ハーレクインから始めよう!1


(1)

 有栖は「現実は小説より奇なり」という言葉をかみしめていた。
 小説家である自分であるが、こんなことは想像しなかった。できなかった。
 誰ができるというのだろうか?
 有栖が面した「現実」はかなり予想外であり、夢か幻のようだった。
 今自分がいる部屋は、有名ホテルのスイートルームかと思うような客間である。
 調度品はどれも上品で高級なことが人目でわかるものばかり。

「はあ・・・」

 有栖は誰もいないというのに、緊張している自分を自覚した。
 ため息も付きたくなる、というものだ。
 ため息を付くと幸せが逃げるというが、本当なのだろうか?小さい頃母親が有栖に言って聞かせたが、今だもって疑問である。結局は、嫌な気分でいると、いい事も起こらない、ということなのかと思っているが。
 有栖は豪奢なベットの上に座り、これからどうしようか、と思考を巡らせて始めた。
 コンコン。
 ドアがノックされる。

「はい」
 有栖はあわてて返事をする。
「失礼します」
 言葉とともに深く身体を折り、まるでご主人にするように礼をする。
 初老の男性で、有栖からしたら父親より年配の彼にそんな態度を取られるのは大変居心地が悪い。
「有栖様。お電話が入っております」
 そう言ってコードレスの子機を渡される。
「誰からですか?」
「お父様からです」
「ありがとうございます」
 有栖はこの屋敷の執事である、小島にぺこりと頭を下げた。
「有栖様、私にそのようなことは不用です。しばらくの間ここで過ごされるのですから、どうか何でも 言いつけて下さいませ」
「小島さん・・・。でも、俺にはちょっと無理なんや。慣れへんわ。それに児島さんの雇い主は俺のお爺ちゃんなんやし」
「ですから、孫の有栖様も当然そのようにして頂いてよろしいのです」
 有栖は困ったように、
「でも、できひんのや。これからしばらくお世話になるんやし、俺の好きにさせてくれへん?」
有栖はそう言って、小島の瞳をじっと見つめた。
 それに小島は少し微笑むと、「わかりました」と言った。
 普段鉄壁の仮面を誇る彼にしては珍しいのだが、もちろん有栖は知らなかった。
 小島はすぐに表情を改めると、「お時間を取りました。どうぞ」と電話を指し示す。
 有栖は慌てて、通話のボタンを押した。

「もしもし、おとん?」

(2)

 その日有栖は火村と逢う約束をしていた。
 自分の締め切りがたまたま重なり、1ヶ月ほど逢っていなかった。久しぶりに火村と逢えると有栖はとても嬉しかった。
 今日はどこかで美味しい食事でもして、北白川に泊めてもらおう、とウキウキと計画していた。ところが、朝珍しいことに父親から電話があった。
 突然どうしたことだろう?と思ったが、どうも様子がおかしい。
 とても切迫してしているようで、「すぐに実家に帰って来い」と言う。今日は予定があったのだが、そんなに緊急なのか?と聞くと「緊急だ」と言う。しかたなく、火村に電話して今日の予定をキャンセルしてもらった。
 せっかく逢えると思っていたので、声がとても残念に響いたらしく、「すぐに逢えるさ」と言われた。自分ばかり、逢いたいみたいで、シャクに触った。そうしたら、「俺も逢いたいんだぜ」と甘いバリトンでささやかれた。
「うん、ごめんな」と電話を切り、急いで実家に向かった。

 待ちうけていた父親にタクシーに押し込まれ、着いた先はどこから見ても、お屋敷だった・・・。
どうゆうことや?と父親に詰め寄るが知らん顔をして無言である。
 高い塀の中に入って、玄関までがまず、長かった。脇には庭があるようだ。こうゆうのは「庭」じゃなくて、「庭園」っていうんやな、きっと。
本物のお屋敷やわ〜と有栖は思った。
 間近に見る洋館はとても大きい。いったい何部屋くらいあるのだろう?規模が大きすぎてさっぱり有栖にはわからなかった。
 父親が声をかけるまでもなく、重厚なドアが開いた。門も勝手に開いたことから、カメラでも設置してあり、自動に開けるようになっているのだろう。

