ハーレクインから始めよう!



(21)

 翌日、とてもいいお天気だった。
 窓から指し込む光は穏やかで、隣には火村がいて有栖は幸せを感じていた。
 レナードとの約束の日。
 でも、もう怖くない。火村がいるから。


 レナードがやってきたのは午前10時を回ったくらいだ。
「こんにちは、Alice!」
 どこか残念そうな顔で、それでも優しく微笑んだ。隣に立つ火村にちらりと、視線を向けるとにやり、と笑い、
「始めまして。レナード・ハミルトンです」
 と言う。
 火村は無表情のまま、
「始めまして、火村です」
 と挨拶した。当然だが、握手はしなかった。
「今日はAliceの返事を聞きに来たんですが、聞く前からわかっているのは、寂しいですね」
 レナードは小島のいれた紅茶を飲みながら、言う。
「ごめんなさい、レナード・・・」
 有栖は申し訳なさそうに、それでも真っ直ぐ瞳を見つめる。
 火村は内心、脅されといて「ごめん」はないだろう、と思っていた。言わないけれど。
「謝らないで下さい。Alice!!もう、返事は聞きませんよ。そこまで引き際の悪い男ではありませんから。それにしても、やってくれましたね、ヒムラ?」
 前半は有栖に、後半は火村に向かってレナードは言う。
「それは、こっちのセリフだろ?」
 火村は面白くなさそうに、言う。
 そして、これは俺のものなんだ、と主張するように、隣の有栖を抱き寄せる。
「火村?」
 有栖は驚いて腕の中から逃れようとするが、より強く引き寄せられた。

「火村ってば!」
 有栖の抗議も何のその。
 火村は鋭い目でレナードを見る。
 犯罪者を追いつめる、真実を求め暗闇を見据える目だ。
 その強い瞳はレナードも納得した。
 これでは、かなわない、と。
 有栖の恋人が自分より劣っていたら、さらおうかとも思ったが、その必要はなさそうだ。
 レナードはあきらめたように、肩をすくめてみせる。
「それでは、飛行機の時間がありますから、失礼します」
 レナードは立ち上がった。
「さよなら、Alice!また逢えることを祈ってます」
 バイと手を振ると、去っていった。



「有栖、もう行ってしまうのか?」
「じいちゃん・・・。また来るから!」
 有栖は、ね?と首をかしげながら、優しく言う。
「いつ来てもいいように、部屋はあのまま残しておくから。あの部屋は有栖の部屋だ」
「わかった。今度はじいちゃんも遊びに来てや!待ってるから!」
「ああ」
 統一は頷く。そして、隣に立つ火村を見た。
「有栖を頼みます・・・」
「はい」
 さすがに、火村もきっぱりと返した。
 照れている場合でも、誤魔化している場合でもないのだ。
 そこの所を読み間違える助教授ではなかった。それどころか、
「ベタ惚れですから!お任せ下さい」
 と言うと、素早く有栖の頬にキスをした。
 有栖は一瞬何をされたのか、理解できなかった。
 理解すると、頬を真っ赤に染めて、

「火村!!!!!」
 と叫んだ。
 じいちゃんの目の前で、何てことをするのだ、この男は。
 有栖はあまりの恥ずかしさに、めまいを覚えた。
 なのに、統一はうんうん、と納得している。そして、
「火村くん、婿に来んか?」
 と宣った。
 さすがに、十条グループ会長。並大抵の神経では務まらなかったらしい。
 ふうと、有栖は軽くため息。
 ま、いいか。ここ数日の出来事で有栖の神経も麻痺していた。
「それじゃあ、じいちゃん!」
 有栖は統一に手を振った。
 そして、自分の横に立つ火村を見上げながら、にっこりと微笑み、
「帰ろう!」
 と言った。

 その笑顔には火村も見惚れ、「ああ、帰ろう」と返した。

 帰る場所は一つ。


 貴方のいる場所。



END
 

「後書き」

 全21回おつきあい、ありがとうございました。
 日参して下さった方々、お疲れさまでした。
 作中、おかしい所が多々ありますが、何分お遊びということで、許して下さい。
 とてもご都合主義の展開であろうが、そんなばかなと思っても「ハーレクイン」ということで、目をつぶって頂けると大変嬉しいです。
 しかし、見事に男性しか出演しないわ、平均年齢高いわ・・・。(笑)
 評判がよろしければ、パート2も考えようかと思います。
 このお話は結構自分にとってチャレンジだったかもしれません。
 こんな長い話書いたの初めてでして。
 いつもは一話完結連載ですから!
 大変勉強?になったような気がします。
 残すは後日談。
 「じいちゃんの野望」
 「ここに在って」
 「貴方のいる場所」
 です。
 私は実は小島がお気に入りなんですが、みなさんは誰がお好き?
 主役が一番は当たり前ですがね!
 しかし、少しは火村がかっこよく書けたのでしょうか・・・?
 ところで、ある回の火村の殺し文句に悶えて下さった方がいらして、すっごく嬉しかったです。火村をかっこよく書くの難しいから。
 所詮、アリシストなんですよね。

