「……お前さんほどではないがな。仕事がクソ忙しいな、と」
「ああ……熟練の医師は貴重ですからね。ドクター・マルコーがいらしてくれたら。先生の
負担も減るんでしょうけれど」
「あの人と俺を一緒にするな。格が違う」
一回の鑑定医師と国家錬金術師の資格を持つ、治療系最高峰の錬金術師と並べ称される
のは、あまりにアレだろう。
「そうです?結晶の、あの方は。イシュヴァール。貴方のような方が医師であるべきなのだ
と、何度も言っていらっしゃいましたよ」
光栄だ。
例え、あの狂った舞台。
イシュヴァールにあっての言葉だったとしても、尊敬する人物に認められたのはとても。
「今も、元気にとはいかなくとも。生きてはおられるようです」
「居場所を知っているのか」
「正確には、存じませんがおおよそは。近く。正確な情報も得られると思います」
「そっか」
会ってみたい気もする。
あの頃より変わらないのならば、余計。
変わっていても、尚。
尊敬の度合いは変わらないだろうけれど。
「居場所がわかったら、お教えしましょうか」
「……いや。いい。最低一人連絡がつく人間がいりゃあ上等だろう」
ドクター・マルコーは現在軍を追われる身となっている。
あの責任感の強い生真面目の人が、軍に背を向けたのだ。
余程の事情があったのだろう。
数少ない成功した賢者の石の練成に、深く関与しているとも聞き及んでいる。
彼が自分の意志で戻ると決めない以上。
行方は追わない。
第一俺如きが追って良い人でもない。
「会いたくはないのですか」
「会いたいさ。とても。でも今は会えないんだろう?俺もどっちかってーと軍に従順な方じゃ
ないしな。お前さんと時折つるんでるのも、閣下は知っておられるのだろうし」
「ええ。『珍しいほどに、懐いているな』と言われてます」
「おいおい。俺は閣下に刺し殺されたくはないぞ?」
まぁ、彼のサーベルにかかったのならば、痛いとか苦しいとか、思う間もなくあの世行きだろ
うが。
「大丈夫ですよ。鋼のと先生は……近くに置いても排除されないでしょう」
「排除!かよ」
「……部下を潰されて、引き離されて。鋼のや貴方まで奪われたら、私が壊れるのくらい予
測しているでしょうから」
「……お前さんなぁ」
「私だって、寂しい時くらいありますよ?」
「知ってるさ。だから、今度は離れんよ」
「……ありがとうございます」
神妙に頷くこいつが、やっぱり可愛いのだ。
医者として、精神状態が気になるってーのもある。
崩れかけたイシュヴァールを知っているが故に。
再びあんな風になるのではないかという危惧が常に。
あの頃奴を支えた、ヒューズ坊は死んだ。
エッガー大佐は服役中。
恐らく司法取引がなされて釈放となるだろうが、もう二度と軍には関わらない、そんな気が
する。
まぁ、マスタングが三顧の礼で訪ねて行ったら、影の参謀ぐらいにはなってくれるだろうが。
そして、嬢ちゃんは何と大総統閣下の側で人質として掴まれているのだから。
今は。
俺と、エルリック兄と弟が支えなのだろう。
まぁ、ガキではあるが兄は国家錬金術師、弟も兄に勝るとも劣らぬ才を持つ。
一介の鑑定医とは、かけ離れた部分でマスタングを助けるはずだ。
嫉妬、なんざ、俺の柄ではないって重々承知している。
している、けれど。
SEXぐらい俺とにしておけよって、気もしないでもない。
「先生?」
「んだ?」
「もう、放置プレイスタートですか」
「……んなにしてぇんかよ」
「先生となら、何時でもどこでもしたいですよ?」
どこまで本気なのかと思って。
どこまでも本気なんだろうなぁとかも思う。
「ホテルまで道が混まなければ後、五分。大人しく待っとけ」
「はぁい」
何ともガキっぽい返事の後、くすくすと笑いやがる。
ったく、親父捕まえて遊んでんじゃねーや。
俺は外に出さす、胸の内に溜息を収めて車の運転に集中した。
「……しみじみ手馴れとるなぁ」
ホテルのチエックインから、部屋に入るまで。
本来なら男の側であるはずの俺が手配するのであろうあれこれを、マスタングは実にスムー
ズにこなす。
こいつの色男っぷりに関しては、中央まで噂が流れてきたが、それは強ち大袈裟な表現でも
なかったのだと眼の辺りにした気分。
「そんなに、関心するほどのことでもないでしょう?普通だと思いますよ」
「その、普通ができない男は多いんだぜ?」
「先生のように奥様だけを相手にしていらしたら、スマートさ加減も披露する機会が少ないの
でしょう」
女房をこの手のホテルへ連れ込んだ事は無かった。
恋愛結婚ではあったし、子供を欲しがるのにも拘らずなかなかできなかった女房の為、無論
自分もそれを望んで毎晩のように励んだ時期もあったのだ。
しかし、この手の場所はどうにもただヤルだけの空間だという下世話な思い込みがあったし、
女房も好まないようだったので、一生縁が無いままだとまで思っていた。
その俺が、上官に相当するしかも男を抱く為だけに入るなんて、不思議なもんだ。
「先生?どうかしましたか」
「んにゃ。その手のホテルにしちゃあ、小奇麗なトコだなと思ってたんだ」
「ああ。そうでしょうね。元々その手ホテルだったのを普通のホテルに改築したんですよ」
「なるほど」
「今ではまぁ。知る人ぞ知る。その手のグッズが充実しているビジネスホテルという感じです
かね」
どんなホテルだよ!という突っ込みはなしにしておいた。
まー事情を知らない人間が訪れたら、普通のビジネスホテルとして使うんだろうし。
俺等は、その手のホテルとして使う訳だし。
「シャワー。どうされます?」