「えーと。ハボック少尉?」
「本当に、知っているんだな」
「牢獄でも貴方は話題の的でしたから」
動く唇が、もうずっと夢に見ていたそれが、触れられる至福に、つい指先を伸ばして、ふよ、
ふよと唇に触れる。
「紅蓮の?」
「はい」
「私だけの、犬になるか?」
「貴方だけの犬になら、なりますよ」
迷っている風だったが、貴方に選択の余地はない。
遊撃手として、動かせるコマは、私の知る限り私だけのはず。
鋼の坊やも、その弟も。
かつてイシュヴァールの地で共犯者と呼ばれノックス医師も。
始終、こんな近くにはいれませんよね?
「心は、やれない。信頼もできない。私はたぶん、お前以上にお前を知っているから」
「構いませんよ。私を知って尚、飼ってくれる奇特な人間は貴方と閣下ぐらいでしょうし」
「でも、身体ならくれてやれる。好きに、しろ」
「いいんです?」
「お前の働きは、私の身体になら見合うだろう」
「……頑張ります。手始めに、ちょっと閣下側のトップ数人削ってきます」
私にとって、それはピクニックに行く程度に気安く、楽しい行動。
「ばっつ!焦るな」
「おや、心配してくれますか」
「自分の身を心配しているんだ!後は、部下の身」
「ああ。リザ・ホークアイ中尉ですか……まぁ。上手くやりますよ。たまには、そんなのもイイ」
ばれないように、ちょっとだけ傷を負わせてしまうだろうけれど。
私にしては最大限の加減をしましょう。
美しい女性ですからね?
後に残るような怪我はさせません。
「大丈夫、なのか?」
「貴方の身体を頂くんですからねぇ。慣れない事もしましょう」
額に口付ける。
契約の証に。
誰を裏切っても私は貴方を裏切らないでしょう。
……例え、貴方に裏切られたとしても。
「じゃ行って来ます。30分後には開始しますんで、貴方は早く退出して下さい」
「わかった……鍵は開けておいた方がいいか?」
くるっと私に背を向けて、迅速に片付けをしながらの、信じられないくらい甘い言葉に、一瞬
声を失う。
「いいえ?進入という形を取りますから。施錠はしっかりと」
「了解した」
「では、後程」
「ああ」
これ以上ロイさんを見ていても、きりがない。
後、数時間もすれば蕩けるような身体を味わえるのだ、今少しは我慢。
……私が、我慢ねぇ。
我ながら、笑えますよ、ホント。
くくっと無意識の内に喉を鳴らしながら、ドアへと向かう。
「紅蓮!」
ノブに手をかけたところで、呼ばれる。
「はい?」
返事をすれば。
「……気をつけて」
思わず取って返して、机の上に押し倒したくなる言葉をくれる。
「ええ」
だから私は素っ気無いぐらいに頷いて、静かにドアを閉めた。
「さぇてと。誰から行きましょうかねぇ」
ロイさんとはその意味合いが異なるが、私も閣下には目をつけられている。
イシュヴァールの時から、今日まで。
私の能力といかれた思考を正確に掌握した上で、私を生かしてきたのがその証拠に他なら
ない。
更には、自分がホムンクルスである事も明かし、自分が兄姉と呼ぶ存在にも引き合わせて
くれたのだ。
それこそ軍から放逐したとしても、便利な捨て駒として使う心積もりはあるのだろう。
……けれど。
あの男は、このまま事がすんなりと成就する事を心の底では望んでいない。
無論お父様の手前、最終的に成就は望むだろうが。
彼の人間だった頃の思考が僅かに残っているんじゃないかと、そんな風に推測している。
「全部をひっくり返すのはロイさんに任せますよ?」
私がやってもいいが、それこそロイさんに殺されてしまう。
本末転倒だ。
だから、私がやっていいのは、閣下側の人間を何人かそげ落とす事。
さすれば、閣下は私がやっているのだとわかっていても見逃すだろうし、ロイさんも喜ぶと、
一石二鳥。
つかつかと廊下をうつむき加減に歩いても、軍服を着ている。
すれ違う軍人も、全て私の顔を知っている訳ではない。
その証拠にすれ違った何人かは、私に軽い会釈をして通り過ぎて行った。
「えーっと。確かここだったですよねぇ?」
閣下の命令を受けて、何度か牢に来て下さった将軍の執務室は。
まずは軽くドアに錬金術を施す。
一度開いたドアが、二度と開かない練成だ。
さして難しい部類の物ではない。
練成反応の光も、微々たるもの。
かかった時間も、僅か数秒。
勿論作業している姿は、誰の目にも捕まっていない。
私は、小さく息を吸い込んで後。
大きく扉を開け放った。
突拍子のなさを感じでも尚、誰一人警戒をしなかったのは、それだけ平和ボケしている証拠
だ。
「……何か御用……ひ!……ぎやああああああ」
これまた自分を知らなかったらしく、ちょこまかとやって来た男の足を太股から爆発させる。
一瞬驚いた顔をした男は、瞬き一つした後には、絶叫を上げて転がり回った。
「「っつ!」」
何で突拍子もない目にあった人の反応はこんなにも似ているのだろうかと。
大半硬直してしまった奴らを睥睨する。
二人、機敏な反応で銃器を取り出したのは、まぁ軍人らしいといえましょうがね。
最前線を経験したコトは、ないんでしょうね?