第10回 レクチュア・コンサート

2004年4月3日

Johannes Brahms Op.33 "Romanzen aus L. Tieck's Magelone"

L.ティークのマゲローネ姫によるロマンス  第二回 8曲より第15曲まで

バリトン:川 村 英 司

ピアノ:東 由 輝 子

 前回は7曲目までの話と曲について演奏しましたが、今日はその続きをいたします。
 いろいろな曲の演奏に直接かかわらない話は、歌い終わってからに致しますので、質問などはその時にしていただきます。

 ティークの順番とブラームスの順番を参考の為に記します。

ティーク

ブラームス

前口上

第二章

Nr.1 Keinen hat es noch gereut

第三章

Nr.2 Traun ! Bogen und Pfeil

第四章

Nr.3 Sind es Schmerzen, sind es freuden

第五章

Nr.4 Liebe kam aus fernen Landen

第六章

Nr.5 Willst du des Armen

第七章

Nr.6 Wie soll ich die Freude

第八章

Nr.7 War es dir, dem diese Lippen

第九章

Nr.8 Wir muessen uns trennen

第十章

Nr.9 Ruhe, Suessliebchen im Schatten

第十一章

Nr.10 So toent dann shaeumene Wellen

第十二章

Nr.11 Wie schnell verschwindet

第十三章

Nr.12 Muss es eine Trennung geben

第十四章

Nr.13 Geliebter, wo zaudert

第十五章

Nr.14 Wie froh und frisch mein Sinn

第十六章

 Suess ist´s, mit Gedanken gehn

第十七章

 Beglueckt,wer vom Getuemmel

第十八章(終章)

Nr.15 Treue Liebe dauert lange

 以上のような順序になっています。

 では早速演奏にうつらせていただきます。

 

第9章
美しいマゲローネのための馬上槍試合

 ナポリのマゲロン王は、今や美しい息女が近いうちにハインリッヒ・フォン・カルポーネ殿と結婚するように望んでいましたし、カルポーネ殿もすでに前々からそのつもりで宮廷に滞在していました。そこで再び盛大な馬上槍試合の開催が公示されました。それは大変豪華なものになる予定で、多くの有名な騎士たちが、イタリアからフランスからと集まりました。ペーターの伯父も、この試合に出場すべくプロヴァンスからやってきました。その伯父こそペーターを騎士に叙任してくれたその人でした。試合が始まりペーターは奮迅の戦いぶりで、多くの騎士たちを馬から突き落とし、その相手の中にはハインリッヒ殿もいました。遂にペーターとは知らぬ伯父と対戦になりました。ペーターは、貴方はかつて私に随分ご尽力下さった方であり、この対戦を差し控えさせていただきたい、と申し出ましたが、この老騎士は腹を立ててこの申し出を断り、結局ペーターが不本意ながら勝利を収める事になりました。

 ペーターはその間にもたびたび秘かに恋人との逢瀬を楽しんでいましたが、ある時、彼女の愛を試してみようともくろみました。ペーターは次に恋人に会った時、非常に悲しそうな顔をして見せて、悲しそうな声で、もうすぐお別れしなければなりません、と言うのは、随分長い間両親に会っておりませず、両親はさぞ嘆き悲しみながら暮らしているだろうと思われるからです、と言いました。マゲローネはこの言葉を聞くと、蒼ざめて激しく泣き始め、椅子に倒れこんでしまいました。

 「ええ、どうぞ旅にお出かけ下さいまし!」と王女は言いました。「これで私の悲しい予感がすべて的中したことになりますわ。もう二度とあなたにはお目にかかれません、私はきっと死んでしまいますから。私が死んでもあなたにはどうでも良い事ですものね?__ああごめんなさい、あなたのおっしゃるとおりですわ、是非あなたはご両親にお顔を見せに行かれなくてはいけませんわ、ご両親はどんなにか嘆いていらっしゃることでしょう。ではご機嫌よろしゅう、永遠におさらばでございます!」
  ペーターは言いました。
 「いいえ、マゲローネ様、私はどこにも参りません。私の故郷の両親のことなど考えもいたしませぬ。この国の事しか私の念頭にはございませぬ。」
 マゲローネは再び嬉しそうな顔に戻りましたが、しばらく考え込んでいました。 「あなたが私を愛していてくださるのでしたら」と彼女は再び切り出しました。
 