「お帰りなさいませ、始様」
 初老の男性は黒の背広に身を包み有栖たちを招き入れた。
 父親はその反応に当然のように、
「久しぶり、小島。でも帰ってきた訳じゃないよ」
 と言った。
 有栖の頭の中は疑問符ばかりだ。

 「お帰り」っ言われて、「帰って来た訳じゃ」と返すということは、ここは父親の家なのか?今まで父親の親族に逢ったことがなかった。あまり多くを語らない父親にいつしか聞かなくなった。どうも父親と母親の結婚は父方の親族に大反対にあったらしく、絶縁状態にあったようだ。母方の親族は親しく行き来していたが、父方はさっぱりだった。
 どれだけ反対されたからは、父親が母方に婿入りしたことからも明らかだった。
 だから父親の前の苗字を有栖は知らなかった。どんな家かも全く聞いていなかった。
 しかし、今日初めて知った。

 門の横、立派な表札には「十条」と書いてあった。


(3)

「有栖、お前のおじいさんだ」
 部屋の中央にある豪華なベットに寝ている人物を見ながら父親はそう言った。
 ベットにゆっくりと歩み寄り父親は、
「お久しぶりです。お父さん」
 顔にはしわがより、少しやつれているようだが、とても頑固そうな鋭い目をしている老人に声をかけた。
「お前に、父などど呼ばれるいわれはないわ」
 ぷいっと、横を向いてしまう。
「変りませんね、お父さん。小島から連絡を受けました。随分お悪いようで」
 父親ははっきりと言った。
 悪い?ということはやはり病人なのだろうか?有栖は目の前のおじいさんだという老人をじっと見る。
「悪いとは、なんだ。お前、老人をいたわるという気持ちがないのか?」
「そんな元気な病人は知りません」
 父親はしょうがないとばかりに、肩をすくめて、
「有栖、こっちへ」
 有栖は父親の横に並んだ。

「お父さん、息子の有栖です。ご存知でしたか?」
 父親はにっこりと微笑む。
「有栖、強情で、意地っ張りのお前のおじいさんだ」
「何て説明するんだ!お前それでも息子か?」
「あいにく、息子ではないらしいので・・・。有栖?」
 父親は老人を軽くいなして、有栖に即す。

「はじめまして、おじいさん。有栖です」
 有栖はにっこりと微笑んだ。
 先ほどのおじいさんと父親の会話を聞いているとそれほど仲が悪いように見えなかった。時間が解決したのかどうかはわからないが、せっかくの仲直りのチャンスだ。有栖も一役買いたいと思った。
 有栖の全開の笑顔に老人は目を奪われた。
 じっと、有栖を見つめる。そして、ぽつり、とつぶやいた。

「君子に似ているな・・・」
「君子?」
 有栖は聞く。
「お前のおばあさんだよ。ずいぶん前にわしを置いて死んでしまった・・・」
 有栖は父親に向き直り、「似てるの?」と聞いた。 
 父親は面白そうに言う。
「お父さん、有栖はお母さん似ていないこともありませんが、妻にそっくりですよ!」
「お、お前はどうしてそう、意地悪なんだ。いいじゃあないか、せっかく思い出に浸っているというのに・・・。昔からそうだった。お前はとことん・・・」

 あははははっつ!!!!

 有栖は声を立てて、笑った。おかし過ぎる。
 この親子の面白いことと言ったら!!今まで絶縁だったのは意地の張り合いだったのだろう。
 有栖の笑い声に父親もつられて笑った。それを見ていた老人、有栖のおじいさんもしかたなさそうに、でも本当は嬉しいのを隠したのが丸わかりなのだが、笑い出した。
 ひとしきり3人で笑うと、もうさっきまでのわだかまりはどこかに吹き飛んでいた。

(4)

「しばらく、1週間でもいいから傍にいてくれないか?」
 というおじいさん、名前は「十条統一」というは、有栖に言った。
 それに、有栖は「否」という返事を持たなかった。
 せっかくの仲直りだ。
 父親も「大丈夫か?」と聞いたが、ちょうど締め切りを終えた後で差し迫った仕事は何もなかった。唯一、火村に逢えないことが心残りであったが、そうも言ってはいられないだろうことを有栖はわかっていた。

