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 「色惚けって!」
 「違うんかよ」
 「ううう……違わないです」
 人事異動を恋愛基準で考える自分なんて、想像もできなかったとも!
 「ほら…パニくるんは、その辺にして、こっちへこいや」
 ぽんぽんと、先生が座るベッドを叩かれる。
 ここまで来て、恥ずかしいのと、ほんのり怖いのとで躊躇っていれば、先生は微苦笑を
浮かべる。
 「まだ、耐えられる。お前さんが怖いんなら、抱っこで朝を迎えてやるぜ?」
 「怖くなんか!」
 「ないってか?」
 「……え?」
 ぐいっと手首が引かれたと思ったら、目に映ったのは天井。
 ベッドの上に引き倒されたのだと思った時には、先生の膝が乱れたバスローブを割って、
太股の間に潜り込んでくる。
 反射的にきゅうと目を瞑れば、届いたのは鼻先への触れるだけのキス。
 「怖い、って。そーゆー面してんぞ?」
 おそるおそる目を開けば、先生の顔がキス出来る間近にあった。
 情欲に塗れた先生の目は初めて見る。
 蕩けそうに甘い瞳は、堪らなく愛しいものだ。
 「先生が、怖いんじゃなくて。するのが、怖いんじゃなくて」
 「……して。自分が変わっちまうかもしれないのが、怖いと」
 「どうして!」
 「わからんでか。一体、どれだけの時間お前さんを見てきてると思ってる。マスタングマスター
  の称号は、伊達じゃねーぞ?」
 今度は額にキス。
 情欲に溺れかけていながらも、最後の一線はロイに越えさせようとする、あざとさ。
 や。
 先生の場合これは、微妙。
 親切なのかもしれない。
 奪われるよりは、自分の意志でと。
 共犯者を気取るというのなら、尚の事。
 「……それでも。怖くても……変わってしまうかもしれなくても」
 そう。
 踏み出すのは自分からではなくていけない。
 この人が好きならば、これは避けて通れぬ道。
 「貴方が好きです……抱かれたいです」
 「……スットレートだなぁ。おい」
 「お嫌でした」
 「や。舞い上がってる自分を、どう始末つけようか困っているだけだ」
 「と、いうと」
 「嬉しいさ……俺もお前が好きだし……」
 どろっどろに、犯してやりたいからなぁ。
 余りに卑猥な告白に、思わず向けたきつい眼差しは一瞬で蕩ける羽目になった。
 先生が、唇を塞いできたからだ。
 「ん!むうっつ!」
 最初から手加減なしのディープキス。
 私が、正真正銘の初めてだったら、とてもじゃないけれどついてゆけない激しすぎるそれ。
 しかし、私には男だった時のスキルがある。
 受身となって随分勝手は違うが、それでも先生の舌に己のそれを絡めて吸い上げることぐら
いは出来た。
 「……しっかし、お前さん」
 「はい?」
 離れて行く唇が名残惜しくて、ついつい先生を凝視してしまう。
 「こりゃあ、犯罪だよなぁ」
 見詰めていた先で、にいっと笑ったその顔が、ぼふんと胸に埋められた。
 「ちょ!」
 「ああ。想像通りだ。やわっけぇなぁ」
 そして、そのままバスローブ越しに揉まれる。
 「先生っつ」
 「んだ。気持ち悪いんか」
 「そうでなく!」
 「直に触って欲しいってか」
 「うう」
 快楽を求めるのではなく、安寧を求めてしまうのは間違いだとわかっているけれど。
 先生の直の体温を知りたいのも事実。
 「じゃあ。自分でバスローブはだけて見せな?」
 「変態!」
 「やぁ。これぐらいは普通だろう」
 「親父っつ!」
 「その通りだ。否定ぁしねーよ」

 にやけた、その顔すら、男らしくて好きだと。
 思ってしまう自分の方が変態かもしれないが、この機会を逃すのはさすがに。
 元、男としていかんだろう!
 すーはーと、大きな深呼吸を繰り返して、がばっとバスローブを肌蹴た。
 「……ロイ」
 「はい」
 「……お前さん。幾らなんでも男前過ぎ」
 微苦笑を浮かべた先生は、しかし。
 にぃと口の端を上げて、胸の谷間に顔を埋めた。
 「おおー、すっげぇ」
 しかも、挟んだ乳房を両側から揉み上げる、オプション付き。
 興奮していたらしい温かな頬と裏腹のひんやりとした掌に、太股がびくついた。
 「んだ?」
 「すみません。手が頬よりもずっと冷たかったもので」
 「ああ、そりゃお前。俺だって緊張する、手ぐらい冷たくもなるさ」
 ぎゅう、と痛いくらいに乳房を掴んだ先生が、静かに顔を上げる。
 揶揄う口調とは真逆の、真摯な表情だった。
 「お前の、初めてを貰うんだって思ったらな。我ながら柄でもねーけど、緊張してら。ほら」
 不意に取り上げられた掌が、先生の胸に押し付けられた。
 己のそれと、同じくらいに早い鼓動。
 舞い上がっているのは自分ばかりではないと知れて、嬉しい。
 「心臓の音。早いです」
 「そ。お前さんと同程度には緊張しているのさ」
 見慣れた皮肉気な苦笑のまま、先生の唇が下りてくる。
 キスを甘いと思ったのは、初めてかもしれない。
 「せんせ」
 「おう」
 「キス、甘いです」




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