ハーレクインから始めよう!2


(8)

「大丈夫、じいちゃん?」
 ベットに臥せている統一の横で有栖は心配そうだ。
 椅子に座り診察している主治医の田代を向いて、どうですか?と伺うと、
「しばらくは安静にして下さいね。有栖さん、そんなに深刻にならなくてもいいですよ、十条さんが有栖さんに逢えて嬉しくてはしゃぎ過ぎただけなんですから」
 にっこりと安心させるように田代は言った。
「田代、はしゃぎ過ぎって、ひどいなあ・・・」

 統一は長い付きあいの田代には、これまた頭が上がらないらしい。長年の友人でもあるのだから、しょうがない。
「じいちゃん、大事にしてや。せっかく逢えたんやから!」
 有栖の言葉に統一はほろりと、来た。
 さすがに照れくさいのか、目許をごしごしこすり、
「そうだな、有栖」
 と早口に言う。
「貴方に似ず、可愛い孫で良かったですね、十条さん」
「田代〜〜〜」
「じいちゃん、良かったな、いい友達がいて」
 結局統一は負けた。田代にも有栖にも勝てる訳がなかったのだ。
「じゃあ、ちゃんと寝てるんやで」
「それでは、行きましょう、有栖さん」

 田代と有栖は部屋を出た。
 すると、待ち構えたように真剣な顔をして有栖は聞いた。
「田代先生、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。すぐにどうということはありませんよ。ただ、何分年ですからねえ。私もですけど、人間年齢には勝てませんて!」
 だから、そんな顔をしないで、と田代は有栖の肩にそっと手を触れた。
「はい」
 有栖はわかりました、とうなづいた。
 玄関までお送りします、と有栖は田代と連れ立って、歩き出した。

 すると、玄関先で一人のいかにも外国人という風情の男性が立っているのを見つけた。
 小島が執事らしく応対している。
 日本語で会話しているらしく、途切れ、途切れに言葉が聞こえてきた。
 一応は日本語が話せるようで、有栖としても安心した。
 英語くらいは話せるが、英語とは限らないではないか。外見はアングロサクソン系であろうか?背が高く、190くらいあるのかもしれない。そして、髪は金茶色、瞳はアイスブルー。端正な顔立ちできっともてるに違いない。年齢は、40過ぎかな?
 有栖は作家の悲しい性で観察していた。

 ついつい、どんな人間か想像してしまう、自分の職業病だ。
 さて、どうしようか?ここは自分から挨拶するべきだろうか?
 有栖は悩む。
 すると、小島の方から、有栖に話しかけて来た。
「有栖様!」
「はい」
 隣の田代に失礼します、と会釈して近付いた。

(9)

「有栖様、ご紹介いたします。こちらはお爺様のお友達でレナード・ハミルトン様です」
「はじめまして、ミスター・ハミルトン?」
 有栖は自分より随分高い位置にある顔を見上げながら、挨拶した。
「こちらは、統一様のたった一人の孫に当たる、有栖様です」
 そして、小島はレナード・ハミルトンと呼ぶ人物にに向いて、有栖を紹介する。

「トーイチに、こんな可愛らしい孫がいたなんて、知りませんでしたよ。はじめまして、Alice?」
 彼は、にっこりと相好を崩し、有栖に笑う。
「はい。有栖です。日本語お上手ですね?ミスター・ハミルトン」
「Oh! レナードと呼んで下さい、Alice!!」
 外国の人って、どうしてこうすぐに友好関係になるんやろ?有栖はそう思ったが、レナードの笑顔も態度も大変好意的に感じたので、くすりと微笑みながら答えた。
「それでは、レナードどうかよろしく」
 互いに右手を出して、握手する。
 大きな手だな、と思う。身長がこれだけあれば、比例して身体のパーツの大きくなるのだろう。それにしても、グローブみたいや!

