第9回 レクチュア・コンサート

2004年2月14日

Johannes Brahms Op.33 "Romanzen aus L. Tieck's Magelone"

L.ティークのマゲローネ姫によるロマンス  第一回

第1曲より第7曲まで

バリトン:川 村 英 司

ピアノ:東 由 輝 子

 今回はティークのマゲローネ姫によるロマンス(ティークの原語ではLiebesgeschichte der schönen Magelone und des Grafen Peter von Provance 1796)、ブラームスの原題ではRomanzen / aus L. Tiecks Magelone / für eine Singstimme mit Pianoforte / Julius Stockhausen gewidmet / Johannes Brahms, Op. 33 で1‐6曲までは1865年に公表し、7‐15曲は1868/69年に公開しました。

 楽譜については後ほど詳しく述べますが、ヴィーンの楽友協会の図書館にブラームスが所蔵していた彼自身による書き込みをした初版など(Handexemplarと言っています)が蔵書として残っておりますので、参考資料として非常に貴重なので何度も見落としのないように調べましたが、それでも見落としはあるようです。

 また昨年春にリュベックのブラームス研究所(自筆楽譜、初版、再版などを数多く集めていますが、印刷された楽譜は殆ど収集しており印刷楽譜の比較研究のためには最適の場所と思います。)、キールの音楽学研究所の新ブラームス全集の編集室(ここ新全集編集のために各地に散らばっている資料[コピー等で]を集めています。)、ハンブルグ州立・大学図書館の音楽部(ブラームスの生誕地であるだけに色々[自筆楽譜、初版や再版のゲラ刷りなどを、]集めています。)を訪ねてブラームス資料の概略を掴みましたので、本格的に調べるのはこれからになりますが、「マゲローネ」については一応調べてきましたので、それに従がって話を進めます。

先ず僕が持っている資料としては

楽譜としては

旧全集 (Breitkopf&Haertel社)

Handexemplarの一部のコピー

Romanzen / aus L. Tieck's Magelone J. Riter-Biedermann ( für hohe Stimme )社

Romanzen / aus L. Tieck's Magelone J. Riter-Biedermann ( für tiefe Stimme ) 社

Brahms Lieder Band II ( für hohe Stimme ) Edition Peters社

Brahms Lieder Band II ( für tiefe Stimme ) Edition Peters社

自筆楽譜がヴィーンとハンブルグで

Nr. 8 Wir müssen uns trennen (Hamburg)

Nr. 12 Muss es eine Trennung geben (Wien) [マイクロフィルムを所蔵]

ゲラ刷りの校正楽譜がハンブルグで

Nr.1, Nr. 3 - 6 (原調)、 Nr. 7‐15 (移調) を

比較してきました。

 L.ティークの「美しいマゲローネとペーター伯爵との恋物語」の邦訳も出版されていますが、そもそもこの話は民衆本(Volksbuch)の一つ「プロヴァンス伯の子息、白銀の鍵をつけた ペーター と呼ばれる騎士と、ナポリ王国の息女 麗わしのマゲローナ のいとも素晴らしく面白い物語」が種本です。

 ドイツ文学史上十五世紀から十六世紀にかけて民衆本と言われるジャンルがあり、学者や僧侶階級のラテン語にたいして、民衆の言葉ドイツ語の散文で書かれた庶民のための読み物です。
 代表的なものとしては、「ファウスト博士」で後にそれを元にしてゲーテがかの有名な「ファウスト」を書きました。ヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の元となった「トリトラントとイサルデ」などです。

 「美しいマゲローネ」の源流は定かではありませんが、1453年にフランスで出版された作者不明の騎士小説「プロヴァンスの伯爵の子息ピェールと美しいマグロンヌ」を、1527年ファイト・ヴァルベックがドイツ語に訳したものが民衆本の一つとなったのです。

