「そういえば、神崎さんを殺した犯人ですが」 コナンはいきなり切り出した。 「佐々木百恵さん。あなた、従業員の三上さんが神崎さんの側にいる時、ドアを開けて驚いて悲鳴を上げられましたね?それで、皆が駆け寄ってきたはずですが」 「そうよ」 そう百恵は証言している。百恵自身も自信を持って言える。 「その時、あなたは三上さんに『人殺し』と叫んで犯人と疑ったそうですが?」 「……だって。仕方がないじゃない。悪かったとは思うわよ。でも、状況が状況でしょ?」 焦ったように、百恵は言い募る。 「そうだ。兄さんが殺されたんだから、兄弟として当然だろ?」 「咄嗟にでてしまったんだから、今更それを咎める必要はないだろう」 八神と十蔵も百恵の援護をする。 コナンは、にっと笑った。 「百恵さん。今更それについて咎めるとか責めることはしませんが。あなたは、三上さんに『人殺し』と言ってしまったことは認めますね?」 「……ええ」 仕方なく百恵は頷いた。 「なぜ、三上さんが人殺しだと思ったんですか?」 「は?そんなの、決まっているわ」 「どう決まっています?」 「兄さんが殺されたのよ?」 コナンはすっと目を眇め、口の端を上げた。 「あの時点で、神崎さんは血の中に倒れているだけでした。だから三上さんは、旦那様と何度も呼んで、無事を確認しようとしています。いいですか?ナイフも刺さっていないんです。三上さんはだから怪我をしたのかはたまた病気なのか、わからなかった」 「「「……」」」 黙った親族三人にコナンは決定的な言葉を告げる。 「人殺しだと、神埼さんが殺されたと、あの時知っていたのは犯人だけです」 百恵は顔を蒼白に変えて、ぶるぶると震え出した。 八神もぐっと詰まり顔を顰めた。十蔵は、無表情の中反論できないだろうかと考えているようだ。 「つまり、百恵さん。あなたが犯人です。まあ、一人では無理ですから共犯がいるでしょう。居間で一緒にお茶をしていたとアリバイを証言した八神さんと神崎十蔵さんです」 「コナン君」 目暮が呼んだ。 「それは、本当かね?」 「見ての通りです。それから、たぶん佐々木百恵さんの靴の裏に、血痕が残っていると思いますよ。気を付けていたとは思いますが、広範囲で散らばった血を踏んでいると思いますから。小さな血痕ですが、少しだけ何かでひっかけた跡がありましたから。あなた、部屋に入って遺体には近寄っていないはずですよね?先ほど、佐藤刑事に確認したのですが」 他の二人も同様に近づいていないはずですけど、血痕がある可能性は高いですよ、とコナンは結んだ。 コナンは神崎の書斎へ移動する際に、佐藤に部屋に入ったもの、遺体に近づいたもの、触れたものについて尋ねていた。 「お話を聞かせて頂きましょう」 目暮が、前に出て鋭い目で三人を睨む。 ここからは警察の仕事だった。 その夜、結局コナンは神崎邸に泊まっていくことになった。森村からも是非にと言われている。 「どうか今宵は屋敷にいて、旦那様を送って差し上げて下さい」と言われるとコナンも断れない。コナンがこれから行われる通夜や葬儀に顔を出すことはない。だからこそ、森村はそう願い出たのだ。 「旦那様の遺体はここにはありませんが、魂があるならコナン様のところにあると思います」と言われてコナンの方がちょっと哀しくなった。 夕食の後でコナンは三上を呼びつけ 「ああ。三上さん、ちょっと後で部屋に来て」 と言った。三上は 「はい」 用件を言わないコナンに三上は首をひねりつつも頷いた。 コナンが部屋で珈琲を飲みながらくつろいでいると、ノックの音がする。入れと言うと三上が失礼しますと部屋に入ってきた。 部屋で、二人は無言で向き合う。 「で、こんな場所で何しているんだ?KID」 口火を切ったのはコナンだった。 