「では、私もシャワーを浴びてきましょう。出来る所までで構いませんので、食事の支度を
お願いしてもいいですか」
「わかった」
頷いた京一に、もう一度。
今度は軽い口付けを唇に贈った紅葉は、スタスタと風呂場へ消える。
京一は、キッチンへと向かった。
俺のことなど、全く視界に入らないようだった。
二人が戻ってくるまで、何を考えるでもなくぼんやりと過ごしてしまう。
考えなければいけないことなど山のようにあったというのに、全く頭が回らない。
困ったものだ。
「……ぼけーっと、座ってるだけなら、もっと目の届かない所に行けよ。目障りだ」
先に戻ってきたのは京一だった。
彼に料理をするスキルはない。
紅葉の言う出来る所までというのは、精々グラスや箸の準備をしておく、ぐらいのものな
のだろう。
紅葉が京一を監禁していた時も、そういったスキルを延ばそうとした気配はなかった。
ただただ。
抱き合っていた、だけらしいし。
「なぁ。京一」
「気持悪りぃなぁ。京一とか呼ぶなよ」
「じゃあ、蓬莱寺君?」
「尚、きっしょ悪りぃ」
「……これから、どうするんだよ」
「お前には関係ない」
テーブルを挟んで反対側のソファに、どかっと腰を下ろした京一は、俺とは目を合わせずに
天井を見ながら、投げつけるような返事を寄越す。
「紅葉に、飼って貰うのか?」
こんな言い方をすれば、以前なら、何冗談言ってるんだよ! 寝言は寝て言えって!
と高笑いしながらの突っ込みが入ったものだが。
「ああ、そうだ」
京一は、あっさりと頷いた。
眦が下がり、口元には笑みすら浮かべていた。
「ペットのように?」
「おうよ! 紅葉は良い飼い主だからな。従順に忠実な犬として侍るんだ」
身体を起こし、真っ向から睨みつけられて、実に堂々と言い切られる。
絶句するしかなかった。
「それで、いいのかよ?」
「それしか、考え付かねーぐらいには、満足だ」
「お前……」
「てめぇには、一生わからないだろうし。もう、わかって貰おうとも思わない。思えない。紅葉は
二度とお前を。以前のようには受け入れないだろう。勿論、俺もな……親友だった、てめぇに。
俺の最後の情をくれてやる。さっさと消えろ」
「京一……」
このまま、ここで。
帰ると言う、選択もあるのだ。
でも、そうしたら京一と紅葉を永遠に失う。
側に居れば、もしかしたら付け込める瞬間があるかもしれないと思えば、やはり引けなかった。
この二人を失って、そこに誰かが入ることはないとわかっているから、余計に。
「お待たせ、京一。ご飯できたよ」
紅葉が顔を覗かせれば、京一は大きく頷いてすっ飛んでゆく。
京一に腰を抱かれた紅葉は、俺を完璧にないものとして見ているらしい。
視線が、止まることはなかった。
彼等と離れる訳には行かないので、恐る恐る後を追う。
ダイニングルームのテーブルの上には、短時間で作ったとは思えない家庭料理が並んでいる。
京一の好物も何点か見れた。
「すっげー。美味そう! 紅葉の手料理って、そういえばすっごく久しぶりだよな!」
「そうだね。僕も、誰かの為に作るのは久しぶりだから……もし、口に合わなかったらごめん」
「何言ってんだよ。料理の腕がそう簡単に落ちる訳ねぇじゃん。ぬお! 何これ? 紅葉。これ、
何て料理?」
「ほうれん草とカッテージチーズの和風サラダだけど、もしかして、そんなにまずかったのか
い」
「ちげ! 逆だってば」
京一は、大慌てで否定している。
紅葉が、悪戯っ子のようにくすりと笑って。
京一も、安心した風情でへへへと笑う。
仲の良い友人というよりは、やはり。
恋人同士のやり取りに、胃がぎりりと痛んだ。
「美味しかったんだよ。凄く。チーズがまさか、ごま油と醤油に合うとは、普通思わねーじゃん」
「おや、グルメ」
「紅葉!」
「ごめん、ごめん。でも、気にってくれたなら良かった。ほうれん草を茹でて合えるだけの簡単
レシピなんだ」
「へー。それっくらいなら、俺でもできるかな」
「君は、センスが良いから。やる気になればきっと、料理も上達するよ」
以前の、京一だったら考えられないが、今の彼ならば紅葉の為。
熱心に料理を覚えるだろう。
「そんなに、褒められても、わかんねーぞ? ってーか、こんなかで紅葉の好きな料理は?」
「えーとね。この中だと、これかな。ぴり辛厚揚げ」
「厚揚げ……レンジでチンじゃねーよな?」
「オーブントースターでチンが、正確。ここのオーブンレンジは、トースター、レンジ、オーブン
機能が全部ついてるからね。簡単料理がたくさんできるんだ。レンジがなかったら、この厚
揚げも魚焼き網で焼かないとだし」
「へー」
「で。厚揚げに、大根おろしと醤油と七味。好みでポンズや一味って手もあるよ。はい、あーん」
突然、大根おろしがたっぷり乗った厚揚げを、口の前に突きつけられた京一は、きょとんと
した後で、満面の笑みを浮かべて大口を開けたのだが。
「ん! 美味しいよね。この辛味が」
方向転換した箸は、紅葉の口へと入った。
「紅葉っつ!」
「はいはい、怒らない。今度は本当に。あーん」
「……んあ」
二度目の厚切り大根おろし山乗せは、今度こそ、京一の口に収まった。
「うお! これ、大根おろしまで、辛いじゃん! うわ。効くー!」
「驚いた? 辛味大根っていってね。凄く辛い大根なんだ。でも、京一はこういう辛さは強
かったよね」
「ああ。激辛ラーメンで鍛えたからな」
「今度はラーメンにしようか?」
「お前を食べた夜食は、それがいいかもな」