「やっぱり旅にお出になってください。あなたのお言葉が、ずっと前から私の心のまどろんでいたある考えを呼び覚ましました。実は父がハインリッヒ・フォン・カルポーネ殿と結婚させるつもりでいるのでございます。ですからここから私を連れてお逃げになってくださいまし。明日夜になったら、強い馬を二頭庭園の門前に止めておいてください。それも遠い急ぎの旅に十分耐えられる馬にしてくださいね。」
 若者はその申し出を聞いて驚いたものの嬉しく思いました。
 
「わかりました。」彼は叫びました。「私たちは急いで私の父のところに逃れましょう、そして私たちは最も美しい絆で、結び合うことにいたしましょう。」
ペーターは急ぎ宿に帰り、速やかに秘かに用意を整えました。マゲローネのほうも必要なものの手配をしましたが、乳母には自分の決心のことは一言も言いませんでした。 ペータ-は自室に別れを告げ、この街のあちこちにも別れを告げました。机の上にあの忠実なリュートが載っているのを見た時は、胸迫るものがありました。よく彼に爪弾かれて、彼の心のうちを奏でたものでしたし、甘美な秘密を知り尽くしているものでもありました。彼はリュートを今一度手に取ると歌いました。

僕たちは別れねばならなぬ、
愛するリュートよ、
・・・・・
・ ・・・・

 

 

第10章
マゲローネが恋する騎士と共に逃げたこと

 夜が来ました。マゲローネは貴重品を幾つ持って、そっと庭園を抜け出しました。空は雲の覆われ、月の光が雲間からもれていました。もう永久に見捨てていこうとしている愛する花の傍らを通り過ぎた時は、悲しい気持ちになりました。
 門前にはペーターが三頭の馬をひいて立っていました。軽快で乗りやすい足どりの婦人向きの馬が一頭、そして逃亡中、宿に立ち寄らなくて済むようにと、別の一頭には食料が積んでありました。ペーターは姫を婦人用に乗せ、夜陰に乗じて秘かに逐電しました。
 乳母は朝になって王女のいないのに気がつきました。そして騎士が夜のうちに旅立ったことも間もなく判明しました。王はペーターが娘をかどわかしたと知り、多くの 家臣などを遣わして探させましたが、皆数日後何の成果もなく戻ってきました。
 ペーターは海の近くにある森の方へ森の方へと馬を進めるように注意を払いました。この道はどこの道より最も淋しく、殆ど人が訪ねることはなかったのでした。この道をペーターは、恋人と共に夜の闇に堅く守られて、無事逃げ延びて行きました。
 マゲローネの心は自由で歓びに弾んでおり、彼の両親のことや故郷のことをいろいろ尋ね、そうして不安な期待やすばらしい希望のうちに、二人の長い夜は過ぎて行きました。夜が明けると濃い白い霧が森を流れていきました。二人は流れる霧の中を、朝風に吹かれながら、馬を進めました。マゲローネは一言も辛いなどと弱音を吐きませんでした。
 急に明るい陽光がキラキラ光り輝きながら降り注ぎ、緑の草は地面で燃えているように見えました。馬はいななき、鳥達は目覚めて歌いながら、枝から枝へと飛び交っていました。繁みという繁みから歌声が響いていました。
 ペーターも楽しい歌を歌い始めました。美しいマゲローネはそれを聞いていると、嬉しくて心が晴々として来ました。
 陽は更に高く昇って、正午ごろ、マゲローネは非常に疲労を感じました。二人はそこで森の美しい涼しい場所で馬から下りました。軟らかい草の上にペーターは腰を下ろして彼のマントを拡げ、その上にマゲローネは横になりました。マゲローネは言いました。
「ここは何と気持ちの良く、落ち着いて憩えるところなのでしょう。深い森から鳥の歌が響いて来ます。そして湧き水のささやきと混ざり合っています。あなたのきれいな歌声を、このハーモニーを作っている音のもつれ合いの中にもっと響かせてください。私は少し眠ってみたいと思います。だけど私たちが早くあなたのご両親のもとに着けるように、適当な時間に起こしてくださいね。」
 ペーターは微笑み、王女の美しい目がふさがるのを見ていました。長い黒い睫毛が、やさしい顔の上に可愛い影を落としているのを見て、彼は歌いました。