                               春流




「じいちゃんの野望」


 統一はベットにいた。
 枕元には有栖が以前持ってきてくれた、同じ種類の白薔薇が生けてあった。
 庭師の鷲見に頼んで同じものにしてもらったのだ。
 この白薔薇を見ると、君子と有栖を思い出す。
 あっという間に過ぎた1週間だった。
 有栖が居てくれた日々は統一にとって、幸せだった。
 君子が生きていた頃を思い出した。
 有栖に逢えるのなら、この老いぼれも、まだ長生きしたいと思えた。
「なあ、小島」
「はい」
 小島は統一のベットの横に立つ。
「火村くんをどう思う?」
「そうですねえ。有栖様を思う気持ちは一番でしょう。先日の手腕も鮮やかでしたし。問題ないのではないでしょうか?」
「やはり、そう思うか?」
 統一は満足そうに頷いた。
 自分が死んだら莫大な遺産が残る。
 別に惜しくもないが、せっかくなら有栖にもらって欲しい。
 有栖が欲しがるとも思えないが、直系は息子の始、そして有栖だけなのだからしょうがない。始には残すつもりもない。多分本人も拒否するだろう。
 だから、有栖に受け取って欲しいのだ。
 善は急げと言うではないか。
 さっそく遺言状でも書いておくか。
「小島、弁護士さんを呼んでくれるか?」
「はい。かしこまりました」
 小島は軽く了解とばかりに会釈する。
「有栖は遺産を受け取ってくれるかのう?」
「・・・さあ。こればっかりは、何とも」
「遺言を残しておけば、優しい子じゃから、無下にはしんじゃろ。それに、有栖が十条の遺産を受ければ、きっと火村くんが一緒に管理してくれるだろう。う〜ん、一石二鳥じゃ!」
 良いことを思いついた、と統一は手を叩いた。
 これで、二人に任せられると、統一は楽しくなった。
 十条グループの今後も安泰のような気がしてきて、統一はとても嬉しくなった。
 小島は嬉しそうな統一を見つめつつ、
「弁護士はどなたになさいますか?」
 と聞いた。
「う〜ん。できるなら、今後も有栖達の相談に乗ってもらえるような、若くて実力のある人物がいいな。探してくれるか?」
「はい。信用できる人物を当たってみましょう」
 小島はさっそく取り掛かろうと、統一の部屋を後にした。



END




「ここに在って」


 十条邸から戻ってしばらく火村は有栖のマンションにいた。
 有栖不足をしっかりと充電していたのだ。
 なんと言っても1ヶ月逢ってなくて、せっかくの約束をキャンセルされ、十条家に連れていかれて、襲われる、脅される。
 どうして、こうトラブルが舞い込むのか。
 火村は自分のことは棚に上げ、有栖のトラブルメーカーを少し嘆いた。
 しょうがないとは、あきらめている。
 有栖に寄って来る虫も学生時代から半端じゃなかった。
 どれだけ、苦労したことか。
 ひょっとして、一生こんなことが続くのだろうか?
 恐ろしい考えが浮かぶ。
 嫌、いくらなんでもじいさんになってまでは・・・。
 しかし、有栖は年を取っていないじゃないか。
 これで30過ぎなんて、人外だと思う。
 有栖の母親を見たことがあるが、これまた魔物だった。
 30過ぎた息子がいるとは思えない。若いのだ、とてつもなく。
 20〜30歳くらいにしか、見えない。中身は少女のように無邪気だし。
 絶対有栖はあの人の血を引いている。
 火村は少しだけ天をを仰いだ。
 有栖に惚れたのだから、しかたがないだろう。
 しかし、有栖自身にも危機感を持ってもらわないと、今後困る。
 いつでも直ぐにそばに行けるわけではないのだから。
 今回、借りを作ってしまった人物にはそれぞれお礼をしておかなければならない。
 細田には絶対有栖に逢わせろ、と言われていて、今日予定に入っている。

「アリス?用意できたか」
「うん。これでいいかな?」
 しっかりお礼を言いたいから、と今日の有栖はスーツ姿だ。
 ブルーグレーの地に細いストライプが入っている。中のシャツも薄いブルーで合わせてあって、ポケットチーフはホワイト。
 どう?と首をかしげて火村を見る有栖。茶色の少し伸びた髪がふんわりと揺れて、火村の心臓をつかむ笑顔。
 見せたくない、と心の狭い助教授は思う。
 自分だけの物にしておきたい、と心から望むがそうもいかないのが、現実で。
 心の中で今回限りだと納得させて、
「いいんじゃねえか?」
 とさらりと言った。
 有栖は火村の背広姿を見て、「うん、かっこいい!」と言った。
 でも、ネクタイはしっかりな、と胸元に手を伸ばして、きゅっと結ぶ。
 有栖のどこか新妻のような仕草に少し火村は満足した。
 なんて、お手頃な助教授だろうか!!!と有栖が思ったかどうかは、置いておいて、機嫌が直った火村は有栖の肩を抱いて、
「さ、行くか?」
 と言った。
「うん」
 有栖も火村にしか見せない笑顔で答える。
 その後の夕食会で細田が有栖にちょっかい掛けるのに、火村が怒ったとか、拗ねたとか。
 それはまた、別の話。


