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 「……あいつは強いよ。捨てるべきものと守らねばならないものを良く、知っている」
 「秋月さん……か」
 いつ目覚めるともわからない眠りについた兄の代わりに、未来を詠み定める能力を持った少女は勿論。
 「後は芙蓉の式神としての誇りもさ。紅葉だって鳴滝を目の前で殺されたら、己の不甲斐無さを呪うだろ
  う?それと同じだ。例え芙蓉が人になったとして、や…だからこそ御門は芙蓉を駒として扱うのさ」
 いつでも御門の為に死んで逝けるのだという、芙蓉の人に近い誇りを汚さないように、と。
 「あいつくらいに背負うものが大きいと、割り切りも…大切なのさね」
 「…そういった意味では、御門さんは。僕の対極に立つ人だね」
 それは紅葉に割り切りが出来ないという意味ではなく。
 「まあ、な」
 芙蓉にとっての御門が、紅葉にとっての鳴滝であると。
 そういうことで。
 「御門さんは真神の人達のように同情めいた目を、決してしないから。僕には比較的……付き合いやす
  い人だけど」
 真神の奴等の同情に嫌悪を抱くことはない紅葉だったが、あまりにも違う感情の感覚という奴に、疲れ
るケースは多かった。
 「芙蓉さんが来て母を見舞ってくれるのは、彼女の意思だろうけど。それを許しているのは、御門さんな
  わけだしね」
 人の世情に疎いはずの芙蓉が、見舞いに適した時間や紅葉の母親が喜ぶ品を持参するのもたぶん、
意識するでもなく御門が裏から手を回しているのだろう。
 芙蓉が人に近付くにつれて冷ややかに接するのとはちょうど反対に、御門は紅葉を甘やかしているよう
に思えてしょうがないのは、俺の気のせいか?

 優しくしてはやれない芙蓉への免罪符の代わりに、芙蓉に良く似た環境にある紅葉を、決して手は触れ
ずに慈しんでいるのには間違いない。
 ……何故なら。
 「わかりにくいかもしれないけれど、御門さんの好意は僕に…優しい気がする」
 自分が安らぐことに罪悪感を覚える紅葉に、こんな言葉を吐かせるくらいなのだから。
 俺には十分危険な奴だ。
 敵に回せば怖い奴だが、紅葉だけは……どうしたってやれねーやな。
 「優しいって?俺より……?」
 せっかく止めたボタンを下から外して掌を指し知れると、身体の底で眠りかけた甘い感覚が蘇るらしく、
声を噛み締めた唇が僅かに震えた。
 「なあ、紅葉?」
 「……こういうのは、優しい、とは言わないんだよ」
 「そうか。俺はそりゃー嬉しいけどな。紅葉にだって嬉しいことをしてるつもりだけど……意外だなぁ」
 喉を鳴らして笑って右の掌で胸へあやすような愛撫を施しながら、耳朶を噛んで腰を抱き寄せる。
 紅葉を抱き締めると、条件反射で勃起してしまう肉塊をぐいっと押し付けた。
 「……龍麻…明日は、仕事があるんだ」
 「いいじゃん。腰痛いって鳴滝に言って、仕事を取りやめて貰えばいいだけだろ」
 母親の入院費は現在、御門経由で秋月さんの手が入っているので、格安になっているはず。
 どんなに多く見積もってもそれは紅葉の仕事一件で、一ヶ月は簡単な手術込みで入院できる費用に落
ち着いていた。
 「個人的な理由で仕事をキャンセルするわけにはいかないよ。一度引き受けた仕事なんだからね」
 だから紅葉が卒業した今、そんなにも頻繁に仕事をうけなければならない理由はないのだ。
 ……本当に、どこにも。

 「僕の性格は知っているだろう?自分の体調を優先してまで、一度した約束を破ろうとは思わない」
 ただ随分と昔に自分の生きる道を指し示してくれて、ついこの間まで母親を助けられる術を教えてくれた
鳴滝への恩義に報いる。
 それだけの為に、紅葉はこんなにも頻繁に仕事を引き受けるのだろう。
 「知ってるぜ?そりゃもう、紅葉よりもよく。その依怙地さ加減にどれだけ泣かされたことか」
 どんなに責め苛んでも紅葉は依頼を貰いに学校へ行こうとしたし、あらかじめ受けてあった仕事を遂行
しようとした。
 「それなら……」
 「やめろって?できるわけないさ。こうなったら、自分ではどうにもできないって…紅葉だってわかるだろ
  うが」
 手の中におとなしく収まっている紅葉がいるだけで、準備万端といった状態のそれを感じている紅葉は、
困った風に笑う。
 俺はこの困った笑顔が大好きだ。
 そうして困った後に、一度だって俺の言う事を聞いてくれなかったことがないのをよく、知っているから。
 「……こんな状況を許してしまう自分が信じられないよ」
 「いいじゃん。俺にだけ無防備な紅葉なんてそれこそたまらないぜ?」
 好きとか、愛してるとか。
 そんな甘やかなものじゃあなくて。
 ただ紅葉の全てを食らい尽くしたいという征服欲だけが、何より俺を突き動かす。
 「だから……紅葉?」
 飼主にだけ従順な、獣。
 誇り高い紅葉は、己の手を滴るほどの朱で染めても、決して主には背かない。
 少し前までの主は、確かに鳴滝だったけど。
 今は……。
 「わかったよ、龍麻」
 
 すっかりはだけてしまったパジャマの中で掌を躍らせる俺を止めるでもない、紅葉の唇が俺
の顎に届く。
 「手加減はしてくれよ……?」
 パジャマの上着を脱ぎ捨てた紅葉は俺に背を向けたまま、ベットにふわりとかかった羽布団
の中に潜り込む。
 もぞもぞと人の山が動いて、蒲団とベッドの隙間からパジャマのズボンと下着が滑り落ちてき
た。
 「明日は七時には家を出るから」
 「七時…な……ま、二時間はいけるだろ」
 バスタオルしか巻いていなかった俺は、紅葉のパジャマの上にバスタオルを落とすと、ベッド
に膝を乗せても紅葉のうなじに口付けた。
 しなやかにしなった背中から前に腕を回して、綺麗に筋肉のついた身体を抱えると、羽布団を
跳ね上げて中に入り込む。
 蒲団の中は石鹸の香りと紅葉の微かな体臭が密集していて、なかなかに良い香りだ。
 蒲団を被った暗闇の中で手探って、紅葉の唇にキスをする。
 顔が見えないと羞恥が薄れるのか積極的に応えてくれる紅葉の顔の輪郭をなぞりながら、角
度を変えて深く貪りだせば、鼻から甘い吐息が抜けて行く。
 荒い息遣いとお互いをなぞる指だけが全ての世界の中で、俺は飽きる事無く紅葉の身体を翻
弄しながら耽溺した。

 「こんばんわー。遅くにすみません」
 ノックをした後に続いた紅葉よりも少しだけ高く、落ち着きを払った品の良い声の『どうぞ』が聞
こえたのを確認してからドアのノブを回す。
 淡い淡い緑で統一された部屋の中で、紅葉のお母さんは目の細かい若葉色のカーディガンを
羽織った姿で迎え入れてくれた。
 「いらっしゃい。着物を着てみたいって、龍麻君が言ったって聞いてね。色々と準備してみた
  の」
 日頃から高校生の息子がいるとは思えないほど若々しい人ではあったが、あくまでも病人だ
ったので儚い感じが勝っていたのだが、今日はどうにも違う印象を受ける。




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