 民衆本のこの物語は42章からなる物語で大筋は以下のようです。「プロヴァンス伯の息子ペーターがナポリにマゲローナ姫という絶世の美女がいるとの評判を聞き、かの地に赴きました。ナポリ国王が開催した馬上槍試合に、無名の一騎士として出場したペーターは並居る強豪を打ち負かし優勝して名を上げると共に姫の愛をかちえ、二人は人目を忍ぶ仲となります。ペーターは麗わしのマゲローナに愛の証として指輪を贈ります。ある夜二人は駆け落ちをして宮廷を後にし、追手を逃れてほっとしてまどろむ姫の胸元の袱紗につつまれた彼が贈った三つの指輪を猛禽が盗んだ事から波乱万丈の物語が展開されていきます。ペーターが指輪を取り返そうと鳥を追っていった事から、二人は離ればなれになってしまいます。彼は異教徒に囚われ、サルタンに仕える運命になります。一方マゲローナの方は巡礼のたびを続け施療院を建立し、そこで聖女のごとき生活を送ります。その後ペーターは故郷を訪れるべく乗船したところ、災難にあい病人としてマゲローナの働く施療院に辿りつきます。そうして二人は再会し抱擁し合います。」

 ティークがこれを1796年に改作して、翌年「民衆童話集」(Volksmärchen)第二巻に発表しました。
 この「美しきマゲローネ」は第18章までありますが、ブラームスは前口上を除き第2章から第15章までを筋の通りに作曲し、第16,17章を省いて第18章で筋の結びとしております。この歌曲集は特に伴奏部が雄弁に作曲されていますので、歌とピアノのデュオと言う感じが強く、ピアニストにとって非常に楽しめる曲ではなかろうかと思います。フィッシャー=ディースカウとリヒテルのコンビによるLPも販売されていますが、歌の伴奏と言うよりもピアニスティックな表現を最大限に必要な曲の一つに数えられるでしょう。

 出版社による楽譜の相違点は、これにはブラームスが書き込みをして訂正をした所謂Handexemplar、現在ヴィーンの楽友協会に所蔵されている楽譜を参考にしたか、しなかったかという問題が大きいと思いますが、残念ながらペーター版は無視したのか、ペーター版の初版出版時にはまだ公にされていなかったのか、再版以降に直す気がなかったことが大きいと思います。

 これら楽譜の事については、筋の概略を読みながら演奏した後で話したいと思います。

 シューベルトの歌曲集の編集で有名なフリードレンダー博士がブラームス歌曲について1922年に書いた本があります。それによると1861年7月に1から4曲目を、1862年5月に5と6曲目をハンブルグで作曲したと記されています。また出版に際してはブラームスと親しかった当時の名歌手バリトンのJ. Stockhausen に献呈の辞を加えた。とあります。

 この曲の演奏形式としては、筋の概略を挿入しながら、女性の歌は女声が歌いながら演奏したり、全く一人で曲だけを演奏したりいたします。

話は飛び飛びになりますが、話の筋は「訳者:林 昭、発行所:東洋文化社」の邦訳に従がって進めます。 先ず筋を追って話と歌を続けて演奏し、その後で楽譜の相違点の大きな個所についての説明と演奏の際の表現の違いを聴いていただきます。

前口上

 親愛なる読者よ、時の輪が音を立ててどんどん廻りつづけ、以前は上の方に高く位置していたものが、やがて一番下に置かれてしまう情けなさが胸に迫って、随分悲しい思いをなさった経験をすでにお持ちでしょうか?名声や栄光、栄華、世にきこえた美貌などといったものは、遠い山並みの影に沈みゆき、弱弱しい黄ばんだ微光を、それもほんのたまゆら残すにすぎない黄金の夕焼け雲に似て、はかなく消え去って行くものなのです。そして夜が厳粛荘重に登場し、黒い雲の軍勢が輝く星のもとに行き交い、最後の夕映えはおずおずと消えて行きます。風はオークの森を吹き抜け、小屋の住人達は誰一人として赤い夕映えを思い返しません。小屋の片隅に物思わしげな一人の少年が座って、ほの暗いランプの照り返しの中に、愉しげな暁の情景を思い描いております。少年には、威勢よく時をつげる雄鶏の声がはやくも聞こえるような、そして木立の葉むれを渡り、野のすべての花々を、その静かな眠りから目覚めさせる涼風のざわめきが聞こえて来るような気がするのです。少年は夢想にふけっているうちに、しだいにこっくりこっくりし始めて、ランプの明かりも消えます。するといろいろな夢が少年を訪れ、さらにさんさんたる陽光を浴びながら、あらゆる情景が彼の眼前に展開されます。すなわち、不思議な見知らぬ人々が闊歩する懐かしい故郷が現れ、ついぞ見たこともない木々が、むくむくと目の前に生えて来て、少年に語りかけ、人間と同じ心や愛や信頼を少年に伝えたがっているかに見えます。少年には、なんとこの世が親しく感じられ、またすべてが、なんとやさしい好意をこめて少年を見つめていることでしょう!少年がそばを通りかかると、繁みは少年の耳元に愛の言葉をささやきかけ、おとなしい子羊たちが少年の周りに群がり、泉は誘うようなつぶやきを以って、少年を夢に連れ去ろうとするかに見え、少年の足元の草は、緑を増しさらに生き生きとして、ほとばしる湧き水のように伸びて来るのです。
 親愛なる読者よ、この少年の姿をして、詩人はあなたの前に現れるかもしれません。そして、彼の夢をあなたの前で申し述べることをお許し願いたいと頼むのです。それはこれまでにも多くの人を楽しませ、そして忘れ去られたあの古いお話です。ご多分にもれず詩人は、このお話に新しい照明で装わせてはおりますものの、

