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 引き金に指をかける前に手首ごとふっとばす。
 悲鳴がハウリングした。
 「……どういうつもりかな。ゾフル・J・キンブリー?」
 一人冷静さを保っているのが、部屋の奥まった場所から、その細い目で持って己の部署を
統括するリャン将軍。
 地位は……確か准尉。
 閣下がホムンクルスであることを知りつつ、膝を屈する存在の中では一番の若手。
 でもって。
 牢の中で不貞腐れる私の世話を、アレコレと焼いてくれたお人。
 ロイさんに似た黒髪の艶やかさと、細く見開かれる中にたゆたう真っ黒い瞳は嫌いじゃな
かった。
 どころか好きな部類に入る。
 そちら側の人間にしては、とても人間らしい奴ではあった。
 私を手懐けて、手駒にしようとしていた事も含めて。
 ロイさんという至高の存在がなかったら、まぁ、殺人を許可された駒としてなら踊ってやっても
良かったのだが。
 私には、ロイさんがいるから。
 つい先刻、犬にも、して貰ったから。
 それ以外の存在全てに牙を剥くと決めた。
 この時間に、在籍していたのが不運だった。
 一番、ロイさんに近い年齢と階級なのもポイントの一つ。
 何より、ロイさんだけを愛する自分に捧げる絶対の忠誠を、自分に向けさせて見せると思い
込める時点で、彼の人生は終わっていたのだ。

 ロイさんの犬になった私の手で、光栄にも血祭りになる最初の存在は、貴方なんですよ。

 「御察しの通りです」
 「私を殺しに来たのか」
 「ええ」
 ひょいと肩を竦めて見せれば、戦意を喪失していた彼の部下の何人かが震える手で激鉄を
起こす。
 私の名前を聞いて尚、私には向かう恐ろしさを知らないではないのだろう。
 けれどまぁ。
 己の上官とどちらが恐ろしいのか考えて、私に銃を向ける事を選んだのだ。
 普通、多勢に無勢。
 簡単にではなくとも制圧できると思っているんでしょうけどねぇ。
 本気になった攻撃系の国家錬金術師を潰すとなったら、一個師団クラスを投入しないと適わ
ないんですよ?
 基本的に接近戦の方が得意な私ですけど。
 今は閣下公認で、賢者の石、孕んでますからねぇ。
 中央司令部丸ごと跡形もなく消すくらい、簡単なんです。

 ま、ロイさんの機嫌を損ねるからしませんけど。
 「さて、どんな殺し方がいいです?貴方にはソレナリにお世話して頂きましたんで、ご希望
 に応じますよ」
 周りの部下達がざわつく、私と通じていたのかと、そんな風に考えたのだろう。
 しかし、信じられていない上官様だ。
 ロイさん直の部下だったら、私の言う事に、露程も揺らされないだろうに。
 ふ、と悪趣味で面白い事を思いついた。
 若くて尊大で、外にはそうと見せず部下を、畜生のように使ってきたであろうこの男。
部下に牙剥かれる羞恥が、どれほどこの男を絶望に叩き落すのか、ちょっと試してみたくなっ
たのだ。
 殺戮は何時だってより楽しい方がいい。
 「と、思いましたけどねぇ……部下の皆さん、知ってます?この男。私の世話係をしてたん
 ですよ」
 更にざわつく気配。
 「うろたえるな!閣下直々のご命令だ。致し方ないだろうが!」
 「おやおや。よりにもよって閣下のせいになさいますか。凄まじい不敬、ですよねぇ」
 「……きっさまっつ」
 「皆さん、知ってますか。閣下に対する不敬が明らかにされた場合は、どんなに階級が上
  の上官でも、その場で銃殺しても罪には取られないんですよ」
 今度は、場が不自然に静まり返った。
 大半の部下の目が不安に揺れ、しかし胡乱な殺意を孕む。
 「先刻から、馬鹿な事を言っているんじゃない!ゾフル・J・キンブリー!」
 「馬鹿なことではありませんよ。事実でしょうに。だいたい貴方そうやって、計略を使って
  今の地位を手に入れたんでしょうに。全く、実力で出世街道まっしぐらの、私のご主人
  様とは大違い」
 頭が悪い訳ではないのだ、や、むしろ人を貶める計略に関しては、ずば抜けた才能を示す
人間だと賞賛してもいいだろう。
 その、どこまでも自分に都合の良い理論の展開は、いっそ鮮やかなほどだ。
 「ご主人様、だと?」
 「おっと!しゃべりすぎましたね。私はあくまでも、個々で行動しているとしなければいけな
  いんでした。さぁさ。皆さん。どうされますか?今の私と准将の会話を忘れてさえくれれば、
  貴方方の命助けてもいいですよ」
 幾つかの目配せ。
 低い、お互いにしか聞き取れないような会話。
 准将から一番離れた場所に居た男が、口火切る。
 「命だけでは困る。貴方は有名人だ。紅蓮の錬金術師」
 微かな侮蔑と畏怖。
 向けられたまなざしは、あんまりにも慣れたものだったが。
 ま、交渉の場に出てきたって事で、大目に見てあげましょうね。
 「他に、ナニを希望します?」
  「准将以外の人間には、傷一つもつけない事。心の傷も含めて」
  「きさまっつ!」
  くるりと振り返り、准将が怒りの眼差しを部下に向けた途端、今まで私に向けられていた
銃口が、一斉に准将に向いた。
 「……き、さまっつ、ら……」
 それでもまだ、罵倒が出る辺りは、一応歴戦の猛者なんでしょうかねぇ。
 「准将が目の前で殺された事による、心の歪に関しては責任持てませんよ?」
 「それは、大丈夫です。この場に、准将が殺されて喜ぶ人間はいても、悲しむ人間は一人
  もおりません」
 さすがに、准将の顔色が変わった。
 真っ赤な激怒から、真っ青の怯えに。
 「では、貴方方には傷一つつけません。お約束します。代わりに、私達の会話を聞かなかっ
 た事にして下さい。ああ、後。私をここから逃がして下さいね?」
 「……この人数で紅蓮の錬金術師を捕縛できるはずが無い事は、上も理解しましょう」
 「交渉成立と、そういう事で、よろしいですか」
 准将を除く全員が、こっくりと深く頷いた。
 
 「お前等、こんな事をして許されると思ってるのか!上官侮辱罪、嫌。ひいては閣下に弓引く
  反逆罪だぞ!」




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