「アレで基本ベースがお母さんな、奴だったからな」
だからこそ、紅葉も付き合いやすかったんだろう。
ソレに奴は、今時信じられい忍者という境遇に居た。
忍者もまた、忍ぶ者。
暗殺者とは近しい存在だった。
「また、如月さんの作ったご飯、食べた……」
い、ですねぇの語尾は掠れた。
切れ長の瞳の端、つうっと綺麗な涙が伝う。
俺の指先が拾い上げるよりも先に、村雨の指が動いた。
爪の先で、さっと涙を拭ってやる。
「すみま、せん……」
「や、俺こそ悪りぃ。お前、如月に懐いてたから無理ない」
「翡翠さんの事、思い出すと……何で、あんな、殺され方…しなくちゃならなかったのか
なって……」
ちっつ。
また翡翠、って呼んでやがる。
死んで尚、紅葉を惑わせるなっつーの!
「死んだ方が良い人間、なんて。殺された方が良い人間なんて、幾らでもある、のに」
居る、といわず、有る、という所に紅葉の暗殺者としての冷たさが漂っていた。
人を呆気なく物扱いできる。
長く、そうしてきたからだと思う。
可哀想な奴だと、心の底から思う。
そんな風に、人をモノとして見るのに慣らされていながら、その特異の感情を罪悪だと、信じ
ているから。
「……こっちに来いよ、紅葉」
涙を零れさせる紅葉を、村雨は手招きで引き寄せた。
俺の縋る手を、紅葉は指先で払って、村雨の腕の中に納まった。
身長差も体重が差も、あまり無い俺ではできない芸当。
奴の身体は、多分にではないが、全体的に紅葉より大きくがっしりしている。
子供のように、髪の毛を撫ぜられて、紅葉は益々しゃくり上げた。
村雨は、切なそうに。
しかし、堪らなく嬉しそうに。
紅葉の身体をあやしながらも、離さなかった。
俺ではない男の腕の中で癒される紅葉が許せなくて。
紅葉が俺のモノだって重々承知しているのに、紅葉を甘やかせてやまない村雨が憎かった。
ああ、こいつも殺さなきゃあ、なんねぇなぁ。
不意に。
如月を殺そうと決めた時の、どす黒い感情が胸の奥底から湧き上がってきた。
村雨の腕の中で、奔放なほどに感情を晒していた紅葉が、涙に濡れた真っ赤な瞳で、俺を
振り返った。
外に出したつもりはなかったけれど、紅葉は俺の殺気に事の他、敏感なのだ。
特に、俺が如月を殺してしまったあの日から、それは紅葉の顕著なまでの癖となってしまっ
た。
「龍麻……駄目だよ?」
自分の身体を、まるで全ての悲しみから護るようにして抱き込んでいる村雨の抱擁を、優しく
解いて。
紅葉は俺を招き寄せる。
「……ああ、悪りぃ。先生だって、如月好きだったもんな」
一度懐に入れてしまえば、そのすれた外見から想像もつかない包容力を晒してみせる村雨
は、俺が紅葉同様如月の死を悲しんでいると思ったのだろう。
如月を殺した犯人を見つけて出して、殺してやると。
紅葉が前面に悲しみを打ち出してきたのに対して、俺は純粋な怒りで以って如月の死を
悼んでいるのだと。
……ぜーぇんぜん、違うんだけどな?
俺という殺人鬼から、標的となった村雨を護るように。
紅葉が俺の身体をきつく抱き締めてくる。
散々鳴いて熱の上がった身体での抱擁は堪らなく俺を興奮させる。
このままここで。
村雨の目の前で、泣き叫ぶほどに抱き侵したい衝動に駆られて、一部を実行する。
指先で、きっちりと首を覆い隠すように着ているタートルネックの襟を寛げて、凶暴に口付
けた。
口付ける、というよりは噛み付いた。
驚いた村雨が、俺を咎める動きを見せるよりも早く。
紅葉は掌と、瞳の表情とで村雨を止めた。
俺という宗教に殉ずる、殉教者の目をしていた。
殉教者は、神を信じるが故に、安寧と誠実を以って死に挑み。
紅葉は、俺を信じられないが故に、恐怖と嫌悪で以って死を拒む。
全く共通点がないように見えるが、唯一つ。
自分ではない存在の為に、己の死を諦観する姿勢だけが近いのだ。
ただひたすらに凪いだ、瞳。
村雨はそれを、紅葉が暗殺にまつわる今までの生活で身につけてきたものだと信じ込んで
いるのだろうが、紅葉がその瞳を持ちえるようになったのは間違いなく、俺のせい。
きっと信じたくない現実を突きつけたのだとしたら、村雨はどんな顔をするのだろうか。
不意に浮かんでしまった微笑は、酷く凶悪だったに違いない。
紅葉の抱擁が強くなり、村雨の視線がつい、と僅かに剣呑な色を孕んだ。
「村雨さん?僕は大丈夫」
「紅葉」
「ありがとう。もう、大丈夫だよ。お陰様で、少し気分が落ち着いた。すまなかったね?僕よりも
ずうっと、村雨さんの方が如月さんとは親しかったのに」
「……謝るこたぁ、ねぇよ。悲しいのも辛いのも一緒だろう」
紅葉と村雨は確かに等しく悲しいだろう。
辛くもあるはずだ。
けれど、俺は違う。
如月が死んで、殺せてせいせいした。
紅葉の心が動く存在が一人、減って。
もう一人、減れば。
俺の心は更に安寧へ浸れるだろう。
「……それじゃ、この後。如月の家にでも行くか?」
「龍麻っつ!」
「奴の家で奴を偲ぶ。何もおかしくはねーだろうが」
奴の死を悼んで、特に奴を慕っていた雨紋と黒崎が中心になって奴の家を保管している。
如月家とのやり取りもあったらしいが、彼等は当主が惨殺されたのを切っ掛けにして、違う
血筋を主筋とするように考えを改めたらしい。
譲り渡しはスムーズだったと聞いている。
今、如月の家は黒崎と雨紋の共同名義になっていた。
古式豊かな家屋に、その筋では有名な骨董屋。