詩人の目にとまるは苔むした墓標のむれ、
誰の墓とも知るよしもない、
その時詩人は月光を浴びながら
敬虔な思いが熱く胸に迫るのをおぼえる。
すべての杜のそよぐなかに、沈思しつつ立てば、
詩人と死者たちを分かつものは、たちまち消え去り、
驚き喜びつつ詩人は死者たちを友と呼ぶ。

静かな遠い昔をさまよい歩きたい、
我らの父祖の無邪気な時代を、
たしかにすぐれた昔語りは、
誰もが喜んで聞きたがるもの、
今もその面白さは変わらない、
昔のままに繰り返されて、
聴き手はひしひしと感じる生の苦楽を、
愛のやさしい春の陽の光を。

古い調べを聴くのはお好きですか?
とっくに過ぎ去った日々の歌を?
その調べについ誘われた歌人が、
御免被りましての昔語りにお耳を汚します。



第二章
  プロヴァンスの伯爵の宮廷に見知らぬ歌びとが来たこと

 昔プロヴァンスを治めていた伯爵には、めっぽう美しく立派な若様がおりまして、その成人ぶりは父君や母君の喜びでありました。若者は背も高く力も強く、輝くばかりのブロンドの髪がうなじのまわりにふさふさと垂れ、そのやさしく若々しい顔に濃くふりかかっていました。加えて若君は、武芸にかけても行くとして可ならざるものはなく、国の内外を問わず彼ほどの槍や剣の使い手はありませんでしたから、老若男女、身分の上下を問わず、誰も彼もが若君には舌を巻きました。
 若者は何か心に秘めた望みを追い求めているかのように、しきりに深い物思いにふけっている事が良くありましたので、世故に長けた多くの人々は、若者は恋煩いをしておられるのだろうと思い、またそう決めてかかりました。ですから誰一人として、若君を夢から覚めさせようとはしませんでした。彼らは、恋とは耳の中に眠っていて、夢の中からのようにその幻想に満ちたメロディーを語りつづける一つの甘美な調べだという事、だからその宿主自身にも、それは一つの昏い謎のようでしかなく、ましてや他人なんぞには到底わかろうはずはない、またその音楽はあまりにも早く消え去る事がしばしばであって、天空と黄金の朝雲の中に、再びその住処を求めて行くものであるということをよく心得ていたからです。
 しかし若いペーター伯爵には、自身何を望んでいるのやらわかっていませんでした。若君には、さながら聞き取れないほどの遠い声が、森の奥から呼びかけているような気がして、その声に従がって行きたいと思うのでしたが、恐れが彼を押し止めました。とはいうものの矢張りその思いをしきりにそそられるのでした。
 父君が馬上槍試合の大会を催されて、多くの騎士がその大会に招かれました。この初々しい若君が、百戦錬磨の強者を鞍上から突き落とす様は、観衆の目には奇跡と映り、みな何とも解せぬと言った表情を浮かべていました。若者はみんなからやんやの喝采を浴び、最良のそして最強の武芸者とみなされました。しかしいかなる賞賛を受けても、彼は奢りたかぶることなく、むしろ年輩の立派な騎士たちを打ち負かす仕儀になったことを、時として自ら恥じている風でした。多くの国々を見てきた一人の歌人も、他の人に混じって近寄ってきました。歌人は騎士ではありませんでしたが、見識と経験において多くの貴族たちに立ち優っていました。この歌人が他の人々と一緒に口を極めて伯爵を褒め称えて、最後にこう言いました。
 「騎士様、口幅ったいようでございますが、あなた様はここにじっとしておいでにならずに、是非見知らぬ土地や人々をご覧になって、充分に見聞を広める必要があろうかと存じます。生まれ育った土地ばかりにいて井の中の蛙でおられずに、あなたの見識を広めて、既知のものと未知のものを一つにに合致させる事ができるようになさる事です。」
 歌人はリュートを手にしてうたいました。