 レナードは握手しながら有栖の顔をじっくりと見た。
 目をしっかり合わせるのが礼儀やな、と有栖が呑気に思ってブルーアイズを見つめると、レナードは別のことを考えていたようだ。
「Aliceはとても、beautifulでprettyですね!逢えてとても光栄です」
「え?っとですね、レナード?」
 今まで、言われ慣れてきたが、嬉しいと思ったことは一度もない。唯一、火村に言われる時だけときめくが・・・。それは例外であるし、男に「綺麗」とかは誉め言葉ではない、と有栖は思う。でも、おじいちゃんの友達やし・・・。はあ、どうしよ?
 悪気があるとは思えないので、今までもにこやかに対応してきてはいるが・・・。
「一応、ありがとう、と言えばいいんでしょうかね・・・」
 有栖は困り顔で言う。
 そんな有栖の心情がわかったのか、わからなかったのかレナードは豪快に声を立てて笑うと、ぎゅーと手に力を込めた。

「そうですよ、Alice!男でも女でも美人は誉めなければいけません。これは常識です!礼儀ですよ」
 そんな、信じられないことを言う。
 変った人や。有栖は結論付けた。
「今日は、祖父に逢いにいらっしゃったんですね、レナード?」
「イエス、Alice、でも体調が良くないと、聞きました。どうですか?」
「大丈夫ですよ、少し安静にするように言われましたが。ね、田代先生?」
 傍まで来ていた田代に有栖は振りかえる。
「ええ。短時間逢うくらいなら平気ですよ。ただし、無理はさせないように、注意して下さいね。何しろ、話し相手が居ると嬉しくて十条さんは無理をしますからね!有栖さん」

 田代は、ね、とウインクする。
 先ほどの会話を思いだし、笑いながら有栖はうなづく。
 話が途切れるのをじっと待っていた小島は、それではとレナードに向き、
「お医者様の了解も頂きましたので、お部屋までご案内いたします」
 どうぞ、と奥へ誘導するように軽く手で指し示す。
 有栖はレナードに会釈すると、田代を送るため、重厚な扉を開けようとした。
 すると、レナードが振り返った。
「Alice、後で逢えますか?」
「え?そうですね。お邪魔でなかったら、後で祖父の部屋に行きます」
「それでは後で!」

 レナードは、Beyと手を振って、小島の後を付いてゆったりと歩いていった。
 はあ、有栖は何だかなと一つため息。
 気を取り直して田代に笑顔を向けた。
「今日はありがとうございました、先生」
「なに・・・仕事だから。有栖さんもずっと付き合ってると疲れますよ。環境の変化は人をいつもより倍、疲労させますからね」
「はい。気をつけます」
 田代も本物のじいちゃんみたいだ、と思う。だから素直に聞き入れることができる。じいちゃんが二人も増えた、ってめでたいことやな。うん。有栖はその考えに楽しくなった。
 また明日来ますね、という田代に可愛らしく手を振って有栖は見送った。


(10)

 コンコン。

「失礼します」
 どうぞ、という返事に有栖はドアを開けた。
 統一とレナードが一緒に有栖を振り向く。統一はベットの上、レナードは椅子に座っていたので、立って有栖を向かい入れた。
「Alice、待っていましたよ!」
「もう、お話は終わりましたか?」
 二人でしたい話があるだろうと、有栖は時間をおいて部屋に来たのだ。
「ええ。今トーイチからAliceについて聞いてたんですよ」
「おじいちゃん、何を話したん?」
「そんな睨まなくてもいいじゃろう。本当のことしか言ってない!」
 統一はすねたように、有栖を見る。
 全く、しょうがないじいちゃんだ、と有栖は思う。
「だったら、いいんやけど?」

 有栖はもう怒ってないと、統一に微笑んだ。これくらいで怒るわけではないけれど、最近築いたばかりの「祖父と孫」という関係を二人とも楽しんでいるのだ。だから、ちょっとした会話のやり取りも、今のように甘えたようなものになるのだ。
 大体すねるなんて、子供っぽいマネをできるようになっただけ、ましなのだ。
「Aliceみたいな可愛い孫をどこに隠していたのかと聞いたら、やっと逢えた孫なんだ、とトーイチから聞いたんですよ。何でも数日前に逢ったばかりなんですって?」
「そうなんです。私も知りませんでしたから・・・」
「それを言われると、辛いのう・・・」
 有栖に向かって統一は顔をゆがめながら、苦しそうに言う。

