「妄想の果て・・・それは有明」2




 「どうぞ、手にとって見て下さいね」
 「はい、ありがとうございます。2600円になります。新刊にはティッシュが付きますが、どちらがいいですか?」
 「今日の新刊はこちらの3冊です。それとコピー誌。コピー誌は今日だけの限定です!」
 「は〜い。ありがとうございます」
 「こちらお釣り400円になります。はい。ティッシュは工藤君ですね?わかりました。………ありがとうございます」
 「え?先生来てはいるんですが、出かけていないんですよ。差し入れ?はい、渡しておきますね」
 「はい。全部?わかりました。………こちでいいですか?はい。ありがとうございます」
 「4列で並んで下さい。いいですか?………最後尾はあちらになっていますから!」

 開場と共に押し掛けてきた人の波。
 それは、もう、すごかった。あっと言う間にできた行列に川瀬は驚く。どこから人が沸いてきたと思う程の人混み。会場中が人、人、人で溢れ返り熱気をまき散らしいく。

 「なおちゃん、どう?」
 「うん、どうにか。でも、すっごい人だね。こんなに想像してなかった………」
 「そうだろうね〜。まあ、慣れだよ。なおちゃんなら愛想あるから大丈夫」
 「ありがとう。それが取り柄かな?」

 知加子の言葉に川瀬はふふ、と笑う。

 (愛想、愛嬌だって十分な武器だもんね?がんばろっと!)

 川瀬は彼女特有のにこやかな、邪気のない笑顔を浮かべながら売り子をこなす。そんな川瀬に知加子も励ます。

 「昼間までがピークだから。それを越えると空いてくるし」
 「うん」
 「それにお昼取ったら交代で本を買いに行くから、がんばって!」
 「それを励みにがんばる。KID様と工藤君のラブラブパワー全開や切ない恋のお話が詰まった本がざっくざくだもんね〜」

 そう思えばこのくらい訳ないもの、と川瀬は思う。

 (労働の報酬はとても大きいわ〜。ああ、楽しみ………!)
 




 「さあ、行こうか?」
 「うん!」

 知加子と川瀬は昼食を手早く取って、待ちに待った買い物に出かける時間となった。

 「ここら辺一帯『怪盗×名探偵』だから。後で隈無く見回るとして先にお目当てのサークルさんに行きましょう。売り切れると困るから」
 「うん」

 川瀬は頷く。気持ちとしてはちーちゃんにどこまでも付いて行くわ、と言ったところだろうか。その子犬のような目に知加子も庇護欲を刺激されて、私に任せておきなさいという気になる。よし、と闘志を燃やしていざ出陣だ。

 「こっちよ、なおちゃん」
 「は〜い」

 まず、行ったサークル一つ。

 「ここはコミックのサークルさん。絵が好みならまあ買いでしょう」

 川瀬は本を手にとってパラパラとめくる。絵柄は可愛い感じで中編くらいの厚さ。話の内容もまあまあしっかりしているようだ。川瀬はあまりに薄い物は覗いてそこの本を買いあさった。横で知加子は新刊のみ購入していた。
 次に行ったサークル。

 「ここは小説サークルさん。しっかりした文章でみっちり書いてる。シリアス事件物とか多いかな。お勧めは『失意の断崖に』『光と影』。読み応えはばっちりよ。あ、新刊出てるね〜。『迷宮の城』か。買おっと」

 知加子の説明にそのタイトルの本を手に取る。中身はみっちりと文字が羅列している。見ただけだと、確かにシリアスっぽい。

 「まあ、文章は見ただけだと絵よりわかり難いよね。こう、だからインスピレーションだよ!普通の本買う時と一緒。自分の勘を信じるの。開拓する時は特にそう!失敗は恐れずに行こう!」
 「うん、そうだよね!いい雰囲気がするもの、買うわ!」

 川瀬はそこにある本を全て買うことに決めた。
 次のサークル。

 「ここは物書きと絵描きが一緒にやってるサークルさん。だから交互にお話が繋がってるものもあるし、個人で出してるものもあるの。お勧めは、そうだな………『怪盗KIDの秘密』?ギャグありシリアスありで面白い。それと、小説の『月と宝石が眠る』コミックの『恋人は名探偵』。ここのはどれも明るめだよ」
 「明るめ………かあ。ふんふん」

