ハーレクインから始めよう!



(16)

 どうしたらいいのか?
 何がしたいのか?
 有栖は自分に問いかけた。
 結局、夕食は断った。食欲がないと、小島に言ったら心配していた。
 白鳥のことがあったので、ショックを受けていると思ったらしい。
 もちろんショックであったが、今はそれより大きな問題が有栖の前にそびえていた。
 はあ。何度ため息をついただろう。

 ぐるぐると回る、答え。
 どうしたらいい?火村。
 火村に相談してどうにかなる問題でもないのはわかっていた。
 ましてや、自分の恋人に言えるようなことではなかった。
 これでは、身売りだ・・・。
 でも、火村の傍にいたい。

 声が聞きたい。

 抱きしめて欲しい。

 有栖の心が訴えている。
 火村以外の人間に抱かれるなんて考えただけで、嫌悪感が沸いてくる。
 怖い。気持ちが悪い。
 白鳥に触られただけで鳥肌が立った。
 とてもじゃないが、絶えられない。
 レナードはいい人だ。
 傍にいても、好感が持てて、握手したり、頬にキスされたくらいなら、嫌悪感もなかった。
 だからといって、抱かれてもいいかというと問題が違う。
 火村に言ってしまいたくて、でも言いたくないという相反する思い。
 自分も一人の人間として、火村に力を借りなくても問題を解決したい。頼ってばかりいたくない、と思っていた。今でも思っている。

 でも・・・。

 ぽろぽろと涙が溢れる。
 泣いてもどうにもならないとわかっている。それでも、止まらない。
 シャツに涙のしずくがポタポタと落ちてしみを作る。
 迷宮に迷いこんでしまった。
 大事にしたい、せっかく逢えたじいちゃん。
 わずかの間だがお世話になったこの屋敷の人達。
 逢ったことなどないけれど十条グループに勤める人々。
 有栖がうなづけば、助かるのだ。
 けれど、火村とは2度と逢えないだろう・・・。
 火村に逢えないなんて、心が死んでしまう。

 自分が求める人はたった一人。
 意地悪で、口が悪くて、冷静で、頭が良くて、ハンサムで、声が良くて、孤独で、その上実は寂しがりやで、猫と 子供と、老人に優しい。
 「アリス」と呼んでくれる声が好き。
 甘いバリトンでささやかれると、それだけでダメだ。
 長い指で触れられると、抵抗なんてできない。
 少しカサついた唇に口付けられると、頭の中が真っ白になる。
 有栖だけを求めてくれる人。

 火村・・・。

 犯罪に挑む鋭い目。心に闇を持って、戦っている人。
 自分が傍にいることで少しでも癒されるのなら、どんなにいいだろうと思った。
 遠い目をして、見据えている闇の世界。
 自分の傍に居て欲しくて、抱きしめてどこにも行かせたくない。
 なんて、独占欲だろう。
 でも、こんな心は火村だけ。
 ひむら、ひむら、ひむら・・・。
 この世で一番大切な人。


(17)

 小島の最近の日課は有栖の「おはよう、小島さん!」という挨拶と笑顔を見ることから始まる。小島はそれを密かな楽しみにしていた。
 しかし、今日は違った。
 有栖の笑顔が冴えない。
 冴えないどころではない。昨夜泣いたのだろうか、まぶたが張れていた。
 昨夜は夕食も召しあがっていないし。
 小島は大変心配していた。
 自分の不注意で、白鳥がとんでもないことをした、と聞いていた。
 実は昨日のうちに統一とも話が付いていた。小島は全てのことを統一に報告する義務がある。まして、有栖の身に起こったことである。

「有栖様?」
 有栖が無理しているとありありとわかる笑顔を小島に向ける。
「大丈夫や。昨日のこと、心配してるんやろ。あれは、小島さんのせいやないから、あんまり責任感じんでな」
 そして、健気なことを言うのだ。
「有栖様、本当にそれだけですか?」
「それだけって?」
「有栖様は、お顔に全て出ます」
 有栖の顔色が変る。
「何にもないって・・・」
 早口で言うと余計にばればれなのだが、だからと言って平気で嘘がつける訳がなかった。
「小島では、お話になれませんか?」
「そんなことないんや!!小島さんはええ人で、信用してる」
 珍しく、有栖が叫ぶ。
「本当に、何にもないんや・・・」

