「暁の空にある煌星」2







「……コナン君?」
「なんで、君が……。また毛利君かい?」
 コナンを見て、警視庁の面々は驚いた顔を向ける。
 思わずつぶやいてしまった台詞や、疑問に大きく頷けものがある。
 殺人事件が起こる場所に居合わせる毛利探偵は眠りの小五郎として有名だが、反面疫病神ともいわれている。なぜ、そんなに一応一般人が殺人事件に遭遇するのか、あまりに確率が高すぎて殺人事件を引き寄せていると陰で言われても否定できないものがある。
 もっとも、引き寄せているのは小五郎ではなくコナンであるのだが、それは大人にはわからないので、気付くことはない。
「ううん。違うよ。僕、個人的に神崎さんと知り合いなんだ」
 コナンは、首を振って否定した。
「は?じゃあ、迎えに行った人間って、コナン君なの?」
 佐藤刑事はまさかと目を丸くする。執事が迎えに行きたい人間がいると言われた時は、よほど親しい人間なのかと思った。主から指示されていると言うことなので、ひょっとして弁護士である可能性もあると推測していた。警察としては正しい判断である。
「はい。コナン様です。主人から言われておりましたので」
 森村は背筋を伸ばし、きっぱりと答えた。
「そうかね。しかし、子供を?」
 不審そうに目暮は眉間にしわを刻む。神崎とコナンの関係が納得いかないらしい。
「だって、友達だから。子供と大人が友達じゃダメかな?」
 コナンがじっと目暮を見上げた。真っ直ぐで恐ろしいほど澄んだ瞳。その大きな目に蹴落とされたように、目暮はこほんと咳払いをする。
「ダメではないよ。そういうこともあるだろう。しかし、なぜ被害者は君を呼ぶように言ったんだね?」
「それは僕も、わからない。神崎さんにあってもいい?」
 縋るような視線が心に痛い。
「しかし……」
 子供に見せる訳にはいかない。どんなに親しくても殺された遺体なのだ。
「大丈夫だよ。これでも小五郎のおじさんで慣れているし。それに、ちゃんと会いたいんだ。どんな姿でも。この目で」
「……」
「仕方ないわね」
 横から佐藤が苦笑しながら、しゃがんで視線をあわせコナンの額を指でつつく。
「子供だって理由で、会えないのは平等じゃないものね」
「うん」
 コナンは、こくりと頷いた。
 
 
 
 殺害現場は、書斎だ。
 コナンが前回通された部屋の床に神崎が俯せに倒れている。血が床に広がっていて、部屋に入った瞬間鉄の匂いが鼻を突く。
 死因は、鋭利な刃物で胸を刺されたこと。背中から胸を刺されている。凶器となっただろうナイフらしきものは見あたらない。
 椅子に座っている時に刺されて倒れたらしく、血痕が椅子の背もたれや座席部分にも散らばっている。椅子から床に倒れて、そこにまた血が散ったのだろう。
 ただ、心臓を一突きとはいかなかったらしく、三箇所刺されている。
 コナンは神崎の遺体を前に小さく瞑目してから、犯行の跡を観察する。血が滲んだ背中、床に散らばった血の跡。第一発見者が駆け寄って抱き起こそうとしたせいで、靴で踏んだ跡が血溜まりの中に見える。椅子から落ちた時の衝撃で、広範囲に血が飛び散っている。時間が経過して、乾いているが。
 部屋にそれほど乱れた後はない。
 コナンは床と部屋中を見て回ってから佐藤に視線を戻した。

