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 敵に食らった毒とこの場に漂っている毒煙の波状攻撃って奴に、かなり浸食
されてしまっているのだろう。
 「そんなことねーよ。さすがの俺だってなんかは…」
 探るジャンパーのポケットからでてきたのは、強制的に如月から持たされて以
来手放したことのないアイテム取得率アップの金剛琢と、これはかかせない属
性攻撃オール反射の八尺瓊曲玉。
 なぜか磬木と…犀角丸があった。
 「あ!犀角丸はあったわ。とりあえず飲んどけよ」
 「…ありがとう…」
 思うように動かない自分の体を軽蔑するようにきついまなざしを放った紅葉が、
どうにかこうにか口を開けたので舌の上に、瓶から取り出した麻痺回復の犀角
丸を三粒ばかり乗せてやった。
 お互い息を飲んで効き目がでるのを待つ。
 もともと暗闇に生きる敵の目が効かないのは当然だが、それでも気配を敏感
に感じ取る奴等から隠れ続けられる自信はない。
 たまたま大きな岩が気配をも遮断してくれているのだが、いつ見つかるのか
とびくびくもんだ。
 自分一人ならまだしも、紅葉をこの階層で守り切れると思えるほどに俺も浮
かれちゃいなかった。
 「何とか、動く…かな………ああ!龍麻っ!」
 少しだけ緩んだ紅葉の指の間から、蛙と化したひーちゃんがぽてぽてと逃げ
出してしまった。
 「今はほっとこーぜ。呪詛られりゃ逆に、敵には襲われねーからな」
 石化されようが毒を食らおうが眠りに落ちようが、敵は容赦なく、それこそこ
こぞとばかりに襲ってくるが不思議と呪詛状態の時には襲ってこない。
 詳しい所はわからないが、奴等が反応するのは人間に対してだけだ。
 蛙だの猿だの猫だのに見向きもしないのはむしろ当然なのかもしれない。
 「しっかし、準備しなさすぎだぜ!皆で潜る時は八尺瓊曲玉か八咫鏡はちゃん
  とつけてたじゃないか。このクラスの階層に潜るんなら必須だろう?」
 「…一人か、龍麻と二人切りの時は…いつもこうだよ」
 ……そんなこと知りもしなかった。
 瞬間ためらった口調が。
 「へ?」
 俺の間抜けた声に同情してかゆるゆると続いた。
 「必要以上に防御を固めると、足捌きが鈍るからね。僕達がつけているのは
  …龍麻に懇願された狼の紋章と叡者の石…だけだ」
 祝福の効果のある狼の紋章だって、すさまじく行動力があがるから身に付け
たのだろう。
 ひーちゃんの懇願があっても祝福効果だけしかなかったら、決して持たなか
ったに違いない。
 しかももう一つ持っているアイテムがクリティカルヒット率の上がる叡者の石
ときた日には…。 
 避けようがない属性攻撃ばかりしかけてくる敵相手に、無謀加減もはなただ
しい。
 「……手を離してもらえないかな?」
 今にも動き出しそうな紅葉の気配を感じ取った俺は半ば無意識のうちに、
紅葉の手首をきつく掴んでいた。
 「後五匹ぐらい俺一人で何とでもなる……俺には八尺瓊曲玉があっからな。
  属性攻撃がきかない以上こいつらにひけはとらねーよ」
 奢りでもなく、忍者である如月の次に紅葉の足は早い。
 同じく足技を使う黒崎なんかとのコンビネーションは、冗談抜きに目にも止
まらぬなんとやらって奴だ。
 先制攻撃が叶えば、こんな状態の紅葉でも戦いおおせることは可能だろう。
 ひーちゃんも景気よく呪詛ってることだし、早く次の階に降りてしまいたいの
は俺も紅葉も同じ気持ちなのは違いない。
 この階から抜ければ浄化作用が働いて、何をしなくてもひーちゃんの呪詛
は解けるのだから。
 そうすれば、龍麻と紅葉の元気な技を見ることができる。
 安全は、今の数倍以上確保されるのもわかってる。
 ……でも、紅葉と二人っきりで。
 まして紅葉に逃げ場がない状態で話せる状況が、二度と起こるほど世の中
は甘くない。
 「……駄目だ。せめて、痺れが完全にとまるまでは、ここを……動くな」
 命令口調で言い切れば、衰弱しているはずの体で紅葉は俺の拘束からす
るりと逃れた。
 「………僕に命令ができるのは…館長だけだよ。蓬莱寺君」
 「じゃあ、懇願すれば、おとなしくじっとしてくれるわけだ」
 「……冗談じゃ、ないね」
 紅葉の体は限界を越えているのだろう。いつもなら、こんな口は絶対きかな
い。
 「紅葉……本当を、教えてくれよ…」
 疲れ切って壊れかけている今なら、聞かせてもらえるかもしれない。
 俺がどれだけ謝っても虚ろな瞳を向けるその訳を。
 紅葉の口から。
 「何?」
 両手を使って岩場に自分の体重を預けながら、ようやっと立ち上がった紅葉
がゆっくりと俺を見つめる。
 綺麗で綺麗で、僅か殺気を孕んだ、心そそられる瞳で。
  「どうして?」
 自分が汚れ切っているという考えに憑かれている紅葉が、その体に触れる
ことを許すのは稽古に関する時ぐらいだ。
 龍麻が近寄ってさりげなく肩を抱こうとしても、何事もなかったように交わし
て素知らぬ顔を決め込む。
 そっと両手で頬を包みこんだその両頬は、全身に毒が回ったせいか灼熱を
抱えているかのように熱い。
 「…どうして俺を、許そうとはしないんだ?」
 「…何を…言うのかと思えば…そんな事、か…」
 頬の熱がさがることはなかったが、殺気がふうっと抜けた。
 虚ろではない穏やかな瞳は容易に俺を縛す。
 掴まえているのは俺の方なのに、まるで見えない鎖にがんじがらめられてい
るように微動だにできなかった。
 「紅葉にとってはそんな事かもしれないけど、俺にとっては重要なことなんだ
  よ!」
 「……蓬莱寺君が言った言葉は、正論だ。……何も悪い事をいったわけで
  もない君が、謝罪する必要はどこにもないんだ」
 ゆっくりゆっくりと噛んで含めようと、努めてどこまでも声を落として言葉は
紡がれる。
 「紅葉?」
 「犯してもいない罪を…許せるほど僕は聖人君主ではないよ」
 「でも俺は酷いことを言ったんだ!」



 
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