僕の、わがままであるかもしれないが、細やかな願いは。
日頃の行いの悪さが祟ったのか。
たったの、三日しか続かなかった。
自分で作ったバランスの良い食事を、時間をかけて食べ終え、ことことと火に
かけたロイヤルミルクティーを一口、口にした時。
鳴らない筈のインターホンが鳴った。
しばし、悩んで後。
玄関に行く。
「どちら様ですか?」
「……俺」
覗き窓なぞ見なくとも、尋ねなくとも。
インターホンが鳴った時点で、龍麻が来たのだということはわかった。
誰の口を割らせる必要がなくとも、僕がどれほど気配を経ったとしても、望まな
くとも、双龍たる彼は、僕を見つけてしまうのだ。
もっとも、せっかく手元に帰って来たはずの蓬莱寺さんがいるから、こんなにも
早く訪れてくるとは思っていなかったが。
「何か?」
「……入れてくれ」
「僕は用などないよ」
「頼む」
頼む?
龍麻が、僕に、頼む……だって?
いつもだったら『紅葉にはなくても、俺にはあるんだ!早く開けろ』……ってなも
んだ。
ドアを開ければ、今だ嘗て見たことも無いほど憔悴しきった龍麻の姿があった。
「……どうしたんだい?」
「全部、話す」
口元も僅かに震えているようだ。
僕は先ほどまでくつろいでいた居間に龍麻を通すと、自分が飲んでいものと同
じ紅茶を淹れて出す。
「悪いけど、ここにコーヒーはないから」
「ああ、ありがとう」
砂糖を入れなくても、牛乳の甘味が気になると言って口にするのを嫌がってい
た、ロイヤルミルクティーに率先して口にする。
嗜好を変えるほどの衝撃が、龍麻を襲ったのは間違いない。
衝撃の原因が蓬莱寺さんであるのも想像はついた。
「京一と、寝たんだ」
「それはおめでとう」
「目出度い、か」
「普通好きな人と抱き合えたら、目出度いだろう?身代りの僕とは全く別物の
本人を抱き締めて、君もさぞ、満たされただろう」
抱けるのなら、僕を身代りになんぞせずに、初めから抱いていれば良かった
のだ。
遠回りしたが、龍麻の想いは叶った。
僕には『良かったね』という感想めいた言葉以外、何一つない。
「すごく、積極的で。想像しないほど、貪婪で。凄まじい快楽だった」
かちゃっと、カップを置いた龍麻は震える手で顔を覆った。
悪夢を語る時にも似て、奇妙に一本調子で。
「……紅葉を抱いているのと、毛ほども変わらなかった」
吐き出された内容は随分と、人を馬鹿にしくさったもので。
「あんまりにも蓬莱寺さんに失礼な物言いだね」
大仰に肩を竦める。
僕を抱く龍麻の癖を、そのまま蓬莱寺さんに教えたのだから、まあ、ないこと
ではない。
が、抱く事と抱かれる事は根本が違う。
本来なら龍麻のいうように、毛ほども変わらないはずはないのだが。
「終わった後『満足したか』と言われた。今まで見たこと無い乾き切った目だ
った。京一が、俺をそんな目でみるなんて、思いもしなかった!」
「無理矢理したのかい?」
「違う!京一の方から言ったんだ『紅葉を身代りにするくらいなら、俺を抱け』
と」
龍麻の目が、澱んだ光を放ちながら僕を見つめる。
ああ、何だ。
そういう訳?
僕に恨み事を言いに来たのか。
「僕が蓬莱寺さんに言わなければ、君が彼を抱くなんて。一生なかっただろ
うね」
「そうだ。俺が京一を抱く事もなく、京一があんな風に変わる事もなかった」
「それで、僕にどうしろと?蓬莱寺さんを元に戻せと言われてもそれは無理
な相談だ」
「なってしまったものは仕方ない。もう、京一は俺の欲しかった京一じゃな
いんだ。京一を抱いても満たされない。や、抱こうとも思わない……」
「あんなに好きだった蓬莱寺さんなのに?」
龍麻が焦がれたのは、理想の蓬莱寺さんであって、自分の意にそぐわない彼
など、必要ないと。
本気で、思っているのか?
「変わってしまった京一は、俺に必要ない」
「龍麻っつ!」
どこまで、どこまで、自分勝手な男なんだ!
怒りで頭に血が上る経験は何度もあったが、血の気が引くほどの怒りを覚えた
のはもしかすると初めてかもしれない。
反射的に攻撃をする態勢をとってしまった僕の体を、龍麻が手加減なしの強さ
で抱き締める。
縋る激しさは。
縋られる激しさは、蓬莱寺さんで知った。
毎日毎日焦がれるほどに。
僕とするSEXだけが、彼にとって全てという日々の中で。
彼が無様にも僕に縋る様は、うっとおしくもあり。
それ以上に悲しみを覚えたけれど。
龍麻。
今の君に対しては、怒りと憎しみしか抱けない。
ましてや。
「俺にはもう、お前しかいない……」
腹を抱えて笑えるほどの喜劇を演じたがる君を、もう理解なんてできやしない。
「京一がいない、今。京一の不在を埋めるには、お前しか……紅葉!」
もしかすると蓬莱寺さんの身代りとして抱かれた日々の中に、愛情を、特別な
感情を龍麻に求めた時期もあったかもしれない。
が、あったとしてもそれは昔の話だ。