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  指環


 
 
一頻り、抱き合うというよりは犯し尽くした行為の後。
 滅多やたらに俺にねだり事なんかしない、紅葉が言った。
 『指環を、買ってくれないかな?龍麻』
 俺は、目を見開いた後に笑顔で快諾した。
 何を買い与えても、あまり嬉しそうな顔をしない紅葉の関心を、金で得られるならば安いもの
だ。
 『んじゃ、今度買いに行こうか』
 こくんと頷いた紅葉に満足して。
 まだ熱の引かない身体を貪ることに没頭し始める。
 『……一つでいいんだ。龍麻。指環。一つだけで……』
 『うん?幾つでも、お前が望むだけ買ってやるけど?』
 懐具合を心配してなのかと思って応えた。
 旧校舎に一度でも潜れば、一カラットのダイヤモンドの指環を買ってやれるくらいの金は、楽
に稼げる。
 殺戮の末の金でなんて、買って欲しくないという所か?
 人殺しを生業にしている人間とは思えない潔癖さは、紅葉の美点の一つだが。
 金は、金。
 化け物を殺した金で、紅葉に貢ぐ事に、俺自身は全く抵抗が無いので、好きにさせてもらう。
 だいたい紅葉もその辺りは、承知しているだろうしな。
 『一つだけで、いいんだ……』
 『そっか?ま、欲しくなったら言えよ。お前が望むものなら、何でも買ってやるし?』
 『……ありがとう』
 言葉の割に、嬉しそうではない。
 一体何が気に食わないんだろうと、首を傾げつつ、身体の熱を上げるのに没頭する。
 快楽にはとても弱い、紅葉だったので。

 流行のショップになぞ目もくれず、紅葉が入った中国の宝飾品を扱う店でも、安価な部類に
入る指環をねだるので、せっかくだからと、翡翠でできた指環を一つ買ってやる。
 緑色は目にも鮮やかだし、若い男がするにはちょいとナニな代物かもしれないが、紅葉の白
い指にはよく似合う。
 「ありがとう、龍麻。大切に、するよ」
 実に久しぶりに見た紅葉の、穏やかな微笑み。
 自分で選んで買ってやった癖に、今更あれなのだが。
 そういえば、紅葉の指にすっかり馴染んでいる指環は、先日紅葉に殺させた男と同じ名前の
石だ。
 指環を撫ぜ擦る動きが、まるで如月を慰撫するようにも見えて、眉根を顰める。
 死んでしまえば、紅葉を縛る事は無いだろうと思ったが、そうでもないようだ。
 「龍麻?どうかしたのかい」
 表に出したつもりはなかったのだが、俺の双龍は簡単に感情を見抜く。
 「腹、減った」
 だからこんな時『何でもない』などとは決して言わず、けれども本当は教えないのを常にし
ている。
 「そうか……もう、お昼だね。何か食べて行こうか」
 「……ラーメン以外なら、何でもいいぜ」
 「では、ラーメン以外の中華で。飲茶でも食べようか」
 「旨そうだな。それにすっか」
 寄り添って歩き出す俺達二人に、目線が集まる。
 紅葉は、皆俺を見ているのだと言うが、そんな事もない。
 少なくとも半分。
 男の視線に至っては、ほとんどが紅葉を見ているといってもいい。
 俺の愛しいハニーは、本人気が付かぬ所で愛されているのだ。
 まだ、外見に騙されるだけならいいが、人殺しに勤しんでいるのを死って尚、紅葉に執着す
る輩は多くなかった。
 だからこそ、俺は紅葉に、如月を殺させたのだ。
 俺の紅葉に、近しい仲間連中が、必要以上の好意を擁かないように、と。
 見せしめの為に。


 俺は、紅葉が大好きで。
 やっとこさ見出した魂の半身とか、宿星に定められた双龍だとか、そんな風に言葉で無理に
表現しなくとも、ただ。
 大切で。
 イトオシくて。
 それはもう。
 彼が俺の側で、一生笑んでいるのならば、俺は何だってできると思っている。
 ただ、俺の独占欲ってーのは、自分でも予想しなかったほどにやっかいで。
 それまで、誰一人として執着できる人間がいなかっただけに、自分でも歯止めが利かない激し
さでもって、紅葉に注がれた、結果。
 俺は、紅葉が自分以外の人間に心を許すのを、認められなくなってしまった。
 紅葉だって、一人の人間で。
 俺のことをそれはもう、大切にしてくれて。
 どんな我儘でも聞いてくれるのだけれども。
 やっぱり、俺と二人きりで生きていくというのはあまりにも柵の多い世界にいた。
 拳武館だけで生活していたのならまだしも。
 宿星の集いとか何とか言って。
 東京を護るという旗印の元に集まった仲間達に、心を許すなという方が無理なのはよくわかっ
ていたのに。
 俺は、それすらも容認できなくなっていた。
 一度大切にしてしまったものを、いきなり手放せといわれても無理な話で。
 ましてや、口下手な紅葉が相手に自分の状況を伝えようとしても、逆に言いくるめてしまうくら
いには、頭の回転の早い奴等ばかりだったから。
 俺は言ったのだ。

 切り捨てられないのならば、殺せ。
 と。


 冗談で笑い飛ばすには、あんまりな内容だったので、紅葉は珍しく暗殺者として目を俺に向
けて『寝言は寝ている最中だけにして欲しいねっつ!』と言い放った。
 俺に逆らって、正気のまま生きていられるのは紅葉だけだ。
 まるで手負いの獣のように野生を帯びた瞳は、見惚れるほどに鮮やかでなかなかに乙なも
のだった。
 それが、如月のための怒りでなかったのならば、見惚れるままに、抱き締めてやったのだけ
れど。
 『寝言じゃねーよ?お前がこれ以上、如月に懐くのを見る気が失せた』
 『龍麻っつ!あの人は僕のかけがえの無い親友なんだよ?』
 知ってるさ、そんな事。
 お前より、とてもよく。
 だが、奴がお前に恋情を抱いているのは知るまい?
 ただ奴は、お前にとって一番都合の良いように、親友を演じているだけだ。
 万が一にも俺が紅葉を置いて逝くようなことがあった日には、奴は間違いなく、今の俺の位
置を難なく得るだろう。
 聡い奴だし。




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