AYUCA・金井優子の現地報告日記2

 現地で活動している当会・金井優子の報告です('98年12月25日〜'99年1月16日)。


'98年12月25日(金)

 大家さんの娘が値切ってくれたため、10軒分の家の資材を注文することができた。今日届くはずだったが、また雨で道が崩れたので、29日になるという。
 ブエルタ・グランデで、粉ミルクを配布、またクリスマス・プレゼントとして子供たちに少しのクッキーも配る。


12月31日(木)

 日本から来た元青年海外協力隊の町川隆さんと会う。ハリケーン「ミッチ」による被害状況について説明する。


'99年1月3日(日)

 ラ・セイバ周辺に大雨が降り、橋が流されるなどして、再び、ラ・セイバ〜サン・ペドロ・スーラまでの道が不通に。


1月4日(月)

 ラ・セイバとサン・ペドロの間にある別の橋も崩れる。


1月5日(火)

 私用で飛行機でサン・ペドロに行く。この日はトルヒーヨも大雨。ラ・セイバ近くの、これまでは歩いて渡れた橋も、川の増水で渡れなくなる。
 飛行場も午前10時半からようやく動き始めた。


1月6日(水)

 サン・ペドロは雨、トルヒーヨ、ラ・セイバは大雨。ラセイバの空港は一日中使用不能。


1月7日(木)

 サン・ペドロから飛行機でラ・セイバへ。空港で偶然、AMDAの加川(洋)さんと会う。少ししか話すことができなかったけれど、とても感じのいい人。


1月10日(日)

 1月4日から頭痛、体の痛みが続き、1月6日、8日、そしてこの日、熱が出る。この日が一番きつかった。マラリアにかかったよう。


1月11日(月)

 この日、ハビエルとブエルタ・グランデに行く予定だった。しかし、マラリアにかかって身動きができない状態。Odio Malaria !
 最初のうちは軽かったので甘く見ていたが、10日以降、初めてマラリアの本当の恐ろしさを知った。本当に苦しい。


1月14日(木)

 今日ビクトル(地元医療チーム)に付き添ってもらってブエルタ・グランデに行く。途中、カヌーに一回乗る。以前からカヌーに乗り換えなければ渡れない場所だったが、予想以上に、水位がさらに上がっていてびっくりした。
 以前と同様、道が沼のような状態で、村の奥の方までは行けなかった。馬に乗れば何とか行けるのだが、この日は馬がいなかった。村の入り口付近にいる人々と話をする。みんな、トタン板と釘を本当に待ち望んでいる。早く届けることができればいいんだけど。
〈今週いっぱい、ファミリアから外出禁止令が出ていて(もちろんマラリアのため)内緒で出かけていたので、帰ってきたとき怒られた。というのもまだ完全に回復した訳じゃなかったから。お尻を3回たたかれた!〉


1月16日(土)−日本の事務局との電話でのやりとりから−

 ブエルタ・グランデは、今も被災直後の状況とまったく変わっていない。最近の大雨で、道、橋などがさらに崩壊し、物流にまたまた影響がでている。回復の兆しは、村のどこでも、ほとんど見られない。栄養面が心配で、ある程度の期間にわたって当面の栄養を摂れるよう、菜園のようなものを作れないかとビクトル(地元の医療チーム)と話し、トマトなど野菜の種子を入手するために動いている。
 また、現在完全に故障していて動かないトルヒーヨの病院の6台のバイクを修理することが必要と思われる。現状では、道が寸断され、車で行ける被災地が非常に少ないが、バイクだとカヌーで運べるというメリットがある。そのためのパーツの入手に関しても、現在、日本でも動いているが、まだ入手できず。
 金井優子は病院スタッフのビクトルにあと一日薬を飲むのが遅れたら死んでいた! と怒られた。
 それから、あいかわらず、家の資材は届かない。予想外の大雨で、仕方がないのかもしれないが、なにか新たな対策を立てなければと考えている。


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