「お休み、いとしい人よ
 緑のほの暗い木の下陰に、
・・・・・
・・・・・

 

 

第11章
ペーターが美しいマゲローネと離れ離れになったこと

 ペーターも歌っているうちにうとうとしかけましたが、また元気をだして眠気を払うと、眠りながら可憐な微笑を浮かべている美しいマゲローネの実にきれいな寝顔を眺めました。それから頭上を見上げるとたくさんのかわいい鳥が高い枝に群れており、また時折彼のところに舞い下りても来るのでした。この鳥たちのマゲローネに好意を示そうとする様子を彼は嬉しく思いました。しかしその時彼はその木に一羽の黒い鴉が止まっているのを不安に思いました。
 マゲローネが息苦しそうにしているように思えたので、ペーターは少し紐を緩めてやりますと覆っていた襟元がはだけて、そこに隠れていた赤い琥珀織りの布の包みが目につきました。ペーターはそれが何の包みなのか知りたくてたまらず、手に取り開いてみると、そこにあったのはペーターが贈ったあの三つの貴重な指輪でした。恋人がこんなにも大切に肌身につけていてくれたことに彼は心から感動しました。再び指輪をくるんで傍らの草の中に置きましたが、その時突然鴉が木から飛び下りてきて、肉の一片とでも見違えたのか、琥珀織りの包みをさらっていったのです。ペーターは非常にびっくりしマゲローネを起こさないように気を配り、そっと立ち上がりました。彼は鴉をめがけて幾つも石を投げつけましたが、鴉はどんどん飛んで行き、一つも当たらないのでした。こうしてかなりの間鴉を追いかけるうちにペーターは海岸に出ました。鴉は岸からそう遠くない海中の岩の上に止まっており、それで改めてペーターが石を投げますと、とうとう鴉は包みを落とし、大きな叫び声を上げて飛び去りました。ペーターは岸の近くに赤い包みが浮いているのを見ると、岸辺を走り回ってそのわずかな距離へ乗っていけるものがないかと探しました。そしてうち捨てられたボロボロの小舟を見つけ、木の枝を櫂の代わりにして懸命に漕ぎ出しました。
 しかし突然陸の方から一陣の強風が巻き起こり、その小舟に襲いかかりました。ペーターは流されまいとあらん限りの力を振り絞って抵抗しましたが、小舟は沖へと流され、更にどんどん遠くへと流されていきました。ペーターは密林に残してきたマゲローネを思い、不安と絶望に陥りました。振り返ってみると、赤い包みもすっかり見えなくなり、陸地もすでにはるか彼方となって、そのうち夕闇がひたひたと迫ってきました。
 
「ああ、いとしいマゲローネ!」ペーターは悲しさのあまりに絶叫しました。
 
「私たちはなんて奇妙な引き裂かれ方をしたんだろう!あなたが死ねば私の責任だ!何故私はいらぬ好奇心なんぞで、指輪を探し出さねばならなかったのだ!ああ!何もかもおしまいだ、あるのはただ破滅のみだ!」
 彼はすべての希望を失い、そして生きることを断念しました。月は海上を照らし、あたりは静まりかえり、海鳥たちが時折奇妙な鳴き声を上げて彼の頭上を羽ばたいて行きました。ペーターは倒れ伏して大声で歌いました。

「とどろけ、いざ逆巻く波よ、
私を取り巻きうねるがいい!
・・・・・
・・・・・

 ペーターは小舟の中で伸びてしまい、もうろうと失神状態に教われていました。あまりの苦しみに、ただぼんやりと風と波にされるがままに流され、遂には彼は、ほとんど一種の眠りに似た状態に陥っていました。  

 

 