 しかたなく、1週間の約束でこの十条邸に滞在することとなったのである。
 その間しばらく使用していなかったという豪華な客間に泊まることとなり、有栖は驚愕の連続であった。とにかく、今まで生きてきた中でこんな世界は知らなかった。
 滞在一日目は統一とひたすら話をした。
 今までの時間を埋めるように、有栖のことを統一は聞きたがった。
 実は密かに調べていたらしく、有栖が小説家であることを知っていた。なんと有栖の本どころか、載った雑誌全てを統一は持っていた。
 自分では買いに行けないので、全て執事の小島に買ってきてもらったらしい。
 あの犯人は最後までわからなかった、と悔しそうに言う統一に有栖は嬉しくなった。今まで、逢うことのなかったおじいさんがずっと自分のことを見守っていてくれた、という事実。きっと父親のことも、何でも知っているに違いない。

 本当に意地っ張りだ。これは家系なのだろうか?
 有栖も火村に「意地っ張り」「頑固」と言われる。
 火村のことを思いだすと、逢いたくなる。
 ここに滞在することになって、すぐに連絡を入れた。
 事情があって、しばらく留守にすると。詳しく話したかったが、携帯の電源が持たなかった。まさかこんなことになるなんて、思いもしないから充電器も持っていないし。連絡先だけ言っておいたが・・・。1週間すれば逢えるのだからと、自分をなぐさめた。
 つくづく、好きなんだな、と思う。

「有栖は恋人はいないのか?」
 統一が聞いた時だ。
 有栖は火村を思い浮かべてしまって、否定するのが遅れた。
「隠さなくても、いいだろう?」
 と笑われたが、紹介してくれ、といわれても困るのだ。
「美人か?」
 と聞かれても、返答に困る。美人というより、ハンサムです、とは言えない。
 80過ぎの老人に、実は男の恋人がいるなんて、言えないだろう。

 卒倒するかもしれない・・・。
 何でも、君子おばあちゃんとの出逢いは人目惚れだったそうだ。
 見合いの席で人目で気に入り、即結婚の日取りを決めたらしい。行動力のあるじいちゃんだ。
 君子ばあちゃんも統一をとても気に入り、ラブラブカップルだったらしい。
 その年で、「ラブラブカップル」と言うのも、どうかと思うが・・・。
 けれど「だから有栖も素敵な人と幸せになるといい」と言ってくれる統一がとても優しく笑うので、有栖は泣きたくなった。
 でも、「有栖は美人だから、有栖より美人の奥さんを見つけるのは大変だな」というセリフにはまいったが。

(5)

「会長、お加減はいかがですか?」
 有栖が統一と話していると、一人の男性が部屋に入ってきた。
 50才くらいであろうか?髪に白いものが多く額を出しているせいで、より年齢がかさんで見える。
 統一はその壮年の男を見ると、表情を固くした。
「何かね、白鳥君?」
「何かとは、随分ですね。お身体を心配しているだけですよ」
 白鳥と呼ばれた男は何か含むものがありそうに、言う。そして、ちらりと有栖を見た。

「こちらは、会長?」
「孫の有栖だ」
 白鳥は有栖の全身を粘着質のある目で見る。
 その視線がとても気持ち悪かった。
「はじめまして、有栖さま」
「・・・はじめまして」
 大抵は愛想のいい有栖も顔がこわばる。話していたくないのだ。
 白鳥の目は爬虫類に似ていると有栖は思う。
 こんなに嫌な感じのする人は初めてだ、と思った。有栖の限りなく少ない危機感が、警報を鳴らしていた。
「十条グループの社長を勤めさせて頂いています、白鳥です。よろしく」
 そう言って手を指し出す。
 有栖は一瞬逃げ出したくなった。でもしかたない、と手を出して握手する。
 触れている手がひんやりと冷たく感じる。
 早く離したいと思うのに、白鳥は有栖の手を握ったままにして、もう片方の手で撫でた。
「綺麗な指ですね・・・」

 有栖はその感触にぞっとした・・・。
 あまりの気持ち悪さに強く引いて離そうとすると、今度は簡単に手を離した。
 有栖の瞳には怯えが揺れていた。
 白鳥はそれを楽しそうに見ると、今日はこれで失礼しますと去った。
 白鳥が部屋からいなくなると、ほうっと有栖は息を吐き力を抜いた。緊張していたようだ。

