日々是好日・身辺雑記 2005年 2月
(下にいくほど日付は前になります)

 
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二月某日「手ばかり・目ばかり・心ばかり」 
     
ここ数日夜7時の NHKニュース(お堅い!)のトップはずっと、「某ベンチャー企業」が
老舗ラジオ局の筆頭株主になって、このままじゃラジオだけじゃなくて親会社のTV局や新
聞社なんぞにも、金の力に物をいわせて進出をはかるのでは?っつー「攻防戦」でございます。
「『前場・後場(まえば・あとば』が引けてからの時間外大量株取引はフェアではない」とか
「んじゃそっちの『新株予約権』は妨害工作じゃないか、発行停止訴訟起こしちゃる〜!」と、
まー、ドロ沼化。
んでもって余波で、問題の三社とも株価スコッと下がったりして・・・・なんだかなぁ。
わたくし仕事で「市場(しじょう)」ってェ「化け物」とけっこう長いこと関わってましてね。
(今は無き「場立ち銘柄の符丁」なんてのまで知ってるもんね。)
そんなわたくしからひと言。
アブクじゃ、しょせん。
    
ただもう例のラジオ局建物が画像で流れるたびに
「あー、『ラジオびんびん物語』の舞台だったなあ。(大ヒット作『教師びんびん物語』の
前にあったの。)あの玄関を、田原俊彦とか小林聡美とか野村宏伸とか、出入りしてたっけ。
連ドラ枠で池上季美子がマドンナ役だった、たぶん最後の作品だったなあ。」
なーんて、なんだかそっちに考え走りっぱなし(笑)。 私おばちゃんですから、ええ。
   
ただね、気になることがひとつ。
   
「はかり」が見えないんです、この大きな大きなお金のやりとり合戦の主軸であるべき。
    
        
昔、戦後日本の家庭がまだ「もの」を求めていたころ。
TVの視聴者参加番組に、品物の合計金額や重量を当てる、というのがありました。
(「ズバリ!当てまショー」とか)私は子供のころTV番組というものをほとんど見ていない
のですが、友人の話では、7万とか10万とかの金額内で、家電製品や家具、スポンサー提
供の食品なんぞを家族総出で積み上げていって、目標額をオーバーしちゃうと残念、ペケ。
   
その中で、金額ではなく総重量を当てる、というのがあって、ある家のお父さん、秤もそろ
ばんも使わずにスイスイものを積んでいって、お見事±0グラム、ジャスト賞だった回があっ
たそうな。
「お仕事は?」の司会者の問いに、ニッコリ笑って
「八百屋です。」
    
なにしろ扱うのはナマもの、
「奥さん、今日トマト安いよーっ!」
と声をかけつつ、店頭で、箱で仕入れたナスやらキュウリやらをササッとざるに盛る。
(まだビニール袋詰めも電気量りも普及していませんでしたから)
手のひらに感じる「持ち重り」が勝負、正確な「手量り」の持ち主だったんですね。
         
かつての漫画の仕事仲間A嬢(オヤジ好き)は、医学、製図の世界からやって来た人でした。
その原体験は、下町に暮らしていた頃、日常目にした「漆の塗り職人さんの仕事場」にあり
ました。 椀の曲面に、髪の毛一筋よりも細い線を一本一本スゥッと引いてゆく職人さんの、
目と指の感触が頼りの世界を見て育った彼女は、真っ白な紙の上にシャープな線をスイスイ
引いてゆく、「目計り」の主になりました。
     
画学生時代の同級生で、映画やTVの大道具の世界に行って「岩もの(発泡スチロール製だっ
たりウレタン製だったりする)を削らせたら日本でもトップクラス」になったO嬢。 
TDLも伊丹十三監督の映画も手がけた彼女は、幼い頃ぜんそくで弱い弱い子供でした。    
親の「とにかく強く、生きて欲しい」一心で入れられた、当時としてはまだ珍しかったスイミ
ング・スクールで、
「溺れてたのよ、苦しくて、水の中で、泣きながら。」
と、後にO嬢は笑いました。
彼女の削る刃(やいば)の気迫は、まさに水の中でもがいていた幼い少女が獲得していったワ
ン・ストロークの積み重ねでした。(その後決定的な肺病で転職してしまいましたが・・・・)
彼女は優れた「腕計り」の持ち主でした。
     
