現場を出て、待機している親族や従業員に会ってみようかと二人が会話して廊下を歩いていたところ、大声が響いた。 「見つけたわよ……!」 声を聞きつけた目暮、高木、佐藤とコナンがその場所へと駆けつけるとそこには親族の三人がいた。 佐々木百恵が鼻高々と言い放つ。 「見つけたわ。兄さんの財布とナイフよ」 百恵は、目鼻立ちがはっきりしているため地味にはほど遠い。それなのに派手なメイクをしているせいで、些か悪目立ちする。深い緑色のスーツにハイヒールという出で立ちだ。親族が集まっている中では一番印象深いだろう。 興奮気味に、語る百恵に後ろでうんうんと頷く男二人。被害者の弟である八神和一と神崎十蔵だ。八神和一は頼りなさそうな顔立ちをした痩身の男だ。皺一つない灰色の背広姿で神経質そうに見える。神崎十蔵は厳つい顔つきで頭に白いものが目立つ。がっちりとした体躯に黒い背広を着ているため少し怖い印象がある。 百恵が手にしているのは、布に包まれた血痕の付いたナイフと黒い皮の財布だ。 「ほら」 百恵は目暮にそれを自慢げに見せた。 ふむと頷きながら手袋をした手で目暮はそれを受け取る。そして、しげしげと観察しながら、騒ぎを聞きつけて集まってきた従業員の中に森村を見つけて、それを掲げてみせた。 「被害者の神崎さんの財布で間違いないですか?」 「はい。確かに。旦那様のものです」 森村ははっきりと証言した。その目に迷いはない。 「そうですか。この部屋から見つかったらしいのですけれどね」 この、部屋。それは授業員が寝起きしている棟の一室であり、第一発見者の三上の部屋でもある。 どの従業員の部屋も間取りは同じで八畳の居間にトイレ、バスが付いている。居間にはベッド。机と椅子。小振りなソファ。作りつけのチェスト。本棚だ。 すっきりと片づいていて、小物なども機能が優先されたものだ。 ただ、色合いが多少寂しい感じがするが、まあ居心地の良さそうないい部屋だろう。 「……そんな」 蒼白な顔で三上司郎が自分の部屋の前で立ちつくしている。他の従業員、花崎恵美、雨宮英雄、若原三郎、新垣隼人も部屋の扉の周りに円を作り、中の様子を伺っている。皆の視線が一気三上に集中する。 三上を見つけた百恵が、きらりと目を輝かせて叫んだ。 「こいつが、お金欲しさに兄さんを殺したのよ」 「なんてことを!」 「人殺しめ」 いきなりぶつけられる誹謗の数々に三上はびっくりと身体を揺らしてから、小さく首を振り瞳を揺らして否定をする。 「物的証拠があるのよ」 「ここで財布とナイフが見つかったんだ!」 「そうだ。この男が犯人だ!」 一方的に責める親族に、目暮が身体を挟み手を広げて止める。 「落ち着いて下さい。調査はこれからです。憶測だけで決めてはいけません」 「でも、ここで見つかったのよ?これ以上の証拠なんてないでしょ?」 百恵が目暮に食ってかかる。 目暮はまあまあと落ち着かせながら、どんな経緯があったのか話を聞かせて下さいと則す。 「兄さんが殺され、凶器もないし財布もなくなっているって聞いたから探したのよ」 「そうそう。犯人が内部ならまだ持っていると思ってね」 「第一発見者である人間が怪しいし。部屋に隠しているかと思って」 「……それで、家捜しを?」 それぞれの言い分に目暮が頭を抱えながら確認した。勝手に部屋に入って家捜しなどしてはならない。普通、処罰される。 「そうよ!現に見つかったじゃない」 「最初から怪しいと思っていたからな」 「ああ。やっぱり、当たっていた」 彼らは、端から従業員の三上が犯人だと思って行動していることになる。それで家捜しして、証拠を見つけたというわけだ。 ふむと、目暮も頷いてから、手の中の証拠として上がってきたナイフを見る。確かに血痕が付いている。形状といい、殺害に使われた可能性は高いだろう。そして財布を広げる。中身はなくなっていないだろうか、と目暮が内容を確認する。そして、小銭が少しと札入れに一万円札が多分二〜三十万枚くらい入っていることを見て、カードの類があるかどうか見る。 これは、執事である森村に確認してもらった方がいいだろうと、目暮がそれを見せる。森村をはその財布をしげしげと観察して、横でコナンもそれをじっと見た。 「カードの類は減っているものはありません。