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 男の身体は、勢いも良くべたんと尻餅をついた。
 尾骨も砕けただろう。
 『まだ、何か?』
 言い残す事があるかと、男を見下ろす怜悧な表情。
 人を殺す時の紅葉には壮絶な色気があるといったのは、先生だったか。
 綺麗過ぎる顔を、惚けているだろう表情で見つめる。
 男も、同じ風に思ったのだろうか、己の命が風前の灯なのにも関わらず惚けていた。 
 色気たっぷりの表情に、すっと凄惨な色合いが混じって。
 正気に返った男が、叫んだ言葉。
 『こ、殺さないでくれ』
 ココに来てまで命乞い。
 みっともなく生きること拘る執着は、紅葉が厭う感情の一つ。
 『下種が』
 見る者が見れば、綺麗な微笑みのままで。
 最後の一撃が男の腹を抉った。
 『ごふぁあ、あ、ああ…』
 血反吐をぶちまけた男は、ごろごろとそこいら中をのた打ち回った。
 アスファルトに血の絨毯が派手に広がる。
 『お…あ……あ…あ』
 顔中を血で染め上げた男は限界まで目を見開いて、紅葉を見つめ続けていた。
 指先が紅葉の方へと伸びて、ぱたりと力なく落ちる。
 目は見開いたままで。
 男は、絶命していた。
 「全く。目を見開いたままなんて。だから言い残す事はないかと聞いてやったのに。下種は…
  どこまでも下種だな……ねぇ?そう思いませんか、村雨さん」
 …やっぱ気がついていやがったよ。
 「ロリコン野郎だ。しゃーねーだろうよ」
 肩を竦めながら紅葉の前へと出てゆく。
 「人様の趣味嗜好をどうこういえるほど、僕だってイイ趣味はしてないけどね。自分より弱い人
  間に無理強いをするのは最悪だ」
 目の下、飛んだ返り血を指先で拭い取りながら、吐き捨てる唇に自分のそれを押し当てる。
 「村雨、さん?」
 黙ってろ、と目で示して見せれば、俺の名前を呼んだ唇の形のまま、目が閉じられた。
 いつでもどこでもどんな状況でも、紅葉は俺のキスにこれ以上はない甘ったるさで応えて寄
越す。
 己が屠った死体を足元に置きながら、不安がる俺を安堵させるように。
 本来ならば、俺の方が慰める立場なのだろうに。
 「安心しました?」
 濡れた唇が、頬に軽く触れる。
 「ああ。すまねーな」
 「別に?貴方の方が普通の人の反応でしょう。心拍数すら変わらない僕が異常だもの」
 肩を竦めた紅葉は、死体を睨み付けた。
 余程、腹に据えかねるものが合ったのだろう。
 「死体はどうするんだ」
 「拳武の始末係を呼びますから、大丈夫です」
 言い様ポケットから取り出した携帯のボタンを素早く押した。
 「これで大丈夫。後は任せられますから。早く行きましょう?すみません。血腥い所に、引き
  止めてしまって」
 「んや。俺が好き好んで居たんだ。そこいらは気にすんな」
 「貴方も本当。よくこんな場面に遭遇しますよね」
 一緒にいる時間なら、先生辺りの方が余程多いのに、先生はこんな場面にかち合ったこと
はないそうだ。
 「愛だろう。たぶん」
 「運でしょう?きっと」
 さらりとかわされて、先を促す腰を拾って抱えながら歩き出す。
 「実際、人殺しに、技量っていらねえーよな」
 「いきなりどうしたんです?あんまりな話題ですね」
 「や、ちょっと。思い至ったもんでな」
 鮮やかに殺す、紅葉が、あんまりにも躊躇いなく人を殺す様を見たので。
 「結局。割り切れるか、駄目か。そんなトコだろう?」
 「僕は、自分だけの世界に瞬時に入れる性分だけでいいと思ってますよ。人を殺す、と決めた
  らもうそれだけ。釣られてでてくる雑多な感情を切り捨てて、ただ殺す。相手の都合や状況
  なんか、どうでもいいんです。自分の世界に入り込んでますからね」

 「酷く、簡単に聞こえるもんだ」
 「実際難しいものでもないのですよ……出来ない方は多いですけど」
 「まーな。できちまったら世の中犯罪者だらけだろ」
 「確かに」
 物騒な話を大きくも無く小さくも無い声で話し続けている内に、大通りに出くわした。
 一人でいる時は雑踏の中に身を埋めるのも嫌いではないのだが、紅葉と一緒の時は別だ。
 二人っきりの方がいいに決まってる。
 「紅葉、時間はあるのか?」
 「……今日の仕事は終わりだけど」
 「んじゃ。俺ん家寄ってけよ」
 「最近自分の家より貴方の家に帰る方が多いんですけど」
 俺の家へ、訪れるではなくて。
無意識にか意識してか、帰るなんてよ?
 嬉しがらせてくれるじゃねーか。
 「いっそ同棲とかしとくか」
 「せめて同居と言って下さい」
 ん?逃げられると思ったのに、珍しい反応だ。
 「実際不経済ですしね。今住んでいる所はアクセスも悪い……母の病院にも遠いといいこと
  なしなんで。本気で言っているのなら、考えておいて上げますよ?」
 「そりゃあ、願ったり叶ったりだ。早く決めていただきたいもんだ。めくるめく蜜月の日々が今
  更楽しみさね?」
 「……乙女ちっくなんですね。意外と」
 はあ、と疲れたように肩を落とす紅葉の背を擦るようにして、呼び止めたタクシーの中に押し
込んだ。

 「ちょ!村雨さん。シャワーぐらい浴びさせてください」
 紅葉が玄関の鍵を閉めた途端に口付けた。
 ま、抵抗されるのはわかる。
 「やだね」
 でも、俺は悪趣味だから。
 血の香りがする紅葉の身体には無茶苦茶興奮するって話。
 「何だって盛りのついた犬みたく、こんな場所でやりたがるんですか!貴方は!」
 「人を犬呼ばわりたあ、聞き捨てならねぇなあ?そんなにいぢめて欲しいんか?ん?」
 耳朶の裏を嘗め上げた。
 男がナニでしか感じられない俗物だなんて、冗談じゃない。
 紅葉なんか感じ始めれば全身性感帯って奴だし、俺だって紅葉のにゃあにゃあいわしてる媚
態を眺めるだけで、なかなか盛り上がれる。




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