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 俺に勝る部分すらある激しさで、紅葉を慈しんでいる
 『それに、龍麻!如月さんは、君を護る四神の一人じゃないか』
 そう、如月は黄龍の器たる俺を護る為に存在する四神・玄武の宿星を持つ。
 紅葉が絡みさえしなければ、俺に決して逆らわない。
 盲目的な従順を寄せる他の三神とは違い、時に対等な立場を要求し、更にそれを当たり前
だと思わせる器量の持ち主だ。
 幾度となく俺の盾となり、随分と身代わりに血を流した鉄壁の護りに感謝した覚えもある。
 数百年を生き長らえてきた一族の末裔としての誇りを持ち、この現代には現存しないはず
の忍者でもあった男。
 背負っているモノの重さから考えても、本人の出来た気質から考えても。
 死なせるよりは生かしてしかるべき……なのはわかっていたとしても。
 『俺は本来護られるべき生易しいものではない。それは唯一のストッパーたるお前とてよく
知っているだろう?』
 『知っているからこそ、言うんだ。僕以外に止められなかった時のためにも、如月さんや他
の三神がいるんじゃないですか』
 『紅葉に止められないなら、誰にも止められないよ、俺は』
 『でもっつ!』
 『ナニを言っても、無駄だ。紅葉。止めたいのならば、俺を殺せよ』
 必死に食い下がる紅葉を見るのは珍しい。
 何時もは笑って俺の、突拍子ない我儘を苦笑と共に受け入れてくれるのだ。
 『では……僕が。如月さんから離れます』
 『え?』
 『友人でなくなればいいんですよね?もうあの人には二度と会わない。声も聞かない。拳武
  館絡みの用件であっても他のものを行かせるようにします……それならば、殺す理由は
  なくなりますよね?僕は金輪際如月さんに欠片も依存しないっつ!』
 切り捨ててまでも、守りたいのか。
 そこまで、大切か。
 ……如月如きを!
 『今のお前の一言で、決めた。俺は如月を殺すよ』
 『……龍麻っつ!』
 『止めはお前がさせ』
 言い切った瞬間、俺の目に映った紅葉は驚愕の色を浮かべて、唇を震わせていた。
 震える唇は、どうしてだか、とても。
 淫らがましく見えた。

 『お前を殺す』
 と、言った時の如月の反応は意外にも予想していなかった。
 如月は、静かに笑ったのだ。
 そして。
 『馬鹿だね、龍麻』
 と、言い放った。
 『ああっつ!』
 何を言うんだと怒る俺の態度にも、如月は微笑を深くしただけだった。
 『今に、わかるよ。僕の言った言葉の意味が、今に、ね』
 その澄ました顔が気に食わなくて、まずは片目をえぐった。
 とんでもない痛みだろうに、如月は悲鳴一つ上げない。
 訳のわからない微笑を孕んだまま、勝ち誇ったように俺を見詰めるのだ。
 抵抗はされても、押さえ込めると思っていたけれど、こんな無抵抗は想像もしていなかった。
 俺はその後も無言で如月を、いたぶりながら追い詰めていった。
 体中の関節を外して、爪を引き抜き、髪の毛を燃やし、ナニを蹴りつぶした。
 けく、という悲鳴らしきものが聞こえた時には、もう既に虫の息で。
 俺は慌てて、紅葉を呼び出した。
 仕事中だったのか、もう終わった後だったのか、どの道。
 普段ならこんなにも早く駆けつける状態ではなかったにも関わらず、紅葉は如月の死の現
場に立ち会った。
 『ひ、すい…さっつ!』
 翡翠さん。
 と紅葉は如月を呼んだ。
 俺の知らない場所で、そんなにも仲良くなったのかと、益々頭に血が上る。
 『ほら、早く息の根を止めてやれよ』
 俺は如月の腹を思い切り蹴り上げた。
 関節を外されて、満足に身動きもできない如月は、口から幾つもの白い歯を零す。
 先刻俺がへし折った永久歯の数々だ。
 『翡、翠さん。ひすい、さん…』
 紅葉は血塗れの如月の身体を抱えて、何度も何度も首を振っている。
 その度に、何時見ても綺麗な涙の雫が飛び散った。
 『…、…。く…れ、は』
 如月は、ほとんど歯の抜け落ちたその口で、言葉にならない声を綴る。
 俺には、紅葉、としか聞き取れなかったが、紅葉は遺言を聞いたようだった。
 『はい。翡翠さん…翡翠、約束を守れる自信はありません。でも貴方との約束は、忘れま
  せんから』
 俺が眼球を引き抜いたせいで、まっ平らになっている瞼の上、唇を寄せた。
 またその光景に、頭の中火花が散るほどの怒りが腹の奥からこみ上げてきて。
 『!』
 叫びかけた言葉は、早く殺せ!だったのだが。
 言葉になる前に、紅葉は如月を殺した。
 暗殺者としてどこまで、紅葉の身体はその身一つで、相手を殺すようにできているのか。
 紅葉の右手が、やすやすと如月の皮膚を食い破って体内に入り込み。
 心臓を握り潰したのだ。
 一度背骨が折れるかと思う、バネ仕掛けの人形の唐突さで身体を折り曲げた如月は、血
の塊を吐き出して後。
 絶命した。
 腕を抜き取った紅葉は、血塗れのその手で開いたままだった如月の片目をそっと、閉じ
た。
 血生臭い光景のはずなのに、宗教画でも見ているような荘厳さに満ち合われていて、俺
は一人疎外感を味わったものだ。

 「ふー食った食った」
 「相変わらず、食べ応えがあるお店だよね」
 高校生の頃から常連だった。
 今でこそ、月に一度行くかどうかだが。
 一時期は京一達、魔神のメンツと毎日のように食べに来たものだ。
 俺や京一、醍醐はまぁさておいて。
 小蒔も運動部だったから、あれなんだけど。
 美里アイツは。、よく付き合ってたよなー。
 そんだけ俺の事が好きなんかよ!ってなもんで、鬱陶しいだけだったんだけどな。
 「そーいやぁーさ、紅葉」
 「ん?」
 「美里の消息って聞いた事あっか?」
 



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