第12章
美しいマゲローネの嘆き

 マゲローネは快い眠りによって元気を回復して目を覚ましましたが、恋人がまだ自分のそばに座っていると思っていました。起き上がって、もはや彼の姿が見えなかった時、彼女は大変驚きました。大声で恋人の名前を呼びましたが、何の返事も聞こえなかったので、彼女は泣き出し、更に森の中で声がしゃがれるまで彼の名前を呼びましたが、やはり何の応答も得られませんでした。マゲローネは悲しみのあまり激しい頭痛をおぼえ、地面にばったり倒れて、痛ましい失神状態でしばらくの間横たわっていました。再び気がついた時、いっそ死ぬ方が楽に違いないと思えました。あたりを見渡そうとマゲローネはやっとの思いで一本の木に登りました。しかし片方の側は森以外なにも見えず、見渡す限り家も村もなく、もう一方の側は、果てしのない荒海だけでし
 
「おお不実な騎士殿。」王女は叫びました。「何故あなたはこの私を置き去りにしたのです?私があなたに何をしたというのです?」
 王女は狂ったように森の中を右往左往していましたが、ペーターの繋いでおいたまま、今も繋がれて立っている馬に出くわしました。
 
「ああごめんなさい。いとしい人!」 彼女は叫びました。 「あなたは悪くない。あなたがわざとわたしを置き去りにしたのではないことが、今では良くわかっています。どんな不測の出来事が私たちを離れ離れにしたのでしょうか?」   夜に入って闇が迫ってきました。耳慣れぬ声が遠くに聞こえ、それが野獣の吼える声であることを恐れたマゲローネは骨折って木に登りました。
 不安におののいた夜が去り、朝がやってきました。マゲローネは夜のうちに父の元には返らないことに決めていました。何処か静かな人里はなれたところで、いつも恋しい人の事を思い敬虔に生きて死んでいきたいと思ったのでした。そこで彼女は木から降り、まだつながれて悲しげに頭を地面に垂れている忠実な馬のところに行き、それらの行きたいところへ行けるように手綱を解いてやりました。
 マゲローネは深い森を幾つも抜け、また自分だと分からぬようにヴェールを目深に垂らして多くの村や町を通って行きましたが、心はいつも晴れませんでした。
 何日も何日も旅を重ねた後のある日の夕方、マゲローネはとある静かな草原の上に立っていました。その向かい側に一軒の小屋があり、そして牛が近くの丘で草を喰んでおり、マゲローネはここへ来て初めて久し振りに落ち着いた明るい気持ちになりました。彼女はこの平和な地方に住みたいという願いをいだきました。その小屋には一人の年老いた羊飼いが妻と一緒に移り住んでおりました。マゲローネは羊飼いに一人の不幸な女を助けてくださいと懇願しました。老人は彼女を喜んで受け入れ、そして彼女は自分のやれる仕事を進んで引き受けましたが、老人に自分の身の上話はせずにおきました。時々近くの海岸に難破船の遭難者が打ち上げられたような時には、彼女は殊にやさしくかいがいしく振舞いました。老夫婦が外出する時には留守番をしました。それから時々は一人で戸口に座って糸を紡ぎながら歌うのでした。

「何と速やかに消え去る事か>
光も輝きも、
・・・・・
・・・・・    

 

第13章  
異教徒の中のペーター

 ペーターが失神から覚めた時、陽はちょうど荘厳に大海原の上に登ったところでした。目もくらむ陽の輝きが空一面にみなぎり、ペーターは再び生の苦悩にも生の歓びにも耐えて行こうとする男らしい勇気が胸に湧くのをおぼえました。
 一隻の大きな帆船が彼の方に走ってきましたが、それに乗るのは異教徒のモール人でした。彼らはペーターを乗船させて、この獲物に喜んでいました。この船のボスはペーターをサルタンに贈り物として持参しようと決めたのでした。
 上陸すると、ペーターは直ちにサルタンに引き合わされましたが、サルタンはペーターが大変気に入り、彼を食卓に侍らせたり、また美しい庭園の監督を任せたりしました。サルタンの大層なお気に入りと言う事で、みんなにも人気がありました。時々彼は一人で庭園の花々の間を歩いて、恋しいマゲローネのことを思い、そしてまた夕方になるとツィターを手に取って歌うこともありました。