能楽をやっていたE嬢は、狭くて高い能舞台の上で、足元に視線も落とさずスイスイ曲線を描き
ながら舞っていました。 舞台の端から端まで歩幅で知り尽くした「歩測り」を持っていました。
   
彼、彼女たちはそれぞれに、自分の「目計り、手量り、体測り」を持っていました。     
    
日本は第3次産業の極端に発達した国。
年寄り臭く「額に汗して稼いでこそ実業」とは申しますまい。
    
ただ、人間には五感があります。
     
その「測り、計り、量り」いずれにしても、体で「『もの』と対峙するものさし」を持っている
人は、その研ぎ澄まされた自らの「はかり」の感性の先に、ある種の「第六感」をも持ちうる。
やはり居職(いじょく)の職人のひとりだった私は、そう思わずにはいられません。
あまりにも沢山のスタートラインに立った仲間たちが、そうして淘汰されていったからです。
      
渦中のベンチャー若手社長、やり手中のやり手です。
あっというまに巨億の富を、それこそ雪だるま式に膨れ上がらせて、最初は
「プロ野球の球団買います。 お金あります。」
これは、旧態然としたコミッショナーの(ま、ある意味えげつないほどの)妨害があって×。
「じゃあ、メディア買います。 お金あります。」
TVカメラの追いかける中、ラフな姿で(サーモンピンクのVネックセーターは残念ながら似合っ
ちゃいないけれどさ・笑)、嬉々として走り抜け早口でしゃべり去って行く。
「堅苦しいばかりの経済界に、あえてホンネで体当たりして風穴を開けるトリック・スター」と
いうより、幼い子供が初めてホームビデオカメラ向けられて、過剰なパフォーマンス・サービス
をやらかしてしまう、そんな「はしゃぎっぷり」を感じてしまうのは私だけかしらん?
   
「風雲児」なのかもしれません、「革命児」なのかも。
でもしょせんは「児」。 成熟した「大人」ではない。
お年玉1万円のつもりが100万円手に入れちゃって、お買い物ゲームに奔走している、まだ
「手も目も足も体も」未発達な、「はかり」という機能の欠落した、こまっちゃくれたコドモの
お買い物ゲームを見させられている気分です。
   
ねえ、若手社長。
あなたは切り返し言葉のたとえ上手、データ豊富な「お利口な」人かもしれません。 
でも私の目から見たら「かしこく」はないのですよ。
あなたが欲しがったプロ野球球団という金ピカの王冠。
その王冠についている「選手」という名の宝石ひとつひとつには、妻があり、子があり、
「家庭」がある。 まして大勢のファンがいる。
次にあなたが欲しがった総合メディアというペルシャ絨毯。
ラジオもテレビも新聞も、それを踏みしめる人は、時には土足、時には素足、時には転がって。
人が「受け取る」という機能は、つきつめてゆけば結局「手で、目で、体で、温もりで」。
それはモニタの上の桁数だけでは割り切れません。
    
あなたは初めての接吻の時、相手の唇のやわらかさを、暖かさを、感じましたか。
その時、ぎこちない、自身の、相手の、抱く腕の、指の震えをかんじましたか。
「サクラ2」の最終決戦に向かうレニのように、心拍数が上がり、手のひらに汗をかく、
そんな「自分にとって不条理な身体変化」を身で知っているのですか?
あなたは「望むものを明るくゲットし続けてきた子供」なのではありませんか?
   
