「医療系に属する軍人は、ぽけっとべる、って奴を持たされてるんだ。ほれ」
ほいっと、ガキんちょに、ぽけべる、と呼ばれる代物を投げてやる。
「え!こんな小さい携帯用の通信機器?すんげー。ウィンリィに見せてやりてぇ……」
好奇心丸出しにして、機械をひっくり返している様子に、マスタングは微笑を浮かべた。
そして、更に鮮やかに、俺に向かって笑ってみせる。
「……彼女に言われてしまえば仕方ないですね」
「ったく、あの譲ちゃんにあんな声出させるだけで、お前さんは犯罪者だ。どーせ、満足に
消毒もしてねーんだろう?中央までついてこいや。適当にしてやっから」
まるっきり即興の言い訳にしちゃあ、上手くできてるやな?
我ながら、驚きだ。
「……と、言う訳だ。鋼の」
「センセ。ここで治療できないの?」
「薬が足りてねぇ。それに心配性の姉ちゃんが、中央まで出迎えてんだわ」
「ホークアイ中尉が!」
びっくりした、顔。
でもすぐに、神妙な色が加わった。
マスタングが、一応病人だって気がついたのかもしれない。
お嬢ちゃんの、過度の心配はさて置くも。
「そんなに時間はかからんから。留守を頼んでいいか」
「うん。りょーかいしました!誰か来たらどーすんの?」
「は!こんなウチに来るのは、お前らぐらいだよ。ほれ、上着を着ろマスタングとっとと、行くぞ」
背中を向ければ、二人が目線で会話を交わすのが感じられた。
ぬあっつ!
気にかけてんじゃねーよ、俺。
いかにも急いでますよ!って風情でかつかつと玄関に向かう。
ご丁寧にも、エルリック兄は、俺等ってーかマスタングを送り出すつもりらしい。
据え膳持ってかれて。
離れがたいんだろうがよ。
やっぱ、ラブラブなんか?
はてさて、と悩む俺の気も知らず。
何となくいちゃいちゃして聞こえる二人の会話を聞くともなしに、聞き。
車の準備をする。
運転席に乗って、顎をしゃくればマスタングが助手席に入ってきた。
「んじゃ、センセ。気をつけて。アンタもな大佐。大人しく治療されて来いよ」
「はいはい。そして中尉に怒られてきますよ」
「へ。そりゃ、自業自得だろう?」
「あのなー」
何時までも続きそうな会話を断ち切るようにして、エンジンをふかす。
エルリック兄が、数歩下がって見送る体勢を取った。
パーンとクラクションを一回鳴らして、発進させる。
玄関の前、ポケットに手を突っ込んだエルリック兄は、車が見えなくなるまで、見送っていた。
「……助かりました。先生」
奴の姿が見えなくなったのを、見計らったかのように。
大きく息を吐き出したマスタングが、話しかけてくる。
「ふん。お邪魔だったんじゃねーのかよ」
「いいえ。さすがの私も先生のベッドで違う相手と事に及ぶつもりはありませんでしたよ」
「俺のベッドじゃなきゃ、ヤルつもりだったって訳だ」
「……センセイが相手をしてくださるなら、やめますよ?」
「嘘付け……」
「本当です……ここへ、行って貰っていいですか?」
ひらっと運転中の俺に、メモが突き出される。
ここから、そう遠くはない、わかりやすい場所だったが。
「…どこだ、ここ」
「行きつけのホテル」
「おい」
「証明、しますから」
「……馬鹿が」
行くかどうか、迷う所。
中央へ行くと言った手前。
時間を潰す必要はあるのだが。
「先生は帰って、私は泊まっていけば、いいでしょう?」
「俺は泊まっちゃまずいんかよ」
「いえ?鋼のが心配かと」
「奴は、だいじょぶだろう。弟もいるしな……弟は知ってるのか」
兄とお前の爛れた関係を、よ?
「……鋼のは知らないと、思っているんでしょうがね。聡い子ですから」
「性質わりぃなぁ……」
出来た弟だけに可哀想だ。
しかも、あの子は兄だけしか見えていない。
お前さんが、真剣に考えていないと知れたら、刃傷沙汰にすらなるかもしれんぞ?
溜息をつく俺に向かって、マスタングは蕩けそうに笑う。
まー正直こんな顔された日には俺でも揺れるから、エルリック兄がいかれるのも無理ないと
は思う。
こんな性質悪いのに引っ掛かってまぁ、不憫な奴。
「だからね、先生。お仕置きしません?」
「SMの趣味はねーぞ」
「ふふふ。何もお仕置きは痛いことだけじゃないでしょう」
こいつには多少の被虐癖がある。
イシュヴァールの頃に発見したそれは、現在でも続いていた。
当初は狂った環境下での一過性のものだと考えていたのだが、どうやら元々の性癖だった
らしい。
肉体的な痛みにだけでなく、精神的な痛みを与えられる事を時折強く望む。
「しゃーねーな。んじゃ放置プレイの方向で」
「できれば視姦プレイは無しにして下さい」
「んじゃ、それ中心」
「先生!」
「……ホテルに入るまでは、会話ぐらい、してやるけどな」
口で言うほどには、不満がっていないのは良く、知っている。
「嬢ちゃんにも、口裏合わせてもらっとけよ?」
「ホテルで連絡を入れます。先生は?」
「俺もホテルから入れる。時間はお前よりずっと後に。誰かにとっ捕まったとでも言うさ」
実際に中央司令部へ戻っていたのだとしたら、アレコレと仕事は舞い込んでくる。
何も治療だけが医師の仕事ではないのだ。
鑑定の仕事しかしていなかったのが、何時の間にか治療して、更には薬の調合までやらさ
れる。
軍の人手不足は深刻だ。
これだけ、物騒な世の中だと言うのに。
「どうか、しましたか?」
「……や。別に」
「別に、というお顔じゃありませんよ」