自分以外の誰にも見せずに、しまっておきたくなるくらいに。
愛らしいだろう?
わかるよな、村雨。
如月と同じように、わかるよな?
俺の気持ちを。
「龍麻。酔った?」
紅葉の顔がひょいと近付いた。
こういう無防備な所作は、本当に俺を心配している時に出る。
そうそう、紅葉。
お前も悪いんだぜ?
自分でも無意識の内に、どんなに酷い事されても、俺に。
俺だけに、無駄に甘いトコがあっからさ。
付け上がらせるんだ。
愛されているというその、至福こそが俺を。
人の言う、狂気に駆り立てる。
「……かもな」
「へぇ?珍しい」
「お前に付き合っていれば、潰れもするぜ?」
予備動作無しに、顔面に向かってグラスを投げつけてやる、が
さすがは、賭博師。
真正面から受け止めやがった。
「…せんせー頼むよ。高いんだぜ。これ」
「世間様の感覚では、そっかもな」
旧校舎潜りを繰り返す俺達の、金銭感覚は通常の高校生とは掛け離れてしまった。
大半の奴が節度を持って、どうしてもという時だけ、頼りにしているが。
特に女は、金に狂って随分と足を踏み外している奴が多い。
美里のホスト通いなんて、いい例だ。
聖女面しても、根本は歪んだ女の性が強い奴だからな。
どうしたって無理が出るんだろう。
唯一惚れぬいた俺は、全く自分を見ないし?
寄って来る、あいつに惚れるには勿体ねー男どもには、興味がもてないようだ。
……ったく、何でこんなに美里のことばかり頭に浮ぶって……。
俺にそっくりだからだよな。
同族嫌悪もここまでくれば、立派なもんかもな。
美里本人に話したら勘違いされそうだ。
「僕達の感覚でも十分に高価なものだよ?」
「ああ、そうだな」
「それに……」
「……それに?」
「骨董価値だって、高いんだから!」
妙に生真面目な顔で訴える紅葉が、可愛くて仕方ない。
こいつは、歴史を持つ物にも人にも、寛大なんだよな。
それ故に。
自分達が形成されたんだって。
堅苦しく考えて、感謝の念すら忘れない。
まぁ。
如月に懐いていたのは、そんな理由もあったんかもしれない。
今更、どうでもいいことだけど。
「悪かったよ。酔いがやらせた愚行だと思ってください」
「都合が良いんだから……」
まだ何かを言い募ろうとする紅葉の肩に、力を掛ける。
「ちょっと、龍麻!重いよ」
抗議の声は上がったが、しっかりと支えてくれた。
「寝室まで運べよ」
「蒲団の用意ができてないだろう」
「んじゃ、用意して来いよ。村雨」
「せんせー。紅葉が先生抱えるより、俺が先生抱えた方が早いっしょ」
「お前に抱えられるのは、ごめんだなぁ」
「……紅葉。遠慮なく蒲団敷いて来い。俺等の分もな?」
「わかった」
「ちょ!紅葉」
するっと腕の中から抜けてゆく身体。
何時もよりも高い熱が、とても心地良かったのに。
「さ。先生。大人しく待っててくれよ?」
人の腰を軽々と抱え込みやがって!
俺は、邪険に奴の手を払う。
奴の手も、再び絡んでは来なかった。
「……先生」
「あに?」
「……如月、殺したの。アンタだったんだ」
「だとしたら」
「確認したかっただけだ。どうもしねー」
「ふーん。恋人の敵も討たねーとは、ふがいないなぁ」
誰も知らなかったと思う。
上手く隠し通していたから。
俺も、自分が黄龍でなかったら。
奴を支配下に置く、主でなかったらわからなかったろうから。
「如月は恋人なんかじゃなかったぜ?」
「知ってる。でも、寝てただろう。奴の身体は甘そうだ」
「紅葉ほどじゃーねぇだろう」
「……如月を抱いた事ねぇから、比べられねーぜ。ま。紅葉より甘い身体なんてねーだろう
がよ」
「お惚気、ありがとうございます」
微笑む目は、実に腹の立つ色合いだ。
「んだよ!」
「別に?」
「……別にって面じゃねーだろうが!」
「先生には罪悪感って、あんの?って。思っただけだって」
「罪悪感ねぇ」
如月を殺した罪悪感なら微塵もない。
奴は紅葉に近付き過ぎた。
俺は、紅葉が俺以外の誰かに懐くのを許さない。
例えそれが、親しい友人の範疇を越えなくとも。
紅葉が、俺以外の存在で幸せになるなんて、冗談じゃないのだ。
あれを幸福にできるのは俺だけ……のはず。
泣き顔も可愛いし、怒った顔も悪くない。
ただ。