あなたは「せつなさ」を知っていますか、自分の心で、そして体で。
    
    
目ばかり、手ばかり、体ばかり。
そんな心の「はかり」がない人間は、結局「お金ばかり」。   
   
     

二月某日「坂道を下ってばかりの、大バカ者だった頃」
   
「みどりのオバサン」って、ご存じ?
まだ交通信号が贅沢品であんまり設置されていなかった頃、登下校の小学生たちのために
通学路の横断歩道に立っていたんです。
目立つ緑色の上っぱり(まだ蛍光色繊維なんてありませんでしたから)、黄色い帽子に、
手には大きな黄色の「横断中」とプリントした籏。
雨の日も風の日も通学路に立ち、ホイッスル吹いて車を止めて、子供たちに横断歩道を
渡らせる。 時給も安いし体もキツい、子供好きじゃないとつとまらない「通学路の守護
女神」のような存在でした。
    
    
遠い遠い、その昔。
私本気で「月刊商業誌の少女漫画」にトライし続けていた時期がありましてね(笑)。
      
イベントは数限られ、同人誌印刷はバカ高く(しかも面付けまで自分でやらねばならず)、
インターネットもなく。 
今のような自由発表の場のほとんどない時代。
商業誌の雑誌数もいまよりずーっと少なくてね。
漫画界の裾野「発表の場」という舞台が極端に限られていた頃の、
泣き笑い話です。
   
担当についてくれた某誌編集者Sさんは名前が「富夫」で通称「トミー」。
私はあだ名が「華ちゃん」。
年が一緒ということもあって、
「よう華ちゃん!」「はぁい、トミー!」
出版社のロビーで、近所の喫茶店で、何度も何度も会っては、企画書やらネームやら、
バカッ話交えて熱い打ち合わせを繰り返す日々でした。
     
今にして思えば朝日夕刊連載「地球防衛家のヒトビト」みたいに「家族全員『正義の味方』
だったらどーなる?」なーんておバカSFや、地味な地方公務員の女の子が企画する「村
おこしマラソン大会当日騒動顛末記」なんかもあったりして、そこそこいいセンいってた
ような・・・・? ま、過去の話は自分じゃなんとでも言えるあたりが大笑いですけどな。
でも、結局はいつも「鬼の編集会議」でボツくらってましたけど。
    
カタギ勤め時代の軍資金などあっというまに底をついて、いつも着たきりスズメで腹ペコの
私に、ひょうひょうとした遊び人風情でいてその実人情家のトミーは優しくて、本来なら
私ランクの駆け出しなんぞコーヒー一杯で済ませる打ち合わせにも、
「この店パスタうまいんだ、一緒に食おうよ。 デザートも食おう。」
なんて心を配ってくれました。
(もちろん領収書切って、編集部の経費落ちだけど、ね・笑)
    
その日私が持ち込んだ企画書は、タイトルが「黄籏(きばた)を持った渡り鳥」。
小林旭主演の日活アクション映画「ギターを持った渡り鳥」のパロディー。
ギターの代りに巨大な黄色い籏を背中に背負って、黄色の帽子を目深にかぶり、ふらりと
町に流れてくる「謎の『緑のオバサン』(実はアクション美女)」が主人公。
    
「だからね、トミー、聞いてよ。
それまでのどかな農村地帯だった町に急激な宅地開発が始まって、旧住民派と新住民派の
対立があるわけよ。 これって西部劇の基本でしょ?」
「ふむふむ」
「で、町長や保安官にあたる『お役所』も『警察』も、みんな悪徳不動産屋の息がかかって
いるんだわさ。 住民が増えて、自動車交通量が急増して、最初の悲劇、交通事故が起きる
のよ。 で、対立関係とはいえ子供たちを交通事故から守らなくちゃいけない切迫した町の
状況下、ある日ふらりと「伝説の・緑のオバサン」が流れて来るの。 危険な十字路脇に。」
「アクションはどーする?」
「夜、町の飲み屋のカウンターでさ、黄籏背負って飲んでいる『緑のおばさん』実は美女に、
悪徳不動産屋がスケベ心起こして、札束でもって『オレのオンナにしてやるぜぇ、うひひ』
と手を握ったりなんかして。 そのとき彼女がフッとクールな目線を送って
『やめときなさい。 あたしに触るとケガするわよ・・・』と。
んでもって拳銃の早撃ちよろしく、華麗なる籏さばきでもって悪徳連中を一瞬でのしちゃうの」
「なるほど、なるほど。」
「で、親たちもついに目覚めて住民対立やめて、学校・父母会一丸となって子供たちを
交通事故から守ろうと立ち上がるのよね。 町長室、警察署長室にまでなだれこんで、
陳情して、町中に押しボタン式信号や歩道橋、街灯を設置する約束させる、と。
子供たちが安心して登下校できるようになったその日、彼女は静かに町を去って行くの、
子供たちの『緑のオバサ〜ン、帰ってきて〜!』って声を背中で聞きつつ、ね。」
「おいおい、映画『シェーン』のエンディングかよ〜(笑)。」
「そこまでやんなきゃ
面白くないじゃん!
いい、トミー? これは典型的・日活ウェスタン映画のパロディーに見えて、実は
肥大する
モータリゼーション社会と国土乱開発に対する文明批判なのよ。
文明の暴走を抑止できるのは、結局はコミュニティー、住民の連帯という、「人」のネット
ワークシステムの充実だと思うの。
それを、とことんクサいお笑いと、ド派手なアクションで創りこんでいくのよっ!
こんなおバカなアクションシーンを流麗に描きおろせるのこそ、このわたしでしょ?!」
「・・・・まったくだ。 残念だけど企画会議通んないよ、それ・・・・」
     
