つい先ほどまで自分の体に起こっていたことのギャッ
プがあまりにも激しくて。
髪の毛にまでついてしまった独特の匂いが消えるより
も早く窓を閉めた。
動く空気がなくなった途端、今だ底冷えする部屋に、
しかも全裸でいることに気が付いてベッドへと足を向け
かけた…が。
何かに誘われるようにして再び窓辺に佇む。
ガラス一枚隔てた向こうで、一重二重と花びらを重ね
る八重桜が重たそうに首を振っている。
ざあっと風が吹く度に一枚一枚、まるで衣が剥がれる
ように花びらが散らされる様が、奇妙なくらい男に抱か
れて喘ぎながら乱れ狂った自分の姿にだぶっても見えて、
後ろ手に薄いカーテンを引く。
……なんて、不様な。
僕は唇を噛み締めて、かろうじて屈辱に耐える。
今度こそ、と布団へ戻る僕の背中でまた、桜が散る音
だけがひどく鮮明に届いた。
限界を越えた痛みと、嫌悪に。
脂汗さえじっとりと滲み出してきたようで、意識が端
から遠のいてゆく。
「…ああ…すっげぇ……いい……紅葉………紅葉?」
それまで熱に浮かされたように僕の名を呼びながら、
奥深くを突き上げていた龍麻の動きが訝しげに止まった。
「どうした紅葉、顔色が無茶苦茶悪いぞ。もしかして
貧血でも起こしたか?」
目を細めて僕の表情を伺う龍麻の、しっとりと汗ばん
だ手が僕の額に触れる。
「………体温低下、起こしてんな……」
先ほどの凄まじい責めなみが嘘だったのかと錯覚する
潔さで、体中にのしかかっていたうっとおしいほどの重
みが消えた。
「……もう、すんだ、の…か…い?」
「すんだもすまないもないだろう?痛みに喘がせる趣
味なんざ、俺にはねーよ……紅葉がこんなになるま
で気が付かないなんて……俺は一体どれだけ紅葉に
溺れているんだろうな……」
床に置かれたティッシュをベッドの上に放り投げて、
数枚を摘み取り後始末をしてくれる。
秘部を広げるために指があてがわれ、やわらかく腹を
擦られると孕んでいた龍麻の体液がどろどろと溢れて出
た。
不快感にひそめる眉に、龍麻の労るような口付が落ち
てくる。
太ももを伝った幾筋もの体液は側にあったタオルで、
肌がすべすべになるほど丁寧に拭われた。
「ごめん、紅葉。もう何もしないから寝とけ……明日
早いんだもんな」
あまりに愁傷気な変貌っぷりに首を傾げる。
そんなに今の僕は調子が悪そうに見えるのだろうか。
頭がぐらぐらするのは行為の最中ならいつものことだ
し。
吐き気を唇の皮一枚で噛み殺すのだって慣れてきたも
のだ。
……悟られては、いないはず。
「おやすみ」
額に優しい口付をくれた龍麻は、僕の体を抱き抱えた
まま、早々に寝息のリズムを刻み出す。
痛みがなくなったのは嬉しいが、体の中に何も入って
いない状態が些か寂しくて辛い。
あのまま揺さぶられ続けていれば、全ての負の感情を
消し去って余りある快楽と安堵感が得られたはず。
どんなに"嫌だ!"と思ったところで痛みの先にある、
あの途方もない、他では絶対手にできないだろう安定感
を知ってしまった以上は手放せやしないのだ。
覚えてしまった……理解したくもなかった情けない感
情は。
僕を絶望的に拘束する。
今もまた本意ではないと胸の中で呟きながら、龍麻の
程よく鍛えられている癖に、そこだけはやわらかくて心
地良い腕の付根を枕にして、目の奥で狂う桃色の波をひ
たすらに遮断した。
「龍麻!」
名を呼んで龍麻の場所を確認する。
「……ここだよ、紅葉。こっち」
暗殺を生業としる僕でも惑う暗闇の中、意図しないと
ころから伸びてきた龍麻の腕が僕の手首を掴んだ。
「穴場だろ?こんなすっげー枝垂れ桜なんてそうそう
見れないと思うぜ」