 川瀬は絵柄のチャックをして文章を見る。
 そして、知加子が勧めた3冊を購入する。
 次のサークル。

 「ここは、全て買いよ。それ以外ないわ。とにかく、どれもこれも素晴らしい小説ばかりだから!ついでに挿し絵が綺麗」
 「ちーちゃんがそこまで言うなんて、すごいね」

 川瀬は感心しながら本をめくってみる。手に取った本はとてもぶ厚かった。挿し絵も美麗という言葉がぴったりでモノクロなのにまるで色が見えるようだ。

 「ラブ・ロマンス『空と地球の恋』全5巻。パラレルファンタジー『蒼い天使と月の魔術師』全3巻。それ以外にも『初恋』『運命』『永遠』の三部作。現在続いている『月の砂漠』!我がK新ファンクラブの次にここのが好き〜〜〜。新刊出てるの?」

 知加子はぐるりと見回して『月の砂漠』の続きを探すが見あたらない。

 「あの、新刊は?」
 「………すみません、落ちました。今度には出ると思います」

 売り子に聞いてみると、申し訳なさそうに答えるので知加子は肩を落とす。

 「楽しみにしていたのに………。ああ………」
 「えっと、ちーちゃんそんなに落ち込まないで。ね?後で一緒に開拓するんでしょ?」
 「うん、そうだね。いいとこ見つかるといいね」
 「そうでしょ。私はちーちゃんが言ったように全部買うわ」

 知加子を元気付けるように微笑んで川瀬は根こそぎそこのサークルの本を買い込んだ。

 「お勧めは他にもあるけど、今日のイベントに来てないから。後は開拓よ、なおちゃん!」
 「うん、開拓ね、ちーちゃん!」

 二人は互いの瞳を見つめ合いひしっと意志を通いあうと軽く頷いて、歩き出した。
 端からひとまず見ていこう、と二人で立ち止まり本をパラパラめくって置き、めくって置きを繰り返す。

 「ねえ、ちーちゃん、これどう?」
 「うーん、ペラじゃなくてかなり厚みもあるね、小説だから中身は冒険だな〜」

 川瀬が手に持った本は作りは簡素だ。表紙や紙にお金が掛かっているよう見えないがその分厚みがあって値段が押さえてある。知加子が見たことないサークルだから、最近出てきたばかりなのかもしれない。

 「買ってみる価値はあるかも。値段も良心的だし」
 「そうだよね。私、この2冊買ってみる!」

 持っていた『秘密の花園』ともう一冊、それより薄い短編集のようなもの『宝石箱』を購入する。

 「良かったら、貸すね、ちーちゃん」
 「ありがとう。私もいいのがあったら買って貸すわ。そうして重ならないようにすれば冒険も2分の1で済むしね」
 「そうだね〜」

 貸し借りすれば、本が多く読める。冒険するものを重ならないようにして安く、たくさん!同人誌のような単価の高いものなら、とても有意義な方法だ。
 そして、歩いて、吟味してまた歩く。

 「これいいわ、買ってみる!」

 知加子が本を手に取り購入する。

 「なんていうか、勘が告げるのよ。いいぞ〜って。うふふ」

 川瀬が横からその本をしげしげと見つめる。小説とコミックが半々くらいだろうか。絵は書き慣れた感じで達者。小説はぱっと見、文章が長い。これも書き慣れているようだ。
 簡単にシリアス&ギャグパラレル学園物、と説明が書いてあった。そのタイトルもベタな『聖ミカエル学園物語』だ。