 唇を噛みながら、辛そうに言う。
 どう見ても、何か思い悩んでいるようにしか、見えなかった。
 けれど、有栖をこれ以上追求するのは有栖を苦しめるだけになりそうだ。
 小島はそう判断した。
「わかりました、有栖様。余計なことを申しました。お忘れ下さい」
「小島さん・・・」
 気分を変えるように、小島は明るく言った。
「さあ、有栖様。今日の卵は何にいたしますか?スクランブル?オムレツ?目玉焼きですか?」
「・・・オムレツ。小島さんのチーズ入りオムレツは絶品や」
「かしこまりました」
 小島はにこやかに微笑みながら、有栖の前のテーブルにフレッシュジュースとふわふわのパン、バター、ジャム、サラダ、フルーツのヨーグルトかけを置いた。
 これで、熱々のオムレツとプリっとしたソーセージ、食後に紅茶で完璧だ。



 有栖は部屋でずっと沈んでいた。
 思考している、というより頭を使いすぎてショートしていた。
 考えても、考えても結論が出ないからだ。
 朝の日課にしているのに、じいちゃんの顔を見て、すぐに帰って来てしまった。
 変に思ったかもしれないが、どうしても普段通りの顔ができるか自信がなかった。
 突然泣きだして心配されても、余計に困る。
 食欲もなくて、小島には悪いが昼食も取らなかった。
 ああ、どうしよう。
 有栖は窓から空を見つめる。
 どこまでも続く、青い空だ。
 コンコン。

「はい、どうぞ」
 小島だろうか?また、心配して様子を見に来たのかだろうか?
 扉が開いた。
 有栖は、どうやっていい訳しようと考えながら、ゆっくり振り返った。
 しかし、そこには小島はいなかった。
 
 そこには火村が立っていた。
 
(18)

 なぜ?これは自分の心が見せた幻だろうか?

「火村?」

 かすれる、声。
「ああ」
 幻がしゃべるなんて、あるんやろうか?
「火村??」
「俺がわからないのか?アリス」
 目の前の火村はにやり、と笑う。
 有栖は信じられないが、確かめようと駆け寄った。
 火村の頬に手を伸ばして、本物や、とつぶやいた。
「なんで、火村がここに、おるん?」
 どうしても、信じられないのか、ばかな事を口走る。
「バカアリス」

 そんな有栖にいつものように、答える火村だ。
 段々火村を実感できたのか有栖の顔がゆがんだ。
 有栖の瞳からは、ぽろぽろと涙がしずくのように流れる。
 拭うことも出来ずに、ただ火村を見つめる有栖を火村は長い腕で、抱きしめた。
 逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて、たまらなかった人。
 有栖は心のままに泣き続けた。


 泣き止んだ有栖に火村は事情説明をさせた。
 実は火村は小島から連絡を受けてここに来たのだ。
 そこらへんの事情は有栖には後で説明するとして、有栖の口から今まであったことを語らせた。途中、殺してやろうかと思う人物も出てきたが、火村は我慢した。
 有栖も包み隠さず、話した。
 心がパンクして、思考能力も低下していたらしい。
 火村に話して良かったのか、と少し後悔するのだが、後悔した時はすでに遅かった。

 ソファに座り、二人は長い話をした。
 話し終えた有栖に火村は、
「大丈夫だ、俺に任せておけ」と言った。
 有栖は魔法にかかったように、素直にうん、と言った。
 火村は有栖の目許に指を伸ばして、
「少し、寝ろ。こんなに泣いて、クマ作って」
 可愛い顔が台無しだな、と言って笑う。
 そして反論などさせず、火村は有栖を寝室に連れて行き、ベットに放り込んだ。
 布団を有栖にかけて、「寝てろよ」と言って部屋を出ていこうとする。
「どこ行くの?火村」
 有栖は急いで火村の服の端をひっぱった。
「どこにも行きやしねえよ。隣の部屋にいるから」
 安心させるように、ポンポンと頭を撫でる。

