愛してますよ、とささやいた。 誰もいない、二人だけの儀式のようだった。朝陽の射し込む、部屋の中のワンシーン。 それが二人の婚姻と、知っている者もいなかった。 高校教師の天蓬と、大学院生の金蝉。 この二人が結婚したことを知るものは、この世の中に多くはない。 しかし、そんなことは幸せと比例しないもので。 多少交通の便がよろしくなくても、二人で公団に引っ越し、仲良く新婚生活を始めた。 とまあ、ここまではありがちな話。 問題なのは、この二人が同性であること。しかも、片や世間知らずで潔癖、片や切れ者だが、妙なところで無頓着。一見うまくいきそうにない二人の結婚は、それでも穏やかに、いくつものエピソードを重ねながら、ゆるりと流れていた。 今回は、そんな二人が結婚する、一年ほど前のお話。 天蓬の部屋に来た金蝉は、あまりにも汚れたその部屋の様子に、ほとほと呆れていた。 金蝉は、とにかく少しでも綺麗にしようと、天蓬に手伝わせて片づけを始める。ゴミなどよりも、本の類があまりにも多い。 「すみませんね、金蝉」 本を抱えて、天蓬は器用に本棚にそれらを並べていった。 「また、増えてないか?」 「本ですか? そうですね。貴方が前に来た時よりは、たぶん10冊以上増えてると思いますよ」 呆れかえった顔をした金蝉に、天蓬はわずかな苦笑をもらして見せる。 「ちょっと、休憩しましょうか?」 朝から来ていた金蝉は、そう言えばかれこれ二時間ほど、片づけをしている事実に気がつく。金蝉の努力のおかげで、部屋は大分綺麗になっていた。天蓬は冷たい茶をコップに入れて、金蝉に渡した。 「昼ご飯……って言っても、大したものはないんですよね。ラーメンでいいですか?」 「作れるのか?」 驚いた表情の金蝉に、天蓬も意外そうな顔をする。 「だって、インスタントラーメンですよ? 誰でも作れるでしょう」 「インスタントラーメン?」 不思議そうに、天蓬の言葉をオウム返しにする金蝉に、天蓬は少し苦笑した。 「食べたことないんでしょう」 「まあ……な」 しぶしぶ認めた金蝉に笑いかけ、じゃあ見ててくださいねと、天蓬は鍋を火にかけた。手早くインスタントラーメンを作るさまに、金蝉の目が釘付けになる。 卵とネギの入ったラーメンが丼に入ると、金蝉が感心したように、天蓬を見た。 「こんなに早くできるものなのか」 「ええ。食べててください。僕は自分の分作りますから」 「ああ」 そう答えたわりに、金蝉は一向にテーブルのある居間に移動しようとはしない。一人暮らしとあって、狭い台所では食べられないというのに、だ。 金蝉は、天蓬が自分の分のラーメンを作る様子を、黙って見ていた。ショーウインドーの中をのぞく子供の顔に似ていて、天蓬はこっそりと笑った。 自分の分も手早く作りあげ、金蝉を促して食事にする。恐る恐る箸をつけた金蝉は、目を丸くして天蓬を見た。 「どうですか?」 「……旨い」 よかった、と天蓬は胸をなで下ろす。正直、金蝉の口にはあわないかもしれない、と思ったからだ。 食事の後、金蝉はぽつりと聞いた。 「これは、どこで売ってるんだ」 「インスタントラーメンですか? スーパーなら、たいていどこにでも置いてますよ」 「そうなのか?」 心底驚く金蝉に、天蓬はにっこりと笑う。 「はい。なんなら後で、買いに行きます?」 「いいのか?」 「どうしてですか? 僕は別にかまいませんけど」 「高価なものだろう」 的はずれな金蝉の言葉に、天蓬は思わず吹き出す。不機嫌そうに自分を見てくる金蝉に、天蓬は笑いながら言った。 「庶民の食べ物の代表ですから、大して値は張りませんよ。大丈夫です」 「そうなのか」 うなずいて、天蓬はくくっと笑った。むっとする金蝉をなだめるように、天蓬は一つ提案する。 「明日、貴方も作ってみます? もし嫌じゃなければ」 「コツがいるんじゃないのか」 「僕がついてますから。誰にでも作れますよ」 とはいえ、金蝉には厳しいかもしれないなあ、と天蓬は思うが、それは言わないでおく。この目の前の綺麗な人は、自分が世間知らずだと言われるのを嫌うから。 「お前の用事はいいのか」 天蓬はそんな金蝉の気遣いに、目を細めて笑う。 「ええ。何もありませんよ」 本当は、何か用事があった気がする。決して暇だということはなかったはずだ。しかし。 「貴方がせっかく作ってくれるんなら、僕が一番に食べたいじゃないですか」 「……ちょっと待て。俺が二人分作るのか?」 「授業料ですよ」 金蝉の作るラーメンの味は、きっと他の誰が作るのとも違うからと、天蓬は笑った。 終 インスタントラーメンを作る金蝉様!見たい。 きっと、台所で立ている姿さえ、麗しいに違いない!(笑) 天蓬、いいなあ・・・。 と思います。(春流) |
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