「僕に、何をした?」
剥き出しの警戒心は、物言いすら荒ませる。
「大した事はしていないさ」
俺は言いながら、ふうっと壬生に向かって煙を吐き出す。
頭の上に散った煙を神経質に払う姿に、暗殺者に煙草の煙は厳禁なのに思い至る。
「犬神さんっ!」
「……ここの所、人間らしい生活をしていたからな、狼の血が澱んできている。適当に発散しな
いと、この姿を保てなくなるんだ」
「それが?」
「獣のSEXに耐えられる体は多くない。だから時折作るようにしている。俺自身の血を、分け与
えるという方法で、な」
一度のSEXで壊れる体を犯す楽しみもあるし、普段はそれで十分だが。
血が穢れてきている今は、当たり前のSEXでは足りない。
俺の血が馴染んだ体を犯す行為で、あるレベルまで血の浄化を図る必要があった。
「馬鹿なっつ!僕は男ですよ!」
「ああ“今は”な」
「今、は?」
「俺の血が上手く馴染めば、体が作り変えられるのさ。俺を喜ばせる体になるだろうよ?……
残念ながら男を抱く趣味はないんでな」
「まさか……幾ら人狼だからといって、人の体を変化させるなんて!」
言い様、壬生が胸を抱えるようにして蹲った。
肉体の変生には、人では耐えられない痛みが伴う。
「あ……うああ……ああ」
過去には耐え切れずに狂った人間もあった。
痛みに慣れた暗殺者が、敵に値する存在を前にして無防備な体を晒す狂気を誘う痛み。
右手は薄汚れたシーツを掴み、左手できつく、心臓の辺りを掴んでいる壬生の側に立ち、目線
を合わせるようにして腰を下ろす。
「楽にして、欲しいか?」
「……っつうう!」
必死に首が振られる。
「このままでは、壊れるぞ?」
首が、一度だけ振られる。
「本当に……強情な奴だ」
俺は苦笑して、正面から壬生の体を抱きかかえる。
反射的に抵抗しようとした体は、再び襲ってきたのだろう激痛の波に硬直した。
必死に噛み締めた唇に滲んでいる血の跡をなぞりながら行き着いた、首筋に牙を打ち込む。
「……っあ……」
甲高い悲鳴は一瞬。
それ以降の声にならない悲鳴は、喉の奥で詰まって消えてしまう。
抱き締める壬生の体が、触れている側から、確実に女の肉体へと変化を始めた。
軽く歯を立てていた首元、なだらかではあったが、男の象徴でもあったはずの喉仏が、喉に解
け入るように消えて真っ平らになる。
首筋の後ろが隠れる程度しかなかった髪の毛が、ふわさっと風を孕んだように広がり、次の瞬
間一息に肩下、瞬きをすれば、背中の半分、指を伸ばせ
ば腰に届く長さまで伸びた。
骨ばってとまではいかないが、どちらかといえば痩せ型の、抱き締めれば筋肉と骨しかない男
の体が、やわらかな丸みを帯びる。
いわゆるスレンダーな、ただし女としてのふくらみは十分にある体が出来上がってゆく。
肩は少し下がり、腰が括れ、薄い胸板が、厚い肉の塊に変化をした。
「嫌だっつ!嫌だっつ!嫌だあああああっつ!!」
俺の腕の中きつく抱き締められているせいで、自分の体の変生をあからさまに感じざるえない
のだろう。
見開いた瞳から、大粒の涙が幾つも転がった。
「何をそんなに、嫌がるんだ。女の身体になって、嫌なコトなんて一つもないぞ?」
今だ絶叫が零れ落ちる唇の端を嘗め上げて。
「安心しろ、イイコトしか、ないんだ」
唇に牙を立てる。
ぷくっと小さく浮き上がってきた、血の珠を、激しい口付けをする要領で嘗め上げた。
「ん?ううっつ!」
「驚くほどのことか?たかだかキスの一つ。まさか初めてというわけでもないだろうが。暗殺屋
は良しにつけ、悪しにつけ、そっちに強い奴が多いからな」
己が壊れないように、少しでも罪悪感を逃がそうと、快楽に身を投じる人間は闇の職業に殉じ
る人間には少なくない。
「余計な、お世話、だね」
「さほど、手慣れでもない、か。まあ、確かに女としての口付けってのは正真正銘初めてだろう。
せいぜい優しくしてやるさ」
どうやら、壬生はSEXの快楽に逃げなかった口のようだ。
緋勇に聞けば、趣味は読書と手芸全般だという。
マフラーやセーターをいった編物類を特に得意とするらしい。
全く、ただでさえ技量的にほぼ完璧な暗殺者は少ないというのに、更に珍しいケースがあった
ものだ。
思ったよりも深く入って傷をつけてしまったようで、血が滲んでくる唇を狼の舌で舐め上げる。
ざらつく舌先は、人間のやわらかなものとは違い、獲物の肉をこそげ落とす特異な器官だ。
僅かながらでも、傷を負っていれば、痛みは悪化の一途をたどる。
「……つ……」
短な弱音に満足して、気がすむまでぺろぺろと傷口を舐める。
傷を抉ろうとすれば、たやすいし。
癒すのも難しくはない。
喉の奥で必死に押し止めようとする頑なさに、一人頷いて、針の先でつつくよりは大きな穴を
埋めにかかった。
上手く血が馴染めば、怪我の治りも早くなるのだが、まだそこまではいきつけないだろうけれ
ど。
俺の持つ治癒力は絶大だ。
治してやろうと、思って数秒後には。
唇は完治していた。
血の味がしない唇は物足りないかとも思ったが、しっとりとやわらかな感触は唇で挟んでいる
だけでも、十分楽しい感触だ。
ふよ、ふよと弾力にも飛んでいる。
どうやらキスの息継ぎにも慣れていないのに眉を下げて、少しだけ唇を離してやる。
途端。
「はっあ……」
額の産毛が靡く勢いで、息が吸い込まれた。
「息をするのも忘れるほど良かったか」
「貴方が、ごほ……強引すぎるだけ……けふけふ…じゃないですか!」
「キスの最中は鼻で息をするなんて、定石すぎて今更確認する必要もないだろうが」
鼻先を嘗め上げれば、ふしゅっと鼻から息が抜ける。
「ほら?そうやって息を継げばいい……」