血気盛んな若い時代に、
馬にうちまたがり
世の中を馳せた者に、
それを悔いた者はない。
山と草原、
さびしい森
きらびやかな装いの
乙女らと婦人たち
金に輝く装身具、
すべてが美しい姿で彼を喜ばす。

・・・・・
・・・・・

歳月は流れ、
彼は息子に昔語りをする
やすらかな団らんの時に、
そして剛勇の褒美というべき
傷跡の数々を見せる。
かく老いてなお若さを失わぬ、
黄昏の中の一条の光というべきか。

 この歌に静かに聴き入っていた若者は、それが終わるとしばらくじっと物思いにふけっていましたが、こう言うのでした。
 「よし、これで読めたぞ!何が不満だったかが。これでもうすっかり自分が何を願っていたかがわかったぞ。私の心はもう遠い世界に行ってしまっているのだ。そして入れ替わり立ち代り様々な映像が、心のうちを過ぎ去っていく。若い騎士にとって、谷を越え野を越え旅して行くに勝る歓びはないのだ。ここには朝日に輝く秀峰あり、かしこに行けば、草原をわたり鬱蒼たる森を抜けて羊飼いの牧笛が響いて来る。一人白馬にうちまたがって疾駆し去る気高い乙女あり、また従者をひきつれまばゆいばかりの甲冑に身を固めた騎士との出会いありで、ひきもきらず珍しい出来事に遭遇するのだ。有名な町々を、知った人もなく次々に通りすぎて行くと、私の周りには実に驚くべき変化や、絶えず新しい生活がくりひろげられる。だから私はこの生まれ育った国土とこの地の出来事の、千編一律の繰り返しを思い返すと、いらいらしてくるのだ。おお、さあ見事な馬にうちまたがり、直ちに父の家に別れを告げたいものだ。」
 若者はこの新しい想念にすっかりのぼせて、直ちに母君の部屋に行き、そこに居合せた父伯爵にも顔を合わせました。ペーターはすぐに恭しくひざまずいて、武者修業の旅に出る許しをお二人から得たいという彼の願いの筋を申し述べました。
「と言いますのは、」彼の願いの言葉をこう結びました。「生まれた国ばかりに留まっておれば、生涯、ただ自国だけに通用する考えを後生大事に守っているだけに終わりますが、異郷に出れば、熟知しているものに未知のものを加えることを学びます。ですから許さぬなどと仰せにならないで下さい。」
 老伯爵は息子の申し出に驚きましたが、それ以上に驚いたのは母君でした。何しろそのようなことなど、それこそ思いもかけぬことだったからです。伯爵は言いました。
 なあお前、おまえの頼みは無理な頼みだとわしは思う。何と言ったってお前はたった一人の跡取りじゃ。もしわしがお前の留守中に死ぬような事があれば、わしの国はどうなるのじゃ?」
 しかしペーターは彼の願いをひっこめないので、母君は泣き出し、彼に言いました。
 「ねえたった一人の大事なお前、お前はまだこの世の辛酸をなめたことがありません。だからお前は自分の前に美しい希望ばかり見るのですよ。しかしよく考えて御覧なさい、お前がいったん旅に出れば、何千という苦難がお前の行く手を阻もうとのっけから待ちかまえているってことは、充分想像がつくことですよ。そうなるとお前は不幸と戦わねばならなくなるでしょうし、私たちのところへ帰りたいと思うようになりますよ。」
 ペーターはそれでも恭しくひざまずいたまま答えました。
 「父上、母上、お言葉を返すようですが、どうにも思い止まるわけにはまいりません。遠い他国を旅して、喜びも悲しみも体験してくる事が、そして名を揚げ尊敬を受けた人間として故郷に帰ってくることが、今の私の唯一の願いなのです。それに父上、あなただってお若いころ異国においでになったではありませんか、そしてあまねくお名をとどろかされました。更に異国から、当時諸国随一の美女と謳われていた母上を妃にお迎えになりました。私に父上と同じ運試しをさせてください。これこの通り涙を流してお願いしているのです。」
 若者は非常に美しい音色で弾くことができたリュートを手にして、竪琴奏きから習った歌を歌いました。そして歌の終わりで激しく泣きました。両親もこれには心を動かされましたが、殊に母君が哀れを催してこう言いました。
「仕方がない、それなら私から祝福をあげます。ねえお前、お前の言ったことはすべて確かに本当なんですものね。」
 父君も同様に立ち上がって彼に祝福を与えました。ペーターはこうして両親の承諾を得たことで心に満足を覚えました。
若君の門出の準備万端を整えるようにとの命令が発せられました。そして母君はそっとぺーターを自室に呼びました。母は息子に貴重な指輪を与えて言いました。
 「いいかいお前、この三つの貴重な指輪は、私が若いころから大事にしまっておいたものなのです。これらを持ってお行き、そして大切に大切に持っているんですよ。そしてお前が愛し、先方もお前に好意をいだいてくれる女性にめぐり逢ったら、その人にこの指輪をあげてもよろしい。」
 彼は感謝をこめて母の手に口づけし、そして彼が故郷に別れを告げる朝がやって来ました。