 それを見ていた統一は、
「有栖、白鳥には近付くんじゃないよ」
 厳しい声で言う。
「どうゆうこと?」
 近付く気などこれっぽっちもないが、そのいい方は気になる。
「あの男は、社長で満足するタイプではない。早く、わしが死ねばいいと思っている。今までは子供とも絶縁しておったから、わしが死ねば簡単に会社が手に入ると思っていたはずだ。けれど、有栖を見て、そうはいかないとわかったはずだ・・・」
「それって、俺は関係ないで!」
「有栖は、わしの後を次いではくれんか?」
「そんなん、無理や・・・」
 有栖は悲しそうに、顔をゆがめる。
「・・・すまんな、突然。つい嬉しくて・・・な」
「じいちゃん・・・」
「有栖、後継ぎの問題だけではくて、あの男は危ないんだよ」
「危ないって?何が?」
 有栖はなぜ?と小首をかしげる。それに統一は、やはりなあと、頭をかきながら言う。
「あの白鳥は有栖みたいな美人が大好きなんじゃ。有栖は雛にもまれな美形だからなあ・・・心配じゃ」
「おじいちゃん・・・」

 何を言うかと思えば、有栖は頭が痛くなりそうだった。
「大丈夫や。俺は男なんやし!それに、あの人には俺も近付きたくないと思う。何か怖いわ・・・」
「本当に気を付けてくれ、有栖」
 顔にとことん心配でしかたない、と張りつけている統一に安心させるように有栖は微笑んだ。その笑顔はとても人を安心させ、幸せにする、と統一は思う。
 この可愛い孫がどうか幸せになりますようと、と願わずにはいられなかった。

(6)

 その夜、有栖はどうしても我慢できず、電話を借りた。
「火村?」
「どうした、アリス」
「・・・火村の声が聞きたかったんや。安心する・・・」
「何かあったのか?どうしたんだ?」
 心配そうな火村の声。その優しい響きに嬉しくなる。
 どんなことがあっても、火村の声を聞くと、火村に逢って、抱きしめてもらうと大丈夫と思える。
 本当になんて現金なんだろうと、有栖は思う。

「あんな、この間は詳しく話せんかったけど、今父方のおじいちゃんの所にいるんや」
「おじいちゃんて?父方って聞いたことないぞ」
「そうやろな、俺も初めて知ったわ。うちの父親、家と絶縁状態にあって、今まで音信不通やったんや。何と言っても有栖川家に婿入りしたくらいやし、よっぽど反対されたらしいわ、母親との結婚」
「そうだったのか・・・」
「うん。でも今回仲直りできたんや。本当に良かったわ」
「良かったな!アリス」

 その声で自分のことのように喜んでくれていることがわかる。
 火村の両親は数年前に相次いで亡くなり、もともと親類付きあいがないと思っていたのに、より火村は家というものに対して興味がなくなったようだ。血縁が、どれほどのものかと思っている節がある。
 それでも、有栖と家族、親族に対して火村は暖かく見ていてくれる。それがとても嬉しい。

「それでな、しばらく傍にいて欲しいって言われて、一緒に過ごしてるんや」
「しばらくって、どのくらいだ?」
「1週間くらいの予定や。どっちにしても、一旦は帰るつもりやし。それに、火村にも逢いたいし・・・」
 有栖の語尾は小さくなる。
 電話の向こう側でくすり、と笑っている気配がする。
 有栖は、言うんじゃなかった、と後悔した。

「アリス、俺もだって。何度言わせればわかるんだ?アリスに逢いたいのは、きっと俺の方だ。わかってるか?」
「そんなこと、あらへん。俺の方がすごく、すごく逢いたいんやで!!」
 何もそんなことを競わなくてもいいと思うのだが、それはそれ、恋人同士だから。(笑)
「アリス、早く逢いたいよ。アリスに触れたい・・・」
 耳元でそんな甘い声で言わないで欲しい・・・。有栖はこんな声で言われたら我慢できなくなる、と思った。
「ところで、アリス。何かあったんじゃないのか?隠さず言え!」
 ところが、火村は腐っても火村だった。
 どうして、ばれているのだろう??不思議だ。決して何も言ってないはずなのに、有栖の精神状態が火村にはわかるらしい。
「火村・・・。別に何ってわけやないんや。ただ」
「ただ、何だ?大した事か、そうでないかは俺が聞いて決める。だから、吐け!」
「ひ・む・ら!!吐けって何や!!」
「いつまでも言わないアリスが悪い」
 はあ、だめだ、これは。絶対火村にはかなわない、と有栖は実感する。何度目かになるかわからないが。

