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 「美里さん?」
 「そ」
 美里と直接関わりは無いが、意外にも紅葉は仲の良い女が多い。
 お母さんの病院にいるってんで、舞子と紗夜。
 裏密には、人形グッズを貢いで、代わりにいい感じの情報を貰っている。
 亜理沙は、ああ見えても可愛いもの好き。
 妙にファンシー系に強い、紅葉とウインドウショッピングが楽しみらしい。
 どいつもこいつも、紅葉が俺のもんだって、よくわかってるし。
 紅葉に恋愛感情を持たないから、放置しているが。
 少しでも気に食わない状況になれば、潰す気はないじゃない。
 「以前に裏密さんが、教師の道を目指して勉強中だと言っていたって話を聞いた事があるか
  な?」
 「アレが教師かよ!」
 「龍麻……」
 紅葉の事情を知りながら、暗殺者風情がと煙たがる女が、人に、子供に、モノを教える立場
  に立つだと?
 「相変わらず、勘違いしてる偽善者ちゃんだな」
 たまには、紅葉を独占するためじゃなくって、世の為人の為に、殺っとくかぁ?
 「美里さんには、美里さんの考えがあるだろうに」
 「奴が一人で考えているのならいい。だがそれを他人に押し付けようとするなら別だ」
 馬鹿みたいに真っ直ぐな所が気に入っていた小蒔も、奴の影響で随分と俺好みの女じゃな
くなった。
 まー。
 元々、小蒔にゃあ、醍醐がいるし。
 婦人警察官を、目指すようになってから、持ち前の性分を取り戻しつつあるので、その件に
関してはまだ、よしとするが。
 「舞子と紗夜んとこでも、一説ぶちかましたって言ってたし」
 「ああ、それは聞いたよ。比良坂さん。珍しく不愉快そうな顔をしていたっけね」
 「不愉快にもなるだろうよ。っつーか奴は存在すら不愉快なんだよな」
 生きていない方がいい人間なんて、幾らでもいる。
 美里に癒されるような人間のクズは、そもそもどうしようもないし。
 「でも、あんなんばっかし長生きするんだぜ?ったく本当。殺したいくらいさ」
 「……殺すのは、僕だけで十分だよ。龍麻」
 「そーゆー意味じゃねーよ……悪かった。この話はナシの方向で」
 「……」
 「んな、顔するなって。な?村雨のトコでも飲みに行こうぜ」
 「今から?」
 時計を見れば十時を回っている。
 このまま飲めば、飲ませ上手の村雨の手にかかって、お泊りコースは決定だろう。
 「たまには、いいじゃん?明日仕事ねーんだろう」
 「ない、けど」
 仕事が無い前の夜は、紅葉を抱き犯して眠るのが常だったので、そんな風に訝しげな顔
をするのだろう。
 
                                       
 「他に問題でもあんのか?」
 「……村雨さん……如月さんと、仲良かったから」
 「ああ。一番良かったけかな。それが、何か?」
 「だって、僕、は…」
 「僕は?」
 「結果的に如月さんを、見殺しに、したから」
 全く、そうじゃねーだろうが。
 如月が、自分の生とお前の生では、お前が大切だっただけ。
 あいつは、自分で死を選んだのだ。
 「じゃ尚の事、贖罪しなきゃなぁ」
 「っつ!」
 「如月が、側に並び立つ者だったとしたのならば、お前は、慈しむべき者。愛されるモノ。
  如月の存在が埋まる事はないが、辛さは薄まるだろう。その為の癒し系」
 人殺しを癒しの対象にする、村雨もいい感じにぶっ飛んでいる。
 
 殺したくは、ねーけどな?
 どうだろう。

 如月がいなくなって、例えばその執着が御門や秋月にいけばいいのだが。
 難しいだろうな。
 紅葉を今以上に大切に扱うのならば、如月と同じ轍を踏む可能性は高い。
 何せ、紅葉大事の如月の親友だ。
 飄々と生きている風に見えるが、親しい人間には甘くも熱くもなる。
 
 「僕が癒し系なんて、おかしいよね……」
 「俺にとってもお前は癒しだよ、紅葉」
 それだけじゃあ、ねーけど。
 それだけなら、良かったのかも、しれないのだけれど。
 「……行こうか?」
 「ああ、行くぜ」
 何もかもを諦めた風な、そんな目をする紅葉の瞼に唇で触れて、俺はぽんぽんと肩を軽く
叩いて、重い足を促した。

 「いよぅ、久しぶり!」
 パターンと重厚なドアを開け放せば、カウンターには村雨がぼんやりと座っている。
 「……先生……紅葉っつ!」
 澱んでいた瞳に、精気が戻る。
 俺ではなく、紅葉の姿を目に留めたままで。
 「ご無沙汰してます、村雨さん」
 はんなりと、俺じゃなくても『ああ、守ってやらないとあかんですがよ!』と思わせる儚い微笑
を、紅葉は俺と出会う前からしていたように思う。
 「全くだ。ご無沙汰もいいとこだ。先生も、久しぶりだな」
 「そうだな。色々ばたついてたから。何にせよ、お前が捕まって良かったよ」
 「え?龍麻。連絡を入れてなかったのかい?」
 ここは、村雨が出資する店の中ではお気に入りの店。
 が、奴が経営する店は、ここだけじゃない。
 訪れる頻度は、仲間内の方が多いくらいなのだ。
 「この俺が、捕まえられない訳ないだろうが」
 「だな。サシモノ俺も、先生の天運には勝てないわ」
 女神に愛された男と呼ばれるほど、運の良い村雨。
 実は、何度か負けた事もある。
 村雨が知らない場所で。
 「…せっかくだから、テーブルにしようか?」
 「そうだな。ああ、適当に見繕ってくれるか」
 何人かいる雇いのバーテンダーでも無口で通っている人物は、こっくりと頷いた。
 他の店ならいざ知らず、ここは村雨の道楽でやっているので一芸に秀でてさえいれば、客
に碌な挨拶が出来なくても、重宝される。
 彼が作る料理も、酒も逸品だった。

 



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