かなりの金額を吹っかけられたらしいが、旧校舎に潜れる俺達に金の制約はない。
纏まった金額を既に渡して、後はのんびりとローンを組んだようだ。
まぁ、雨紋は国外でも名の知れたアーティストになっているし、黒崎はサッカー選手の日本
代表で更には、サッカー王国ブラジル一番のチームにも名を連ねている。
旧校舎に潜らなくても、ローンは十分支払っていけそうだ。
「俺は合鍵貰ってるからさ。実際、暇してるし。管理人には打ってつけだからよ」
多忙な二人に請われて連泊する事も多い。
今まで紅葉に教えなかったのは、如月の思い出に浸らせたくなかっただけ家の話。
「知らなかったよ、龍麻」
「言ってなかったからな。お前入り浸りそうだったし」
「そんな事は!」
「うーん。俺もそう思う」
「村雨さんまで!」
落胆から羞恥に変化する紅葉の表情は、可愛らしい。
ここまで、紅葉の感情を引き出せる人間は、同考えても危険だ。
排除、決定。
俺は村雨を味方に巻き込みつつ、今夜は如月宅に泊まる事を紅葉に承諾させた。
如月の家で。
楽しい思い出たくさん詰まった場所で。
どうやって村雨を惨殺しようか考えるのは、とても楽しかった。
数日振りに訪れた俺には何の感慨もなかったが、如月が死んで以降初めてこの家に足を
踏み入れた二人は、揃って難しい顔をしている。
「そういやぁ。雨龍が差し入れに貰ったって言ってた、イイ日本酒があるぜ」
「……龍麻。まだ、飲む気かい?」
「だってまだまだ宵の口じゃんさ。なぁ、村雨。まだまだ飲み足りねーだろう?」
「あーな。故人を偲ぶにはやはり、酒が必要だろう」
「しかも、日本酒だろ。日本酒」
俺は動こうとする紅葉を制して、フットワークの軽い所を見せる。
「適当につまみも見繕ってくるから、寛いでな」
口調は違えど以前の家主と変わらない度量を示せば、二人とも神妙な顔をした。
ひららっと背中を向けつつ手を振って、俺は台所へ足を運ぶ。
本来なら人の耳には聞こえない囁きを聞く為に、一部、黄龍の力を解放しながら。
『……紅葉』
『何です?お茶でもいれますか』
『……ちょっとこいよ』
『来いって、村雨さっつ?』
微か紅葉の暴れる気配。
ああ、たぶん、村雨の膝の上に抱き抱えられたな。
俺がいないと思って、調子に乗り過ぎだ。
『龍麻、ありゃ、なんだ?』
『過ぎる、嫉妬だろう。君も良く、知っているじゃないか』
『それだけじゃねーだろう。あれは、如月と俺を心の底から嫌悪する目だ』
うーん。
さすがに賭博師を名乗るだけはある。
一応、親友と言うか、命の預けあいをした相手を、そこまであっさりと疑えるなんて。
『まさか、と思うが』
『村雨さん!』
その先は、言うなと咎めるように名を呼んだ、紅葉は。
俺が聞いているのを、知っているのだろう。
『如月を、殺したのは。龍麻か』
『……まさか』
『即答できないのが、お前さんの良心か。全くこんなに可愛いんじゃ、龍麻が妬くのも無理
ねーのかもしれねーわな』
『違う。何もかも違うんだ、村雨さん』
必死に首を振る紅葉の姿が目に浮ぶ。
可愛いばかりだから、俺以外にするなと止めている仕草なのに。
困った、奴。
結局、紅葉。
お前が、俺に、人殺しを。
友人殺しを、させるんだぜ?
黙りこくる二人に。
俺は何も知りませんよ!という面で、酒とつまみを準備して、茶の間に戻る。
「お待たせっと」
「何があったんだ?酒とつまみ」
俺が障子を開ける三歩手前で離れた二人は、先程の会話の片鱗も見せない。
「自分で確認しろよ?俺より詳しいだろう」
「……うるめいわしと越乃寒梅白ラベル……確かに。いいつまみに、いい酒だな。いわしの方
は紅葉もいけるだろう?」
「ええ。僕はもうお酒は味見程度でいいので」
「じゃあ、猪口一杯だけな」
紅葉には猪口。
俺と村雨には、グラスを用意してある。
ブラウンレッドの細工も繊細な切り子グラス。
骨董品なので、一客五万円するらしい。
まぁ綺麗な色味ではあるがな。
血の色みたいで。
「紅葉」
「はい」
グラスを出せば素直に酌をする。
けれど、無表情な瞳。
「じゃ、俺も」
「どうぞ」
村雨に酌をする時の穏やかな瞳とは大違いだ。
ったく、イラツキが酷くなって困るな。
何とも不穏な空気に包まれながら、それでも俺等は黙々と酒を酌み交わす。
紅葉は、俺の強制で可愛くオレンジジュースだったがな。
百%オレンジジュースを紅葉に飲ませると、時々酸っぱさに眉根を寄せるのが、すんげぇ
好みなんだ。
村雨に見せるのはどうかと思ったが、どうせ殺すんだし。
死者への餞だと割り切って、くれてやる。
案の定。
目敏く眉根を寄せる紅葉を盗み見て、口の端を上げていた。
なぁ。
俺の紅葉は可愛いだろう?