「別れなくてはならぬのか、
真心を打ち砕く別れが?
・・・・・
・・・・・

 

第14章
異教徒の娘スリマが騎士を愛したこと

 ペーターは、もしマゲローネ恋しさ、故郷恋しさに若い身のすり減る思いさえなければ、ここで結構満足して生活したかもしれません。彼は多くの自由も与えられ、サルタンや他の人々にも大事にされ、妬む廷臣もかなりいた程でした。しかし彼はいつもいらいらして落ち着きがなく、ため息をついたり、大きな声で愚痴をこぼしたりしておりました。
 こうして一週、また一週と時間がたち、サルタンは彼を非常に愛し、彼を決して自分のそばから離そうとしなかったので、ペーターには懐かしい故郷に帰るという希望もなく、異教徒の中で2年が過ぎ去りました。ペーターは両親や恋人のことが絶えず頭から離れず、日ごとに憂鬱になってゆくのでした。
 サルタンには、スリマという名の美しい一人娘がありました。スリマはしばしばその異郷の騎士と会う機会があり、騎士の悲しげな様子に、いつしか心ひかれてゆきました。出来れば彼を慰めてやりたい、彼と話をしたいと望み、その機会はすぐにやって来ました。腹心の女奴隷が、密かにペーターを庭園のあずまやに待つ彼女のもとに連れて来てくれたのです。ペーターはびっくりし、うろたえました。スリマの美しさに驚嘆はしましたが、マゲローネへの愛一筋の彼の心は変わりませんでした。しかし故郷へ帰りたいというやむにやまれぬ気持ちで、彼の頭の中は一杯になり、ある大胆な計画をめぐらすにいたりました。スリマと会っているうちに、彼女はペーターを愛しているから駆け落ちしたいと言い出し、いつでも出帆できるようになっている船を持つある親戚のところに身を寄せれば、自分の合図ですぐにも錨を揚げてくれるだろう。連れに来てほしい時刻に、リュートと短い歌とで合図をするからというのでした。ペーターはこの提案をとっくりと考えた末に同意しました。マゲローネはきっと死んでいるだろうし、何といってもこれでキリスト教世界と両親のもとに帰れると確信したからです。
 いよいよ約束の夜がやって来ました。サルタンの庭園は海沿いにあり、夕方ペーターはその庭園の木陰で少しばかりまどろみましたが、夢にマゲローネが、素晴らしく美しい姿で現れ、幸せだった恋の一刻一刻が、楽しい気分に満ち溢れて蘇ってくるのでした。目を覚ました時、彼は自分の企てに驚き、自分自身から逃げ出したいくらいでした。
 
そのうちに夜になりました。星はすべて空に輝き、月は昇り、その金色の網を海上に投げかけていましたが、ペーターは物思いに沈みながら海辺を行きつ戻りつしていました。そして叫びました。「おお何という不実な男だ!この私は!このように彼女の愛に報いようというのか?偽誓者となって故郷に戻るつもりなのか?どうしてマゲローネが生きていないと言い切れよう?私もこうして奇跡的に生きているのだ!何故運を天にまかせて、この小舟に乗りこみ、海へ漕ぎ出ようとしないのか?」
 彼は勇を鼓して小舟に乗りこみ、纜を解き、櫂を手に沖へと漕ぎ出ました。とても美しい夏の夜でした。暖かい微風が鏡のように静かな水面で戯れていました。ペーターの心は憧れに大きく膨らみ、元気良くこぎ進みました。その時彼は申し合わせていた合図を耳にしたのです。ツィターの音が庭園から響いてきて、それに合わせて愛らしい歌声が聞こえてきました。

「いとしいお方、どこをぐずぐず
うろついていらっしゃるの?
ナイチンゲールがさえずっていますよ
憧れと口づけのおしゃべりを。

・・・・・
・・・・・

 ペーターはこの歌を聞きながら、その愛らしい誘いの歌声が聞こえる圏内から逃れでようと、漕ぐ手を強めるのでした。
 岸からの歌声は次第に弱まりました。今はもうかすかに吹く風の音のようにしか聞こえず、ついにはその音も絶えて、ただ波音と櫂の音がさびしく静寂の中に響いているだけでした。