 ティークが書いた通りに話を進めていくと時間的に2回に分けても時間が足りないと思いますので以降は省略して少し短く致します。


第三章
  騎士ペーターが両親のもとから旅立ったこと


 ペーターが馬に乗ろうとした時に、父君は再度祝福を与え
「幼少からのわしの教えを何時でも肝に命じている事、常に騎士階級の掟を敬う事、自分自身の誠を変えないこと。・・・・・」と言いました。
 身分を隠すためペーターは従者も連れずに一人で旅立ちました。燦然と陽は昇り、朝露が光るなかペーターは心を躍らせ声高らかに歌いました。

いかにも!弓矢は 敵を防ぐには充分でも、
不幸なものは何時でも
助けもなく泣いている
・・・・・

何日も旅を続けペーターはナポリへやってきました。道すがら美しい王女マゲローネの噂を耳にした彼は、会ってみたいと思いました。そんな折騎士ハインリッヒ・フォン・カルポーネを歓迎する馬上槍の御前試合が催されることを聞き及び、彼は自身の手練のほどを試そうと出場を決心しました。




第四章
  ペーターが美しいマゲローネに会ったこと

当日ペーターは兜の上に見事な細工の美しい銀の鍵をつけ試合場に赴きました。彼は次々と試合に勝ち進み、また彼のその力量に驚かないものはありませんでした。そしてみなはこの見知らぬ騎士の名前をしきりに知りたがるのでした。しかしペーターは謙虚に自分の名前を秘するのでした。
 日ならずして2回目の試合が開かれ、美しいマゲローネは、心密かに銀の鍵共々またあの騎士を見たいと思っておりました。ペーターはこの試合も何度戦っても勝ちっぱなしで改めて大きな賞賛を浴び、また王女はそんな彼に見惚れていました。
 大会が終わり、国王はペーターを宴席に招きました。その席でペーターはマゲローネの美しさに目を見張り、また彼女の自分への親しげな視線に非常にどぎまぎしました。
 広間で二人きりになると王女マゲローネは度々自分を訪ねてくれるようにと言い、また別れに際しても非常に情のこもった目で彼を見つめるのでした。
ペーターは酔いしれたように街を歩き、美しい庭園に入り、そして放心したようになって千回もマゲローネの名前を繰り返し口にしました。我に返ると頬が涙にぬれているのを感じ、そしてペーターは次のような歌を歌いました。

