劇場マクドナルド(2)



  大都会香港の繁華街尖沙咀・北京道にある、このマクドナルドの店内には、色々な人間がいる。年齢も、国籍も、また、肌の色も様々だ。また、今ここで、私は目立たない人間だ。口を開かない限り、香港人なのか、日本人なのか、見分けがつきにくいだろう。いや、それ以前に、あまりにも多種多様な国籍・人種の人間がいるものだから、もはやそんなことはどうでもいいのかもしれない。今まで旅したアジアの国々で浴びてきた、興味の視線は全く感じられない。気にしてくれるのは通りにいる客引きくらいのものだ。
 ある歌の、こんな一節を思い出した。

  都会では だれもが 匿名希望者
  この俺も だれかに 化けたがる
  全てを捨てて 差し出すプライバシー
  また顔を変えた お前に会う
             「長い友とのはじまりに / 泉谷しげる」

 ある特定の誰かではない。匿名。どこどこの誰々さん、という肩書きを背負わなくてもいいことからくる気軽さが、ここにはある。私も今、沢山いるうちの一人「客 A」の役に化けて、無責任に人間観察と推測を始める。
 

 香港はこの旅で3度目になるが、少なくともこの尖沙咀周辺はかなり国際化が進んできているように感じられる。マクドナルドの客席は、この大きな繁華街・尖沙咀の縮図に思える。

  まず、あいかわらず多い他国からの観光客風。マクドナルドは世界中同じマニュアルで運営されているから、自国のマックにいる時と同じ安心感・嗜好で食事することが出来る。白人や日本人の多くはそれで来ているのだろう。
  また、香港人の老人やアジア系・アフリカ系の多さ。香港では、内容と値段を考えれば、マクドナルドは最も安く食事が出来る場所の一つだろう。ビックマックセット(ビックマック、フライドポテトM、コーラM)が、わずか17.8HK$(約267円)しかしない。庶民的な感じの粥屋でも、シンプルな肉団子が入った粥(12HK$)と揚げパン(4HK$)を頼むと、もう16HK$になってしまう。脂っこいジャンクフードに抵抗感がないのだとすれば、あまり裕福そうには見えない老人たちの多さもなんとなく分かる。アジア系・アフリカ系たち、働くために香港に来ているのだろう人たちは、やはりあまりお金を持っていないのだろう。安く十分な肉を摂るために、マックに足を向ける。

  しかし、このアジア系・アフリカ系の人たちは、尖沙咀では本当に増えた。例えば私が泊まっている雑居ビル重慶大廈。ここでは、これらの人たちが人数で香港人を圧倒しつつある感じだ。下層階のテナントの店舗はアジア系・アフリカ系の経営が過半数くらいという勢いで、すれ違う人も香港人以外の方がずっと多い。インド流行音楽が流れ、香辛料の強い匂いが漂うビル内は、一体どこの国なのか分からないくらいだ。泊まっているゲストハウスの管理人のフィリピン人女性は、「96年からここで働いているけれど、本当にアジア系・アフリカ系が多くなったわね」と、言っている。ここを定宿として利用している人たちもアジア・アフリカ系だ。香港が、一体どのような方針でビザを発給しているのか、あるいは移住を許可しているのかは、それらは分からないが、「不法滞在者も多いのよ」と、管理人の友達、遊びに来ていたやはりフィリピン人である女性は言っている。

  もちろん一番多いお客は若い香港っ子たちだ。その辺りは日本のマックと変わらない。しかし、マクドナルドに象徴される、国籍・人種・年齢ごちゃ混ぜの、尖沙咀の混沌とした国籍不明な雰囲気とエネルギーには興奮を覚える。道路の上に並ぶ、漢字で書かれた多数の看板よりも、将来の香港像に近いのかもしれない。
 

  安さと人間観察の興味深さから、今日もマクドナルドへ。突然、トランジスタラジオの大音量が聞こえてきた。目をやると、向こうのテーブルで、オジサンがラジオを聴きながら真剣な顔で競馬新聞とにらめっこしている。彼には周りの人間など全く見えていない。もちろん周囲の人間だって、そんなオッサンなんか相手にしちゃあいない。関係なしにあちこちで、楽しそうな会話の花が咲いている。やっぱりここは面白い。
 

(Full Size 34 KB)
繁華街尖沙咀にある雑居ビル重慶大廈。ここではアフリカ系やインドなどのアジア系人間・その商店が目立ち、
中国系よりも多いかもしれない。インド流行音楽があちこちで流れ、香辛料の強い臭いが漂う。(尖沙咀)
The Building "Chung King Mansion". There are many African and Asian (Indian etc. Not Chinese) peoples
and their shops. Chinese may not be major in this building. (Tsim Sha Tsui)
 

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