 

 

第15章
ペーターが再びキリスト教徒のもとに来たこと

 その歌声が消えると、ペーターはまた新しく元気を取り戻して、小舟を風まかせにすると、座って歌いました。

「何と楽しくさわやかに心が沸き立つことか、
不安はすべて退き、

・・・・・
・・・・・

 朝焼けが始まった時、陸地はもうはるかな空の下にあるかなきかの青い雲のように見えるだけで、身の囲りに果てしなく続いている全能の海と蒼穹を眺めた時、彼はほとんど驚愕に似たものを感じました。彼方に彼の方に向かって走って来る一艘の帆船がありました。彼がまた不幸な悪夢の繰り返しになるのではと思っても無理からぬところでしたが、その船が近づいて来てみると、キリスト教徒の船で、すぐさま快く彼を助けてくれました。フランスへ向けての航海だと聞いて彼は喜びました。

 

第16章
旅 の 騎 士

 そのころプロヴァンスの伯爵は、夫人ともども、愛する息子から未だに何の音沙汰もないので非常に悲しんでいましたが、母君の心配は殊のほかでした。息子は恐らく死んだのだろうと話し合う事もありました。折からあるお祝いが行われる事になっていて、一人の漁師が一匹の大きな魚を伯爵の賄方へ持ってきました。料理人がその魚の腹を切ると中から指輪が三つ出てきたのでそれを伯爵夫人に持参しますと、夫人は、それらがまさしく息子に与えたあの指輪であったため、途方もなく驚き、夫に向かって言いました。「これで私はほっといたしましたわ。こんなに奇跡的な形で息子の消息がわかったのですから。神があの子をお見捨てにならず、私たちの腕の中へとお導きくださると私は信じて疑いません。」
 
ペーターは船の中に立って、念願の故郷のあるあたりを絶えず見やっていました。航海は順調でしたが、とあるちいさな無人島に、おいしい水を飲むために立ち寄りました。船員は皆上陸し、ペーターも上陸すると、彼は景色の良い谷間を通り丘を幾つか越えて島内に姿を消しました。そこで彼は腰を下ろし周りに咲いているたくさんの美しい花々を眺めました。すべての花々がやさしい目で彼を見つめているようで、すると切にマゲローネのことが思われてならず、どんなにか彼女が自分を愛してくれていたかを考えるのでした。>
 彼はずっと以前に作ったある歌を思い出して、今改めて歌うのでした。

「恋人との逢瀬を思い描きつつ、
花一面の高みから
陽が照りわたる道を、
歩み行く楽しさよ。
百合は言う。『私たちの明るさよ、
あの人の艶やかな頬の光は。』
『恋人の目は私たちの色に輝いているわ。』
と、青い菫は言う。

しっとりとした紅のバラが
有頂天の恋を微笑みながら見下ろしている、
涼しい夜風がそよぎわたる
恋のほむらを。

・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・

ああ!なんと多くの花々のなげいていることか
この静かな谷で寂しく、
夜明けまでに萎れ、
日の出と共に死んでしまう。
ああ、私の心も激しくうずくのだ、
あの人と私のすべての幸せを、
決して、もう二度と見ることはないという、
耐えがたい悲しみに。」

 最後の歌詞を歌った時に、彼は激しく泣きました。わが身に不幸を予言したその時の自分の胸中が、わかるように思えたからです。彼はまわりに咲き乱れる花々を涙の目で見つめ、そしてますます夢想にのめりこんで行きました。そのうちに泣いた疲れで、彼は花の中で眠り込んでしまいました。そして夢の中で、自分が大声でマゲローネの名を呼んでいるのを聞いたような気がして、そのために、固く結んでいたつぼみが開くように彼の心が開き、そして非常に大きな喜びを感じるのでした。

 

