「何度も同じことは言いたくないね。『もう、疲れた』と言った。二言はないよ」
「紅葉……」
「情けない声をだしても、無駄だ。君を好いてくれる人は幾らでもいる。こん
なにもいい加減な君だ。僕以外……蓬莱寺さん以外の誰にでも満たされ
るだろうさ」
必死の抱擁から逃れようと、もがいてはみたが。
龍麻の腕は一向に離れようとはしない。
「駄目なんだ!紅葉じゃないとっ、俺はっつ!」
だんと、板張りの床の上、後頭部を強打する激しさで押し倒される。
お決まりの強姦ごっこですか?
こうなってくると、もう呆れる以外の何物でもなく。
王者たる者として僕に君臨していた、龍麻と同一人物とは見えない。
憐れみすら感じる。
せめてもの情けと、目を閉じて腹に懇親の膝蹴りを食らわせる。
正確には食らわせようとした、寸前。
龍麻の体がどさっと、僕の体の上に力なく圧し掛かった。
ただ、その重みは例えば行為に及ぼうとして、ではなく。
……嫌な、予感がして。
閉じていた目を開く。
後頭部を血塗れにして、意識を失っている龍麻と。
鬼気迫る形相で、血に濡れた阿修羅の切っ先をまだ龍麻に向けたまま立ち
尽くす蓬莱寺さんの姿があった。
目があった途端蓬莱寺さんは阿修羅を投げ捨てて、龍麻の体を軽々と、まる
で荷物か何かでも扱うように何の感慨もなく持ち上げて転がし、僕の体をぎゅ
うっと抱き締めた。
「やっと、会えた……紅葉」
「蓬莱寺さん……幾ら、何でもこれは」
酷すぎるとは、思わないけど。
「やりすぎ、だよ」
「何が?」
「龍麻だよ。後頭部強打による軽い意識不明。打ち所が悪ければ死んでしま
う」
「紅葉は、死んで欲しいとは思わなかったのか?壊れるまで、俺の身代りな
んかさせられて」
話しながらも、顔中に口付けられる。
久しぶりに会った飼い犬に懐かれている、感じ。
「別に、僕はこうやって龍麻から離れて、君も解放した。終わってしまえばどう
ということもないね。喉元過ぎれば熱さを忘れる気質なんだ……」
毎夜煽られる熱さも日増しに薄れてゆく。
ゆっくりと、焦らずにリハビリをすれば、自分の心ぐらい修復できる。
人がそう簡単に、狂気に落ちるわけがない。
狂った方がましだと思ったのも、随分古い話になるだろう。
簡単に狂える程度の弱い人間だったなら、人殺しなんぞしなくてすんだだろう
けれど。
「そうか?ひーちゃんと寝て。俺は殺してやりたいと思ったぜ?こいつが
こうやって紅葉を壊したんだって、気が付いた時に」
「君が言うほど、僕は壊れていない。僕は君に酷い八つ当たりをしたんだか
ら、そんなに僕のためを思ってくれなくていい」
まだ、檻によく似たあの狭い部屋の中。
ただ、お互いの体を貪った狂気の時間が、蓬莱寺さんを支配しているのか。
僕が彼を拘束した鎖は、体だけでなく心も縛してしまったとでも、いうのか。
「紅葉のため、じゃない。自分自身のためだ。俺が紅葉を好きだから、大事
だから、そうするんだ」
荒い呼吸のまま性急に、唇が寄せられる。
久しぶりに触れた唇は、とても熱くて、あの狂った時間を嫌でも思い起させた。
「ひーちゃんが、紅葉を選んでも、譲れない。殺したって俺が側に居る」
随分と血に塗れた告白。
異形を数多殺しながらも、決して闇に囚われなかった彼を、闇に落としてし
まったのは、この僕だ。
「何だって、どんなことだってできる」
「だったら……」
「紅葉の側を離れる、以外は!」
慣れた手順で、何時の間にかワイシャツがはだけられて、鎖骨に唇が触れる。
「紅葉が望めば『ひーちゃんのように』だってやれるぜぇ?」
「痛っつ!」
鎖骨に立てられた歯によって傷つけられた肌から、生暖かいものがじんわり
と滲み出てゆく。
「だから、頼むから。絶対それ以上望まないから!」
腹のあたりに、額をあてて、僕の腰に縋りつきながら。
「捨てないでくれっ」
と、泣きつかれた。
今まで誰にも欲しがられなかった僕が、そこまで欲しがられて断れるはずも
ない。
いつか、蓬莱寺さんの目が覚めるのを承知の上で、僕は重々しく頷いてみ
る。
ペットを飼うのと何ら代わりない、心持のままで。
「いいよ、別に。僕の生活に支障をきたさないのなら、それで。飼ってあげ
るよ。ちょうど、ここはまだ一ヶ月借りているから、二人きりで抱き合って
過ごそうか?」
「え!いいのかっ!」
真っ赤に泣きはらしたような瞳のまま、ぱっと喜色が差した。
「自分の食い扶持を自分で稼げるペットなら、さして手間もかからないさ。
出張に出たって、必ず帰ってくるってわかっていれば待てるだろう?」
「ああ。おとなしく、待てる!……紅葉っつ!」
今にも入れようとばかりに、僕のベルトに手をかけるのを、やんわりと制す。
「その前に、龍麻の両手首と両足首を縛って、ついでに口にはタオルでも突
っ込んでおこうか」
「……指示された通りにするけどよ?」
「そうしたら、龍麻の前でしよう?幾等なんでもそれだけ見せ付けられたら、
龍麻も僕らを諦めるだろうから」
あれほど、愛して慈しんでいた人間が、己の半身を、恐らくは最後のよりどこ
ろを犯す様は、龍麻の瞳にどう映るだろう。
「わかったけど、な。その前に一度。紅葉のだけでもさせてくれよ!」
今にもはちきれんばかりに、ジーンズを盛り上げている自分の体を押して、
僕を欲しがって見せるのは、教育の賜物って奴だ。
「好きに、すればいい」
許可を出したの瞬間に、蓬莱寺さんが僕のズボンのジッパーを口で外す。
興奮の兆しも見せない肉塊でも、引きずり出されて息をつく間もなく、いきな
り根元まで銜えられれば、衝撃ぐらいは走る。
「ん、ああっ」
思いの外演技の入らない、甘ったるい声が零れた。
久しぶり僕を包み込む蓬莱寺さん口腔は、ひたすらに心地良い。
僕は犬の毛を梳く要領で、懸命に肉塊を頬張る蓬莱寺さんの髪の毛を撫ぜ
てやりながら、龍麻を見る。
出血はとまらずに、意識すら戻らないが、死んではいない。
噎せ返りそうな血の匂いに包まれてのSEXも、僕にあっているのだろう。
せっかくの蓬莱寺さんのご奉仕を無にするのも申し訳ないので、僕は目を閉
じて視界を消し、蓬莱寺さんが与えてくれる快楽だけに、何もかも気だるい感
覚のまま。
身を、まかせた。
END
*京一×壬生
いつも出すコピー本1冊分はありました。
長かったー。お疲れ自分。
つくづく、皆に愛される紅葉が好きなんだなーと、思う事しばし。
実はラスト、龍麻を殺すってーのもあったんですが、やめてみました。
生き残った方が辛かろうと思いまして(苦笑)
犬のように忠実な紅葉……もいつか書いてみたいです。
誰に、忠実なのかはその時の気分次第ですが。