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 自分で作った式神の中では芙蓉を特に気に入っていたが、一体の式神にこ
れ以上感情を持つのは厳禁だったし、芙蓉自身が必要以上に感情を覚える
のは、良くない。
 喜びを知れば、悲しみも知ることになるのだから。
 「今日は、学校も休みなさい。連絡はしておきますから」
 「…どうぞ、晴明様。壬生様を、お戻し下さい。あの御方は…」
 ふっと芙蓉の額に息を吹き掛けると、人型の符が空を舞った。
 中央には六茫星が描れている。
 紙に…本来の姿へと戻る寸前に囁かれた言葉があった。            
 『壬生様は、晴明様のお側にある方ではありません』
 そんなことは、指摘されるよりも私自身が知っている。
 床に落ちた符を拾って制服のポケットにしまうのと同時に村雨が現われた。

 いつも驚かされる絶妙のタイミング。

 「よう、御門…ん?芙蓉はどうした。せっかく迎えに来てやったのに」
 はすにかぶった帽子の上に手を置きながら、きょろきょろと室内を見回して
いる。
 「どうにも調子が良くないようなので、今日は符に戻しました」
 「つーことは御門の調子が悪いってとこか?」
 ぐいと顎を持ち上げられたので扇子で、ぱしと払った。
 「顔色が良くないな。またパソコンでもやってたんだろ。電脳おたくはこれだか
  らやっかいだ」
 「戦闘に支障はないですが、芙蓉を操るのは些か疲れるので」
 「それぐらい疲れるんか?まー、人一人拘束するんだ。その程度ですむって
  方が驚きだな」
 と、日常会話のようにさらっと言われてしまった。
 芙蓉との会話を立ち聞きされたのだろうが、そんなことをしなくても村雨ならこ 
こまで辿り着いたに違いない。
 「人一人?」
 「お前がそこまで紅葉に執着してるとは思わなかったが、その様子から見る
  にかなりなイカれっぷりなんだな。目覚めない紅葉に一晩中付き添ってた
  んだろ?」
 村雨の問いには答えずに自分の疑問符をぶつける。
 「……どうしたら、紅葉は目を覚ますのですか?」
 村雨相手に騙し通せるとは思っていなかったが、白は切った。
 「しらばっくれるなよ。お前の部屋に紅葉を閉じ込めてあるんだろ。そして…
  今朝はまだ目を覚ましていないはずだ…」      
 「外部から…何かできるはずが!…つ……」
 「語るに落ちたな。自分の力を過信しすぎだよ、お前は」
 「一体、何方がここまで……」
 「裏密と劉の合作らしいぜ?今紅葉を眠りに世界に止めている呪は」       
 「…あの二人、ですか… 」
 劉君ならばいざ知らず、裏密さんにはかなわない。
 私はあの人ほどには物事を第三者の目から見ることができないのだ。
 こと、紅葉に関しては。 
 「そして、二人にそれを命じたのは…」      
 「勿論、龍麻大先生さ」             
 表裏一体と言われる二人の繋がりに、入っていけないのは分かりきっていた
が、割り切れるものでもなかった。             
 「紅葉が自宅に戻ったのを確認したらだそうだ。失踪中の記憶は御門の好き
  に設定していいってよ」 
 それが龍麻の私に対する、最大の憐みなのだということがわかったが。
 だからどうだというのだろう。
 今まで私が座っていたテーブルに腰を下ろした村雨が、煙草に火をつけふー
っと煙を吐き出した。
 「人の記憶を狂わせずに、調整するのにはもう限界の時間だろうが。今回は
  ここまでだ。さんざん…楽しんだんだろうしな」     
 下から覗き込むようにして伺う、村雨の瞳の影にも滅多ない真摯の色合いが
浮かんでいる。
 「わかりました」
 言いたいことがないでもなかったが、今は承諾した。           
 愛しい者が、こうやって掌から滑り落ちてゆく。 
    
 人の世とはかくも儚いものか…。

 「手伝ってやるぜ」                       
 「結構です。そこでお待ち下さい」 
 ついてこようとする村雨を押し止めて、部屋へ戻った。 
 ベットには偽りの眠りを安らかに貪る紅葉の姿がある。
 手の甲で頬に触れてもぴくりともしない。
 下着をつけ、Yシャツを着せてやり、ズボンを履かせた。
 最後にマサキ様が使われているクリーニング屋に頼んでおいた拳武館の上
着を着せると、自分の肩に頭を凭れかけさせるようにして抱き上げた。
 最初に触れた時よりだいぶ細くなってしまった体を見て、龍麻は何を思うの
だろう。
 すきのない拳武館の制服の襟を少しだけくつろげて、襟で隠れるぎりぎりの
所に簡単には消えない烙印をつけた。
 せめてもの、証として。
 「お待たせしました」  
 「どれ……確かに本物だな…っておい!」 
 安心したように私が抱く紅葉の頬に触れた村雨の顔が一変した。
 「………随分と無茶を強いたんだな」       
 恨みがましい目は、紅葉を見ての安堵の証。
 いつもの村雨なら痩せ切った紅葉を見、怒り心頭になるだろう。
 無事であれば、どんな紅葉であってもいい…と。 
 そんなにも心配していたのだろう。         
 「なかなか食事をとろうとしなくてね」      
 「もともとが、食事に執着を見せる質じゃなかったが…ここまでたぁな…元通
  りにするまで通ってやらねーと……変わるぜ?」           
 「いえ、平気です」               
 「ま、しばらくは紅葉の側には近寄れねーからな」 
 例え今は会えなくとも同じフィールドに立てば、また機会があるだろう。
 今度はもっと長きに渡って、できれば永遠に…。  
 不穏な思考が、表に出てしまったのだろうか。
 村雨が不敵に笑った。
 「こりねー奴だな、御門…次はこうも簡単にはいかねーぜ。紅葉が好きなの
  は何も、龍麻だけじゃあねぇんだ」                  
 腕を組んだ村雨が私の腕にいた紅葉を軽く奪い、顎を拾って口付けている。
 挑むような眼は、それだけ村雨の真剣さを語っていた。
 敵は何も龍麻一人ではない。
 私のように紅葉を欲しがる人間は、少なくなかった。
 この私が側に立つことを許している村雨も、紅葉への執着は人一倍強い。
 「行くぜ」                   
 促されて仕方なく頷くと、村雨の背中に垂れた紅葉の指に自分の指を軽く絡
めて付き従った。     




                                           END




*御門×壬生
 世にも珍しい?御門×壬生。
 自分が書いた以外には、2,3作品しか拝見したことがございません(苦笑)
 これを書いた頃は、壬生受超マイナーカプに挑戦していたんだっけ。
 醍醐×壬生とか、アラン×壬生とか。
 黒崎君は自分的にどうしても受なので、それ以外のキャラで総当りに書いて
みようかなーとか思ってました。
 ちなみに、後、雨紋と紅井でコンプリートだったのだが(苦笑)
 リクエストがあればあげますが、ないだろうなー。
しかし、雨紋はまだしも、紅井と壬生の接点は結構謎かも。


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