私の胸をよぎるのは
苦しみか、喜びか?
・・・・・
・・・・・




第五章
  騎士が美しいマゲローネに言伝を送ったこと

 その夜マゲローネはペーターと同様に思い乱れていました。彼女は決心をし、愛する乳母にその恋心を打ち明け、そして知恵を貸して欲しいと頼みました。
 乳母は非常に驚き、見ず知らずの者を好きになったことを心配しましたが、激しく泣きながら想いを訴える彼女の様子に、同じように泣きながら言いました。
「お泣きにならないで下さいまし、お姫様。あなた様がお泣きになるのだけはとても見ていられません。」
   マゲローネは見知らぬ騎士の名前と身分を聞いてくるよう乳母に懇願しました。
 朝になって乳母が教会に出掛け、お祈りをしていると、同じように敬虔な祈りを捧げている騎士を見かけました。それはペーターでした。彼は乳母を見知っていたので、お祈りがすむと、丁寧に挨拶をしました。そこで乳母はマゲローネに言いつけられたとおり、彼女の気持ちを彼に伝えました。
 彼はここでも名乗る事はしませんでしたが、さる高貴な名門の出であることは明かし、乳母へ、その悦ばしい知らせへの感謝のしるしとして三つの貴重な指輪の一つを手渡しました。乳母はマゲローネのもとへ急ぎ帰り、彼の話を伝え、貴重な指輪を見せました。またペーターはマゲローネが読んでくれることを期待し、羊皮紙にしたためた手紙も指輪と同時に乳母に託してありました。

はるばると恋の女神が
お付きもなしにやって来た、
女神は私を招きよせ、
甘い絆で私を絡めとった。
・・・・・

 この歌はマゲローネの心を揺さぶりました。それは全く彼女の気持ちをもこだまのように言い表しているかのようでした。彼女はその指輪をしげしげと見つめ、自分のほかの宝石と換えてくれるように頼み、それを自分の真珠の首飾りに通すと眠りにつきました。そして寝る前に自分の胸の上にちょうど指輪が来るようにして首にかけました。彼女はとある美しい心弾むような楽園にいる自分の夢を見ました。それからあの見知らぬ騎士が、とある暗い道から、あふれるばかりに魅力をたたえて現れ、マゲローネを抱擁 し、もう一つの貴重な指輪を彼女の指にはめてくれるのでした。
 マゲローネは美しい夢から目覚めると、すべてを乳母に物語りました。
 乳母はすっかり恋の虜となった王女の様子に、この姫の幸も不幸も全く騎士次第だということを悟って、じっと考え込んでしまうのでした。


第六章   騎士がマゲローネに一つの指輪を贈ったこと

 乳母は騎士に再び出会うべくいろいろと骨を折り、同じ教会で再会する運びとなりました。ペーターは乳母を見ると、即座に歩みより、王女の事を問いただすのでした。乳母が騎士を思う王女の一部始終を話すと、ペーターは嬉しさのあまり顔を紅潮させて言いました。
 「ああ、乳母殿、私のこの胸の思いをぜひ王女様にお伝え下さい。そして直ぐにでもお会いできなければ、私はきっと思い焦がれてやつれ果ててしまうだろうと言う事も。・・・・・
王女様にこの指輪を差し上げてください。そして私からのささやかな記念としてはめてくださるようにお願いして下さい。」
 あまりに激しい恋煩いでソファに臥せっていたマゲローネのもとへ、乳母は急ぎ帰りました。王女は乳母を見ると飛び起きて抱きつき、新しい知らせはあるかと尋ねました。乳母は何もかもを話して、王女に貴重な指輪を手渡しました。
 「ほら!」王女は叫びました。
「まさしくこの指輪は、私が夢で見た指輪なのよ。おお!それならあとのこともきっと叶えられるわ。」
 一枚の紙にこんな歌が書きつけてありました。