第17章
ペーターが漁師たちに見つけられること

 だがその間に船員たちは出帆の為に船に戻っていました。ペーターの姿だけがなく、みんな彼の名を呼びましたが、戻ってこないので、彼だけを残して船は出てしまいました。
  船がもう岸から遠く離れてしまってから、ペーターはさわやかな気分で目を覚ましました。眠ってしまったことに驚いて、彼は海岸へ急ぎましたが、もうそこには誰もいず、船もありませんでした。再び希望は消え果て、彼は非常な悲しみからバッタリと倒れ伏し、海岸に意識を失って死んだように横たわったまま、夜になっても気がつきませんでした。
 
真夜中近くになって月が昇ると、数人の漁師が小舟で島へやって来て漁を始めました。漁師たちは地面に伸びている若者を見つけると、自分たちの小舟に彼を乗せ、再び島を離れました。途中、気がついたペーターは、聞き覚えのない二人の男の声がするので不思議に思いました。二人は、ペーターを羊飼いの老人のところへ連れて行こう、と話し合っていました。
 ペーターは夢を見ているようにも思え、とうとう日の出と共に陸に着くまで、半信半疑でいました。 ペーターは朝日をうけながら、しばらく横になっていてから、元気を取り戻し立ち上がりました。そして神に感謝の祈りを捧げると、親切な漁師たちに金貨を与え、羊飼いの小屋への道を教えてもらいました。
  彼は森を抜けていきましたが、そこはまだ夜が明けきっていませんでした。その暗い小径をたどりつつ、おのが運命を思いめぐらすと、彼のなめたすべての艱難辛苦が心に浮かび、それを思い出すと情けなく、いっそ死んでしまいたいと心から思うのでした。
 こんな事を考えながら森を出ると、目の前は美しい緑の草原で、その向かい側に、一軒の小さな小屋がありました。羊の群れを一人の老人が丘へ追い上げていました。何もかもが陽を浴びて晴れやかに輝き、ペーターの心も安らかさを取り戻しました。これが羊飼いの小屋である事に気づき、二、三日ここで休息したいと思った彼は、赤や黄や空色の花の咲く草原を横切って、小屋に近づいて行きました。その戸口には、すらりとした美しい少女が一人座っていました。その足元には一匹の小羊が戯れており、その少女はこんな歌を歌っていました。

「幸せだ、騒がしい世の中に
かかずらわずにいる人は、
雑踏の中に生きていては
もまれもまれて押し流されるだけ。

ここではみんな親しい仲間>
人間も、獣も花の世界も、
敵意をいだくものとてはなく
愛によってみな平等。

かわいい小羊が跳ねている
嬉々として私の足元で、
きじ鳩は歌う
愛をこめて朝の挨拶。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・

歓びは私を悲しくする、
静かな心をくらくする、
なぜなら私の静かな愛は
今は永遠に去ったのだから。――

思い出し元気を出すのだ
過ぎ去った悦びを、
憂愁に満ちた幸せを、
さもないと胸が張り裂けるから。

・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・

どこかの森陰を、あの方が
今日はもう歩いているかもしれない、
すると草原をわたって来るわ
そしたら嫌なことは皆ふっ飛んでしまうわ、

溜息や涙を、
新しい幸せが消してくれる、
そして望みも、恐れも、憧れも
ひとりの人の眼差に溶け込んでしまうのだ。」

 

第18章
終 章

 ペーターは何か愛らしい力に引かれるように、この歌に小屋の方へと引き寄せられるのを感じました。戸口に座っていたその羊飼いの少女は愛想よく彼を迎えてくれ、おかげで彼は小屋の中で休養を取り、元気を回復する事が出来ました。老夫婦もやがて戻ってきて、高貴な客人を心から歓迎してくれました。
 その間マゲローネは思いにふけりながら畑の中を行ったり来たりしていました。なぜならば、マゲローネは一目で、あの騎士だということがわかっていたからです。彼女の憂いのすべてが、春の日差しを受けて雪が解け去るように、今や跡形もなく消え去っていきました。彼女は小屋に戻りましたが、自分が誰だか明かしませんでした。二日たつとペーターは元どおりすっかり力づきました。彼はマゲローネと共に、彼女だということも知らずに、小屋の戸口に座っていました。蜜蜂と蝶が二人の周りを群れをなして飛んでいました。ペーターは彼の世話をしてくれた女性に信頼感をいだき、自分の身の上話と不幸の一部始終を話して聞かせました。マゲローネは突然立ち上がって自室へ行き、そこで彼女の金色のまき毛の髪を解き、それからしまいこんで置いた見事な衣装を身に着け、その姿で突然ペーターの前に現れました。ペーターは驚きのあまり茫然自失の体でしたが、再び会えた恋人をひしひしと抱きお互いに身の上話を再び語り合いました。 

