家族、だから。
「納得したか」
「はい」
「じゃあ、これから恋人同士のお付き合いを致しますってーコトでいいのか?」
「……それは、その」
嫌なはずがない。
むしろ私から告白しようと思っていたのだ。
嬉しくて、こう。
舞い上がりそうな気分ではある。
けれど。
私が、こんなにも幸せになってしまって良いのだろうか?
先生には、今だ。
理解の深い家族があるというのに。
「恋愛で小難しいコト考えるな。お前は、頭良いけど。そーゆーところは阿呆だな」
困った風に笑われて。
その笑顔が、何だか。
困ることも嬉しいみたいな、幸福に満ちた笑顔で。
私は益々戸惑う。
「ったく、茶ぁの途中だぞ……ほら、こい」
先生は、椅子をがたたっと動かして、自分の膝の上をぽんぽんと叩く。
上へおいで、の仕草だ。
躊躇っていれば、太股を叩く音がどんどんリズミカルになってゆく。
私は意を決して、先生の太股の上に腰掛ける。
先生は背中からぎゅうっと、抱き締めてくれた。
温かくて、とても甘い熱だった。
「恋人同士ってー表現で惑うなら、仕方ねぇ。共犯者でも構わんぞ」
「それは……」
昔の私達を括っていた言葉。
私がひたすらに縋っていた表現。
「後ろめたい感情を抱えたままの方が楽なら、それでも。俺はな。お前のさんの一番近い
場所にいられれば、いいんだ。どういう関係でも」
きゅうと抱擁が強くなった。
そういえば、女体化してから抱き締められるのは初めてだと、ぼんやり思った瞬間。
身体の温度がニ、三度上がった気がした。
「せんせ?」
「んだ」
「このまま、しますか。その。ここで?」
「つははははっつ!おっとこまえだなぁ、そーゆートコは」
「だって!」
「する気なのは嬉しいがな。初めての奴相手に、リビングで致すほどがっついちゃいねー
ぞ?」
ほい、と大きく手を離す大袈裟な仕草で抱擁が解かれる。
「ケーキ食って、茶ぁ飲んで。シャワー浴びて。その後だろう?」
「ですね」
「口に生クリームつけてる相手に、いきなり誘われてもなぁ」
「どこですか!」
思わず口の周りを手の甲でぐいぐいと拭く。
「被害を広げてどうするよ」
仕方ねぇなぁと、テーブルの上に置かれている布巾とは違うタオルで口元周辺を拭かれる。
確かにこれでは、恋人同士というよりは、父と娘にありがちな光景ではあった。
気分が浮ついて味がわからなかったかと言えば、やはりそんな事もなく。
生クリームたっぷりのロールケーキに、季節のフルーツテてんこ盛りタルト、最後にバニラ
アイスメインのアイスケーキを完全に食して、先生に夜のカロリーはばっちりだな、と揶揄さ
れた。
ティーカップとケーキ皿を洗っている内に、バスが準備され。
バスオイルまで入っていた、バスに浸かって後。
ほこほこする体を、そんな物置いてあったんだ?と思わず首を傾げてしまったバスローブ
に包んで出てくれば、寝室の準備がされていた。
ベッドの側で髪の毛を拭いていたら、今度はバスローブ姿の先生が現われた。
同じ白なのに、白衣とは全然印象が違う。
「んだよ?」
じろじろと見てしまったらしい。
「いえ。同じ白い衣装でも全く印象が違うなと思ったんです」
「戦闘服と就寝服じゃ、そりゃ違うだろう。バスローブにはシミなんてねーしなぁ。新品なんだ
ぜ、これ」
「まさか、先生の家にバスローブがあるなんて思いませんでした」
「だろうな。嬢ちゃんからのプレゼントだ」
……さすがはリザと言うべきなんだろうか。
取りあえず、彼女には報告と一緒に礼をしなければなるまい。
今日食べたケーキセットでも買おう。
一緒に食べながら、今日の恥ずかしくも嬉しい話をするのも悪くない。
「ちゃんと、拭いたんか?ああ、やっぱり耳の後ろと後頭部がなっちゃいねぇ」
「せんせっつ」
バスタオルが取られて、かしょかしょと頭が丁寧に拭き直される。
耳の裏をそっと数回なぞられて、後頭部の水気を徹底的に取られた。
「せっかく綺麗な髪なんだから、きちんとしとけ」
「皆に言われます。それ」
「でも、お前さんに任せてたんじゃ埒あかんから、マスタン組の誰かが引き受けるんだろう
な。やっぱり髪の毛の手入れは、わんこ担当か?」
「……よくわかりますね」
「案外わんこの悪友辺りも上手いだろう。歩く百科事典なら、マニュアル通りだからある種、
安心だろうしな。でもまー髪の毛を預けるとなると嬢ちゃんかわんこだろうってな。ヒュー
ズ坊が近くに居れば奴の担当だったんかもしれんが」
「今度から、先生の担当ですよ」
「自分でやるとは言い出さん辺りがお前さんらしいな。早いトコ中央に来てくれや。それま
でに、東部からマニュアル取り寄せて、お勉強しておくから」
「東部まで、訪ねて来てはくれないんですか」
「そりゃ行くさ?でも中央に異動しちまった方が会いやすいのは間違いないだろう」
「そう、ですね」
まだまだ東部でやりたい事もある。
やらねばならぬ事も。
しかし、閣下から、そろそろ戻っておいで、とも言われているし、グラマン中将は本気になれ
ば、私がやりたい事ぐらい軽く代行できる方だ。
先生という恋人が出来た今。
そろそろ中央へ戻る時が来たのかもしれないと、色ボケした頭で考えてしまった。
「くくっつ」
「ナンです?」
「やぁ?色惚けは俺ばっかりじゃねーんだとわかって、嬉しいぜ」