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 冗談じゃねぇ


 抱き合ったのは随分と昔の話。
 だけどまぁ。
 お互い納得ずくだったしな?
 所詮は不倫だった。
 離れがたさがなかったかと言えば嘘にはなるが、ずっと一緒にいられるなって思った事はな
かった。

 ま、また。
 お互いがそんな気になれば、抱き合う事もあるだろうさ。
 が、俺の別れの言葉。

 そうですか?
 できれば、私不倫は避けたいんですけどねぇ。
 が、返事。

 粉をかけてきたのは奴の方だったというのに。
 良くもまぁ、ぬけぬけと言ったもんだ。

 ……んな、じゃじゃ馬なトコも気に入ってたんだがな。

 だからな。
 奴が俺の家を訪ねて来た時は。
 思ったんだ。

 今度は不倫じゃねぇぞ?
 ってな。
 女房とは離婚して、子供は女房に連れて行かせたから。

 大事な二人だった。
 でも俺の中、闇がある以上。
 消し去れる強さと勢いが持てないならば、一緒には入られなかった。
 まさか、てめぇの女房子供を殺せやしねぇだろうよ?
 大切だからこそ、手離した。
 そういう選択もある。
 寂しいと思う事は多かった。
 温もりのない生活は味気ないだけで。
 それでもてめぇ一人暮らしてゆくのに、何もしないわけにもいかず。
 恨みに恨んだ軍に未だ勤めている。

 だからこそ、奴も俺を訪ねて来たんだろうがな。

 余程、手駒がねぇんだろうと、思えば。
 奴の口から聞かされたアレコレは想像以上だった。
 それでも奴が、俺を訪ねてきたのならば、いいようにしてやろうと思っていた。
 それは、間違いない。

 けどなぁ?
 そりゃあ、あんまりじゃねぇのか?

 奴が連れ込んだ訳有りの子供を匿ってやった。
 怪我の治療をしてやっただけなのに、こんな俺を『先生』と呼ぶ、馬鹿で優しい子らが、それ
ぞれの意思を持って出て行った後。
 残された子供は二人。
 エドワード・アルリックとアルフォンス・エルリック。
 人体練成の果て、茨の道を歩む事になった彼らは、こっちが恥ずかしくなるほど前向きだっ
た。
 目に眩しいくらいだったが、嫌いではなかった。
 決して。
 あの、瞬間までは。


 『……よしなさい、鋼の……ここをどこだと思っているんだね』
 抑えたマスタングの声の中、微かに潜む押し殺したとある感情を、俺は良く知っていた。
 俺しか知らないとまでは断言できなかったが、男では、俺ぐらいだったんじゃないかと、そう思っていた。
 ……奴と別れてから、今、この瞬間まで。
 『ノックス先生宅の寝室』
 そう。
 そこぁ、俺の寝室だ。
 鎧のアルフォンスは残念ながらベッドに寝せてやれねぇが、ま、兄貴の方はちっこいしな?
 ベッドで眠れる日が少ないなんて聞いちまったら、滞在中ぐらいはベッドを貸してやろうなって、
大人ぶってみせた訳だ。
 それがまさかなぁ。
 『わかっているならば、どきなさい』
 『嫌だ……人様のベッドで、なんて燃えるじゃんさ』
 こんな、風に使われるなんてなぁ。
 奴を、ガキ呼ばわりした報いかよ?
 『……私はそんな、悪趣味じゃ!ん……ン……』
 鼻に抜ける呼吸音。
 キス、されてんな、マスタングの奴。
 しかも、悪い気はしないらしい。
 だいたい奴がされるのを許している時点で、びっくりな待遇だ。
 ガキんちょは知らんだろうが、奴は男に言い寄られるのを基本的には嫌悪する。
 恋愛感情ではなく、行為や敬意を持っている同性に言い寄られるのは、さて、置き。
 ガキんちょを余程可愛がっているのだろう。
 『アンタだってその気じゃんさ?』
 『……君の、気のせいだよ、鋼の』
 あー見て見ぬフリをすんのも癪だがなー。
 二人して思い合ってるんじゃあ、邪魔するのも無粋ってもんだろうがよ。
 がしがしと頭を掻けば、マスタングが俺の気配に気がついたのだろう目線を飛ばしてくる。
 助けを、求める眼差しだった。
 ……ったく、あいかわらず性質悪りぃなぁ、おい。
 俺は廊下に本来は転がっているべきではないバケツを激しく蹴り上げた。
 実にわざとらしく。
 「んぁ?誰が、こんなトコにバケツを転がしてるんだぁ!エルリック兄!ちゃんとしまっとけや」
 不機嫌炸裂さを出しつつ、半分ほど開いていた寝室の扉を蹴りながら中へ入って行く。
 「……センセイ……司令部に出向いたんじゃなかったの?」
 驚いた瞳は、バツ悪そうに背けられる。
 マスタングとの距離は、ほんのニ、三歩。
 びっくりして飛び上がった感じだ。
 「んあ?マスタングんとこのねーちゃんから、マスタングの様子を見てやれって連絡は入っ
 たんだよ」
 「連絡?」




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