特に新しい年を迎える目出度い日には、人は本能で忌むべき方向を避けるようにできているの
かもしれない。
見事なまでに人の姿は無論、気配すらなかった。
本堂の五分の一にも満たないだろう小さなお堂の扉に手をかける。
「ちょっと、龍麻!」
「平気だって。本堂に納めるはずだった供物の一部をここのお堂に置いていたはずだから、
掃除は完璧。埃なんかたまってないって」
「そうではなくて、神域だろう?関係者以外立ち入り禁止じゃないのかい?勝手に入っていい
ものではないだろうに」
俺に向かって咎める眼差しを投げながら、それでもお堂の中へと目線が漂っているのは、中
がどんな構造になっているのか気になるからだろう。
紅葉はもともとこういった社寺仏閣が嫌いな方ではない。
人と一緒にいるよりも、一人で訪れると落ち着くのだと、以前に言っていたくらいだ。
「大丈夫だって。罰は全部俺が受けるし。日頃信心深い俺が入ってるんだから、神様だって眼
をつぶってくれるさ」
「……どの口が言うんだろうね」
「この口さー。それにほら、黄龍の器である俺様が鬼門を封じるなんて、結構な配置はないん
だぜ?」
「……あ……」
それはなまじ冗談でもなかった。
俺がここへ入れば完全に鬼門を封じる事ができる。
何をするわけでもなく、無意識の内に。
俺という存在そのものが結界となり、邪なるモノどもを弾くのだ。
これこそが、力を欲しがる愚かな輩が欲してやまない、神にも近い力の証。
……おぞましい、力。
「龍麻?どうかしたのかい」
あまりにも真摯な顔でもしていたのか。
紅葉の掌が心配そうに、俺の頬にそっと触れた。
「何でも、ないさ。自分の言葉に少しだけ、嵌っただけさ。紅葉が気にすることじゃあない」
そう、紅葉が気にすることじゃない。
本当はこんなに、拘る必要もない。
己の力を悔いるような弱音を今更吐いても仕方ないのは、誰よりもよく知っている。
「気にするなって……顔色が青を通り越して白いよ……寒いというわけじゃあないんだろうに」
すっと肩袖を落として俺の背中に羽織をかける、紅葉の手こそが冷ややかだった。
「寒い、のかもしれない。木造のお堂の中では明かりはあっても暖は難しいもんな」
「蝋燭でもつけた方がいいかもしれないね。何もないよりはいいんじゃないかな」
俺の腕が拘束しているので、身動きが取れない紅葉が手を伸ばして、祭壇の上にあるマッチ
に触れる寸前で。
俺はその指を引き戻した。
「明かりは…必要ないさ」
お堂の正面の扉と、小さな明り取り用で格子の嵌った二つの窓から入り込んでくる、月光の
鈍い銀色と、ぼんぼりのような提灯の丸くて淡いオレンジ色の灯。
「お互いの、細かい表情がよめない位がちょうど良い……」
背中から縋るようにして抱き締めていた体の、顎を拾って口付ける。
無理な体勢にこく、と咽を鳴らした紅葉の身体が、ずるっと俺の腕の中に滑り込んでくるのを
、そのまま腰を横抱きにして覆い被さった。
「……まさか…と、思うけど…?」
「こんな所でやる機会なんて、早々ないと思うぜ」
普段はこのお堂。
鬼門を封じる意味もあって敢えて堅く施錠され、閂までもかけられている。
年が変わる今日だけ開かれて、ご本尊が晒されるのだ。
鬼が一番おとなしくなると言われている、夜明けまでの僅かな間だけ。
日がな邪なる者から守っている、褒美とでもいうように。
「それとも何か?見られてると、きつい、とでも言うつもりかよ?」
抱き合う俺たちを見つめるのは、ただ一体の仏像のみ。
「どうせだったら、見せ付けてやろうぜ?きっとご本尊様も退屈しきっているだろうからさあ」
「あいかわらず、くだらないことをいう」
顎を上げて見下すような風情は、マゾではないけれど、ぞくぞくする。
時折見せる氷の面。
そんな紅葉もひっくるめて大好きだ。
「くだらないことだって?」
着物の裾を割りながら太ももに掌を這わせる。
産毛を逆立てるようにして、まださしたる反応を見せない紅葉の肉塊に、下から指を絡ませた。
「これが。ぐだらないことだとでも?」
指から逃れるようにして、肩を竦めた紅葉の指が、俺の着ている着物に見事なくらいの綾をつ
くってゆく。
「抱き合う事も、くだらないと?んな馬鹿げたことでも言うつもりなのかよ、紅葉」
「…誰もそんな風に言うつもりはないよ。ただ……」
動きを止めない俺の指に跳ねる域で感じてみせながら、紅葉の唇が俺の唇を掠める。
「人に見せる趣味はないよ……と。そう、言いたかっただけさ」
俺の誘いに応える気になったもみじは、いつでも驚くほど大胆だ。
どんなに慣らしても初々しくて、散々ぱら弄った後でようやっと音を上げるのが常だけれども。
今夜は最初っから飛ばしてくれるのが、また。
俺の熱を煽りまくって、元々そう持ち合わせてはいない理性って奴をどこかへ追いやってくれ
た。
「人に見せる気はないって?」
心地良い筋肉の弾力を楽しみつつ、きつく太ももの内側に爪を立てる。
「…の、割に。今日は盛り上がるの、早くねぇ?」
「そう?息が上がっているのは、何も僕だけじゃないと思うけれど?」
俺に立てられた爪の跡をなぞるようにして滑らせた己の指を、紅葉はそのまま俺の裾を割る
のに使った。
紅葉の盛り上がりより更に自己主張をする俺の肉塊は、まだひんやりとした独特の冷たさを
保ったままの紅葉の指に触れられて、腹につく勢いで勃起してゆく。
「ここまで、すごくなるのは……もう少し触ってからだったと、記憶しているよ」
艶やかに喘ぎながら、ゆるく目を細めた紅葉の身体が擦り寄って来るように近付いた上で、
俺の肉塊を両掌で包む。
「…今にも、いきそうだね」
「そりゃ紅葉の手が俺のを触ってくれてるんだ。元気にならなきゃ失礼ってもんさ……よっと」
紅葉の上に覆い被さるようにしていた体勢を、お互いのナニが愛撫しやすいようにと横抱き
に変える。
肩で身体を支えられる分手が空くので、この体勢の方があれこれとしてやりやすい。
紅葉の長いまつげもばっちり堪能できるので、そういった意味でもなかなかのポジションだ
といえる。
正面切手の喘ぎ顔ってのは、うっとりするほど乙だが、真横から見つめる掴みきれない表
情ってのも捨てがたいもんだ。
「すっげー!紅葉。こんなに濡れてる……手の甲、滑ってくぜ?見えっか?」
滲み出した雫を手の甲に掬って、紅葉の目の前に翳すと、つっと半透明な雫が手の甲を
滑って、手首で止まった。
顔を背けようとするので顎を使って上向かせて、再度唇だけで卑猥な言葉を囁く。