「んー。勘弁してください。呼び捨てにはできないです」
 例えばいきつく時にだけ、ひっそりと囁かれる限界の言葉だという自覚が、ど
こかにあるのかもしれない。
 僕は特別な時以外の無理強いはしないと誓っている。
 特に紅葉が相手だと、ついつい無茶を強いてしまうから。
 自分で制御できるなら、極力抑えて。
 ここぞという時にだけ。
 「……同じ石鹸を使っているはずなのに。紅葉の身体はどうしてこんなにいい
  匂いなんだろう」
 自分の香の薫りに慣れてしまった鼻は、己の匂い以外の微かなものこそを感
知する。
 どこぞかからお歳暮に頂いた、天然成分が売りの石鹸は何も特別なものじゃ
ないというのに。
 紅葉が纏えば一種独特の芳香が漂う気がする。
 「翡翠さんだって、良い匂いがしますよ?いつもそうですけど、今日は特別…
  …ん?」
 僕の腕の中ですっと背筋を伸ばして喉元に懐いていた紅葉の眉が、瞬時に
険しくなった。
 まずい!
 何事も無かったような振りをして、紅葉の身体を少しだけ遠ざけようとして、
失敗する。
 「怪我、されてますね?」
 怒ったようで悲しそうな、僅かに寂しげな瞳が真っ直ぐに僕を射抜く。
 「だから、お香が強かったんですね?」
 「……すまない」
 僕を心配してくれる正面から見つづける勇気もなくて瞳をそらせば、紅葉の
唇が伏せた瞼の上を軽く掠めてゆく。
 「見せていただけます?」
 「たいした怪我ではないから」
 「見せて、いただけますよね?」
 頼まれるというよりは、脅されてしぶしぶ着物の帯を解く。
 真っ白い包帯は紅葉の指先によって、くるくると巻かれ外されてしまった。
 「貫通してるじゃないですか……これは酷い」
 傷の様子を伺った紅葉の瞳の端、痛々しそうな色が乗る。
 頼むからそんな顔をしないで欲しい。
 自分の受けた痛みならいくらでも我慢がきくが、紅葉に切なそうな顔をされて
しまった日には、命を惜しむ忍者に成り下がってしまいそうだ。
 「紅葉!……っ」
 不意に傷口をしげしげと覗き込んでいた紅葉の指先が、しっかりと僕の腰を
掴むと、そのまま傷口の周りをやわらかな舌で舐め出した。
 「苦…くない?何の薬です」
 「独自で作っている漢方のようなものだから…って紅葉!嘗めるものじゃな
  いんだぞ!」
 下腹部を舌先で愛撫されるように蠢かせられれば、別の熱こそが上がってしま
う。
 「飛水流のお薬ほどじゃあないですけど、人の唾液って高い治癒能力を持って
  いるんでしたけど?」
 特に紅葉のそれは利きそうな気がするが、どうしても思考が邪へと走ってし
まう。
 傷口を丹念に舌がなぞる度に、ぞくっと太ももが粟立つ。
 「頼む、紅葉!」
 下着しかつけていない状態では、隠しようもない肉塊の反応を見た紅葉はく
すっと小さく笑った。
 「翡翠さん?」
 傷口から紅葉の唇が離れると、つーと透明の唾液が細い糸を引く。
 唇がぬらぬらと輝いているのを見てしまえば、頭のどこかが焼き切れそうだ。
 「お互い、ね。怪我は仕方ないと思います。僕も、人のことはいえませんし」
 「すまなかった」
 「ああ、そうではなくて。謝って欲しいのではなくて」
 見上げてくる瞳が、場違いほどの穏やかさを孕んだまま。
 「知らないのは嫌だから、教えてくださいね……って。勝手なおねだりですか
  ら」
 微笑崩れた。
 「そう、だな。僕も隠されるのは確かに嫌どころか、おしおきだし」
 「ええ、ですから。教えてください。どんな些細な怪我でも」
 紅葉の唇が、今度は下着の上に降りてくる。
 暖かい息を布越しにとはいえ感じて、肉塊がいっきにそそり立つのが解った。
 歯をたてて噛まれたところで、布一枚隔てていれば痛くはない。
 ただむず痒いような、腰が震えるようなもどかしさが更なる快楽を駆り立てるだ
けだ。
 「直接、の方が嬉しいが?」
 荒くなってゆく息を、整えようとすればどうしても長い言葉を紡げなくなる。
 「いつも翡翠さんが、して、くれるのを真似してるだけですが?」
 それはまあ、喘ぐ紅葉の顔が見たくて下着の上からの愛撫でいかせたことだ
って、一度や二度じゃないけれど。
 僕がするのと、紅葉がしてくれるのとじゃあ、意味が違う。
 僕がするのはさんざん焦らして焦らして。
 欲しがる事で痛みを少しでもやわらげるための、長い長い慣らしに近いもの。
 紅葉がしてくれるのは、僕を煽り立てて己の中へと誘うためのもの。
 必要以上にしてしまえば、辛くなるのは紅葉の方だ。
 僕の快楽を追ってくれるのは、とてもとても。
 口では言い表わせないほどに嬉しいが。
 それ以上に僕は、紅葉の狂乱にこそ深い愉悦を覚える。 
 肉の快楽よりも、頭の中での悦楽。
 他の相手では考えられない交接の楽しみ方といっても良い。
 鼻先で擦り上げられる感覚に産毛が粟立ってしまうほど焦らされて、それでも、
尚主導権を握っておきたいのは悲しい男の性とでもいえばいいか。
 伸ばした指先で紅葉の顎を拾って持ち上げて、唇のラインをゆっくりとなぞる。
 薄く開いた唇に誘われるように押し入れた中指の、爪先から根本までをフル
に使って蹂躙した。
 やわらかくて、あたたかくて、この中に肉塊をぶち込んだらすぐさま放ってし
まいそうな予感すら覚える。
 しわが寄るほどしゃぶられた指を引き抜き、もう一度顎の線を辿る。
 上目使い目をすっと細めた紅葉は、何の前触れもなく僕の下着を噛み銜え
ると器用に膝まで引き摺り下ろした。
 眼を見張るほど大きい、というわけにはいかないが十分にいきりたった僕の
肉塊が勢い良く自分の腹を打つ。
 「どっちがいいですか?」
 「それは、決まっているだろうに」




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