「・・・・またボツなのね・・・・」
「10年前か、10年あとだったらね・・・・なんで今主流のオシャレな恋愛モノやろうと
しないんだ、華ちゃん。 世の中トレンディードラマ花盛りじゃないか。 ちゃんとTV見
て勉強してるんだろ?」
「見てる。 脳みそがゲップしそうな位。 シナリオ分析もしてる。 好きじゃないけど。」
「なら描けよ。 セオリーさえ抑えれば、そこそこのポジションにつけるんだよ。」
「出来ないのよ。 分ってるでしょトミー、わたしぶきっちょだから。 
わたしが描きたいのは、老若男女問わず人間の体の輪郭線、その自然な動きの持つ奇跡の
ような美しさなの。
やりかわす言葉の主軸の微妙なブレ、そこから生じる「哀しいくらいおバカ」な笑いなの。 
トレンディードラマのキャラクターたちの、ブランド物に囲まれた生活空間で、傷つけあわ
ないように、傷つけられないように、忖度(そんたく)しあって展開する繊細でオシャレな
物語の時空間展開は、わたしには、頭で分析は出来ても自分の心では描けない。
どんくさいほど不器用な「人」という生き物たちの、その内側からにじみあふれる命の光り
輝きを、紙の上にペンで描ききれたら・・・
本望なのよ。」
      
「・・・・本望の話は、売れてからにしよう 
 また別の企画、出来たら連絡くれよな。」
     
     
私たちは打ち合わせの店を出ました。 雪の降り出しそうな曇り空の下、
「じゃあまた」
と言って別れたわたしの眼下に、街灯のともり始めた神楽坂商店街がすうっと伸びて
いました。 飯田橋の駅に向かって、わたしはのろのろ坂を下りました。
    
「世の中には、わたしの描きたい世界を読んでくれる人はひとりもいない。」
     
ときに残酷なくらい「若さ」と「バカさ」は同義語です。 わたしはひたすらバカでした。
坂道は、登るときは苦しいけれど上を向いて。 下るときは楽だけどうつむいて哀しい。
   
冬の夕暮れ、活気あふれる商店街、物を売る人、買う人、運ぶ人。
わたしだけが、なんの果たすべき役割もなく歩いていました。
東京という巨大都市空間で、
わたしは「通行人 A 」にすらなれない、無意味な透明人間のような存在でした。
    
         
先日の大阪での「小学校教職員死傷事件」。
「学校空間」の安全性が問われ、TVニュースでは連日、全国の町々で登下校中の小学生を
ガードする、黄籏を持った地域住民ボランティアさんたちの姿が映し出されています。
絶滅人種だったはずの「緑のオバサン」が急に復活したような光景です。
犯人はその小学校の卒業生
17才の登校拒否少年。 凶器は刺身包丁。
     
こんなむごい犯罪、絶対もう起きて欲しくない。
でも、それと同時に。
引きこもり、友人もなく、ゲーセンにのめり込み、被害妄想をふくらませていった犯人の
少年の「心の虚(うろ)」、鍾乳洞のように深い淵、そこから吹きこぼれるかすかな風の
悲しい冷たさを、ほんのちらりとではあっても嗅いでしまうのは、あの日、あの時、夕暮
れの神楽坂を下っていたわたしの、猫背とまだ細かったうなじなのかもしれません。
     