あなたはこの哀れな男を
お情け深く哀れんでくださるのですか?
  夢ではないのでしょうか?
・・・・・
・・・・・

 マゲローネはその歌をうたうと、指輪に口づけをし、更に始めの指輪にも口づけしました。そしてまた歌を読み返しては夜更けまでそうして過ごしました。


第七章   高貴な騎士が再び美しいマゲローネから便りを受けたこと

 騎士は翌朝再び教会に来ておりました。彼の心の恋人からの知らせが得られると期待したからです。乳母は彼を見つけましたが、ちょうど運よく教会の中は二人きりでした。乳母のゲルトラウトはすべてを語ってからこう言いました。
 「騎士殿、あなた様がお姫様を礼節を尽くして愛されることを確約なさるならば、何処でお姫様にお会いになれるか申し上げましょう。」
 ペーターは片膝をつき、指を高く挙げ言いました。「私は誓います!ただ一筋にマゲローネを思いつづけ、礼節をつくして愛します。誠実な騎士にふさわしいように。もしこの誓いにもとるならば、神が私をこの上ない苦境に見捨てたまわんことを。アーメン!」
   乳母はこの誓約に大いに満足し、ペーターをすっかり信頼して言いました。

 「明日の午後、庭の秘密の入り口から入って、私の部屋であの方とお会いになる心づもりをなさっておいてくださいまし。あなた方お二人きりにして差し上げますよ。」
 ペーターにその時刻を告げると乳母は立ち去りました。ペーターは酔ったように呆然とその後ろ姿を見送っていました。心が動転し、あまりのことに我に返れぬほどでした。
 彼は宿に戻りましたが、その夜は、静止しているかのような時を過ごしました。期待と不安な憧れと臆病な希望につつまれて、彼は何時しかうとうとし、ソファーの上で眠り込みました。そして目が覚めると、晴れやかな陽光が戯れるように部屋に差し込んでいました。
 ガバッと跳ね起きたペーターは、王女に会うと考えると、いまさらに驚いてしまいました。そしてどうしても心が落ち着かないので、リュートを手にして歌いました。

どのようにしてこの喜びに、
この大いなる歓びに耐えればいいのか?
心臓の鼓動の下で
心が死んでしまわないためには?

・・・・
・・・・・




第八章
  ペーターが美しいマゲローネを訪れたこと

刻一刻時がたち、いよいよ騎士が愛するマゲローネを訪問する時が来ました。彼は秘かに庭の木戸を抜け、乳母の部屋に行くとそこに王女が来ていました。
ペーターは無言で片膝ついてひざまずきました。マゲローネは美しい手を伸べ、立ち上がって自分の傍らに腰をおろしてくれるようにと言いました。長い間互いに見詰め合ったまま一言の会話も交わされませんでしたが、とうとう若者の方が王女に心の丈を打ち明けました。初めて会って以来、全身全霊を上げて自分の命をマゲローネに捧げていると告げ、ペーターは最も貴重な三つ目の指輪を王女に贈り、その百合のように白い手に口づけをしました。王女は彼の誠実さに感動し、立ち上がって、貴重な黄金の鎖を取ってくると、それを彼の首に掛けて言いました。
「これで私はあなたを私のものと認め、私をあなたのものと認めます。あなたが私を愛されている限り、これをいつも身につけていてくださいまし。」そう言うと王女は驚く騎士を腕に抱き、心をこめて彼に口づけをするのでした。
別れの時が来て、ペーターはすぐ自室へと急ぎ帰りました。彼はまだ一度も味わったことのない嬉しさに浸っていました。彼は部屋の中を大股で行ったり来たりしていましたが、リュートを手にすると激しく泣き、大きな熱情をこめて歌いました。

あなたのためにこの唇はうち震え、
あなたにこの甘い口づけは捧げられたのか?
この世の生がこんな愉楽を与えてくれるのか?
ああ!なんとまのあたりに光と輝きが漂い、
すべての感覚がひたすら唇へとひかれたことか?