「傍にいて・・・」
 小さな声で言う。
「誘ってるのか?アリス」
 からかうように言う。
 いつもなら、あほ、何言ってるんだと、赤くなる有栖が今日は違った。
「うん」
 素直にうなづく。火村の瞳をすがるように見て、
「抱いて」
 と言った。
 ちっ、と舌打ちをすると火村は有栖を抱きしめつつ、
「覚悟しとけよ、アリス」
 耳元でささやいた。
 有栖はその心地いいバリトンに、腕を伸ばして火村の首に巻き付ける。
「めちゃくちゃにして・・・」
 有栖のいつにない言葉に、
「バカ、俺がそんなことするかよ」
 火村は答えた。


(19)

 有栖は心地よく目覚めた。
 窓から漏れる光が強い。今、何時なんだろうか?
 ベット脇にある時計を手に取って驚いた。11時ってなんなんや??
 頭が動いてくると、自分が身に付けているのはシャツ一枚だけ。
 そう、昨日は火村に逢って、その後・・・。
 有栖は昨夜のことを思い出し、赤面した。
 しかし、隣に火村はいない。有栖はあわてて寝室から飛び出した。

「火村?」
 リビングでは、火村が自前のノートパソコンを広げ、鋭い目付きで眺めつつ、キャメルをくわえていた。灰皿にはこんもり吸殻が、部屋中にキャメルが漂っていることから、火村が早くから起きていたことがわかる。
「アリス?」
 火村が振り向く。有栖を見ると、顔をにやりと意味ありげに崩すと、
「そんな格好で、また誘ってるのか?アリス」
 有栖はシャツ一枚であることに気づき、首筋まで赤く染め、
「あほっ」
 と言った。
「お前は、シャワー浴びて、服を着て、飯食って来い!」
「うん」
 有栖はワードロープから洋服を取り出し、バスへ向かった。
 洗面台で、シャツを脱いだ時、大きな鏡に有栖の白い体が写る。身体のいたる所に赤いあと。火村の所有の印を付けられて、満足している自分がかなり恥ずかしい。
 決して言ってはやらないけれど。

 でも、こんな場所に付けたら困るやんか、と有栖は思う。なぜなら、首筋にしっかり付いていて、タートルネックでないと隠れないからだ。


「おはよう、じゃなかった。こんにちは。小島さん」
 有栖はにっこり極上の笑顔を見せる。
 小島は思う。花が生き返ったようだ。笑顔が満開で、みずみずしい。
「おはようございます、有栖様。お食事を用意してあります。朝昼兼用のブランチです」
 テーブルの上には具たくさんのサンドウィッチに、トマトのパスタ。紅茶に、デザートはティラミス。
「美味しそうや!」
 美味しそうに食べる有栖に小島も嬉しそうだ。
 ティポットから香り豊かな紅茶をカップに注ぎ、有栖に渡す。
「ありがとう」
 有栖からは惜しげもない笑顔だ。
 良かった、と小島は内心とても満足だった。
「有栖様、後で火村様にこれを持っていって、いただけますか?」
 指し示す先にあるのはサンドウィッチ。飲み物もコーヒーがポットに入っている。
 有栖はうなづく。そして、まだ疑問を一つも解いていないことに気づいた。

「なあ、小島さん。なんで火村がおるの?何で知ってるの?」
 思いっきり基本的な疑問である。
 しかし、昨日の有栖はそれどころではなかったのだ。
 小島はくすり、と笑った。
「はい。私がお呼びしました。もちろん統一様の許可を得てですが」
「それって、どうゆうことやの??」
「そうですねえ。できるなら、火村様からお聞きになった方がよろしいかと思うのですが?」
「????さっぱりわからんわ、小島さん」
「有栖様、統一様は以前から有栖様のことをずっと見守っていらしたのです。ですから、火村様とは大学時代からのご親友だとうことも、もちろん知っていました。そして、有栖様に起こったことは、心苦しいのですが、実は私達は知っております。ですから、有栖様の大切な方をお呼びしたのです」
じいちゃんがずっと前から自分のことを知っていたのはわかっている。
 小説家になったことも、何もかも。
 けれど、有栖に起こったこと全て知っているとは、どうゆうことなのだろう?
 それは、白鳥のことではなくて、レナードのことも?
 なぜ?どうして、わかるのか?
 そして大切な人を、火村を呼んだ、と言った・・・。
 つまり、ばれている、ということなのか???