    
「そうだ!」
おバカなわたしは坂の途中、神楽坂不二家店の前で立ち止まりました。
「次回は『サンダー・バード』(BBCの特撮SF人形劇)の姉妹編『サンダー・バド子』で
いってみよう! 舞台は・・・・絶海の孤島じゃなくて、そう、ベタな観光地・江ノ島よ!
島のてっぺんの、あのだっさい展望台からサンダー・バード1号ロケット噴射。
島にかかる「江ノ島大橋」の街灯が左右にパタパタ倒れて滑走路になって、サンダー・バー
ド2号発進。 もちろん水中メカもジェット・モグラも出して・・・・っと。
シューターに飛び込んですべり落ちながら戦闘服に着替えるのは「闘う美人5人姉妹」っ!
メカニック・美少女戦隊アクション漫画に挑戦しちゃる〜っ!!」
(いっときますが「サクラ大戦」よりはるか〜に大大大昔のハナシですよ〜(笑)。)
     
不二家の店先のペコちゃん人形の頭をポンッとなでて、
そこから先は神楽坂をスキップしながら下りました。
もちろん企画書は後の結果「大ボツ!」くらいましたけど。
    
バカなわたしを救い続けたのは、「こりることを知らない明るい妄想力」だったのでした(笑)。 
    
   

二月某日「ああ、高倉さん〜
   
大学生(九州在住) Q : 「人生で大切なことは何ですか?」
高倉 健(俳優) A : 「別れるのがつらい人と出会うことです。」
    
高倉 健さんは、やっぱり「高倉 健」さんなのでございました〜♪(うふ)。
     
     
     
私信:こら相棒!
     地球の裏側からアタシのサイト更新チェックしてるんなら、
     気の利いた国際電話の一本ぐらいよこしやがれっ!
     いきなり朝「NASAへのアクセスは・・・・」って水戸黄門の矢七のよーな
     「宿屋の天井裏から柱にカッツン!風車メール」放り込みよってからに、
     モニターの前で腰ぬかしたわよ、ほんとにもうっ!
     まあ、国際電話はいいから、南米ジャングルの奥地で遭難するんじゃないわよ!
     某さんからいただいた「ウルトラ級サバイバルナイフ」携帯して行ってるんだし
     しっかり生きて日本に帰ってくるよーに。 以上っ!
      
     あぁ・・・メール打つのホントに遅いわたくし・・・・
     お返事まだのみなさま、ごめんなさい、です。

    
     

二月某日「火星の大地に ただいまふたり」
    
まったくもう「胆石」ってヤツは〜ッ!な「寝たきり抜刀おばちゃん」です。
いやあね。
十数年ぶりに再会した兄貴が、本人も体調悪いのに遠路「養母ばーちゃん」の遺骨にお花持って
きてくれたっつーのに、兄貴正座であたしゃふとんの中で横んなったきりでございました。
(ありがとね、兄貴。)
我が「i-Mac」半分ぶち壊し状態のまま地球の裏側に仕事しにいっちゃった相棒は、よっぽど
忙しいんでしょうな、ここ1ヶ月連絡ほとんどなし。
(ま、仕方ないわいな。)
毎日、部屋で  
「ふとんの中で寝たきりの私」と「骨壺の中に入ったきりの養母」
ふたりきりで、過ごしております。
    
上半身のむくみ(米袋10キロぶんって重いのよ〜・笑)と胆石の位置の状態がいい時は、
体起こしてパソコンの電源入れてみたり。
しかしね。
「半分ぶち壊れ」てんのよね。
だから今つながらないんだなー、天下の「 NASA」(Welcome to・英語版)と。
見たいのよ、火星。     
    
萩尾望都さんの未来SF漫画「スター・レッド」ってご存じ?
あの作品のラスト・シーン、「今はもうない火星を夜空に見上げる」主人公・星(セイ)の娘。
綾波レイよりはるか昔、赤い瞳のヒロインはわずか単行本3冊(当時)のページ数で、宇宙を
鮮烈に駆け抜けていきました。
    
