえ変えて、親族三人に向き直る。 「この財布の中のお金は、あなたが見つけた時にはこの金額でしたか?」 口調も変えて、探偵として聞いた。 「そうよ!」 戸惑いながらも百恵は叫ぶ。 「……紙幣に触りましたか?」 「触ってないわよ。なによ、私がお金を抜いたとでもいうの?」 「いいえ。他の方は?確かめましたか?」 「私は触れていない」 「俺もだ」 「そうですか。百恵さんが外側の財布にだけ触れたんですね」 「ええ」 百恵は頷く。だが、どこか不安そうだ。この質問に何の意味があるのか定かではないからであろう。 「先ほどから大金と言っていますが、いくら入っていたか確認したのですか?」 「え?それは、中を覗いたのよ。もしかして、盗まれているかもしれないから」 「いくら入っていたか覚えていますか?」 「……一万円札が二十枚はあったと思うわ。厚みがあったから」 思い出すようにして、百恵が答えた。 「……とても、おかしいですね」 コナンは首を傾げながら、表情はにこやかに波紋を投げかける。 「なにがだっ!」 十蔵が、激昂する。 「神崎さんは、家にいる時財布にお金はほとんど入れていないんですよ。ねえ、森村さん」 「はい。旦那様は、お屋敷にいらっしゃる時は必要ないとおっしゃって、財布にはいつも一万円しか入れておりませんでした。出かける時は私がまとまった金額をお渡ししておりました。そして、お出かけになって戻ってくると、残ったものをまた私に預けるのです」 コナンが振ると森村は、はっきりと答えた。コナンはそれに、微笑んでから背後にいる従業員達へと視線を向けた。 「屋敷の人たちは、知っていたでしょ?」 「もちろんです。旦那様のことですから」 「はい」 「そういう方でしたから」 「はい!」 全員が、是の答えを返した。当然だ。この屋敷で働いていて、彼の人となりを知らない人間はいない。 「つまり、屋敷の人間は神崎さんの財布には一万円しか入っていないことを知っていたんですよ。それを盗むなんて、考えられません。それに、見つけた財布に大金が入っていること事態、あり得ません。わかりますか?誰かが故意にそこへまとまった金額を入れない限り、財布には一万円しか入っていないはずなんです」 「「「……」」」 百恵も八神も十蔵も沈黙した。 「それは、加害者がお金を入れて彼に罪を着せようと部屋に隠したということだね?」 黙ってコナンのやり取りを見守っていた目暮が、結論づける。 すでに子供だから、という認識が目暮から欠けていた。今まで口を挟まなかったのは、経験値のせいだ。こういう展開を目暮はよく知っていた。佐藤も余計なことなど言わず見ているし、それは高木も同じだった。 踏み込めない何かが、そこにはあった。 「そうなりますね。本来犯人が凶器や財布を鍵もかけない部屋に置いておく事が、おかしいですよ。もし、見つからないようにするなら、部屋には鍵をかけるし、もっとわからない場所に隠すでしょう。それに、さっさと処分していますよ。なぜ、わざわざ自分の部屋に隠すんですか?」 疑ってくれと言っているようなものだ。 「犯人は、神崎氏が家では財布に一万円しか入れていないことを知らない人間ということになるな」 ふむ、と目暮が腕を組む。 「ということは、該当者はあなた達ということになります」 目暮は親族を見据えた。 「そんな、そんな理由で犯人扱いするの?」 百恵は身体を震わせる。 「そうだ。言いがかりだ」 「弁護士を呼んでくれ」 慌てて反論するが、焦りが見える。 「誰かがお金を財布に入れたとしたら、紙幣を調べれば指紋が出ます。その内の一枚は神崎さんと森村さんの指紋が出ますから、残りの指紋が犯人のもですね。調べてみましょう。あなた方は紙幣に触っていないと言われた。指紋が出てくるはずがありませんから、無実を証明するために調べましょう」 「……っ」 百恵が顔をひきつらせた。八神も十蔵も顔を青くする。 無実なら、調べてくれというはずだ。だが、三人は、顔色を変えて弁明する。 「でも、いえ、ひょっといたら触ったかもしれないわ。うっかり……」 百恵は言い訳を始めた。 「他の方は?」 コナンは振る。 「俺は、俺ももしかしたら触ったかも」 「わからん。覚えていない」 途端、あやふやな証言になる。これでは、彼らの証言は信じてもらえないだろう。 「ひとまず、指紋の確認はしますので、後でご協力お願いします」 目暮はじろりと三人を見据えながら、断言した。 ぐっと詰まった百恵は、ふと顔を上げて別の事を言い出した。 「犯人目的がお金じゃないかもしれないじゃない。そうよ、あの部屋には金庫があるんだから。兄さんは宝石だって持っているもの。あの中のものが犯人の目的なのよ!」 金庫は確認していないじゃないと、百恵は訴えた。 「それを盗んだかもしれないな。そうだ、きっとそうに違いない。金庫を開けてみないとなあ。権利書とか株とかあるだろう」 八神が賛同して、言葉を繋げる。 「金庫が怪しい。あそこの鍵が盗まれているんだ。金は囮なんだ」 十蔵も持論を展開し始める。 「そうよ。有名なビックジュエルって言われる宝石が、あったはずだもの。『青空の瞬き』よ!」 「そうだな。目的は、それか?」 八神も百恵のように意気込む。 先ほどまで三上を責めていたとは思えない変わり身の早さだ。 「……あなた方は、犯人が金庫の鍵を盗んで中のものを奪ったと考えるのですね?」 「そうよ!」 「ああ」 「そうだ」 コナンは、綺麗な笑みでそうですかと頷く。 「では、三上さんが犯人であるという意見は撤回されるのですね?彼の部屋にあった財布やナイフは囮だと言われたでしょう?」 「そ、そうだな」 十蔵は肯定するしかできない。冷や汗が流れるのをハンカチで拭う。 「つまり、三上さんは被害者だ。自分の部屋に凶器を隠された。そうですね?」 「……ああ」 「そうね」 「そうなるな」 ここで否定すると疑いが自分に跳ね返って来ることがわかっていて三人はしぶしぶ肯定した。 「森村さん」 コナンは森村へと視線を向けて、何かを促す。 「犯人が金庫の鍵を盗んだという意見ですが、それはありません。私が、旦那様から金庫の鍵を預かっておりますから。宝石も、権利書も、通帳も、大金も、そのようなものはありません」 姿勢をぴんと伸ばし森村はさらりと宣った。 「は?何それ!」 「どういう事だ?」 「ああ?」 「え、そうなんですか?」 「知らなかったなー」 「へえ、そうなんだ」 「知りませんでした」 「ほう」 森村の言葉に、コナン以外の全員が驚く。 |