・・・・・
・・・・・

おお口づけよ!なんとあなたの口の燃えるように赤かったことよ!
その時私は死んだ、最も美わしい死の中に初めて生を見つけた。


今回の演奏はここまでとさせて頂きます。
 

 大勢の声楽家が無批判に信頼して使用しているペーター版の楽譜と本当に信頼されるべき楽譜「ブラームス全集」との間での大きな違いについて説明します。 

 現在「新ブラームス全集」の刊行が始まっておりますが、声楽曲はまだ出版されていません。昨年キール大学音楽学研究所内のブラームス全集編集室をオッカー先生と訪ね担当者達と一日過ごしましたが、声楽曲の編集はとても難しいので1巻も出来上がっていないとのことでした。担当者の一人がオーストリア国立図書館の音楽収集部で僕を何度も見ていたそうで、話が弾み、いろいろ話が出来ました。その人たちの勧めと紹介で翌日ハンブルグ州立・大学図書館の音楽部でブラームスの自筆譜やゲラ刷りを見る事が出来ましたが、現在の僕が今までに一番時間をかけて調査できているのは、ヴィーン楽友協会図書館のブラームスのHandexemplar (ブラームスが自分の作品の初版や再版に手を加えた楽譜) です。

第1曲目の右手の出だしですが、J. Riter-Biedermann 版の低声用 ( für tiefe Stimme ){以後Bt.と略す} とPeter版(参考資料1)の低声用{以後Pt.と略す}で f が抜けています。左手にはついているので、なくても良いだろうとも言えるかもしれませんが、他の楽譜[ 全集{以後GA.と略す}等 ](参考資料2)同様に必要だと思います。

第2曲目にはcresc. や decresc. の松葉印の始まりや終わりが多少違いますが、ここでは触れない事にします。

第3曲目には、71小節からの歌唱部のメロディーがHandexemplar{以後Hx.と略す}(参考資料3)で明瞭に直しているにもかかわらず、Pt. (参考資料4)とPeter版高声用{以後Ph.と略す}(参考資料5)では参考資料4、5のように印刷されています。勿論他の楽譜(J. Riter- Biedermann 版の高声用 ( für hohe Stimme ){以後Bh.と略す}(参考資料6), Bt., GA. (参考資料7)はHx.と同じに直されたように印刷されています。

第4曲目は1小節目のピアノ伴奏にdolce が付いているのがBt.とPt.で他の楽譜には不思議な事に記されてはありません。
 42小節目からはブラームスがHx.(参考資料8)でこのように直していますが、Bh., Bt., Ph., Pt.には全く印刷されていません。ブラームスがHx.で二通りに直したものが、ハンブルグ図書館のゲラ刷り{以降K2.と略す}で取り除くことを指示していますので、GA. (参考資料9)では印刷されていません。
 Hx.に書かれている二通りを演奏してみます。どちらでも良いように僕は思います。
 63小節目にも42小節と同じメロディーがありますが、Hx.で一度は同様に直し、消しているのですが、K2.では消す前の状態のままで、GA.では消した状態に、(元の状態に)戻っています。出版楽譜の前後の関係がどのようになっていたのかわかりません。

第5曲、第6曲には大きな問題点はありません。

第7曲目には大きなメロディー上の問題があります。115小節から117小節までの歌唱部です。 Hx.(参考資料10)でブラームスは明瞭にメロディーと言葉を直していますが、Bh.(参考資料11), Bt., Ph.(参考資料12), Pt.ではその変更が生かされていません。唯一生きているのが、勿論の事GA.(参考資料13)です。この部分を歌いますので較べてください。言葉も直されたほうが表現上もより強調した演奏が出来ると思います。僕は1983年以降(僕が初めて「マゲローネ」を歌いました) Handexemplarを重視して自分で作った楽譜で歌っています。この楽譜はオッカー先生に贈り彼はこの楽譜で演奏されていますし、ゲージさんにも差し上げてましたが、彼のリートクラスで使ってくれているとのことです。

 この歌曲集に限らず、ブラームスの歌曲を歌われる場合にはブラームス全集を利用されるように薦めます。ブラームスがHandexemplarで結構変更したメロディーや伴奏に忠実なのが全集で、我々が利用しやすいペーター版は殆ど皆無と言って良いほど直っていません。全集は高いのですが、アメリカ製のDover版は安くて買い求め易いですが、時々意識的にミスを作っていますので、その点の注意が必要です。Dover版は所謂全集の海賊版と言えるようです。

 2003ー4年度 レクチュアコンサート御案内

 (第2回 Hugo Wolf 作曲のEichendorffとGoetheの詩による歌曲について解説へ)