END



「貴方のいる場所」


 今回は本当に火村に感謝している。
 どうなることか、と真面目に思ったが、火村のおかげでじいちゃんも自分も何事もなく済んだのだ。感謝なんて、どれだけしてもしたりないけれど、自分も火村に返せればいいのにと思う。
 あれから1週間火村は有栖のそばにいてくれる。
 白鳥に襲われてとても恐怖した。
 体は振るえるし、気持ちが悪くて吐きそうだった。
 レナードはとてもいい人だけど、火村の代わりになどなる訳がない。
 あわや身売り?と思ったけれど・・・。
「火村、コーヒー飲む?」
 ソファに長い足を組んで深く座り洋書を読んでいる火村に声を掛ける。
「ああ」
 本から目を上げず、答える。
 こんな何気ない雰囲気が好きだ。
 火村が安心して、この部屋で過ごしていることがわかる。
 火村の傍は居心地がいい。安心する。誰も火村の代わりにはならないし、いらない。
 はい、とマグカップに入れたコーヒーを火村に渡す。
 ああ、と受け取って瞳で「ありがとう」と言う。
 そんな仕草も好き。
 読んでいた本をパタンと閉じて、自分のいるソファの隣をポンポンと叩く。
 有栖はくすり、と笑うとその場所に座った。

 火村の隣。
 自分の場所。
 有栖の安心できる、唯一求める人。
 有栖は火村の肩にことり、と頭を預けた。
 火村は当然のように、自分に頭を寄せる有栖の柔らかい髪を何度も撫でる。
 心地良さに、有栖は瞳を閉じた。

「真弓ちゃんに電話したんや、ありがとうって!」
「ああ、藤岡か・・・」
「そしたら相変わらず、ご馳走様って言ってたわ。火村何て言うたん?真弓ちゃんに」
「そんなの、決まってるだろう。俺のアリスが脅されてるって、言っただよ」
「・・・君、何て事を真弓ちゃんに言うんや??」
 有栖は顔を上げて火村を見る。
 火村は一口コーヒーをすすり、マグカップをテーブルに置く。
「事実だろう。第一藤岡にはばれてるじゃないか。問題あったか?」
「ばれてるって?いつ?」
 火村は驚きに瞳を見開いている有栖の頬に手を伸ばす。そして、にやりと笑うと、
「シークレット」と囁くと唇にキスを落とす。
「ご・ご魔化され・へん・で・・・」
 何度も口付けられて、有栖は途切れ途切れに言い返す。
 でも、それさえも甘い吐息になる。
 火村はしっかり誘われて、柔らかく抱きしめながらソファに有栖を押し倒した。
「ひ・火村?」
「うん?」
 火村は楽しそうに顔中に、キスの雨を降らせる。
 額に、瞼に、鼻に、頬に、顎に、耳朶に、首筋に、と。
 最後に唇に音を立てて、ふれる。
 誤魔化されてる、と有栖は思うがしばらく火村不足になっていたので、ついつい許してしまう。
 同じくらい有栖も求めているから。
 だから、有栖からキスをした。
 好きって、伝えたいから。

 大好き。

 唇から、伝えたい。

 そして、体中に、ね。

END




「後書きのあとがき?」

 お友達から、「アリスの王子様(ぷぷぷ)はそろそろ出るの?」という発言を頂いた時に、火村は王子様って柄か?と疑問に思いました。しかし、これは「ハーレクイン」なのであるから、王子様でなければいけないのだ!とも思いました。
 これっぽっちも、紳士でなくてもアリスにとっては王子様(笑)っていうか、王様ですかね?あの尊大さは。じゃあ、アリスはお姫様ですよね・・・。
 うちは、女王様って柄じゃないし。
 この話のアリスは「お姫様」だったのだ!!!!
 って、知ってました?
 閑話休題。
 マツモトトモ作「キス」に出てくるゴシちゃんが25、6の火村なんですよね、私の。
 それはもう、ツボで。あれで、火村を描いてくれたら、間違いなく惚れると思います。
 私が火村にうっとりすると、思います。まじめに!!!
 同意見の方いらしたら、教えて下さい。
 さてさて、作中にどこかで見た人物がいたりしましたね。
 そう、私の書くお話はというか、ヒムアリは同一人物なのです。
 全部繋がってます。だから、これからもいろんな場所でいろんな人物が出演することでしょう。
 今回はお話の都合上、登場願えなかった人もいましたし。裏ではしっかり協力してたんですが。(そう、真弓ちゃんと細田が出てきて、彼が出ないのがおかしい、と思う方ありましたでしょう?)
 大分、父方(十条家)も明らかになりました。それでもまだあるんだけどなあ。
 母方(有栖川家)も、これから明かされる部分が多くて、書いても書いても終わりませんね。とほほ。


                春流拝。


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