メニューに戻る次のページへ




 内乱


 全く、貴方。
 私がいないと、やっぱり駄目なんじゃないです?

 牢番から聞かされた貴方の情況を聞いて、脱獄を決めた。
 
 『えーと?ロイ・マスタング大佐。お前さんと同じ国家錬金術師の。何だかヘマぶっこいたら
  しいぜ』
 『あーあー聞いた。部下全部散らされたんだろう?でもって、閣下直属でしかも非公式の狗
  に成り下がったって』
 『何度か見たけどさぁ。年の割りにすんげー若いからさ。ベッドのお相手もしてるんじゃねー
  の』
 『閣下、種なしらしいしなぁ。孕ませらんねーんじゃ、具合がいい方を選ぶんじゃね?』

 最初の言葉だけが、私へ注がれて。
 後は好き勝手垂れ流された、貴方の近況。
 四面楚歌って、奴ですよね?
 親友を亡くして、何匹も従えていた忠犬を潰されて、飛ばされて。
 さすがの貴方も、私の手を取るんじゃないんです?
 ……なんて。
 考え付いた日には、いても立ってもいられなかった。

 「ロイさん?」
 牢屋丸ごと爆発させて、混乱に紛れて脱獄をした。
 私がやったとわかっていても被害が酷いので、怪我人の搬送中心に片付けに人員を裂かれ
ているので、掛かった追っ手の手は笑えるくらいに生温い。
 深夜の執務室。
 一人明かりを点して仕事をする彼の元へ忍ぶのは、思いの外容易かった。
 「……誰だ?」
 一応誰何されるも、殺気が篭っていない。
 私だって、もう気が付いているはず。
 何年離れていても、気配でわかる程度には深く、近くにあった昔がそれを可能にするのだ。
 「私、ですよ」
 カーテンをばさっと跳ね上げて、登場。
 「……こんな所で油を売ってていいのか?」
 注がれたのは、まぁ想像の範囲内だった冷ややかな言葉。
 「油って、貴方。私誰の為に脱獄したと思っているんですか」
 「自分の為だろうが」
 「ロイさん……」
 「貴様が、自分以外の何者かの為に動くとは思えないからな」
 軽く肩を竦めて、一体何をそれほど処理しなければならないのか、山と積まれた書類に、
再び没頭を始める。
 私は、やれやれと気配を消しながら、ロイさんの仕事振りを伺う。
 昔と変わらずに、生真面目な姿勢。
 今はさぼっても咎めてくれる優しい部下がいない。
 自分を一段低い位置に置いての、コミュニケーションを取る必要もない。
 さらさらと動かすペンは、それでも私を認識する前と後では、ペースが違う。
 時折、紙に引っ掛かったようにペンが止まるのも。
 「……つ!」
 唇を噛み締めた途端。
しゅん、とペンが飛んで来た。
 「気が散る!」
 気配を消している相手に、それはないでしょうに。
 「用がないなら、出て行け」
 「用は、ありますよ」
 一歩距離を縮めれば、殺気にも似た怒りが鎧のように彼の身体を纏う。
 「どんな、用がだ」
 「わかっているんでしょう?ロイさん」
 「わからん。わからんっつ。わかって、堪るかっつ」
 あれあれ、駄々っ子のようですよ?
 本当に、辛かったんですね。
 でも、もぉ大丈夫。
 
 「取り合えず、ぎゅってしますよ?」
 「…それが、用か」
 「一番大事です」
 「……好きに、しろ」
 考えていた返答ではなかったらしい。
 瞬間きょとんとしたのを、私は見逃しませんよ。
 緊張は取れなくとも、殺気は失せた背中に回って、そっと首筋に触れる。
 全身で気配を伺っているのが伝わってくるけれど、背後に、私を立たせた時点で。
 貴方は、私を受け入れてくれている。
 「戻りました」
 「…そうか」
 「おかえり、とは言ってくれないんですか」
 「何故」
 「……じゃあ、ただいま」
 「仕方ないな……おかえり」
 気が抜けた風な声音に、私は抱き締める腕に力を込めた。
 「ああ、久しぶり…貴方の、匂いだ」
 すんと鼻を鳴らせば、不快そうな返事。
 「犬か、貴様は」
 「ロイさんが望むなら、なりますよ。犬に」
 「お前が?」
 「ええ。だって貴方。えり好みしてる場合じゃないでしょう」
 「…どこまで、知ってる」
 「まぁ、それなりには」
 ぽんぽんと手首を叩かれる。
 抱擁を解け、の合図は、以前と変わっていない。
 覚えてくれていたんだなぁと、感無量でゆっくりと指先で首筋を撫ぜながら、一歩下がる。
 きぃっと椅子が回る微かな音と共に、ロイさんの身体が私に向き直った。
 真正面から私を見詰めてくる瞳は、どこか。
 微かに。
 縋る、色合いがあった。
 「貴様が、私の……犬か?」
 「牙が鋭くて、足の早い軍用犬。欲しくないです?」
 「……望み、は」
 「最後まで、捨てないで。責任を持って飼って下さい」
 「それだけか」
 「ええ。昔っから、言ってるじゃあないですか」
 「そうか……そう、だったな。お前が一番最初だった。飼ってくれと、言ったのは」
 不意に、泣きそうに唇が噛み締められる。
 見ていられなくて、唇を寄せれば、抵抗はなかった。
 しっとりと吸い付くような唇。
 懐かしくも、イトオシイ感触。
 血の味が、しないのだけが、違うだけで。

 ああ、貴方は何一つ、変わらない。

 「部下で、一人。最後まで飼ってくれと言った奴がいた」
 唇を離せば、まだお互いの吐息が届く距離で、貴方が言葉を紡ぐ。




                                             メニューに戻る次のページへ
                                             
                                             ホームに戻る