 「貸してくれるの、待ってる」

 川瀬はにっこりと微笑んだ。
 そして、その後もたくさん開拓して二人は売り子に戻ることにした。
 



 「ただいま〜」
 「ただいま、返りました。忙しかった?」

 ちょうど行列が途切れているところへ二人は帰ってきた。昼を幾分過ぎると空いてくるのだ。

 「おかえり。そうでもないよ、大丈夫」
 「さっきから、ゆっくりしたペースになってるよ」

 迎えてくれた京子と葉子は手をふって答える。長谷川はまだ買い物に行っているようでいない。

 「たくさん買えた?」

 両手いっぱいにもっている本と下げている袋がふくらんでいるのを見て、京子がくすりと笑う。

 「うん、すごいの〜。私初めてだから、目移りしちゃった」

 川瀬はにこにこ買った本を報告する。

 「たくさん開拓してきたのよ?」

 知加子も横で微笑みながらほら、と戦利品を見せる。当然ながら、へえと本を見る京子と葉子。いいものがあったら、自分も買おうという気満々だ。

 「私、これ欲しい。場所どこですか?」
 「それ、それはね、○○」
 「そうですか。じゃあ、これから買い物に行ってきます、いいですか?」
 「いいよ。京子も葉子も行っておいで。今度は私たちがいるから」
 「「はい」」

 それではお願いします、と言い置いて二人は買い物に出かけた。そして、交代した知加子と川瀬は売り子をこなす。
 それからしばらく経った頃。突然それは起こった。

 「知加子ー、お疲れ!」
 「お疲れさまです、知加子さん」

 なんというか、とても目立つ二人の女性が現れてその内の一人背が高い女性が知加子に抱きついた。

 「ユリコ先生………。重いですって」

 知加子は、疲れたようにぼそりと呟く。

 「冷たいこと言わないでよ〜。ねえ、透子」
 「知加子さん、困ってるわよ。離して差し上げたら?」

 くすりと薄く微笑んむもう一人の美女。

 「わかったって」

 しぶしぶと知加子から手を離す女性が、横に立つ川瀬を見つけて満面の笑顔を作る。

 「可愛いお嬢さんね〜!!!」
 
 そして、徐に川瀬をぎゅーと抱きしめた。驚いたのは川瀬で、目を白黒させている。知加子は予想していたのか、額に手を当ててやっぱりと、言う。

 「ええ………?えっと」
 「小さいね〜。可愛いね〜。好みだわ〜」

 背の高い女性からすれば小柄な川瀬はすっぽりと抱き込まれる。20センチ程の差があるのだから、そこから抜け出すことは容易ではない。
 
 (く、苦しい………。息が………!!助けて!)
 
 誰に、ともなく。
 ここにいる中では知加子にしか助けを求めることはできないのだが、わずかに外へ伸ばされる手が哀れを誘っていた。

 「ユリコ先生。なおちゃんが、死んじゃいます!」
 「そうよ、ユリコさん。殺人はいけないわ」

 叫ぶ知加子に穏やかに物騒なことを言う美女。

 「はいはい」

 仕方なく手を緩めるが、それでも腕から離さなかった。その様子を見て、知加子は大きくため息を付いた。

 「その病気さえどうにかしてくれたら!抱きつき癖と小さくて可愛い物に目がないところ………。なおちゃんは格好の餌食だと思ったけど………」
 「病気とは何?だって、私美少年も美青年もこの上なく好きだけど、ショタじゃないのよ。可愛い女の子大〜好きよ。それで小さかったら申し分ないわ」

 力説するので、それが病気だってと小さく知加子は呟く。そして、呆然とし腕の中にいる川瀬に説明を促す。

 「なおちゃん。こちらの、病気持ちな人が佐藤ユリコ先生」

 川瀬は自分を抱き込んでいるユリコを見上げる。薄茶のショートの髪に切れ長の瞳、赤いピアス。170を越す長身を細身のコートに包んでいる。強烈に印象深い女性だ。

 「………ユリコ先生?あ、私、川瀬直美といいます。はじめまして」

 川瀬はユリコの目を見つめながら自己紹介をする。

 「ううーん、びっくりした顔も可愛いわね、子猫ちゃん」

 ユリコは川瀬の顎に手をかけて上向かせる。
 
 (こ、子猫ちゃんて………)

 何事も結構豪快に受け止める川瀬であるが、子猫ちゃんと呼ばれたのは初めてだった。

 「食べちゃいたいくらい………」

 獲物を狙う野獣のような目をするユリコに怯える川瀬を見て取って知加子は眉をひそめる。
 
 (そんな肉食獣みたいな目で見たら、なおちゃんが怖がるでしょう?冗談も大概にして欲しいわ、冗談じゃないともっと困るけど………)

