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 『何だって?』
 俺にとって紅葉が大切だという証拠に、他の宿星仲間で関係のある奴らの中
では一番後に関係を結んだ、というのがある。
 なかなか、手が出せなかったのだ。
 双龍という関係も、類のない特別なものだったし。SEXを持ち込んで、他の奴らと同じ場所に置くのも好
ましくなかった。
 結局、紅葉を独占したいと思って手を出してみたんだが……。
 『え?だって初めてぽかったぜ』
 『挿入だけがSEXじゃない。僕が紅葉と初めて繋がったのは、君達の関係が始まった後の話だし』
 『何だ、そりゃ』
 抱き合って、入れない、なんて。
 俺には考えられない。
 『君に告白された当初は、紅葉。僕達の関係を終わりにするつもりだったんだよ。君に、不誠実だからっ
  てさ?』
 きっとナニを触る程度の、度を越したスキンシップに、愛は、なかったのだろう。
 紅葉だって人間なのだ。
 性欲ぐらいある。
 如月が上手く言いくるめての関係だったのは、聞かなくともわかる。
 『って。コトは』
 『そう。君が紅葉以外の人間を抱かなければ、紅葉は僕に抱かれたりなんかしなかったはずだ。自業自
  得だね』
 『お前が、言うのかっつ!』
 それでも、如月が拒否すれば、紅葉は誰にも抱かれなかっただろう。
 もともと淡白な性質だし、簡単に懐けるタイプでもない。
 『言うよ?紅葉を壊さない為に、僕は抱かねばならなかった。後悔なんかしてない。このまま、君と錯覚
  して僕に抱かれ続けてくれるのも厭わないさ』
 『おい!それ……どういうことなんだ?』
 如月の瞳に、痛ましい色合いが宿った。
 ま、さ……か。
 『紅葉は、僕を君だと思っている。今僕は、紅葉の双龍で誠実な恋人なんだよ。緋勇龍麻は、顔も知ら
  ない他人』
 『嘘、だろ』
 そんな、馬鹿な、コトがあってたまるか!

 縋る如月を払いのけて、寝室への襖をすぱーんと勢いよく開いた。
 肩まで蒲団を被っていた、紅葉がこしこしと目を擦って、襖に目線を投げて寄越した。
 これも、一度だって見たことない。
 幼い仕種。
 如月が入ってきたのだと思ったのだろう。
 うっすらと開かれた目は眦も下げ、口元はやわらかく微笑んでいた。
 肩から滑った蒲団の下は、まだ何も着てはおらず、首や胸元に散った赤い痕が鮮やかだった。
 『……翡翠?』
 俺ではなく、俺を後ろから羽交い絞め必死に引き摺り戻そうとする、如月に声をかける。
 『どなた、ですか?』
 俺の姿を見咎めて、一変した訝しげな、顔。
 決して、演技ではない。
 本気で、俺を、忘れてしまった表情だ。
 『紅葉っつ!』
 嫉妬以上の怒りに目が眩み、紅葉の首を片手で、締め上げようとした、途端。
 ぱあーん。
 『馴れ馴れしく、触らないで貰おうかっつ!』
 スナップの効いた平手打ちが、俺の手の甲から手首を打つ。
 指の跡がつくほど、激しかった。
 どんな無茶をしても、抵抗すらしなかった紅葉が、俺を容赦なく叩いた。
 『お前……本当に、俺を忘れたのかよっつ!』
 信じられなくて。
 信じたくなくて。
 赤く腫れた手首を握り締めながら、紅葉との距離を縮めようとすれば。
 タオルケットで肌を隠しながら、足音もなくすっとあとずさる。
 『僕は。貴方を知りません』
 絶望が、じわりと胸を締め付けた。

 決して失う事はないと思っていた、誰より何よりイトオシイ半身。
 せめて、肌に触れたくて。
 抱き締めてしまえば、俺のことを思い出してはくれるんじゃないかという、甘い希望も。
 一歩踏み出すごとに、二歩下がられてしまうので、抱きようがない。
 これではもう、永遠に。
 紅葉の肌に触れられない。

 ああ、駄目、だ。

 俺が、紅葉がいない生活になんか、耐えられるわけがないじゃないか…。
 『龍麻っ!寄せ』
 目の前に立っている翡翠の声が遠い。
 片方の目にぼんやりと金色が宿った。
 東京を守る為、仲間を守る為、何より。
 紅葉を守る為に使った、黄龍の力。
 人であるはずのものを、異形へと変生させる強大な力。
 翡翠が、俺を止めようと、玄武の力を瞬時に解放させるが。
 黄龍を抑えられるのは、四神。四人が集まらねば意味がない。
 玄武の力では、覚醒を遅らせるのがせいぜいだ。
 鉄壁の守りを誇る翡翠は、背中に、紅葉を庇った。
 紅葉の指がきゅっと、翡翠の浴衣を掴む。
 「はは、あはははははは」
 急に笑いがこみ上げてきた。
 笑う場面じゃねーよ!と突っ込みをする自分が頭のどこかにいたけれど。
 俺の変化は止まらなかった。
 もう片方の目にも、黄金が点る。
 俺が、バケモノに、変わる。
 視界が金色のまばゆい光を放ち、俺を翡翠や紅葉もろとも消滅させてしまおうとした、その時。

 『紅葉っつ!』
 半ば狂い掛けた俺に届いた翡翠の絶叫と、やわらかくて暖かな、感触。

 紅葉が、やんわりと俺を抱き締めていた。

 付き合いだした頃の、交じり合わなくても側にいるだけで安堵できた、優しいだけの穏やかな抱擁は、い
とも容易く俺の正気を呼び戻す。




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