その火星の上に、今「ふたり」ゆっくり歩いています。
太陽電池式ロボットです。 本来の調査使命はとっくに終了、しかし電池寿命が予想外にあって
1日1ステップ行くか行かないかの速度で(火星に砂嵐が吹けば一時停止だし)、でも確かに
進んでいるんです。
名前は「スピリット(精神・魂)」と「オポテュニティ(機会・チャンス)」といいます。
   
NASAにつなげりゃ、ふたりが火星から送ってくるカメラ映像・・・・
昔なつかしオレンジとライトブルーで少しずらして撮影した、いわゆる
ビックリ写真」なので、
セロハンの赤と青で左右二色のメガネ作って見ると「モノクロの立体画像」に見える、という
あぱれなレトロっぷりなのですが・・・・
これがまた手作り感覚でよいのです。
こないだなんか、ひとりが火星の地上に「隕石」発見しちゃってビックリ。
    
まさかまさかの大発見に、ドリル機能が付いてなくて、隕石の前でしばらく腕組み?したあげく、
ブラシでなでなでしてました。 その分析結果によると成分ほとんど「Fe」、隕鉄らしいです。
    
宇宙といえば「NASA土星探査機着陸成功!」が大ニュース、今んとこ宇宙の大舞台なのですが、
どっこい火星にも、ゆっくりではあっても、一歩一歩踏みしめてがんばっているふたりがいるのです。
     
あと1ヶ月、3月12日(土)は、「1月の雑記」にも書いたミュージカル劇団「Step ONE」
厚木で公演  メンバーの方々はいよいよ大詰めで、このサイトを見ることはないでしょうが、
「スピリット」「オポテュニティ」、この、火星の住人ふたりの名前を 彼女たちに贈ります。
    
それと、自分自身にもね(笑)
        
「厚木」も「地球の裏側」も「火星」も、今の私にはそれぞれ遠いけれど、
よい舞台観る楽しみのためにも、まずは早く体治さなくちゃ!
     
その後は「サクラ万博」新刊&復刻版だい
(いきなり私信
  : ご予約くださった「K」さま、ありがとうございます。しっかりうけたまわりました
   
   

ホントの二月某日「『顔相見』のおねーさんとの遭遇」
    
てなわけで、ごぶさたいたしました。
って、先月の雑記をご覧でない方には何が何だかわからないイントロでございますが。
    
抜刀質店ただいま「闘病中」(っと聞こえはカッコええけど、ま、実状は・・・・)です。
ゆえに、私を直接ご存じの方も、今なら道ですれ違って絶対分らない生物となっております。
急性肝炎再発で上半身に10キロ水たまっちゃったわさ。
薬の力で少しずつ抜いてはおるのですが、ちょっと崩すとあらら逆戻り〜。
3歩進んで2歩下がる「365歩のマーチ」のチーター(年がバレるざんす)の水前寺清子
お姉さまもまっつあおな日々でございます。 顔パンパカパンよ、むくんで。
腕もね、肩からひじ、指先まで、いっとき曲がらないくらい水マッチョでございました。
なもんですから、キー叩けなくて、各方面連絡滞っております。 ごめんなさい。
      
今回お楽しみ?オプションとして1センチ弱の胆石2つ付き!
真珠だったらよかったんだけどね〜(笑)。
こやつめが胆のうの中で動くもんですから、逆立ちとかでんぐり返しはなるべく避けております。
・・・・しないか、一般的日常生活においては。(例外:サーカス勤務、SM系AV女優さんなど)
寝相ひとつでも石動くんで、けっこうスリリングな日々を堪能しております。
      
とはいえ。
     
どうしてもの用事があって、久々に駅前に出たのでございます、杖をつきつき。
そしたら、品のいい、優しそうな、物腰穏やかなおねーさんに呼び止められましてね。
「あの、すみません、ちょっとよろしいですか?」
「はぁ」
わたくし基本的には「地球とおねーさんには優しい」おばちゃんです。
エコロジスト(←ウソッパチッ!)抜刀質店でございますので。
    