それからペーターは、マゲローネを連れて両親のもとへ旅をし、結婚しました。誰も彼もこの上なく喜びました。ナポリ王も、彼の新しい息子と和解し、結婚にも大いに満足でした。 その後、恋人マゲローネと再会した場所にペーターは豪華な避暑用の宮殿を建てさせ、あの羊飼いを管理人として住まわせました。宮殿の前に彼は、若い妻と共に一本の木を植え、次のような歌を歌いました。そしてその後も、同じ場所で春がくるごとに二人は繰り返しこの歌を歌うのでした。

「まことの愛は絶えることなく、
あまたの時を生き延びる、
・・・・・
・・・・・

 

 これで続けた演奏は終わりとして、個々の問題のある曲について意見を述べたいと思います。この歌曲集には女性の歌が2曲含まれていますので、その歌をどうするかということもあります。女声を加えた演奏も勿論可能ですが、男声一人で演奏する事が多いように思います。女性の歌を女声で歌う方が歌いやすいことは確かですが。

 

 楽譜については相違を述べます。

 第8曲の3小節の伴奏右手は全集(譜例1)は4拍目の和音の音が一つ抜けていますが、Biedermannの高声用(譜例2)と低声用(譜例3)とペーター版の高声用(譜例4)、低声用(譜例5)は正しく印刷されています。5小節の伴奏右手の2拍目第3番目の和音では全集(譜例1)と、Biedermannの低声用(譜例3)、勿論の事、自筆楽譜とHandexemplarは正しく、ペーター版の高声用(譜例4)と低声用(譜例5)、及びBiedermannの高声用(譜例2)では違っています。またペーター版の高声用(譜例4)では5小節の2拍目最初の和音が2度高くなっています。
 最後から2小節目の頭の音が全集(譜例6)、その他の原調版と違いBiedermann低声用(譜例7)とペーター版低声用ではオクターヴ高い音が印刷されています。最後の小節にはそれより低い音が印刷されているのですから、余計なお節介とも思えます。しかし指の関係で移調した場合に届かないとか、弾き難いために省く音が出てくるのは致し方ないのですが、極力原本に近く移調楽譜を作りたいものです。(例66、67小節)

 第10曲では2、3小節伴奏左手のオクターヴが低い音を省き単音に印刷されていますが、正しくはオクターフです。全集(譜例8)、Biedermann低声用(譜例9) 65小節の歌唱部のメロディーがHandexemplar、全集(譜例10)、Biedermannの高声用とBiedermann低声用、ペーター版高声用(譜例11)、低声用では間違って印刷されています。また最後の3小節で全集(譜例12)とBiedermannの低声用(譜例12)とペーター低声用の楽譜でこのような違いがあります。

 第12曲では自筆楽譜(譜例13)に書かれていたものが、初版以降Handexemplarも含めてcresc.decrescの記号が1小節ずれて印刷されています。当然3、4小節に付くべきです。

 第13曲では35、82、84小節伴奏右手の和音でオクターヴ下の音が抜けています。

 第14曲では最初の小節が全集(譜例14)とその他の原調版と低声用ではこのように[Biedermann 低声用(譜例15)]違います。

 第15曲ではペーター版の低声用(譜例16)だけが115小節のフェルマータの場所が違っています。他の楽譜では全集(譜例17)と同様です。

 

 部分的に歌い分けてみますので表現の違いを聴き分けて下さい。

 質問がありましたらどうぞ遠慮無くお尋ね下さい!

2003ー4年度 レクチュアコンサート御案内

(前回 第3回マゲローネ姫によるロマンス1へ)