「じいちゃん・・・」
 有栖は、もういいから、と統一の手を握る。
 ね?と首をかしげ統一を見て、微笑む。
 それに、やっと統一も安心したように笑うと、照れくさそうに、そろそろ寝るよと言った。
「そうやった。あんまり無理しちゃいかんのや!」
 有栖は横になった統一にふんわりと布団を掛けてやる。
「レナード、申し訳ありませんが、よろしいですか?」
「もちろん。トーイチ、それじゃあ、また」
 ゆっくり寝てるんやで、と有栖は声をかけて、部屋を出た。
「さて、Aliceせっかくですからお茶にしませんか?」
 レナードは勝手知ったるという様子でリビングに向かう。
 友達だということなので、きっと何度もこの屋敷に来たことばあるのだろう。有栖よりよっぽど詳しそうだ。お客はもてなすべきなのだが、自分がもてなされているようだ。

 リビングでは待ち構えたように、小島が紅茶とケーキを持って来た。
 上品で、シックな色合いの家具が並ぶリビングである。やはり洋館なだけあって、暖炉というものがあるのが最初びっくりした。大抵インテリアとしてある飾りなのだろうが、ここにある物は本物だ。
 艶のある、厚くて一枚のテーブルにスプリングの効いた椅子。
 今までの自分の世界になかったものがここにある。1日目に驚きなれたが、やはり慣れることはない、と思う。自分にはつくづくあの夕陽が丘の2LDKのマンションがあっている。
「うん、いい香りだ。コジマのいれるお茶は美味しいですね!」
 レナードの言葉に誘われるように有栖もカップに手を伸ばす。
 こくり、と飲むと口いっぱいに香りが広がる。何度飲んでも小島のお茶は美味しい。お茶だけでなく、料理もだけれど・・・。

「美味しい。小島さん、ありがとう」
 横に立ちサーブしていた小島に有栖は微笑みながらお礼を言う。
 それに、軽く会釈して「ご用がありましたら、お呼び下さい」と言って隣の部屋に帰っていった。リビングの横に控え室というか、執事室というべきか部屋があるのだ。
その様子を見送ったレナードは、
「Aliceは小説家なんですよね」
 と聞いた。
「ええ。祖父から、聞いたんですね?」
「そうです。驚きましたよ!!Aliceを見た時、大学生かと思いましたから!まさか社会人とはね」
「よく、言われます。そんなに落ちつきがないですかね?」
 本当に、いつも人に聞かれるのだ。毎回どうしたものか、と思う。だから、有栖はちょっぴり、肩をすくめつつ聞いた。
「落ちつきというか、若々しく見えますね。あんまりbeautifulだからモデルかと思いましたよ」
「お上手ですね、レナード?」
「信じてませんね、Alice!今日の衣装を見た限り絶対にモデルだと思いますよ」

 有栖は、自分の洋服をふり返る。
 実は有栖がこの十条邸に滞在すると決定した数時間後、大量の荷物が有栖の客室に運び込まれたのだ。中身は当分の間困らないであろう衣装、シャツはもちろん上品なスーツ、時計、靴と生活用品、果てはパソコンまで!!
 衣装はなぜだか、有栖のサイズぴったりで驚いた。また、その品物の良さがわかってしまって、困惑したが・・・。
そして、今日の有栖は仕立ての良さそうな真っ白のシャツにブラックの細身のパンツ。
 どこから見ても20くらいにしか見えなくて、綺麗で華奢で、可愛かった。にっこり微笑めば、スチールモデルである。
 しかし、有栖自身はそんなことにとんと気づかず、やっぱり若く見えるのか?くらにしか思わなかった。つくづく自分をわかっていなかった。
「もっと、大人な格好をすべきですかね?」
 有栖は苦笑いを浮かべる。