「わたし、あの、『顔相占い』を勉強中の者なのですが・・・・」
昔は町中にいっぱいいたわね、易者さん。 手相に顔相に、ぜい竹ジャラジャラいわせて。
修行中なのか〜、はぁ、そうですかー。
     
「で、いま拝見して、貴女はたいへん素晴らしい相をしていらっしゃるのですけれど・・・・・
 最近何かとても良いことが起こられたのではありませんか〜?」
・・・・・何かとても良いこと、とな。
     
最近わたくしにあったこと。
養母が死にました。 相続問題で法律上とんでもなくめんどくさいことに巻き込まれております。
心身過労で急性肝炎再発、胆石ふたつ抱えてますが、なんなら一個差し上げましょうか?
     と、喉元まで出かかって、アホらしいので止めました。
    
典型的なカルト宗教系霊感商法のキャッチだからです。
「品のいい」「優しそうな」「物腰穏やかな」「顔相占い修行中の」おねーさんは、私の目だけを
ニコニコと見つめています。 「顔相」なら、オーラだか「気」だかしらんけど、全体に目線が
ゆくのでは? 騙しのマニュアルがまだまだ甘いわね、キャッチさん。
顔が福々しく見えたとしたら病気でむくんでいるから。
動作がゆったりしているのは体力なくて素早く動けないから。
「よろしかったら、この近くでお話くわしくうかがえませんか〜?」
あー、そこで待ってるのね、あなたの教団のお仲間と幹部が。
んでもって、最初は聴くふりして情報集めてカマかけて、当ててみせたあげくに
「その脚は先祖供養がうんたらかんたら〜」って、集団暗示かけて、印鑑とか壷とか売ってくださる
わけね。(わたくし抜刀質店は、本気で怒った時と下ネタ話の時には言葉遣いがとっても丁寧ですの。)
     
「・・・・すみませんが、急ぎますので。」
と、信号を渡りました。
信号は「青だ」と「信じて」渡るもの。
でも「信じて」「渡らない」ほうがいいものも世の中にはあるんですよ、優しそうなおねーさん。
多分あなたは純粋に「世界のために」「人々のために」「奉仕」しているのでしょうけれど。
     
ああ、くたびれた。
次回の検査で胆石いっこ増えてたら、そりゃカルト宗教おねーさんからの贈り物だわいな。
真珠だったらよかったんだけどね〜(泣笑)。    
    
     

二月日「笛吹けど・・・」
          
さて、二月。 というのは大ウソッパチなわけで、キーをカチャカチャやっているのは、
実は一月十三日。 まだパソコン復旧のメドが立たない状態なもんで、あえて「二月」を
一日分だけ作っちゃいました。(注・このあとなんとか復活したので、これはO.K)
あ〜ぁ。 ホンット分りにくいよねー、パソコン。
日進月歩!」って、人間の心によくないっ!! こーなるとっ!!(怒)
前の「2代目 i-Mac 」に使えるソフトなんて1本もないのよ。
言っとくけど購入したの1999年の5月、正味6年経っていないのに、ダカダカっと
バージョン・アップしちゃって、「 i-Mac 」置いてきぼり。
     
電子レンジだったら、冷蔵庫だったら、エアコンだったら
「発売から6年経ったらもう使えません」って、ないわよね。
「家電は製造中止から10年間は、修理のために部品を確保しておくこと」って法律あるもん。
だけどパソコンソフトは。 ひとりで勝手に走って行く。
まめにバージョン・アップを繰り返さないと、いきなりワケわからん世界に突き放される。
様式が変る、カタカナとアルファベットの表記は「識字障害」のある私には「恐怖」です。
    
「やりたいことをやりたい」だけなのに、なんでわざと難しくするのよ〜。
それまで単純操作だった物が、「パレット表示してチョイスして下さい。」
てよ〜、
いらね〜機能をゴテゴテ身につけて「金持ち」になったような「気になってる」
成金じゃないんだからさ、そこんとこ分っとるのかい「アドビ」っ!
     
「笛吹けどユーザー踊らず」
こんなビートじゃ踊れねーよっ!!
    
   


      
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