「……相変わら鋭いですね。名探偵」 KIDと呼ばれた三上は先ほどまでの真面目な人間の顔を脱ぎ捨て、にっと笑った。 「ふん。犯人にされそうになっていたくせに」 「その件に関しては、ありがとうございます。感謝しておりますよ」 コナンの嫌味に怪盗は優雅に一礼した。コナンはその態度に鼻を鳴らす。 「神出鬼没も、いいけど。変装して犯人扱いになっていれば世話はないな。で、本人は?」 「今頃は実家に帰っていると思いますよ。元々お休みを取っていたんですから」 「そうか」 怪盗は、実際困ったはずだ。 殺人現場にいたところを第三者に見られて、濡れ衣を被せられそうになった。 きっと、すぐに彼らが怪しいと気づいたはずだ。 第一発見者になってしまった自分。変装している人間が戻ってきてしまっては、あまりにも迷惑を掛けすぎる。それは怪盗の信条に反することだ。 自分が入れ替わっている間になるべく事件が解決していることが望ましい。 だから部屋の鍵を開けたままにした。 たとえ、鍵を持っていなくても、怪盗なら簡単に鍵を掛けることができる。それなのに、開けておいて理由。 凶器などが見つかってないと聞き、その隠し場所を彼らが探していると気付き、着替えに行った時にわざと部屋の鍵を開けて来たのだ。 それくらいするだろう、この怪盗は。 事件解決には、それだけでは足りないが、怪盗がある程度他人にわからないように真相をリードすれば済むことだ。 彼らのボロが簡単に出るかどうかは賭だっただろうが。 そこに俺が来た。 さぞかし、都合が良かっただろう。 事件を解決するに足る存在、探偵。 怪盗を助ける義理はないが、無実の罪を着せる気は更々ない。真犯人を突き止める。それが探偵である自分の仕事だ。 これみよがしに、怪盗は証拠を突き付けた。自分の前で「人殺し」と叫ばれたと伝えてきたのだ。まったく、なあ。コナンは舌打ちしたい気分になる。 「ほらよ」 ぽいっとコナンは投げた。 放物線を描いて落ちてきたものを怪盗は受け取る。 きらきら光るビックジュエル。「青空の瞬き」と呼ばれることが、当然だと思える輝き。深い透き通る青は人々を魅了するだろう。 「美術館に寄贈するとはいっても、まだ先になるし。そこに盗みに入るにしても皆の迷惑だ。さっさと確かめておけ」 ふんとコナンはそっぽを向く。 怪盗が、この屋敷にやって来た理由。従業員の三上に成りすましてどうするつもろだったのか。ビックジュエルを所持している神崎の偵察だ。 屋敷に忍び込めば、ビックジュエルを盗むことができるのか。どこに保管されているのか。所持しているとはいっても、公の場で公開することがなかったせいで、実際のところ、本当の事であるのか、今でも持っているのか、どこか銀行などの貸し金庫に預けれているのか、確かめる必要があった。 すべて探偵にお見通しであるとわかって怪盗は苦笑した。 「……」 コナンの好意を受け取り、深く一礼して怪盗は窓際に寄り、カーテンを開け月の光に翳した。そこには、なにもない。少しだけ吐息を吐いてから振り向いてコナンの前まで歩き片膝を付き、 「ありがとうございました。お返しします」 青い宝石をその小さな手のひらに落とした。 「ああ」 コナンは頷き、手のひらに落とされたビックジュエルを、無造作に上着のポケットに入れた。 「……」 ビックジュエルをポケットに入れてしまう探偵に怪盗の方が、心配になる。もっとも、コナンは持ち主であるから、どう扱おうが彼の自由であるが。 「では、失礼します」 怪盗は三上の姿から世間を騒がす真っ白い怪盗の姿に変えると、窓に近寄り一気に開けて、消えた。 月光の中、飛んでいく白い姿にコナンは、「ドジ踏んでこれ以上迷惑かけるな」と呟いた。 そんな呟きを残念ながら怪盗は知らない。 |