「・・・小島さん?それって??」
 小島はこれ以上ないほど、にっこりと微笑んだ。今まで見たことがないほどの、である。
「ですから、火村様からお聞き下さい。それからなら、どれだけでもご説明も、謝罪もさせて頂きますから、有栖様」
 小島は話す気はないらしい。有栖は結論付けた。
「わかったわ」
 有栖はまず、腹ごしらえやと食事を再開させた。



「火村?何してるんや?」
 有栖は持ってきたサンドウィッチとコーヒーをテーブルに置いた。
 カップにコーヒーを注いで、はいと火村に渡す。
 サンキュー、と受け取って一口飲み、アチっつと言った。
 まだ、猫舌の火村には熱かったらしい。
「ミルクいれる?」
「いらねえ」とばかりに、冷ますつもりか、ノートパソコンの横に置いた。
「なあ、火村?」
 有栖はパソコンの画面を覗き込む。
 画面を見てもさっぱりだが、金融っぽいかな?
 取引とか、書いてあるし、どうしてこんな画面を見てるんや?
 そして、有栖用にこの部屋に置いてあるパソコンも起動していた。
 さっき、借りるぞ、と言われていたのだ。こちらは帳簿っぽい。

 火村は一体何をしてるんや?
 そして、さっき小島に火村に聞けと言われたのだ。
「アリス、相手をしてやりたいのは山々だが、今は見ての通り忙しくて手が離せない。5時まで待て!」
 火村は振りかえりもせずに、言う。
「はあ?何で5時まで?いっぱい聞きたいことがあるんやで!!」
「今はそんな暇はない」
「そんな・・・」
「俺に任せておけって言っただろう?だったら後4時間くらい我慢してろ」
「火村!!」
 全然説明してくれない火村に有栖は叫ぶ。
「アリス、お前を誰かにくれてやるつもりは、ないんだよ!」
 さらりと、キザなセリフを吐いて、もう有栖を見なかった。


(20)

 それからの、時間はパソコンを操り、携帯電話で会話しまくり、火村からかけたり、連絡を待っていたりと、本当に忙しそうだった。
 途中で、有栖ができたことはコーヒーを注いだり、灰皿を取り替えたりすることだけだった。
 何をしているのかわからなかったが、火村が自分のために真剣に取り組んでいることはわかった。だから、ずっと傍にいた。いたかった。
「ふう、どうにかなったか?」
 火村は身体を回してゴキっと音を鳴らした。
 火村は振り返った。疲れが見える顔だ。
「アリス」
 それでも笑いながら、有栖を呼んだ。
 ソファで火村の後姿を見ていた有栖は火村に駆け寄り、抱き付いた。
 長い腕でぎゅっと力強く抱きしめられる。
「火村・・・好き」
 有栖は小さな声で言った。
「待たせたな」
 有栖は火村の胸に頭を乗せ、首をふった。



「何から話すかな?まずどうして俺がここにいるかから話そう。簡単にいうと小島って人に呼ばれたんだよ。突然電話がかかってきて。すごく丁寧な人だった。それでお前の事で話したいことがありますって」
「うん、小島さんが火村を呼んだってのは聞いてる。それ以外さっぱりわからんけど」
「お前が危機に陥ってるから、迎えに来いってさ」
「迎えに来い??」
「そう。じいさんと小島さんはアリスに起こった事全て知っている。なぜ、知ってるのかは、この屋敷がセキュリティーにかなり力が入っているからだ。屋敷内でも玄関、廊下、部屋と至る所に防犯カメラが隠されてる。そして、盗聴機もな。いかにも金持ちの屋敷はそれぐらいしないと、安心できないらしいぜ。それに、俺達が恋人ってのもばれてるしな」
「ちょっと待って。盗聴機があるってことは全部聞かれてるの?今も?・・・昨日も?」
「何心配してるんだ?」
「だって、・・・」
 有栖は真っ赤になる。寝室に盗聴機があるなら、昨夜の自分の恥ずかしい声とか、全部聞かれてるのか?有栖は想像しただけでめまいがしそうだ。
「大丈夫だろ、四六時中監視してるわけじゃない。だいたい盗聴機があっても録音かなんかに取ってあって、よほどの事がないとプライバシーのを守るために聞かないらしいぜ。もともと、防犯用だし。今回は、アリスに何か絶対あったってことで、じいさんの許可を得て、小島さんが聞いて、二人で相談したらしい」
「・・・」