「なくなっているものはあった?」
「凶器が見つからないこと、被害者の財布。机の中を探した形跡はある。でも、なにが他になくなっているのかは本人ではないとわからないわね」
「財布がないとは、確認した?」
「まあね。第二発見者の佐々木百恵が、悲鳴を上げて屋敷中から人が集まってきて、その時にないって気づいたらしいの」
「来ていた親族については名前と簡単なことを聞いてあるし、他の人間からこの場にいる人物の大まかな事情は聞けたわ。聞く?」
「うん」
 コナンは素直に答えた。
 佐藤は手帳を広げて、調べたことを述べた。
「まず、親族からね。第二発見者。佐々木百恵。38歳。被害者の末の妹。既婚者。夫とは離婚して現在娘が一人。それから、八神和一。42歳。被害者の二番目の弟。八神家に婿養子に入って子供は息子、娘の二人。妻に頭が上がらないと評判。神崎十蔵。48歳。被害者のすぐ下の弟。不動産を経営しいているが業績はいまいち。独身。被害者のことはコナン君の方が詳しいわよね?」
「そうだね。神崎千世(ちよ)。53歳。妻はだいぶ前に死別。子供はいない。貿易会社の社長。父親から受け継いだ中小企業を現在の大企業へと発展させた実力者。穏やかな人で恨みを買うような人じゃない。まあ、こればかりは逆恨みもあるから何とも言えないけど。あとは、子供好きだね。自分の子供がいなかったからかもしれないけど、僕を可愛がってくれた……」
「コナン君」
 理路整然と神崎について述べる子供は、とても奇異だ。だが、子供が神崎の死にショックを受けていないなど誰も言えないのだ。どんなに平気な顔をしていても。
 佐藤は、早期事件解決を胸の内で決心する。
 こんな顔を子供にさせてはいけない。
「被害者の財産目当てという線も、もちろんあるわ。遺言状がなかったら、このまま分配されるでしょう。従業人について言えば、執事の森村匡。長年神崎に仕えていて信頼もあつかった。コナン君の方が詳しいでしょね、彼は。……それから、三上司郎。勤続年数、6年目の29歳。大人しくて真面目な人ね。花崎恵美、勤続年数、3年の24歳。明るい人みたいね。庭師の雨宮英雄。親から代替わりしたばかりで、26歳と若い。料理人の若原三郎。53歳。それと、調理場の手伝いにバイトが一人。新垣隼人、19歳」
 こんなものかしらねと佐藤は結ぶ。
「僕も知っている人と知らない人がいるよ。だから、後で教えてくれる?」
「わかったわ」
 普段なら、こんなお願いは聴かない。でも、今日のコナンは彼が持っている聡明さを隠そうともしていない。いつもは、誤魔化しているのに。
 コナンの特異さくらい佐藤だってわかっている。
 でも。
 彼のすることを妨害することや止めることは、もっと不可能だ。
 だって、真っ直ぐに事件へと向けられている瞳は、これ以上ないくらい澄んでいて虚像など存在できない。
 大人でさえたじろがずにはいられない強い瞳。
 佐藤はその視線をまともに受けて、自分も強気に笑う。
「佐々木百恵、八神和一、神崎十蔵の三人は、朝からここに訪れていた。昼御飯を被害者と食べて、彼は別室の客間でお茶を飲みながら歓談したと。被害者はその後、書斎で一人で仕事をしていた。執事の森村が一度お茶をもって部屋に行っている。従業員は、いつもの通りの勤務。調理場では、バイトの新垣隼人を交えて若原三郎が昼の用意をした。朝は若原だけで用意。新垣は九時から出勤している。それで、夕御飯の下準備をしていたと。森村は執事だから、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているわね。朝からよく働いている。殺害時間は、庭師の雨宮と庭で剪定に付いて話していたみたいね。雨宮も今日は昼頃から出勤していて、庭の木の剪定に当たっていた。殺害時間はもちろん、庭で仕事」
 佐藤は手帳をめくった。
「三上は本当は今日休みの予定だったけど、取りやめて仕事に出てきたらしいわ。どうしてもやっておきたい仕事、床の補修があった。そのことで被害者の元を訪れて、遺体を発見。駆け寄って倒れている被害者に触れて名前を呼んで、あまりにすがい血の量にパニックを起こす。そこへ、佐々木百恵が現れて、悲鳴を上げて皆が駆けつける。朝からの行動は外で水道の修理。水漏れがするため、急遽それをやってきた。花崎恵美は朝から廊下、玄関、客間の掃除。殺害時刻は、ちょうど二階の客間の掃除をしていた」
 こんなところねと佐藤は手帳を閉じた。
「被害者である神崎と従業員の関係は極めて良好。恨みなんてある訳ないって皆が言うの。いい主人だったみたいで、皆が誉めるのよ。今時珍しいわね」
「うん。いい人だったんだ。時々子供みたいなところもあって」
 記憶を思い出しているのか、コナンは目を伏せて、ひっそりと笑った。
 佐藤の方が苦しい気持ちにある。
「そう。でも、親族達はいろいろ思うところがあるみたいね」
 だが、刑事である佐藤は親族達から聞いた話を続ける。
「自分だけ裕福で、兄弟に融資もしてくれないとか。援助してくれないとか。ケチだとか。いい大人が言う台詞じゃないわね」
「そっか。……すべての人に好かれるのも難しいよね。誰もに優しくできる人間なんていない。自分が大事な人だけで精一杯だ」
「……コナン君」
 真理であるが、それをこんな少年に言われてしまっては、大人として不甲斐ない。
「それで、警察はどう考えているのですか?」
「椅子に座っている状態で背中から刺されている、つまりそんな無防備な状態を許すくらい顔見知りの犯行。外部犯である可能性はないと見ている。人の出入りが知り合いしかないし、あの門を抜けてくるは至難の業だから……誰にも知られずに忍び込むことはないと考えて、内部犯ね。殺害理由は、今のところわかっていない。怨恨ともは思えないけど、まだ調査中」
 神崎邸は、高く塀に囲まれ正門もしっかりしていて、おいそれと外部からは入れない。セキュリティも完備しているから、誰かが塀から乗り上げた場合すぐに警備会社に通報される。
「凶器だろう鋭利な刃物も、そう大きなものじゃないし?ナイフの出所、わからないだろね」
 心臓を狙ってるため出血は激しいが、傷自体は大きくない。斬りつけるのではなく突き刺しているのだ。
「ええ。何の変哲もないナイフである可能性は極めて高い。傷跡から見て、些細なものらしいし。よく殺せたものよ。まあ、素人のくせいに思い切りよかったせいだけ」
 傷跡から、迷いは見られない。心臓を狙って刺している。一度では狙えなかったのか、念のためなのか、三カ所刺し傷が見られる。
「突発的、犯行だね」
「計画的にはほど遠いわね」
 二人は同時に深いため息を付いた。
 
 
 



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