前のページへメニューに戻る




 「善処しましょう」
 終始笑いあうような食事風景は穏やかに、和やかに続いた。
 少し離れた場所に正座をして動かない、俺をひっくるめて見れば異様な光景だったろうけれ
ども。
 
 まったりと食後の緑茶を飲んでいた京一が、すっくと立ち上がって。
 「紅葉ぁーもぉ、我慢できねぇよ!」
 すさささっと背後に回って、椅子に座る紅葉を背中から抱き締めた。
 「食欲が満たされたから、今度は性欲です?」
 「ちげぇよ! 独占欲!」
 そう言って、冷ややかに俺を睨み付ける。
 「まぁ、ペットがご主人様の愛情を独占したがるのが、普通ですよね……了解たよ。じゃあ、
  ここの片づけをして、蒲団を敷いてくれたらOK。僕はここでもう少し、食休みをしてる」
 「ああ。食休みしておかねーと。食後の運動は厳しいもんな」
 すっと、拳を握り締める紅葉。
 ついと、頭を差し出す京一。
 またしても、眼差しだけで笑いあった京一は、食器の類を持ってキッチンへ、紅葉は新たな
お湯を急須に注ぎ始める。
 
 以前は、当たり前のように 何度言っても自分のより先に俺の分も一緒に淹れてくれて。
 穏やかな笑顔と共に、
 どうぞ、龍麻。
 と、目の前に置いてくれたのだけれど。
 今は、勿論。
 俺の分のお茶などなかった。
 「……君。これから僕は蓬莱寺君と寝るけど。邪魔しないでくれるね」
 「紅葉……」
 「気にしないと口にした言葉を撤回するのは癪だけど。やはり誰の目線でもしつこい以上癇に
  障る。いい加減目障りなんだ。それとも、僕と彼のSEXが見たいのかい? だとしたら、
  変態だね。僕には衆人環視の嗜好はないから、勘弁して欲しいんだけど」
 「俺、は……」
 「あのね。龍麻。はっきり言ってもわからないんだと思うけど。もう一度だけ、言うよ。僕はね。
  もぉ、君への情は尽きた。君がね。何をしても僕の心が動くことは金輪際ないんだ」
 すっと背筋を伸ばして、湯飲みを手にした紅葉の眼差しは、見事に凪いでいた。
 初めて見るだろう俺の打ちひしがれた様子にも、全く心が動かされていないのが良くわかる
透き通った瞳だ。
 「いい加減。理解してくれ」
 「俺、から。離れて。生きて、いけるのかよ?」
 「脅しかい? 君らしいけどね」
 肩を竦める仕草は良く見ている。
 紅葉が、どうでも良いと思った相手にだけよくする所作だ。
 例えば尊敬する紫暮や、一応教師として敬意を払っている犬神に対しては決してしないもの。
 自分には、一度も向けられなかった、それ。
 一緒に居れば居るだけ、紅葉が自分を必要としないのだと、思い知らされる羽目になる。
 その度に傷つくほど、俺は紅葉を今だ一番愛しく思っているというのに。
 「生きて、いけるよ。宿星に従って生きて逝くのだとしたら、何時か。僕は君を庇って死ぬだろう。
  だが、その日まで僕は。君の姿が見えない場所で生きてゆく」
 「そんなのっつ! 絶対に無理だっつ」
 紅葉の飼い主である鳴滝は、俺に甘い。
 自分の側から、紅葉を遠ざけないでくれと願えば百%叶う。
 そして、紅葉は鳴滝の命令に絶対服従を誓って久しい。
 「……できるよ。君の側に居ても、君を視界に入れない。君を認識しないだけ……馬鹿な君
  には、その方がいいのかい? 常に僕から嫌われているとわかって」
 「くれは……」
 「ああ、凄い。僕。本当に君が駄目になったみたいだ。そういう、縋る風な情けない声出される
  と、腹立たしいだけだ。ははは。君と一緒にいると、僕は。どれほど君は自分に取って不
  必要な存在か促され続けるよ!」
 いっそ。
 爽快なくらいの笑顔だった。
 紅葉が見せる表情の中では稀有なもの。
 でも、こんな状況では見たくなかった憎憎しさが滲み出る醜悪さを。
 「……君を、必要としている方々は多い。君を捨てた僕のことなど早く忘れて……優しい彼
  彼女等と一緒にいると良いよ……君もそう思うだろう、京一」
 振り返れば、入り口の所で佇む京一の姿があった。
 気配を消されていたのだと気が付いて、愕然とする。
 真っ向勝負が信条の京一に、気配を絶つスキルはあっても、消すスキルはなかった。
 一度狂気の淵に沈んだ時に、色々と考えた結果。
 身に付けた技なのだろう。
 紅葉に、飼われる為。
 必要なスキルだと、判断したのはわかるけれど。
 それが、また。
 自分に向けられる屈辱は、想像を絶した。