 それって??
 有栖はどう反応していいのか、困った。
 だから、小島はさっき「謝罪します」と言ったのだ。
「アリスが心配だったのさ。みんな」
 火村は優しげに有栖を見つめる。
「じいさんはな、レナードのやった事は許せないし、十条家のために有栖を犠牲にする気もない。だから答えは最初からノーだった。恋人もいるって知ってるし。ただ、レナードは申し分ない男らしいから、もしその気があるのなら、幸せになれるかもしれないとも思った。そこで、俺に連絡が入ったのさ。迎えに来いとはいうけど、有栖を本当に愛してるか、それだけの覚悟があるのか試したんだよ、じいさんは。だったら、俺も受けるしかないだろう?アリスを渡す気はない。アリスは家を、家族を絶対捨てられないのはわかってたから、意地でもやるしかないだろう?」
「火村・・・」

 有栖は火村の顔をじっと見上げる。
 何て言ったらいいのか、わからない。
「そして俺がしてたことは、簡単に言えばオンライントレードだな」
「オンライントレード?」
 有栖は小首をかしげる。
「そう。株だよ。相場。帳簿見たけど、十条グループは運用が下手だな。多角経営しすぎだ。だから、少し〜な。1日じゃそれほど増えないが、資金額が大きいから、どうにかなるだろ。実績にもなるし。俺も専門外だから、専門家に助力願ったがね。お前、礼言っとけよ、藤岡に。」
「藤岡って・・・、真弓ちゃん??」
「ああ。アリスのピンチだって言ったら、積極的に協力してくれたぞ」
 藤岡真弓とは、有栖の中学高校時代の同級生であり、英都大学での後輩にあたる。もともと父親の海外転勤でアメリカに行っていて、日本で英都大学を卒業し、またもやアメリカに戻り、経済学を極めた人間だ。日本でも雑誌などで連載を持つほどの実力専門家になり名前を売っている。彼女の口癖は「日本の投資は遅れている。常日ごろのからの観察力が大切よ!人間も投資だけど」であった。
「そうなんや。真弓ちゃんが・・・」
「そうだ。そして、十条グループは総合商社だから、大きな納入先、つまり取引先との契約取れればいい訳だ。それはアプローチ済み。結果待ちだな」
「火村、それをするとどうなるんや?」
 有栖はさっぱりわからない。
「ま、後でゆっくりレクチャーしてやるさ。要は実績を作れば銀行は融資するのさ。上手くいけば、自社株も上がる。銀行の方も押さえてあるから。アリスは覚えてるかな?俺の大学時代下宿の先輩で細田って人がいたんだが?」
「うん。覚えてるで」

 有栖はうなづく。下宿に遊びに行くといつも笑顔で向かえてくれた。
 話していて、とても楽しかった。
「あの人、実は銀行の次期社長なんだよな。実家は銀行なのに、あんな下宿に住んで、変った人だよ。これまた、アリスのピンチだって言ったら、条件がそろえば融資してくれるってさ。今度アリス連れて逢いに来いって言ってたぞ」
 火村はにっこり笑う。
「わかったか?アリス」
「大体は・・・。多分」
 詳しくはわからないが、火村がやろうとしていることは理解できた。
 つまり、銀行からしっかり融資してもらい、会社を立てなおすということだ。
 そうすれば、統一も財産を投げ売って対処する必要もない。
 つまりは、レナードから融資を受けなくてもいい。
 有栖も身売りする必要はなくなるのだ。
 そして、火村の携帯が鳴った。
「はい。はい、そうですか。ありがとうございます。はい。失礼します!」
 火村は通話を切った。
「火村?」
「契約取れたぞ。これで融資もOKだ!!」
「ってことは、・・・」
「アリスはどこにも行かなくていいってことさ。俺の傍にいればいい」
「火村!!!」

 有栖は火村に抱き付いた。瞳からは涙が溢れる。
 ぽろぽろと、流れて落ちる。
「昨日から涙と抱擁の大判振舞いだなアリスは」
「いいんや・・・今は嬉しいんやもん」
「ま、もし上手くいかなくても、俺はアリスを手放す気なんてさらさらなかったがな」
 そう言って、火村は有栖を抱きしめた。




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