「実はな、じいちゃんの所に来た人がちょっと気持ち悪かったんや」
「気持ち悪いって?アリスがか?珍しいな・・・」
「うん。何かな、目が怖かった」
「お前、何かされてないだろうな?」
「・・・何かって、何やねん。握手しただけやって!」
「・・・握手?ふん。怪しいなそいつ。アリス、絶対に近付くなよ」
「どうして、じいちゃんと同じ事言うかな?」
「は?じいさんもそう言ったのか?だったら、決まりだ。近付くな、話もするな、逢うな!わかったか?アリス」
 お前は保護者か、と有栖は思う。けれど、有栖としても2度と逢いたくもなかったので、
「わかった」
 と答えた。

(7)

 十条邸の朝食は、なんと執事の小島が作るのだ。
 この広い屋敷には思ったより、使用人が少ない。どうも統一の人見知りのせいらしい。
 朝食は統一と有栖は別々に取る。統一は身体の調子が思わしくないようで、部屋で取っていた。有栖は大きな食堂で一人寂しく食事をすることになり、どんなに美味しい食事でも一人で食べることといったらそれだけで、まずくなる、と思っていた。
 だから、せめてと、断る小島を説得して向かいに座ってもらっている。
 やっと、料理を味わえるというものだ。

「美味しい、小島さん。料理上手やな!」
 ふわふわのチーズオムレツを口にして、有栖はご機嫌だ。
「ありがとうございます。有栖様」
「もう、様っての止めて欲しいわ。どうしても自分やないみたいや!」
 有栖はそう言って、口を尖らせる。
 それが、とても30過ぎの男とは思えないほど、可愛らしい。
 最初小島は有栖を大学生かと思った。

 統一に頼まれて、有栖の雑誌、単行本など購入していたから、大学生ではある訳がないと知っていたはずなのに、実際の彼はどう見ても大学生にしか見えなかった。
 そして、若いだけではなく、とても綺麗だった。
 瞳の輝きが生命力をありありと表していて、いつのまにか引かれずにはいられない。
 内面も、外見を裏切らず、綺麗だった。
 誰に対しても優しくて、そんな所はお亡くなりになった、君子奥さまに似ていると思う。
 だから、普段は鉄仮面の小島も有栖といると、微笑むことがあった。
 一緒に働いている使用人達は晴天の霹靂だ、と実は影で言っていた。
 もちろん、彼は知っていたが、どこか楽しげだった。

 なぜなら、有栖に魅了されているのは小島ばかりではなかったのだから。
 リネン類の管理や掃除を担当している中年の女性や、長年勤めている庭師、統一の主治医、有栖に逢った全ての人が彼を好きにならずにはいられないらしい・・・。
 有栖には「カリスマ」があった。
 人を束ねる人間、上に立つ人間には必要なものだ。
 けれど、こればかりは努力して手に入るものではない。
 生まれもったものなのだ。
 その点、有栖は十条グループの後継ぎとしてこれ以上ないほどの人間だった。
 けれど、きっと有栖はそんなことを望んではいない。
 現在の作家として生きることが、とても幸せそうに見える。

「ごちそうさま」
 綺麗に平らげたお皿を前に胸の前で両手を合わせて、目を閉じる。
 感謝の意がしっかりと受け取れて、知らずに小島も微笑んでいた。
「おそまつでした」
 だから、普段は決して言わない言葉も口にする。
「有栖様、今日の食事は何がよろしいですか?」
「う〜んと、鯖の味噌煮が食べたい。後、大根の煮付け。そんなんでもいいの?」
 有栖は上目使いで、小島を見つめる。
 そのお願い、という瞳に、
「もちろんです。それでは今日は日本食にいたしましょう!」
 有栖はやった!とばかりに、にっこりと笑った。
 その笑顔に小島の心も暖かくなる。
 1週間と言わず、ずっと居て下さればいいのに、と思わずにはいられない。





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