ですが……」 だが、コナンが森村の先を止めた。小さな手を横に出して、にっと笑う。その眼差しを見ると森村は、黙った。コナンに従うことに戸惑いなどないのだ。 「なにか?」 「いいえ」 目暮の問いにも森村は答えない。腑に落ちないという顔をして目暮がコナンを見ると、すでにコナンは部屋の中をきょろきょろと見ていた。そして、徐に百恵に話しかけた。 「すごいね、どこで見つけたの?」 いきなり現れた子供に話しかけられた百恵は驚いて、それでもはっきりと答えた。 「そこよ。ベッドの下に隠してあったの」 自分の手柄を自慢そうに語る百恵に、コナンは感心した顔で、 「探偵の才能があるね。よく、わかったね。ここにあるって!」 と声高に誉めた。 「……そりゃあね。三人で探したからすぐに見つかったんだよ。坊や」 隣で八神が口を挟む。 「ふうん。そうなんだ」 コナンは見かけだけは納得したようだった。そう見せかけているだけなのだが、その内心を想像できる者はこの場に数人存在した。 目暮は、ここで三上へと身体を向けた。証拠が発見された部屋の持ち主に詳しく事情を聞かなければならない。 「三上さんにもお話を聞いてもよろしいか?」 「はい」 少し落ち着いたのか三上は神妙に頷く。 「これに、覚えは?」 ナイフと財布を掲げて目暮は率直に聞く。 「ありません」 ぎゅうと拳を握って、緊張しながら三上は答えた。 「待機している間、席を外しましたか?」 「いいえ。ああ、トイレくらいは行きましたが、刑事さんがついて来ました」 「もう一度、あなたが被害者を発見した時のことをお聞きします。なるべく、詳しく。思い出したことがあれば、それも加えて」 「はい。僕が旦那様の部屋に行ったのは仕事があったからです。床に傷が付いているので補修してほしいと昨日から言われていましたから。床の色にあわせた補修剤が必要で、今日になってしまいました。それで、これから仕事をしてもいいか旦那様に伺いにお部屋に行きました。ノックしても返事がなくて、不審に思ってドアを開けてみたら、旦那様が!倒れてっ。旦那様の胸から血が流れていて、床にまで」 一端言葉を切って、三上は目をつむってから再び続ける。 「あわてて、駆け寄りました。身体を揺すりながら、旦那様、旦那様と何度も声を掛けても返ってこなくて。救急車を呼ばなければ、森村さんに知らせないと、って思っていたところに、佐々木様がいらっしゃいました。それで、悲鳴を上げられて。『人殺し』と叫ばれて、僕も動転してしまって。どうしていいかわからなくて、動けなくて……」 その時を思い出したのか、震える身体に両腕を回して抱く。 「その時、ナイフはなかった?」 「はい。僕が駆け寄った時は何もありませんでした。だから、なぜ血を流しているのかわかりませんでした。怪我をしたのか、まさか病気かと」 病気だとは聞いていませんでしたし、と三上は続ける。 「財布は?」 「知りません。あるとかないとか確認なんてしませんから。思いつきもしませんでした。だって、そんな刺されたなんて、あの時、わからなかったんです!」 「そうですか」 目暮も、尤もだと相づちを打つ。 「もっと、早く、僕が部屋に伺っていれば。ひょっとしたら、間に合ったかもしれないのに。僕が来る前に亡くなっていたと聞きました。あと、1時間、早ければ。旦那様は助かったかもしれないっ……」 三上は、悲鳴じみた言葉を飲み込む。深く嘆いていることが伺えた。 「旦那様の身体、もう冷たくて。ひょっとして息をしていない?と思ったら、頭が真っ白になって」 「何か、気づいたことはありませんか?」 「……いいえ。警察の方がいらっしゃってからは、もう何がどうしてのか、わかりません。服が血に塗れていたので、着替えはさせてもらいましたけれど」 まだ、手に血が付いているかのように己の手を見つける三上に、目暮はありがとうございますと返す。 かなり三上は憔悴している。 目暮は、考え込んでいる。嘘を言っているとは思えない証言。その三上の部屋から見つかった証拠の数々。 その姿をじっと見ていたコナンは、小さな笑みを口元に刻む。 「予定外ってか」 そして、意味深な言葉を呟くが、その声は小さすぎて聞いたものはいなかった。 |