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 「すみません」
 「気にするな。大した意味じゃない。倒れたって味が変わる訳でもねーし。素材や味に拘って
  るんだろう?ごちゃごちゃした飾りつけもねぇのは、確かに俺好みだ……ちなみに、お前さん
  は何を食うんだ?」
 「……生クリームたっぷり、ロールケーキ」
 「うわ!まった甘そうな物を!」
 くわばらくわばら、と囁いた先生は、ぱくりと大口を開けて、ケーキの半分を一口で食べる。
 その豪快さ加減は、何時だって私を楽しませてくれた。
 「ああ、確かにいいな。チーズの塩気しかねぇ。ねっとり、絡んでくるとこも美味い。ほんと、
  お前さん。好きなことに関しては昔から、鼻が利くな」
 ふんふん、と大袈裟に匂いを嗅ぐ仕草をして見せるのは、私が落ち込んでいるようにも、
見えるせいなのだろう。
 「褒められているんですよね?」
 「ああ。それ以外どう聞こえるんだ?」
 「……アリガトウゴザイマス」
 好きなコト。
 好きな人に、関しても鼻が利く?
 昔から?
 じゃあ、私はもしかして、本当に随分と昔から先生が、こういう意味で好きだったのかもしれ
ない。
 
 私は、先生の顔を見ながらロールケーキを口にする。
 こんな時、味なんてわからないだろうと長く思っていたけれど。
 好みのモノは好みで。
 美味しいモノは美味しいらしい。
 独特のたっぷり生クリームは、濃厚の癖に軽やか。
 スポンジケーキは、ふわふわの見た目なのに卵とミルクの味が強い、しっとりした風合い。
 久しぶりに食べるけれど、やっぱりロールケーキは、ここのお店が一番だなぁ。
 「……お前さん。何時もんな面して、ケーキ喰うんか?」
 「はぁ?」
 「や。人の顔を見てそんな蕩けそうな面されっと、自分が食べられてるみてーな気がすんぜ。
  まぁ、俺の面見てそこまで美味そうな顔してる訳ねぇってーのは、わかっとるが」
 他の奴の前でしたら、誤解されっぞ?
 最後の付け加えは、ぼそぼそと。
 ぶっきらぼうに、でも、心配そうに。
 「……先生を、食べているのかもしれませんよ」
 「んな悪食は、お前さんぐらいだろうよ。それが万が一。本当なのだとしたらな」
 ……あれ?
 鼻で笑われると思ったのに、ちゃんと返事がくる。
 「せんせ」
 「んだ」
 「食べられて、くれるんですか」
 「何を今更。お前さん。散々ぱら俺を食いまくったろうが」
 「へぇええ?」
 ああ、我ながら間抜けた声。
 でも、私は。
 先生を頂いたことなんて、ない、よな?
 「まーそーゆートコは無駄に鈍感だからなぁ。このまま気が付かずに行くのも、悪くねーか
  と思ってたけど。嬢ちゃんに言われちまったしなぁ」
 「嬢ちゃん」
 それは、先生だけに許されたリザの呼び方。
 他の人間が、そう呼んだら瞬間射殺だろうが。
 先生にだけは、銃口の代わりに笑顔を向ける。
 私同様に、彼女も先生を信用しているのだ。
 「そ。嬢ちゃん。お前さんが女体化してから、周りがフェロモンに当てられて洒落にならなく
  なってきたから。責任取って宜しくお願いしますってよ?ってな。何で俺が責任取らな
  きゃならんのか、イマヒトツ納得いかんけど。 実際お前さんが好きで、誰にもやるつ
  もりはねーから、結果論としては何も間違っちゃいねーしな」
 え?え?
 ちょっと待って下さい!
 今、さりげなく凄い事言いませんでしたか、先生?
 私、告白、された?
 「まった、そんな素っ頓狂な顔して」
 伸ばされた指が、私の頬を、ふにっと掴む。
 続けて楽しそうに、ふにふに抓まれた。
 「人の機微にはつえーのに。自分のコトになると、とことん抜けるよなぁ。ま、そこもツボ
  だがな。俺的には」
 「えーと?」
 「んだ。もしかして、ちゃんとに伝わってないんか」
 はぁぁっと。
 深く溜息をつかれ。
 「好きだぞ、ロイ」
 穏やかな笑顔で、囁かれた。
 ……まいった。
 「いいなぁ。その面。返事は聞くまでもねぇ」
 異常なまでに、真っ赤になっている自覚はあるけれど。

 「でも、先生!」
 「おうよ」
 「いいんですか?最近、奥様ともお子様ともまたご縁ができたのに」
 「馬鹿。だからこそだよ。会って話して。ついでにお前の事も言えるくらいに、吹っ切れたぜ」
 「……」
 絶句。
 一体どこから突っ込めばいいのか。
 「お前さえ良かったら、今度紹介してくれとさ」 
 「せんせぇ!」
 「元女房は、娘ができるノリみてーだし……娘欲しがってたかんなぁ。えらい喜んでたぞ。
  息子は綺麗な姉とデートさして貰えるんなら、結婚式から面倒臭い書類の手配まで
  全部引き受けてくれるとさ」
 何がどうなったら、そうなるのか!
 本当は嫌がっていて、先生に気を使っての発言なんじゃないのか?
 「……だーかーら!ああ、こいつぁ言いたくねぇんだが……ん、とにこれっきりだぞ?
  俺が、また誰かを慈しめるように、愛しいと思うようになったのが嬉しいんだよ。あの
  二人は」
 「ああ」
 なるほど。
 ならば、わかる。
 無論、嫉妬めいた複雑な感情はないじゃないのだろうけれど。
 それでも自分が愛した夫が、父が。
 再び何かをイトオシイと思えるようになった、事実を歓迎しているのだ。




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