 「なおちゃんに、手出さないで下さい、ユリコ先生。そしてこちらが、飯島透子先生」

 知加子はユリコをぎろりと睨んでその横に立つ美女を紹介する。

 「はじめまして、川瀬直美です」
 「はじめまして、川瀬さん。子猫ちゃんの方がいいかしら?」

 艶のある長い黒髪を揺らし、大きな漆黒の瞳で美女は笑う。引き込まれる雰囲気を持った透子は赤い唇を釣り上げて川瀬を覗き込む。その瞬間、ふわりと香水の香りが漂った。
 川瀬は透子をうっとりと見つめる。
 一言でいうなら、川瀬は綺麗なお姉さんは好きだった。
 ユリコではないが、綺麗な青年も大好きだが自分が憧れるような大人の美女も大好きだった。結局川瀬は単に面食いであるだけかもしれない、とは後の知加子の言葉であるが。
 
 (ああ、なおちゃんが、透子先生のフェロモンにやられている………)

 知加子は、どうしたものかと頭を悩ませた。この先生方をどうにかしてくれ、とは心の叫びである。

 「兎に角、まずユリコ先生はなおちゃんを離して下さい。話もできません。それから、透子先生もそのフェロモンで幼気な子を誑かさないで下さい」

 知加子はきっぱりと言い捨てる。いくら先生方でも常識を持って欲しいと常々思う。

 「わかりました。………透子のフェロモンより、私の方がましよね」
 「失礼なこと言わないでちょうだい。ねえ、子猫ちゃん」

 ようやく川瀬を開放したユリコの横から透子は川瀬の髪を撫でる。ぼんやりと川瀬は透子を見つめてほんわりと微笑む。

 「なおちゃん!」

 知加子は元凶であり、公害のような二人から川瀬を引き剥がした。そして、「なおちゃん!なおちゃん!」と川瀬の肩をゆする。

 「ご、ごめん。大丈夫だから」
 「本当に?」
 「うん」

 正気付いた川瀬は心配そうな表情を浮かべる知加子に安心させるよう頷く。それに、一応安堵して知加子は川瀬の紹介を補足する。

 「私から紹介させてもらうとですね。なおちゃんは、今日初めて売り子に参加してくれた会員です。そして、少しお話したと思いますが………春準備号に載っている工藤君についての情報提供者です。お仕事柄というか工藤君と話す機会もあり工藤邸にも行った強者。それに噂の黒羽君としっかりと会話してきた人物です」

 今日は私これが言いたかったのよ、と真剣に知加子は話す。

 「あの?………そうか、子猫ちゃんがそうなんだ!」
 「そうですの。詳しく聞きたいですわね」

 二人とも先ほどまでと目の色を変えた。それは作家の目であった。

 「えっと、何から話しましょう?」
 「そうね、やっぱり情報不足な黒羽君のことかしら?」
 「そうそう。工藤君についても聞きたいけど、それは後でいいから。まずは黒羽君ね」
 「私、お逢いしたのは一度だけなんです。でもとても仲良さそうでした。工藤君が「快斗」ってよんで、黒羽君が「新一」って互いを名前でよびあってましたし、なんていうか雰囲気が………。うん、とても大切なものを見る目でした。工藤君のことを優しくて愛おしそうに見るんです。こう、何からも守るって気持ちが伝わってきました」

