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 龍斗の舌が、血が滲みだした部分を念入りに舐め始めた。
 癒されているのか、裂かれているのか、判断しかねる動きは、俺を混乱させる。
 「霜葉……」
 離れた唇が俺の名を紡ぐ。
 何が特徴的なわけでもないが、自分の耳には龍斗の声だけが度を越して優しく響く。
 「龍?」
 眼を閉じたまま呼び返せば、耳元を、ふふ、と笑う吐息がくすぐる。
 耳元で、すうっと大きく息を吸い込まれて肩を竦めてしまった。
 息を吹きかけられるのは予想していたのだが、吸われるとは思わなかった。

 「いいなあ。霜葉。本当に何もかも全てが手前の好みで。おかしくなりそうだ。ほら」
 俺の手を取った龍が己の心臓の上、ひたりとあてる。
 酒に酔っているだけではないのか、とくとくとくと、らしかぬ早さで鼓動が刻まれていた。
 「どんなイイ女としたって、こんなに緊張はしないんだけどな」
 「俺も緊張している、お互いちょうど良いだろう」
 「そうはいかねーやな。手前には霜葉を気持ち良くさせなきゃなんねー義務がある。好いて手
  を出す初物なんざあ、初めてだ。念には念をいれなーとな」
 「?」
 江戸っ子の嗜みで、初物なら『女房を質に入れてでも』というのがある。
 俺は全く興味がない口だが、龍は好きそうに見えたのだが。
 「ん?何だ手前らしくないってか」
 「初物、好きそうだったから」
 「鰹でも女でも、好きだぜ?でも女の場合、手前はこれだから」
 心臓にあてられていた、掌がいきなり股間に導かれる。
 「っつ」
 「な?」
 男ばかりの新撰組にいた。
 男同士の嗜みとか言い合って、色々なモノをみせられはしたのだが。
 「でっかいんだわ。手前のは。童女の水揚げなんかやってみ?今後の商売に差し支えがでち
  まう」
 正直、今だ、見たことのない代物だった。
 男ならかくもありたいものだ、と頷く輩は多いだろう。
 喉で笑った龍の眼差しがまるで挑んで来るようにも見えて、腰がひけた。
 実際、逃げ腰になっていたのだろう。
 龍の掌が楽々と俺の腰を支えて、引き寄せた。
 「逃がさねえよ?」
 
 「……わかってる」
 「敵前逃亡は切腹だったっけかな?新撰組の隊規では」
 「よく、知っているな」
 「有名だぜ?」
 顔中に唇が寄せられて、軽く吸われては、嘗められて。
 時折ゆるく、歯が立てられる。
 気が付けば着物の合わせ目から、掌が入り込んできた。
 「霜葉の心の蔵も、忙しそうだ」
 さして力を入れたとは思えなかったのだが、角度の問題なのだろうか、割合ときっちり纏って
いるはずの着物が、肩から滑り落ちた。
 火照った身体が夜気に晒されるのは、ひんやり心地良い。
 「綺麗な体だよな?傷一つないってのはすげーや。歴戦の猛者なのに」
 村正は、己の誇りの故か、私の身体に傷がつくのを許さなかった。
 疲れきって、私自身の人の気配を感じる最後の力すら奪われた時でも、村正はよく敵に反応
したものだ。
 「一重に村正のお陰さ」
 「依代を大切にするってー思考は、本来祟られもんにはないはずなんだがな。村正も、霜葉
  が気に入ったんだろうよ」
 肩を撫ぜていた掌が、そのまま腰を拾う。
 引き寄せられれば、自然はだが近くなり、唇を塞がれた。
 「ああ、息が甘い」
 「酒、だろう?」
 「や、違うな」
 浴衣の裾を開かれて、合わせ直す間など許されぬままに、龍斗の利き腕が俺の肉塊に触れ
てくる。
 「ほら、起きてる。手前に感じてるんだ」
 男と抱き合っても、勃起を躊躇いもしない肉塊を掴まれれば、腰が崩れそうになった。
 己で慰めるのとは訳が違う。
 恐ろしく巧みな手管は、交わりに慣れてはいない俺に、恐怖すら植え付けてゆく。
 「怯えるな。怖いことをしてるわけじゃねぇんだ」
                                     
 「頭ではわかっているつもりなのだが、な」
 「あーな。体が勝手に反応するってか。まあ、いいさ。最後に悪くなかったといえる、交接な
  らば」
 「その言葉はそっくりお返しする」
 初物が不得手だというのならば、けして協力的にはなりえない俺に愛想を付かす可能性も
低くは無い。
 身体を差し出したといっても、例えば花魁達のようには色を売れないのだから。
 「……霜葉が、己の意思で身体を差し出してくれてるってだけで、今までの愉悦の全てを凌
  駕するさ」
 耳朶に下を差し入れられたまま、下肢が弄られる。
 体が勝手に跳ねてしまうので、堪えようとするのだが、太ももの震えが止まらない。
 「ああ、すっげえ力入ってる。今度する時は、奈涸にハリでもうってもらおうか?体中がとろと
  ろに弛緩するらしい」
 「ハリ?」
 「おうよ。あいつにできんこたあねーよってぐらい、効くらしいからさあ」
 確かにそんな雰囲気のある方だ。
 飄々とどんなに難しい事でも、それが龍斗の願いならば尚更、年でもやってのける気がする。
 「……駄目だ。今は手前以外の何者も、頭の中に入れるな」
 額に口付けが届く。
 この程度の触れ合いならば、さして緊張もしないのだが。
 もうこの程度では引き止められないと、わかっている。
 「やっぱ、手前の力だけじゃ、無理だな、初めてのお前を解きほぐすのは……手前の腕だけ
  で、して、やりたかったんだが。痛いこたあしたくねーしなあ……いるか、奈涸?」
 「……龍。君は少し節度を持った方がいい」
 「奈涸殿!」
 こんな場面で、呼ぶ龍斗も、来る奈涸殿も、どうかしている。
 「君の、艶やかな姿は見ていないよ。目を閉じているから僅かの間我慢してくれ」
 
 それでも、俺達のやりとりは聞こえていて。
 恐らくは、俺が来る前から龍斗に請われていたに違いない。
 「そういった問題では!」
 叫んだ俺の口が、奈涸殿の人差し指で塞がれる。




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