 「俺は別に。緋勇が俺等の側に居てもいいぜ」
 「そうなのかい?」
 「だって、そうすっと紅葉。俺の事、京一って呼んでくるじゃん」
 「……そういえば、そうだね」
 「蓬莱寺さん、とか。蓬莱寺君、とか。紅葉の独特の声で呼ばれるのは、それはそれで嬉し
  いんだけど。やっぱ、下の名前の呼び捨てとか、最高!」
 「ああ、そういう考え方もありか……」
 「っつーか、それしかねぇけど」
 け! と侮蔑を声に出した京一の瞳は憎憎しげに好戦的だ。
 どんな敵を前にしてもこんな顔はしないだろうに。
 「何にせよ。こんな奴どーでもいいって。気にするなよ!」
 「でも……」
 「俺、頑張って紅葉に周りのコトなんか気にならないくらい、よくするからさぁ」
 「大きく出たね。最近はめっきりはやくイくのに?」
 「いいじゃん! ってーか。その方が紅葉好みなんだろ。ずっと同じリズムで延々と突き上げ
  られるのより、短くても緩急のある攻めの方が良い声出すし」
 俺がやってきたのとは、真逆の交接。
 言われてみれば、我に返った時。
 既に紅葉は俺に良い顔を見せてはくれなくなっていた。
 あれは俺の態度に飽いたのが一番の理由だろうが、もしかしたらSEXそのものの相性も
良くなかったのかもしれない。
 俺だけが、最高だと思っていただけだったのなら、それは。
 一体どれ程紅葉を傷つけたのだろう。
 今更ながらに、自分の罪深さに血の気が引く。
 「そうかい」
 「そうだって! さぁ。布団部屋に行こう」
 「布団部屋……せめて寝室とか言わないかな」
 「言い方は何でもいいじゃんて。やる事は一つなんだからよ」
 「まぁ、そうなんだけどね」
 ふぅと溜息をついた紅葉は、それでも何処かが楽しそうだった。
 長く見ていない紅葉の姿に俺は見惚れるだけだ。
 「さ。いこいこ!」
 「ちょ!」
 京一は、ひょいっと紅葉の身体を抱き上げた。
 俗に言う姫抱っこだ。
 新婚さんがよくやるというそれに、紅葉の頬が赤く染まる。
 「……蓬莱寺さん」
 「ん?」
 「居た堪れないんですけど」
 「緋勇が居るから?」
 「居なくても、です!」
 「まぁ、短い距離だから我慢してくれよ。忠犬へのご褒美だと思って、さ」
 なぁ、と紅葉の眦にキスを落とす様を見ていると、京一がどれだけ紅葉を好いているのかが
わかった。
 触れるだけの優しいキスは、きっと紅葉の好みにも合うだろう。
 すっかり二人の世界を築き上げた二人は、寝室へと足を運ぶ。
 のろのろと後ろについて行った俺の目の前で、ぴしゃりと襖が閉められる。
 開ける勇気が起きないまま、そこに背中を預けて目を閉じた。

 『もぅ! そんなにがっつかなくてもいいだろうに』
 『散々我慢したんだぜ。仕方ねぇだろ?』
 『だからって、ちょ! う、んっつ』
 『すぐ、イかせてやるって……全部ちゃんとに飲むからさ。何時もみたくイイ声出してくれよ』
 『でも、気配が鬱陶しい、よ』
 『だから、ほら……集中しろって』
 『あ、ふっつ!』

 衣擦れの音。
 舌を絡め合う音。
 京一が紅葉のあれを銜えて、懸命に奉仕する水の音。
 京一の荒い鼻息と、紅葉の甘ったるい嬌声。

 襖越しに聞こえる世界は近くて遠い。

 「悪い夢を、見てるみたいだ……早く、覚めればいい……」

 俺は目を伏せて、耳を澄ませた。
 しかし、二人の声はどんどん儚いものになってゆく。

 「どうしたら、この。悪夢から、目覚めるんだろうな?」

 俺の独り言に答えをくれる、相手は誰一人としていない。
 零れ落ちる涙を拭いてくれる、優しい手もない。
 そう。
 俺は、もう。
 何もかもを失ってしまったのだ。




                                                      END




 *あるぇえ?
  正座して二人のいちゃこらをがん見する龍麻を書くつもりだったんですが、
  龍麻さんのダメージが思いの外酷かったようです。
  この後も、京一と紅葉はらぶらぶで、龍麻さんだけが二人に焦がれるといいなぁ。

                              2010/09/27



                                         前のページへメニューに戻る
                                             
                                             ホームに戻る