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 まずは、俺が紅葉の為に椅子を引き、恐縮する紅葉を強引に座らせてその隣に腰を落ち着
ける。
 三人分の飲み物を準備した村雨が、紅葉の真向かいに座った。
 「…村雨さん……」
 咎める口調は、酒を嗜まない紅葉の前にことんと置かれたのはカクテル。
 「たまにゃあ、いいじゃねーかよ?」
 何時もだったら、御免です!の一言で冷たく拒否する紅葉も、村雨の心境を慮ってだろう、
肩を竦めてグラスを手にした。
 大型のカクテルグラスに注がれたのは、アースクエーク。
 テキーラベースのいちご風味。
 口当たりがいいので、女に人気のカクテルだが、酒に強くない紅葉にはちょうどいいのかもし
れない。
 だいたい紅葉、苺好きだしな。
 「愛の差かよ?」
 俺の目の前にはビールの中ジョッキ。
 「へ?だって先生、乾杯はそれだろうが」
 「まーそうだけどよ……」
 村雨が自分用にと用意したのは、ウォッカのオン・ザ・ロック。
 「俺だけ一人、大人数宴会仕様みてーじゃん」
 「……我侭は変わらねぇな、先生」
 「言ってみただけだろ!ほら、乾杯するぞ!乾杯」
 ちらりと横を見れば、紅葉は俺と村雨のやり取りに淡い微笑を浮かべていたので、まぁ、道化
になるぐらいは良しとしよう。
 「乾杯!」
 ガラスがぶつかり合う音がして、それぞれが、酒を口にする。
 紅葉は恐る恐る、俺はごっつごっつごと一気飲み、村雨は、くいっと多目の一口。
 「…龍麻……」
 「いいじゃんさービールの一気ぐらい」
 「それこそ、コンパのノリじゃないのかい?」
 「喉、渇いてたんだよ」
 「んじゃ、二杯目は一気に飲めない奴を作ってもらうよ」
 「そうして下さい」
 「何だかなー」
 単純に俺の健康を二人して心配してくれる。
 面映いが嬉しい、そんな風に思える感情は健在で、ちょっとだけ自分に安堵した。
 目配せ一つで、バーテンダーに次の一杯を作らせる。
 この辺りはまぁ。
 自分の店を幾つも持っているだけあって、実にスマートだ。
 「うぇ」
 「…龍麻」
 「だってさぁ。ナニが悲しくて俺が、村雨に、こんなカクテルを飲まされにゃあかんのさ」
 エックスワイジー。
 味は良いし、その名前もこれ以上はない酒ってー意味だが、基本的には締めのカクテルとして
名高いそれ。
俺だけとっとと帰れってことかよ?
 「君が飲み過ぎて悪酔いしない為の戒めだよ。ですよね?村雨さん」
 「ま、そういうこった」
 「飲んでやるー悪酔いしてやーるー」
 「そんなに拗ねなくてもいいだろう?自業自得だよ。ほら、早速良い物が来たから、これ食べ
  て」
 とろりと餡かけがかけられた、丸い豆腐。
 ほろほろと崩れた所を餡に絡めて食べると乙な一品。
 勿論、胃にも良い。
 「あーんして。あーん」
 「…龍麻……」
 「してやれよ、紅葉。じゃないと先生、ずっと口あけたまんまだぜ」
 呆れた口調で、一杯目を空けた村雨の言葉に、紅葉は目を伏せて後。
 れんげの上に乗せた豆腐をふーふーと冷ましてから、大きく開いた俺の口の中に入れて寄
越した。

 「うんまぁい」
 紅葉に、アーンをして貰ったから余計旨いが、ここで饗される料理は何をとっても元々が旨
い。
 「ほれ、紅葉も食ってみろって」
 れんげに掬い取って目の前に差し出す。
 「龍麻……」
 「それこそ、諦めろ、だ。紅葉」
 「村雨さん……」
 深々と溜息をついた紅葉は小さく口を開ける。
 「それじゃあ、入らない。ほら、アレだ。俺のナニを……」
 銜える大口で、なんて最後まで言わせてもらえるはずもなかった。
 「龍麻、下品」
 案の定瞬間で、冷たい目をした紅葉があっさりとれんげの中身を食べ尽くす。
 「あ、美味しい」
 それでも賞賛の言葉を乗せるのはさすがだ。
 以前は人と関わりあいたくないが為に、無愛想一辺倒だった紅葉だが、自分を大切にしてく
れる人間が増えるに連れて、感情を表に出すようになった。
 面倒見の良い、如月の影響を多分に受けたようで。
 意外な気配り屋さんになって久しい。
 「だろう?俺も好きなメニューなんだよ」
 「じゃあ、村雨さんにもあーん」
 「紅葉っつ!」
 「変な事を言う龍麻なんて、知らないよ、僕は。はい、村雨さん」
 「いいんかよ?」
 「僕の、手からじゃ嫌なのかい」
 「んな訳ねーよっつ!」
 ぱくっと、れんげの根元までを飲み込む大口。
 紅葉の指先に、ちょっと舌が触れる。
 ぴくりと反応した紅葉は、それでも許したようだ。
 心の中複雑な感情が荒れ狂っているのだろう。
 「どう?」
 「毎日でも食える味だよな」
 「ですよね。これ普通の店では売ってないですよね?どういうルートなんですか?」
 「必要なら、お前さんトコの分も取り寄せてやるぜ」
 「ありがたいですけど、取りに伺える時間があるかどうか。足の早い食材ですし」
 「だな……こんな時、如月が生きてりゃあな。奴ん家に届けておくのに」
 さらりと、その名前が出されて、目に見えて紅葉が怯えの色を見せる。
 「したらば、奴っこさん。お前が大好きだから、せっせと食わせたと思うぞ」
 「そう、ですね。二人とも一人暮らしでしたし。よく、食事に誘ってもらって、美味しかったです
  よ。何を食べても」




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