「…れ…はっ!」
さすがに綺麗には呼べなかった愛しい名を囁くのと同時に、収縮の止まら
ない紅葉の中に毎夜のようにだしても絶えることのない液体を心ゆくまで放
出した。
体から何かが抜けて行き、気怠い感覚が絶妙の快楽を呼び覚ます。
目の前に下りてきてしまった髪の毛を、ベットにかけてある深緑の組み紐で
軽く束ねて、そおっと紅葉の中から肉塊を抜き取った。
「また、酷くしてしまいましたね」
そんなつもりはないのだけれど、いつも壊さんばかりに抱いてしまう。
「…中…に残って…気持ち…わる…い」
「はいはい。いますぐ綺麗にしますから少し待っていてくださいね」
集中していただけにだるい体を起こして、ティッシュボックスに手を伸ばした。
その瞬間。
紅葉の体が跳ね上がり、こめかみに素足の爪先の蹴りが叩き込まれる。
余りの素早さに片手をあげてガードをしたが間に合わず、その威力を完全
には殺し損なった。
暗殺を生業とする紅葉の放つ、ましてや得意の足技は私でも計り兼ねる威
力を発する。
こめかみをつき抜けた衝撃にがくんと膝をついて頭を振る私の側を、辛うじ
てシーツ一枚を纏っただけの紅葉が傷ついているとは思えぬほど、軽やかに
走り抜けた。
シーツの裾は紅葉の流した血がぽつぽつと模様のように散らされている。
ドアに手をかけて開かない癖、内側からの鍵がないのをいち早く認めた紅葉
は呪による封じと判断し、物理的強度は弱いと踏んだのだろう。
一撃必殺の大技をドアに向かって叩き込んだ。
「龍牙咆哮蹴!」
紅葉最強の技をもろに受けて、ドアがみしりと鈍い悲鳴をあげる。
呪を施して多少の強度はつけてあったが、通常の人間でも拳の三倍といわ
れる力で、まして足技使いの紅葉に蹴りを入れられては保ちはしない。
もう一度と、シーツを跳ねあげながら態勢を整える紅葉の背に向かって、背
筋を伸ばすとできうる限りの早口で呪文を唱えた。
「あんたりをん、そくめつそく、びらりやびらり、そくめつめい、ざんざんきめい、
ざんきせい、ざんだりひをん、しかんしきじん、あたらうん、をんぜそ、ざんざ
んびらり、あうん、ぜつめい、そくぜつ、うん、ざんざんだり、ざんだりはん」
ほぼ一息で呪文を唱え終わると、ぱーんと部屋に響くほどスナップをきかせ
て柏手を打った。
二度目の大技は、ドアに触れるか触れないかの微妙な所で不発に終わっ
た。
私が紅葉に向かって唱えたのは陰陽の技とは微妙に異なる神仙道系の咒
い。
人間を即座に気絶させる呪文だった。
紅葉は何より先に、私の口を封じるべきだったのだがもう遅い。
ドアの所で倒れた紅葉の体を抱えあげて、先程の過激な責めでまた細くなっ
てしまったのではないかと思う首筋に唇を寄せて、その体熱を感じる。
先程私が呷った熱はすっかり消え失せて、結界と呪による冷気が紅葉の体
を支配していた。
気を失ったために秘部から溢れる、私の吐き出した液体と傷ついた内部の
出血を丁寧にぬぐってから、先程手直しした結界の中に体を横たえる。
円の外に立って集中力を高めて念を送ると、円がぼんやりと人の目には見
えない光を放ちだした。
「……オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ。バイシャジヤグルバイドゥー
ルヤプラバラージャ」 」
傷ついた人を癒すための薬師如来の真言を唱え、更に薬師如来そのものを
現わす呪を重ねて、癒しを行った。
紅葉の体を淡いオレンジ色の光が包み込む。
傷ついた部分に集まった光がしょわしょわと音をたてて、その傷をたちどこ
ろに癒してしまう。
こうやって傷ついた紅葉を一体何度癒したのだろう。
傷つけて、癒す。
何度でも、私……だけが。
だから、どうか…。
「紅葉…」
新しいシーツをベットに敷いて、六茫星の中で傷こそなくなったもののまだ意
識のない紅葉の体を抱えると、起こさないようにそっとベットに寝かせる。
瞼に唇をあてれば微かな鼓動が聞こえた。
「…愛していますよ」
そんな言葉が紅葉を拘束し続ける、贖罪にはなりはしないけれども。
敬虔に、手の甲に唇をあてた。
「あなただけを…紅葉」
「晴明様…おでかけですか」
一行に目を覚まさない紅葉が心配で、ずっと側に付き添っていたので一睡も
していない。
呼吸はやすらかなのだが意識が戻らなかった。
傷も癒えたはずだというのに。
結界や呪が紅葉の負担になっていることは分かり切っていたが、どうやら要
因はそれだけではないようだ。
もう限界、なのだろうか。
睡眠不足特有の薄ぼんやりした思考を振り払うべく、自分の身に負担になら
ない程度の呪をかけて、自らコーヒーを入れて飲み干した所で、芙蓉が現わ
れた。
「お顔の色がすぐれないようですが…」
「昨日もずっと、箱に触っていました。なかなか途中でやめられないのが玉
に傷ですね」
そんな理由で私が眠らなかったわけではないのを、芙蓉は知っている。
けれど私の式神である芙蓉には、質問をしようという思考すらなかった。
そう、作ってはいなかった。
「…晴明様…あの…」
「貴方らしくもない…そんな子にした覚えはありませんよ」
皇林の制服を着た芙蓉には、今日共に龍麻を戦うことを許していなかった。
一人で学校に行かせるのは心配でもあるが村雨がいるだろうし、周りの少
女達にも恵まれている。
「気配が…壬生様の…気配が…晴明様のお部屋から…するのです!…私
の間違いでしたら…申し訳、誠に申し訳ありません…」
私の顔を正面から見れず、長い髪で瞳を隠した芙蓉が肩を震わせる。
「…そんな顔をできるようになったのですね…」
髪の毛を指で払うと、涙で濡れた瞳が現われた。