 その時を思い出しながら、川瀬は思う。
 彼なら工藤君を任せてもいいと思った理由。

 「黒羽君は、工藤君のきらきらの元なんです。以前工藤君に逢った時、きらきらしていたので、恋人でもできたんですか?って聞いたらどうやらそうみたいで。私嬉しくて、これからも工藤君に愛情を注いできらきらさせて下さいねって言ってきました。そしたら、わかりました、任せて下さいって言ってくれたんです。まるで姫を守る騎士みたいでした!」
 「………へえ、そう」
 「いいわね。もっと聞かせて?」
 「ううーん、どうしましょう。もう準備号でご存じだと思いますけど。写真載ってましたし、経歴も書いてありましたよね。黒羽君の外見について、少し。背は高かったです。工藤君より10センチくらいかな?細身なんですけど、鍛えているのか均等の取れた感じでさすがマジシャンです。物腰とか歩く姿が優美で絵になる。存在感も普通の人とは違いました。なんていうんだろ、空気がきんと凍るというか張るというか、緊張感をもたせるんです。でも工藤君に対してはめちゃくちゃ穏やかで優しいです。容姿は端正、ハンサム。甘さとワイルドさがミックスされたいい男。目が印象的ですね、綺麗でした。そして仕事柄か手が指先が綺麗でしたよ〜」

 顎に指を当てつつ、川瀬は思い出しながら語る。川瀬の言葉にうんうんと聞き惚れるユリコと透子。知加子はすでに聞いていたので、それほど興奮はしていない。

 「あ、そういえば。先日工藤君から電話をもらったんです」
 「ええ?」
 「何ですって?」
 「聞いてないよ、なおちゃん!」

 突如として3人から詰め寄られて川瀬は一瞬後ずさる。

 「大したことじゃないんだよ。………チョコレートの寄付をしたいけど、いい先はあるかって聞かれたの。工藤君バレンタインにすっごくチョコレートもらったみたいで。家だけじゃなくて警視庁にも届いて困ってるみたい。前から寄付していたんだけど、量が半端じゃなくて、賞味期限が短いものもあるから、できるだけたくさんの所に寄付したかったみたい」
 「チョコ?………寄付?」
 「素晴らしい心がけね」
 「何時の間に電話もらうくらい親しくなったの?なおちゃん!」
 「親しくなってる訳じゃなくて。名刺渡してあったからだと思うよ。こういうことは、まあ詳しいし。工藤君もマスコミ関係だから私に電話くれたんだと思うし」

 工藤邸にお邪魔した時に、宮本と川瀬は当然名刺を置いてきていた。その時に何かありましたら、どうぞ、と言うのが普通の人間だろう。そこには別に下心などなかった。

 「何だか創作意欲が沸いてきたわ」
 「そうね。こう心の中から沸き上がってくるわね?」

 ユリコと透子は顔を見合わせて、楽しそうに目を細める。

 「ありがとう、子猫ちゃん。これで今度また話のネタになるわ。ラブラブで甘〜いお話を期待していてね?」

 そう言って、透子は川瀬の髪をさらりと撫でて感謝を行動で表した。

 「いいえ。私こそ楽しみにしています。透子先生」

 今度は免疫ができたのか川瀬はにこやかに応じる。いつものにっこりとした邪気のない笑顔だ。

 「私も、ネタにできるどうかはさておいて。すっごく煩悩が刺激されたわ。ありがとう、また話聞かせてね?」

 ユリコもお礼を言う。その際川瀬の手をぎゅっと握ることも忘れない。

 「はい、喜んで」

 しかし、川瀬は段々その行き過ぎたスキンシップに慣れてきていた。やはりほよよんと微笑んで返す。その様子を伺い見て知加子はいつものなおちゃんに戻って良かったと内心安堵していた。きっと、さっきまでは彼女たちの毒気にやられていただけのなのだ。後遺症にならなくて、本当に良かった。しみじみと知加子は思う。

 「ねえ、今日イベント終わったら、ご飯食べに行こうよ!子猫ちゃんも一緒に」
 「そうね、いいわね。行きましょう、子猫ちゃん」

 すっかり川瀬が気に入った二人は今後の予定を勝手に立てる。まだ川瀬は返事をしていないというのに。川瀬はどうしたものかと、知加子を見上げた。

 「私も行くから、安心して」

 大丈夫だって、と知加子は川瀬の肩を叩いた。それに、うんと川瀬も頷く。

 「決まりね!」
 「そうね」
 「「………」」

 楽しそうな作家先生二人に少しだけ複雑そうな売り子二人だ。
 
 そして、川瀬と知加子はイベント後もユリコと透子に振り回されることになる。


 有明。それは妄想と煩悩が形を取る場所。人の欲望に果てはない………。



                                                おわり。






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