「Alice、自分をわかってませんね!今日の洋服はとても似合っています。もし、気を悪くしたのなら、あやまりますよ。でもね、Aliceが学生かと思ったのは、握手した時、手が綺麗だったからですよ。仕事をしているように見えない手だった。仕事をしていると、肉体労働はもちろんのこと、書類を扱うだけでも、痛むものですよ。きっと作家というお仕事もキーボードを使っているでしょう?ペンダコもなかった」
「そうです、キーボードを使用してます。さすが観察力がありますね、企業家は!」
 有栖は観察眼に敬意を評したいくらいだった。
 火村も鋭い目を持っているが、火村の場合は犯罪に対して特筆しているのだ。レナードは企業家として相手を判断するのだろう。
「企業家とは、それは有栖の観察結果ですか?」
 レナードはにやりと、返す。
「まず、どう考えてもホワイトカラーであることは間違いありません。そして、身につけている物はどれも一級品のようですし。今日の腕時計はオメガでしょう?レナード!」
 レナードは肯定するように、大きくうなづく。そして、続きを促すように有栖を見た。
「そして、祖父に逢いに来た。もちろんご友人と聞いていますから、どんな関係なのかはわかりませんが。私の感ですが、学問を追求する人間ではないと思いましたし、企業経営に携っている人間に見えました。強いて言うなら、目が・・・」
「目が?何です、Alice」
 有栖は何といったらいいか、悩む。自分の中でぴったり来る言葉を探す。
「鋭いというか、その人がどういった人間なのか見極めようとしている、目」
 そう、火村も真実を見極めようとする。その人間の本質を見抜こうと。
 でも、レナードの場合は見抜くといっても、犯罪に対してではない。あくまで、社会的に、会社としての眼力だ。
 見抜こうとしている本質の違いだ。
「Aliceも素晴らしい観察力を持っていますね。それは作家として必要な特性です。きっとAliceの本も素晴らしいのでしょう」
 レナードは満足したように、言う。

「今度、Aliceの本を読ませてもらいます」と付け加えた。
「私の書いてるのは推理小説ですよ、レナード!!」
「結構じゃないですか、是非読みますよ」
 有栖は急に恥ずかしくなる。そんな期待を込めて読んでもらうほど自分は上手くない。決して卑下している訳ではなく、もっとずっと面白い本があることを知っているのだ。外国人のレナードには日本の有名な作家を読んで欲しいではないか!
「私のトーイチとの付き合いもかれこれ10年でしょうか?Aliceが言ったように商談の関係で逢う機会がありました」
懐かしそうに、遠くを見ながら言う。
「それでも、あれほど幸せそうな顔は始めて見ました。貴方に逢えて本当に嬉しかったのですね?」
 真剣に瞳を見つめられて、有栖もその強い瞳を見返すように、
「そう言っていただくと、嬉しいです。せっかく出逢えたのだからこれからは寂しい思いはお互いにしたくない」

 そう言って、にっこりと微笑んだ。
 その微笑みに、ちょっとレナードは見惚れた。まさしく、花のような笑顔であった。
 だから、有栖から目が反らせなかった。
「トーイチは幸せですよ」
「はい・・・」
「ところで、Alice!今日一緒にディナーでもどうですか?」
 だから、また逢いたくなった。
「え?ディナーですか?」
 有栖はレナードの突然の申し出に困る。
「今日はご一緒できません」
「先約でも、ありましたか?」
「いいえ。今日は小島さんにリクエストしてしまいましたから!鯖の味噌煮に大根の煮付けです、美味しそうでしょう?」

 レナードは瞳を大きく見開き、豪快に笑う。
 自分のディナーは、コジマの料理に負けたらしい。
 今まで、いろんな目的で自分に近付く人間はたくさんいたが、こんなにあっさり断られたのは初めてだ。
「そうでしょうね、コジマの料理は美味しい!それでは、明日はどうですか?」
「明日ならいいですよ、レナード」
「それでは、迎えに上がります」
 レナードは楽しそうに、笑っていた。





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